倶楽部にて
用意された昼食を部屋でゆっくり食べた後、カウリと別れて、レイはルークと一緒にまた別の倶楽部に見学に行く事になった。
カウリは、迎えに来たヴィゴと一緒に午後からはマイリーと三人で城での会議に顔を出すのだと聞き、自分は行かなくて良いのか心配になった。
「今の所、そっちはカウリに任せておいて良いよ。何事も適材適所。レイルズには、出来たらマイリーや俺の下で書類作成の補助をしてもらいたいんだけどな。どうだ?」
「えっと、書類作成?」
今の所、レイがやっている事務仕事は、日々の日報を書く事くらいだ。書類作成の補助と言われても、そもそも何をするのかさっぱり分からない。
「まあ、事務仕事はこれからに期待だな。だけどお前は訓練所での成績も良いし、案外事務仕事に向いているんじゃ無いかって、マイリーとも話していたんだよ」
ルークにそう言われて、レイはちょっと考える。
「えっと、字を書く事は嫌いじゃないです。苦手だった数学も天文学のおかげで好きになったし、今では自習時間にはキムにも数学を教えたりしてるよ」
「そりゃあ凄い。俺は数学はあまり得意じゃないから、いざとなったら手伝ってもらうよ」
「うん。僕で解る事なら何でも手伝うからね」
「頼りにしてるよ」
笑いながら背中を叩かれて、悲鳴をあげて逃げ出したレイだった。
「ここが、通称音楽通り。この廊下の左右にある部屋には全て風の精霊魔法による防音処理が施されていて部屋の中の音は殆ど外には聞こえないようになってる。簡易の結界みたいなものだ。精霊魔法訓練所にも音が外に漏れない部屋があるだろう。あれと同じだよ。左側奥に竪琴の看板が掛かっている部屋、そこが竪琴の会の練習室だよ。見学に行くと連絡したから誰かいるはずだぞ」
竜騎士隊専用の部屋から出て、ルークと一緒に向かったのは音楽通りと呼ばれる宮廷楽士や楽団員達が日々の練習をしている部屋が集まる場所だ。
城でのさまざまな祭事や夜会での演奏を担当する宮廷楽士だけでなく、楽団員や合唱隊の人達も、ここにあるいくつも並んだ音楽室で日々練習に励んでいる。
こっそりと中を覗くと、右側の部屋はどこも人が大勢いて、様々な楽器を手に練習している姿が見えた。
逆に左側の部屋は、人がいる部屋と誰もいない部屋がある。部屋の大きさもまちまちだ。
キョロキョロと物珍しそうに周りを見ているレイを見て、ルークは面白そうに笑って見ていた。
「基本的に、右側が宮廷楽士や楽団員の人達が日々の練習をする部屋だよ。高価な楽器なんかも沢山置かれているから、部屋の鍵を持たない部外者は勝手には出入り出来ない。左側の手前の大きな三部屋は合唱隊の人達の専用の練習部屋だよ。それより奥が、他の人達も申し込みをして許可が出れば使える、練習用に解放されている部屋なんだ。ああ、俺が入っているハンマーダルシマーの練習もここでするよ」
ルークが指差した部屋には、扉の横の看板掛けにハンマーダルシマーの形をした木製の看板が掛けられている。
部屋の中では全部で六人の白髪混じりの男性達が談笑していた。
扉はどこも半分が透明な硝子が嵌め込まれているため、廊下から簡単に中の様子が確認出来る。
中の様子を見てから扉の外からルークが手を振ると、中にいた男性が気が付き扉を開けてくれた。
「ようこそ、ルーク様。それからレイルズ様もようこそ、ウイング・プルートスと申します。ハンマーダルシマーの愛好会の会長です。本職は、城の図書館で司書をやっとります。中にお入りになりますか?」
笑顔で差し出された右手を握りながら、見覚えのある顔に何処で会った人なのか必死で考えていて、その自己紹介で何度かお城の図書館で本を探すのをお願いした人だと気が付いた。
ニコスのシルフも、笑顔でそう言ってくれた。
「改めまして、レイルズ・グレアムです。この度、竜騎士見習いとなりました。どうぞ宜しくお願いします。えっと、あの、いつもお城の図書館で本を探してくださってる方ですよね」
レイルズの言葉に、ウイングさんは嬉しそうに満面の笑みになった。
「こんなジジイを覚えていてくださるとは嬉しいですな。本がお好きとの事でしたから、お困りの際にはいつなりとお手伝いいたしますぞ。どうぞ気軽に相談してください」
「ありがとうございます。また何かあったらよろしくお願いします」
嬉しそうにそう言うレイを、ルークは後ろから面白そうに眺めていた。
「先に、竪琴の会の見学に連れて行きます。まだしばらくいらっしゃいますよね?」
「ええ、今日は終日借りておりますので時間があれば後で覗いて下さい。ハンマーダルシマーに触って頂けますぞ」
目を輝かせるレイルズに、ウイングさんも嬉しそうだ。
一旦その部屋を後にして、向かったのは奥にある竪琴の会の部屋だ。
中を覗くと、五人の男女がこちらも楽しそうに談笑している。
「大丈夫そうだな」
ルークがそう言ってノックすると、中からすぐに扉を開けてくれた。促されてルークと一緒に中に入る。
「ようこそ、竪琴の会へ。私が会長のボレアス・シルヴァスと申します」
にこやかに出迎えてくれたのは、第二部隊の士官の制服を来た壮年の男性だ。腰には見事な
笑顔で差し出された大きな右手は、分厚いいくつものタコの出来た手をしていた。
これは戦う事を知る者の手だ。腰のミスリルの剣は飾りでは無いのだろう。
「レイルズ・グレアムです。この度、竜騎士見習いとなりました。どうぞよろしくお願いします」
ボレアスさんの紹介で、部屋にいた他の人達にも順に挨拶していく。
「シャーロット・シルヴィーと申します」
真っ白な髪を綺麗に結い上げた年配の女性が笑顔で挨拶してくれた。
「ウィスカー・ブルトンと申します。シャーロットは私の妻です。私は足が少々悪いので、座ったままで失礼致します」
並んで笑顔になる年配の二人は、確かに長年連れ添った夫婦が持つよく似た雰囲気をしている。
ウィスカーさんは、マイリーが座っていたような大きな車椅子に座っていた。
「マシュー・ハーヴィスと申します。どうぞよろしく」
「リオネル・ザッカーバーグです。どうぞよろしく」
恐らく三十代半ばの男性二人は、第四部隊の士官の制服を着ている。
差し出された右手は、やや硬いもののタコが出来る程ではなかった。
「第四部隊の方なんですね」
握手をしながら目を輝かせる。
「はい、精霊塔に勤めております。二人とも後方支援の事務方ですので、精霊魔法は大した事は出来ませんよ」
精霊魔法の適正がある人全員が前線に出るわけでは無い。適性はあっても実技は殆ど出来ない人もいる。マティルダ様のように、精霊の声は聞こえるが精霊魔法はさっぱりと言う人だっているのだ。
「でも、シルフが肩に座っていますね」
嬉しそうなレイの言葉に、二人は困ったように笑った。
「ええ、私もリオネルも彼女達の良い遊び相手だと思われていますね。事務用品が無くなるのは日常茶飯事ですよ」
「ええ、君達、マシューさんやリオネルさんのお仕事の邪魔しちゃ駄目じゃないか」
咎めるようなレイの言葉に、肩に座っていたシルフは笑いながら首を振った。
『彼はいつでも遊んでくれるもの』
『悪戯しても怒らないわ』
『怒らないわ』
『面白いんだもん』
『悪くないよ』
『悪くないよ』
悪びれないその言葉に、レイとルークは思わず顔を見合わせて吹き出した。
「完全に遊び相手に認識されていますね」
「ええ、そうなんですよ。でもまあ、彼女達の悪戯は悪意はありませんからね。可愛いものです」
顔の前に現れたシルフにそっとキスを贈る彼を、レイは嬉しそうに見ていた。
「せっかくお越しになられたのですから、ここにある大きな竪琴を弾いて見ますか?」
ボレアスさんがそう言って指差した部屋の奥には、レイの背丈ほどもある、大きな三角形の竪琴が置かれていた。
「これには、ここにペダルが付いていて、半音上げたり出来るんですよ」
目を瞬かせたレイは、慌てたように首を振った。
「こんなに大きなのは触った事も無いです」
「それなら尚のこと是非触って見てください。大丈夫ですよ」
満面の笑みで言われて、恐る恐る大きな竪琴の前に座る。
ニコスのシルフのシルフが現れて、初めて竪琴を触った時のように弦の横に立った、もう一人は足元のペダルの横に座った。
『大丈夫だよ』
『弾けるよ弾けるよ』
『ここからここから』
嬉しそうな彼女達に教えられるままゆっくりと弦を弾き、曲を奏で始めたレイルズを部屋にいた全員が呆気にとられて見つめていたのだった。
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