様々な付き合い

 少し休憩した後、今度は青年会の上の会になるのだと言う、鱗の会に挨拶に行った。

 ここは。先ほど行った青年会が三十代までの人達なのに対して、それ以上の年齢の当主以外の人達の集まりなのだと教えられた。



「鱗の会の名前の由来は、竜の鱗になぞらえていてね、古い鱗の下に新しい鱗が出て来る様を表しているんだよ。つまり、新しい鱗が健やかに育つには、古い鱗がそれまでしっかりと守っていなければならない訳だ」

 ルークの説明に、カウリがニンマリと笑う。

「逆に言えば、新しい鱗が出て来たら、古い鱗はさっさと退場するって意味もあるんですよね」

「まあ、そう言う意見もあるな」

 大真面目にそう言って頷き、カウリとルークは揃って吹き出した。

「カウリはこっちに入るんだろう?」

「ヴィゴやマイリーも入ってますからね。ここは、俺も入っておかないとまずいでしょう」

「まずいって事は無いと思うけどね。まあ確かに入っておくべきだよな」

「レイルズは青年会に入るんでしょう?」

 カウリの質問に、ルークは困ったように彼を見た。

「そこなんだよな。レイルズの場合は完全に血の繋がった縁者がいない。この場合、陛下の許可があれば家を興す事も可能だからね。そうなると、こっちじゃなくて当主と嫡男だけの、譲葉ユズリハの森の会の方になるんだよな。だけど、あっちははっきり言って……婦人会どころの騒ぎじゃ無いからな。正直言うと、怖くて俺でも近寄りたく無いからね」

「ああ、まあ噂は聞きますけど……そんなに凄いんですか?」

「婦人会が可愛い集団に思えるくらいには」

「絶対、関わり合いになりたく無いっす」

「俺も心の底から同意するよ。頼むから、そっとしておいてくれって」

 二人は顔を見合わせて、同時に大きなため息を吐いた。

「まあ、頑張ってください」

「お前、他人事だと思ってるな」

 カウリの言葉に、ルークが口を尖らせる。

「レイルズみたいに拗ねないでくださいって」

 顔を見合わせて笑い合う二人を、レイは困ったように見つめていた。

「ねえ、知識の精霊さん、教えてください。ユズリハの森の会って言うのは当主と嫡男、つまり跡継ぎだけの会って事だよね。それがどうして怖いの?」

 レイの言葉に、ニコスのシルフ達が現れた。


『当主や嫡男って事は家を背負っているという意味』

『それはつまり譲れないものを持つ者達という事』

『彼らは血筋を重んじる』

『家を継続させる事が一番大事だからね』

『なので次男以下の人とは考え方が違う』

『まず家を守るそして家名を守る』

『個人の思いはそこには入れない』


 説明を聞いて、レイは首を振った。

「僕も嫌です」


『それで良いと思う』


 ニコスのシルフも笑ってそう言ってくれたので、ユズリハの森の会には、出来るだけ近寄らない事にしようと考えたレイだった。



「ここが、鱗の会の会合で使われる部屋だよ」

 到着した部屋も大きな扉のある部屋だ。

 ノックをすると中から扉が開かれ、ルークを先頭に中に入る。

 部屋にいた大勢の人達が、一斉にこちらを振り返った。

「ようこそ鱗の会へ。会長を務めておりますリッカーと申します。どうぞよろしく」

 一人の壮年の男性が進み出てそう名乗った。にこやかに差し出された右手を握り返して、二人が順番に挨拶する。



「改めまして、鱗の会の皆様にご挨拶に参りました。竜騎士隊に加わりました新人二人を紹介させて頂きます」

 ルークの言葉に、カウリとレイは並んで揃って部屋にいる人達に向かって頭を下げた。拍手で迎えられ、また挨拶の嵐に見舞われたのだった。

 当然だが全員歳上ばかりで、レイは青年会よりもかなり緊張しながら挨拶をしたのだった。

 しかも、青年会では訓練所で顔見知りになった人が何人かいたのだが、ここでは全く誰も知らない。

 次々に名乗られる名前と身分を聞くのが精一杯だった。



「お疲れさん。どうだ、挨拶回りは大変だろう」

 ようやく挨拶が一段落した時、ずっと離れて様子を見ていたマイリーとヴィゴが、笑いながら近寄ってきた。

「ちょっとは助けようとか、思わないんですか?」

 咎めるようなルークの言葉に、二人とも笑っている。

「まあこれも経験だ、しっかりやれ」

 笑ったヴィゴに背中を叩かれて、ルークはこれ見よがしのため息を吐いた。



「ルーク、ちょっと」

「何かありましたか?」

 マイリーに密かに呼ばれて、ルークが顔を寄せて小さな声でそう尋ねる。

「陛下にレイルズの件を確認した。嫡男扱いでは無く、あくまで血縁者のいない若者という扱いで良いとの事だ。なので入るなら青年会で良いだろう。将来、結婚して家を持ちたいなら、その時には対応して下さるそうだ。今の所はそれで良いと」

「了解です。じゃあ青年会に連絡しておきます」

 頷いたルークはカウリを振り返った。

「カウリはどうしますか? こっちに入るんですよね?」

「会長に、ヴィゴから入会希望の連絡はしてある。まあ、入会は急がないから一通りの挨拶が終わって落ち着いてからで良いそうだ」

「ですよね。それならレイルズは青年会で、カウリは鱗の会っと。午後からは個別にいくつか回る予定なんですけど、レイルズは、竪琴の会と星の友は入っても良いんじゃ無いかと思っているんですけれどね」

「ああ、ラスティから聞いたよ。良いんじないか? いきなり幾つも入っても混乱するだろうから、趣味の会あたりでまずは倶楽部に慣れる事だな。俺としては、戦略室の会に入ってもらいたいんだけどなあ」

「それはちょっと……レイルズには荷が重いのでは?」

「なんですか? それ。戦略室の会?」

 途中から普通の声で話していたので、レイルズにもマイリーの声が聞こえたらしい。

 不思議そうに尋ねるレイルズに、振り返ったマイリーは嬉しそうに笑った。

「陣取り盤の研究会だよ。どうだ?」

 しかし後ろでルークが黙って首を振っている。これは恐らく、入るな、と言う意味なのだろう。ニコスのシルフも黙って手でばつ印を作っている。

「ええ、僕はまだ陣取り盤は初心者ですよ。研究会なのに初心者でも大丈夫なんですか?」

 目を瞬く彼を見て、マイリーはからかうのをやめた。

「まあ無理だ。今入ったら、間違い無く付いてこれないだろうな。将来入る予定の会にしてくれると嬉しいよ。最近では新しい奴が全然いなくてな。同じ顔ぶれで手合わせしても面白くない」

「マイリーと互角に戦える程の腕の人達に、僕で相手が務まるわけありません!」

 必死で首を振るレイルズを見て、マイリーも笑って頷いた。どうやら、別に本気で誘ったわけではないようだった。




 鱗の会の部屋を出た三人は、一先ず城にある竜騎士隊専用の部屋に戻った。

「ああ疲れた。今日が一番疲れた気がするよ」

 ソファーに座ったルークが、クッションに倒れ込んでそう叫んでいる。

「僕も疲れました」

 レイも隣に座って反対側のクッションに倒れ込んだ。

「腹減った」

 一人用の椅子に座ったカウリが、大きく伸びをしながらそう言って欠伸をする。

「一休みしたら昼食だな。用意してくれているからここで頂くよ」

 誰かとの会食ではないと知り、見習い二人は密かに安堵していた。

「本当は、青年会と鱗の会の面々との会食でも良かったんだけどな。鱗の会の会長と副会長が、別の先約があったらしいんだ。それで、後日改めてってことになったのさ。

「改めてって事は、やっぱり有るんだ」

 カウリが天井を見上げて大きなため息を吐く。レイも無言でクッションに顔を埋めた。

「言っただろう、これも仕事のうちだ、頑張ってせいぜい愛想笑いするんだな。覚悟しろよ、これから当分の間、こんなのばっかりだぞ」

 悲鳴をあげる見習い二人を見て、ルークは笑って二人の背中を叩いた。



『あまり新人を苛めてくれるな。これ以上苛めると泣くぞ』

 ルークの前に現れたブルーのシルフに真顔でそう言われて、ルークは堪える間も無く吹き出したのだった。

 一気に広がった人との付き合いの数々に、クッションを抱えたレイは、考えただけで本気で気が遠くなるのだった。

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