見学と少女達

 休憩室でお茶とお菓子を堪能したレイルズとクラウディア、ニーカの三人は、その後は改めて淹れてもらったカナエ草のお茶を飲みながら、飽きる事なくお喋りを楽しんでいた。



 その時、レイの目の前にシルフが現れて座った。

『レイルズ様フィレットです』

『伯爵様とジャスミン様が第一竜舎へ向かわれます』

 フィレットとは、竜騎士隊付きの第四部隊の伍長で、マークやキムとも仲が良い。普段は事務所で仕事をしているのだが、今日のように本部に来客があった際に案内役を担当している兵士だ。

「もう準備出来たんだね。じゃあ僕達も行きます」

『かしこまりましたお待ちしております』

 一礼して消えるシルフを見送り、三人は笑顔で立ち上がった。

「じゃあ行ってきますね」

「美味しいお茶とお菓子をご馳走様でした」

「お世話をお掛けしました。お茶もお菓子もとっても美味しかったです」

 レイの言葉に続いてお礼を言う二人に、世話をしたラスティも笑顔になった。

「はい、お口にあったのなら良かったです。では、どうぞ楽しんできてください。お預かりしている荷物は、お帰りの際にお届けいたしますのでそのまま行ってくださって結構ですよ」

「ありがとうございます」

 声を揃えてお礼を言われて、もう一度ラスティは笑顔になった。

「じゃあ行ってくるね」

 二人を連れて、レイは急いで第一竜舎に向かった。




 ゆっくりと見学者用の別館から出て来たジャスミン達だったが、第一竜舎の前で、少し待つように言われた。

 大人しく待っていると、突然声を掛けられてジャスミンは飛び上がった。

「レイルズ様! まあ、ディアとニーカも! 会えて嬉しいわ。もうお掃除は終わったの?」

「ええ、もう終わったわ。私は今からスマイリーに会いに行くところなの」

 手を取り合って喜ぶ三人の少女達に、伯爵だけでなく、皆笑顔になる。

「えっと、竜舎の見学に彼女達もご一緒させて貰っても構わないですか?」

 レイの言葉に、ティルク伍長は頷いた。

「レイルズ様もご一緒なさるんですよね。それなら構いませんよ。どうぞ」

「ありがとう、急に無理を言ってごめんね」

 嬉しそうにお礼を言うレイに、正式に紹介されても全く変わらず自分に接してくれる彼に、ティルク伍長は密かに感動していたのだった。

 もちろん、ルークから今日の見学の際、彼女達も一緒に見学させてやってくれと頼まれているのだ。




 竜の主には様々な特権がある。

 その中に、本人の身内に限り、当の竜騎士が同行していれば竜舎への出入りが事前の申請が無くても許可される、というのがある。

 今のクラウディアは、ニーカの身内として竜騎士隊では扱われている。

 そして竜の主であるニーカは第一竜舎へも当然出入り出来る権利を持っている。

 今のニーカは正式には竜騎士では無いが、それに準ずる扱いをするように、と、竜騎士隊付きの兵士達は申し送りされている事もあって、突然の見学への参加も許されている。




「それでは、まずはこちらの竜舎からご案内します」

 ティルク伍長の案内で、人数の増えた一行は第一竜舎の中へ入って行った。

「ようこそいらっしゃいませ。伯爵様、ご無沙汰いたしております」

 第一竜舎では、マッカムが彼らを出迎えてくれた。

「おお、久し振りだなマッカム。相変わらず元気そうで何よりだ」

 小柄なマッカムは、竜騎士隊に様々な援助をしてくれているボナギル伯爵とは既知の仲だ。彼が子供の頃に竜騎士だった祖父に連れられて竜舎に見学に来た際には、マッカムは何度も遊び相手をした事もある。

「初めまして、お嬢様。マッカムと申します。この竜舎にて、精霊竜達のお世話をさせて頂いております」

 後ろに控えていたジャスミンに、マッカムは優しそうな笑顔で話しかけた。

「初めまして。ジャスミンと申します。私、竜を側で見るのは初めてなんです。昨日は、楽しみで仕方がなくて、実は殆ど眠れなくてシルフ達に笑われたんです」

「それは嬉しいですね。どうぞ楽しんでください。ジャスミン様は、精霊達が見えるのでございますな。それは素晴らしい。彼女達は気まぐれで移り気ですが、とても可愛く愛しい存在でございます。どうぞ、仲良くなされますよう」

 目を細めたマッカムの言葉に、緊張してやや引きつった顔をしていたジャスミンは花も綻ぶような笑顔になった。

「マッカム様は、精霊が見えるんですね。分かります、あの子達は本当に可愛いですよね」

 嬉しそうに身を乗り出してそういうジャスミンを、伯爵は驚いたように見ていた。


『可愛い可愛い』

『可愛いのは貴女』

『大好き大好き』


 彼女の言葉に、呼びもしないのに次々とシルフ達が現れてジャスミンの頬や鼻先にキスを贈った。

 それを見てジャスミンは嬉しそうに声を上げて笑った。まるで鈴を転がすような可愛い笑い声で。



 あの一番小さなシルフは、彼女の頬にキスを贈った後、そのまま肩に座って嬉しそうに手を叩いて笑っていた。

「おお、これはまた……お嬢様と同じく幼いシルフでございますな。其方、そんなに幼いなりで、この世界にいても大丈夫なのか?」

 そのあまりに小さなシルフに驚いたマッカムは、心配そうに肩に座るシルフに尋ねた。

 しかし、小さなシルフは平然と笑っている。


『最初は大変だった』

『消えかけていたところを蒼竜様が助けてくださった』

『今もずっと光の友が助けてくれている』


「おお、ラピスが……それは良かった。そのお嬢様と仲良くな」


『もちろん』

『大好きだもん』


「私も大好きよ。これからもよろしくね」

 ジャスミンはそう言って笑うと、自分の肩に座った小さなシルフを見てそっと指の先で優しく突っついたのだった。

 笑ったシルフと指先で優しく戯れている彼女を、マッカムはとても優しい目で見つめていた。

「ではまずは、こちらの第一竜舎からご案内させて頂きます。大きな声を出さぬよう。勝手な行動はなさらぬようにお願い致します」

「はい、分かりました」

 そう答えて、真剣に何度も頷いたジャスミンは、伯爵の横に並び袖を掴んだ。

 笑顔で顔を見合わせたレイルズ達も、ジャスミンのあとに続いた。



 マッカムを先頭に、レイルズ、ジャスミン、伯爵が続き、その後ろをニーカとクラウディア、ティルク伍長と第四部隊の伍長が続いて、まずは守護竜であるフレアの前に進み出て並んだ。

「こちらの第一竜舎にいるのは、現在の竜騎士様の伴侶である竜達です。こちらが、アルス皇子の伴侶の竜で、老竜のルビーでございます」



 目の前の巨大な真っ赤な竜を見上げたきり、ジャスミンは言葉も無く立ち尽くしている。

「すごい……なんて……なんて綺麗なのかしら……本物のルビーよりも、はるかに美しいわ……」

 無意識にそう呟きながらも、目は自分よりもはるかに高い位置にある竜の目に釘付けだ。

 その体が小さく震えているのを見て、レイはてっきり覇気に当てられたと思い慌てたが、シルフ達が目の前に現れて首を振っているのを見て黙って下がった。



 しばらく呆然としていたジャスミンだったが、我に返ったように何度か瞬きをすると、慌ててその場に跪き両手を額に当てて頭を下げた。

「大変失礼を致しました。ボナギル伯爵家の養女となりました、ジャスミン・リーディングと申します。ファンラーゼンの守護竜たるルビー様にお目にかかれて光栄でございます。本日、父に連れられて竜舎の見学に参りました。しばし竜舎をお騒がせする事をどうかお許しください」

 その、幼い彼女のあまりの堂々とした挨拶に、レイは驚きのあまり言葉も無く跪く彼女の背中を見ていた。

『立ちなさい幼き娘御よ。挨拶は確かに受けた。そちらの巫女達もゆっくりと楽しむが良い』

 その言葉に、レイの後ろに控えていたニーカとクラウディアも慌ててジャスミンに倣った。



 通常、見学の際にこう言った挨拶を受けても、竜達がわざわざそれに答えることは少ない。

 しかし、今のルビーは満足気に目を細めて喉を鳴らす事さえしてみせたのだ。

 それを見て、周りで興味津々で様子を伺っていた他の竜達も、嬉しそうにゆっくりと喉を鳴らし始めた。

 それぞれに違う音で鳴らされる竜達の喉の音は、不思議に寄り添い優しい合唱となって広い竜舎を包み込んだ。

「まあ、猫なんかよりもすごく大きな音ですね。でもずっと聞いていたくなるような素敵な音ですわ」

 跪いたまま顔を上げたジャスミンは、その音を聞いて無邪気に嬉しそうにそう言って笑っている。

 同じく顔を上げたクラウディアとニーカも満面の笑みで何度も頷いていた。

 ティルク伍長と第四部隊のフィレット伍長も、見学者を相手にこんなにも機嫌の良い竜達を見るのは初めてで、こちらも驚きのあまり呆然と見ている事しか出来なかった。



 レイとマッカムは、揃ってルビーを見上げた。

「ねえ、ルビーはもしかして、ジャスミンの事……気に入った?」

『うむ、まだ幼いのに中々に強き力を持った良き声をしておる。正しく育てれば良き精霊使いとなるだろう』

 その言葉に、マッカムは嬉しそうに何度も頷いた。

「伯爵様。彼女は良き精霊使いとなるであろうと、ルビー様からお褒めの言葉を頂きましたぞ。よろしゅうございましたな」

 マッカムの言葉に、ようやく我に返った伯爵は、慌てたようにこちらも両手を握って額に当ててその場に跪いた。

「ありがとうございます。縁あって我が家に迎え入れた子でございます。彼女をしっかりと守り育てて参ります事を、お誓い申し上げます」

 その言葉に、一層大きな音で鳴らす喉の音を聞き、伯爵はゆっくりと立ち上がった。

 慌てたように駆け寄ったティルク伍長がジャスミンを立たせてくれるのを見て、レイも慌ててそれに手を貸した。

 駆け寄ったニーカとクラウディアも、大喜びで彼女と手を叩きあって喜んでいたのだった。




 その後は順番に皆の竜達を紹介していった。しかし、ジャスミンは心配していた精霊竜の覇気に具合が悪くなる事もなく、平然と次々に紹介される竜達をニーカやクラウディアと一緒に大喜びで聞いていたのだった。

 クラウディアやニーカにも、レイは改めて皆の竜を紹介した。

 ニーカは竜達とは面識はあるが、改めて紹介されて嬉しそうに皆に挨拶をしていた。

 最後にタドラのエメラルドを紹介し終わったら、ジャスミンは不思議そうにレイを振り返った。

「あの……レイルズ様の竜は、何処におられるんですか? もしや、何処かにお出掛けですか?」

 ジャスミンの質問に、レイは笑顔で答えた、

「ああ、僕のブルーは体がすっごく大きいから、この竜舎でも入れないんだよ。だから、お城の西にある離宮の近くの湖に普段はいるんだよ」

「まあ、そうなんですね。残念です、噂の古竜様に、一目だけでもお会いしたかったです」

 残念そうにそう言って笑ったジャスミンは、父親に促されて第一竜舎を後にした。出て行く時にジャスミンが振り返ると、竜達が全員、首を伸ばしてこっちを見ていたのだ。

「ありがとうございました」

 満面の笑みで、大きな声でそう言ったジャスミンにまた竜達は揃って喉を鳴らしてくれた。




「皆に気に入られたみたいだね、良かったね」

 レイの声に、ジャスミンは興奮のあまり真っ赤になったまま、また満面の笑みになった。

「はい、本当に綺麗な竜達でしたね。夢のような時間でした。もうこれで見学は終わりですか?」

「いえ、この後は第二竜舎へご案内致します。こちらには、主を持たない竜がおります」

 ティルク伍長の説明に、また目を輝かせる。

「スマイリーに会って行ってよ。紹介するわ」

「貴女の竜ね。ええ、すごく楽しみだわ」

 手を取り合って大喜びする二人を、レイとクラウディアは何となく、少し離れて並んで見ていたのだった。

 ニーカと一緒に無邪気に喜ぶそんな彼女の様子に、伯爵もずっと笑顔だった。



『ずいぶんと楽しそうだな』

 肩に現れて座ったブルーのシルフの言葉に、レイは笑顔になった。

「ルビーは彼女の事が気に入ったみたいだよ。良き精霊使いになるだろうってさ。最初にブルーも言ってたもんね、彼女からは強い力を感じるって」

『うむ、しかも最初に見た時よりも更に力は増しておるようだな。どうやら、養女となり己の足場がしっかりした事で、自信が付いて己の力を認めたのだろう。良き事だ。年齢を考えると何処まで伸びるか恐ろしくもあり楽しみでもあるな』

「へえ、そうなんだ。それならきっと頑張って良い精霊使いになってくれるよ」

 無邪気に答えるレイにブルーは何か言いたげだったが、結局何も言わずに口を噤んだ。

「じゃあ行こうよ」

 そう言ってクラウディアの手を握ったレイは、ティルク伍長とフィレット伍長の案内で第二竜舎へ向かうジャスミン達の後を追いかけたのだった。

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