レイルズの覚悟
「ほら、素直に白状しろよ」
左腕を完全に決めた状態で自分を確保しているカウリに笑って頬を突っつかれて、レイはまたしても必死になって首を振った。
「しーりーまーせーん!」
「頑張るなあ、じゃあ質問を変えよう。彼女はなんて言ったんだ?」
さっきまでのからかう口調から一変したルークの真面目な質問に、レイは驚いて、自分の右腕を確保しているルークを見た。
「えっと……」
「ジャスミンが自分の目の前で竜の主になった。今の彼女の立場なら絶対に考えた筈だ。どうして竜の主になったのが、自分じゃなかったのか。ってな」
真正面からそう言われて、レイは目を見開く。
「彼女はそんな事……」
「それを踏まえた上での今の質問さ。彼女は何か言っていたか?」
黙って首を振る。
そして気が付いた。先ほどまで笑って自分達を見ていた部屋にいた全員が、真顔でレイを見つめている。
「彼女は、彼女はそんな事一言も言わなかったよ。そんな事考えてるなんて……今、今初めて聞きました!」
必死のレイの答えに、ルークの方が目を見開く。
「じゃあもう一度質問だ。お前、あの部屋で、彼女と何の話をしていたんだ?」
「そ、それは……」
全員からの無言の注目が怖い。
「ぼ、僕は……」
「うん。いいから言ってごらん」
優しいルークの声に小さく俯く。
「僕は、彼女が竜の主にならなくて良かったって思ったんです。それで、つい……それを言っちゃったら……」
「彼女に、それを言ったのか?」
驚くルークの言葉に俯いたままレイは小さく頷いた。
「考えてたら、つい声に出しちゃったみたいで、今のはどう言う意味ですかって聞かれて……」
「まあ、彼女の立場ならそりゃあ聞くわな。どう言う意味だって」
呆れたようなカウリに声に、レイは困ったように眉を寄せた。
「だって、今回は陛下が考えて下さったからなんとかなったけど、普通なら、ルークが言ってたみたいに女性であっても竜騎士になって何かあれば出撃していたんでしょう?」
ルークとカウリは、レイを挟んで顔を見合わせる。
「まあ、普通はそうなっていただろうな」
「だからこそ、俺達も困ってたんであって……」
「それを聞いて、僕は真っ先に思っちゃったんです。ディーディーがもしも竜の主になっていたらって。彼女を戦場に連れ出すなんて、そんなの考えただけで頭が真っ白になるよ。そんなの絶対嫌だって、そう思ったんだもん」
顔を上げてそう言ったが、また最後は小さく呟くように答えて俯いてしまう。
「それで、彼女にそう言ったのか」
「言ったって言うか、うっかり言っちゃったって言うか……」
誤魔化すようにそう呟き、また困ったように眉を寄せる。
「言い訳になるかもしれないけど、簡単に、以前ルークから聞いた話をしたよ。有事の際には竜騎士に即座に出撃命令が出る事や、軍人には命令には絶対に逆らえないって事なんかを……彼女は真剣に聞いてくれたよ」
黙って頷いてくれたルークを見て、レイも頷く。
「僕は此処へ来て、色んな事を勉強させてもらって、武術の訓練もいっぱいしたよ。ちょっとは強くなれたかなって思ってる。それで、それでずっと思ってた」
そこで一度言葉を区切り、大きく深呼吸をして部屋にいた皆を見た。
全員が真剣に話を聞いてくれている。
「僕は、以前精霊王に誓った。僕を守り育ててくれた森の家族を守りたい、ううん、今度は僕が守るんだって。それに今ではこうも思っている。愛しい、大切な人がいるこの国を守りたいって。今はまだ見習いだし、まだまだ自分で出来る事なんて殆ど無いけど、それでも僕にはブルーがいてくれる。竜の主になるって事は、それだけの力と責任を持つって事でしょう?」
レイの必死の言葉を聞いたルークは、感心したように頷いた。
「言うようになったな。よしよし、竜騎士としての自覚は、着実に育まれてるな」
ルークの呟きに、マイリー達も満足気に頷いている。
「それで、彼女はそれを聞いて納得してくれたのか?」
カウリに聞かれて、レイはなんとも言えない情けない顔になった。
「おいおい、なんて顔してるんだよ。まさか、彼女に何か言われたのか?」
しかし、その問いにレイは無言で困ったように眉を寄せて口を尖らせているだけだ。
もう一度、ルークとカウリが顔を見合わせる。
少なくとも、今の説明を聞いたのなら、竜の主が彼女ではなくて良かった、と言うレイの不用意な発言の真意は届いた筈だ。
しかし、このレイルズの反応は、おそらく何か言い返されたのだろうと推測出来た。
「彼女はなんて言ったんだ?」
こちらも真剣なカウリの質問に、レイは何度か口を開きかけては何も言えずに俯く事を繰り返した。
「おいおい、大丈夫か?」
カウリが、心配そうに腕を緩めて背中を撫でてくれる。
「あのね、ディーディーの様子が急におかしくなって、なんていうか、息が出来ないみたいだったんだ。それで慌てて背中をさすってたら……」
「さすってたら?」
「それなら私の気持ちはどうなるんだって、急に大きな声でそう叫んで掴みかかってきたんだ。もちろん全然弱い力だったから、僕はなんともなかったんだけど驚いたよ。彼女は必死で僕の事叩いてたけど、全然これっぽっちも痛く無かった。あれが彼女の全力なんだって分かって、女の子ってなんて弱いんだろうって……本気で驚いた」
自分の胸元を叩いてそう言うレイを、カウリも同意するように頷いた。
「そりゃあお前と比べるなよ。女性の、ましてやまだ十代の女の子の力なんて、だいたいそんなもんだぞ」
苦笑いするカウリの言葉に、レイは小さく頷いた。
「彼女は、自分は守られているだけでいろって言うのかって怒ったの。自分は何の為に精霊魔法を学んでいるんだって、それで……」
そこまで言って、レイはまた唐突に真っ赤になった。
カウリが口笛を吹く。
「それで、それで彼女はなんて言ったんだ?」
「言いませーん!」
唐突にそう叫んだレイは、すっかり緩んでいたルークの拘束からするりと抜け出した。そのまま床を転がって逃げる。一瞬遅れて、カウリが腕を掴もうとしたが逃げられる。
「捕まえろー!」
ルークの号令に、ずっと黙って見ていた若竜三人組が歓声を上げて乱入して来る。
悲鳴を上げて転がって逃げたレイは、机を挟んで、休憩室の中を総勢五人を相手に、必死になって逃げ回った。
最後に追い込まれたレイは、椅子の背に足を掛けて垂直に飛び、大きな食器棚の上に軽々と飛び上がったのだ。まるで猫のような身軽さだった。
そんな彼を、全員が呆気にとられて見上げた。
「おいおい、やっぱりお前の足には羽が生えてるだろう」
呆れたようなカウリの声に、ロベリオ達が揃って頷く。
「だって! 逃げる所がここしか無かったんだもん。幾ら何でも、この狭い部屋で五対一は卑怯だよ!」
棚の上から困ったようにレイが言い返す。それを聞いたマイリーが、笑って立ち上がった。
「ほらほら、分かったから降りておいで」
「もう追いかけない?」
拗ねたようなその問いに、またマイリーが口元を押さえて笑う。
「しないって。しかし、今のあれって、構おうとしたら嫌がって逃げ出した猫みたいだったな」
「確かに、だけど猫のレイはあそこには上がれないんじゃありませんか?」
呆れたようなルークとカウリの言葉に、すぐ側で聞いていたマイリーとヴィゴが大きく吹き出し、続いてレイも笑い出して全員揃っての大爆笑になった。
「酷いよカウリ。でも確かに、猫のレイはここには上がれないかもね。僕初めて猫のレイと会った時、あの子お庭の木に登って降りられなくなっていたんだよ」
笑ってそう言うと、軽々とそのまま床に飛び降りた。
軽くしゃがんだだけで平然と立ち上がった彼に、若竜三人組が何故だか悔しそうに見ているのに気付き、ルークは笑いを堪えるのに苦労していた。
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