運命との出逢い
「こちらが第二竜舎です。ここには主のいない竜と、アルジェント卿のように引退なさった元竜騎士の方の伴侶の竜が暮らしている竜舎になります。ニーカ様の竜も、こちらにおられますよ」
ティルク伍長の説明に、ニーカは満面の笑みでジャスミンと一緒に竜舎に駆け込んで行った。
「スマイリー!」
叫んで、差し出された小さな頭に飛びつくニーカを、ジャスミンは少し下がった所から笑顔で見つめていた。
「まあ、なんて綺麗な色の竜なの。ニーカの言う通りね。スマイリーはとっても小さくて可愛いわ」
ニーカから、私の竜はとても小さいと聞いていたのだが、確かに他の竜を見た今なら分かる。彼女の竜はとても小さい。
更に口を開こうとしたジャスミンに、後ろからレイが慌てたように声を掛けた。
「あ、あのね。ごめんね、大事な事を教えておくから、よく聞いてね」
驚いて振り返ると、駆け寄って来たレイは、クラウディアとジャスミンを見ながら名前についてやや早口で必死になって説明した。
「あのね、例えばニーカの竜は彼女はスマイリーって呼んでるんだけど、それは主である彼女だけが呼べる名前で、他の人が呼ぶ時は、また別に名前があるんだ。精霊竜は自分の守護石ってのがあって、他の人が呼ぶ時にはそれが名前になるんだ。例えば僕の竜はブルーって名前があるんだけど、それは僕だけが呼べる名前で、他の人が呼ぶ時には守護石であるラピスラズリ、もしくはラピスって呼ぶんだよ。ニーカの竜なら、他の人はロードクロサイト、もしくはクロサイトって呼ぶんだ。だからジャスミンがあの竜を呼ぶのなら、クロサイト様、になるんだ。えっと……分かった?」
早口に圧倒されていたジャスミンだったが、話の内容は理解したようで小さく頷いた。
「分かりました、大変失礼を致しました。じゃあ私が呼ぶ時は、クロサイト様。でよろしいんですね」
「うん、それで良いよ」
「ありがとうございます。無知な私をお許しください」
申し訳なさそうに謝られて、レイは慌てて首を振った。
「ごめんね。先にちゃんと説明しておけばよかったね、こっちこそごめんね。えっと、慌てて説明したけど、早口で聞こえた?」
「はい、大丈夫です」
顔を見合わせて照れたように笑うレイとジャスミンを、クラウディアは少し離れた所で黙って見つめていたのだった。
「ほら、行っておいで」
ジャスミンをクロサイトの所に行かせてやり、レイはクラウディアを振り返った。
「ディーディーもおいでよ。新しい子が来てるから紹介するよ」
掛けられたその無邪気な言葉に、クラウディアは泣きそうになる自分を必死になって叱咤していた。
「彼は見学者に詳しい説明をしてるだけよ」
そう分かっていても、すぐ近くで話をする二人を見る度に、クラウディアはどんどん自分の居場所が無くなるような気になってしまいどうしたら良いのか分からなくなるのだった。
そんな彼女を、シルフ達が心配そうに見つめていたのだった。
カーネリアンやトルマリンをニーカが得意気にジャスミンに紹介するのを、レイとクラウディアは少し離れた所から揃って見守っていたのだった。
ようやく自分の所に来てくれたレイに、クラウディアは内心で安堵していたが、それと当時にそんな自分が心底嫌になっていた。
年齢的にはほとんど変わらないジャスミンとニーカだが、体格はニーカの方が明らかに一回り小さい、体も細くその年齢の少女の平均と比べてもかなり小さい方だろう。
同い年だと言われても俄かには信じられない程の違いだが、二人ともそんな事を気にする様子もなく仲良く話をしている。
「トルマリン様って……」
トルマリンを紹介したニーカの言葉ににジャスミンはそう呟いたきり黙ってその場に跪き、静かに祈りを捧げたのだった。
「立ちなさい、幼き娘御よ。主の為に祈ってくれて感謝する」
小さく喉を鳴らしたトルマリンは、そう言って丸く座り直し翼の中に顔を埋めてしまった。
トルマリンの主の事はニーカも詳しく聞いて知っている。彼女も黙ってその場で祈りを捧げたのだった。
「えっと、最後が最近こっちに来た新しい子なんだよ。まだ二十歳くらいで若竜になったばかりだよ。名前はルチルクォーツ。僕らはルチルって呼んでるよ」
そこにいた竜は、クロサイトよりは大きいが、ほかの竜に比べるとまだまだ子供だと言えるような細くて小柄な竜だった。
身体は乳白色で半透明の鱗に覆われていて、その鱗の中にまるで針のような金色の細い線が何本も走っている、とても不思議な模様をしていた。
鱗の色と同じ乳白色の綺麗な
「まあ、綺麗な竜ですね」
初めて見る色合いの竜にクラウディアは思わずそう呟き、それを聞いたレイも嬉しそうに頷く。
ニーカと一緒にジャスミンも近寄ってルチルを見上げたのだが、その瞬間、ジャスミンは大きく息を飲んで悲鳴のような声を上げた。
「ひいっ……え? 何……なんなの。これ……」
そのまま半歩下がったきり、動かなくなってしまった。
次の瞬間、物凄い数のシルフ達が一斉に彼女の頭上に輪になって現れたのだ。そのまま、無言で彼女を見つめている。
しかし、ジャスミンはそんなシルフ達には目もくれず、視線はルチルに釘付けになったまま身じろぎひとつしない。
その異様な状態に、精霊達の見えるレイとクラウディアとニーカ、そして第四部隊のフィレット伍長は息を飲んだ。
「え、これって……」
レイにはその光景に見覚えがあった。
カルサイトの主となったカウリ伍長が面会に来てカルサイトと会った時と、これは全く同じ状態なのだ。
いきなり動いたのは、柵の中にいたルチルだった。
大きく吠えたルチルは、出来る限り首を伸ばしてジャスミンのすぐ前に差し出したのだ。
声を上げたジャスミンがその大きな頭に飛びつくみたいにして縋り付く。
その瞬間、周りにいたシルフ達が爆発したように大喜びで騒ぎ出した。手を取り合って踊る子。大喜びでくるりくるりと回っている子もいる。
『祝えよ祝えよ』
『新たなる主が現れた!』
『祝えよ祝えよ』
『この出会いに祝福を!』
『祝えよ祝えよ』
『幼き主に祝福を!』
『愛しき竜に祝福を!』
『愛しき竜に祝福を!』
驚きのあまり声もない伯爵を振り返り、レイは満面の笑みで大きな声で叫んだ。
「ここに竜の主が誕生しました!」
その声に、クラウディアとニーカは歓声をあげて抱き合った。
第二竜舎にいた、他の兵士達も、呆気にとられてその光景を見つめているのだった。
大喜びしている彼女達を見て、ようやく我に返ったフィレット伍長は、慌てたように後ろに大きく下がり、レイ達に聞こえない位置まで下がると急いでシルフを呼び出した。
『アルス殿下にご報告致します。会議中申し訳ございませんが緊急事態です。竜騎士隊の皆様もご一緒に、大至急、大至急第二竜舎へお越しください』
何が起こったのかは言わずに、とにかくアルス皇子にそう報告する。
城での会議に出ている最中の皇子にその場で詳しい報告をすると、会議に出ている他の人にも、今の状況を知られてしまう恐れがある事を考えての配慮からだった。
『分かった、すぐに戻る』
それだけを答えて消えるシルフを見送り、大きなため息を吐いたフィレット伍長は、控え室にいて駆けつけて来た第四部隊の兵士が、マイリーに詳しい説明をしているのを見て自分は彼を呼び出すのをやめた。
それから振り返って言葉も無く、竜に抱きついたままの少女を見ていたのだった。
無邪気に喜ぶ子供達と違い、竜の主になる事の意味を知るボナギル伯爵もまた、この突然の出来事に何も出来ずにその場に膝をついて真っ青になっていたのだった。
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