青年会とブルーの心配事

 翌日、朝練を終えたレイは、ルークに連れられてカウリと一緒に朝食を食べた後に少し休んでから城へ向かった。

 青年会の会合に挨拶に行く為だ。

「俺は、鱗の会の方の年齢なんですけど、それでも行くんっすね」

 レイの隣をのんびりと歩きながら、カウリがそう言ってルークを見る。

「もちろん、後で鱗の会にも顔を出すよ。順番だ」

「ああ、面倒臭い」

 上を向いて文句を言うカウリに、レイは驚いている。

「これから先、ずっとお世話になる世界だ。文句言うんじゃないよ」

 笑ったルークにそう言われて、カウリは苦笑いしながら大きなため息を吐いた。

「その辺りは真面目なレイルズにお願いするよ。俺は無理」

「無理でもやるんだよ。まあどこまで深く付き合うかは個人の裁量だからね。無理はしなくていい。表向き失礼にならない程度にやればいいって」

「ルーク君、大人だねえ」

 からかうようなカウリの言葉に、振り返ったルークはニンマリと笑った。

「そりゃあ、貴方より年下だけど場数だけは踏んでるからね。貴族間の付き合いなんて、裏で何をしようが所詮はお子様だよ。本気の命のやり取りする様な事はまず無いからね」

 平然と言ったその言葉に、カウリは顔を覆って首を振った。

「俺の負け。恐れ入りました」

「分かればよろしい」

 澄ましてそう言ったルークは、次の瞬間、カウリと同時に笑い出した。

「良いなあ。こう言うやり取りは、まだレイルズとは出来ないからな」

 嬉しそうに笑ったルークは、カウリと拳を突き合わせた。



 案内されたのは、城の外縁部分に当たり、ここは比較的身分の軽い人が多くいる場所だ。

「青年会の会合があるのは、そこの突き当たりのエメラルドの間。主だった会議室や集会用の部屋には、大体鉱石や宝石の名前が付いてるよ」

「ラピスラズリは?」

 目を輝かせてレイがそう尋ねると、カウリが教えてくれた。

「俺達が議会でお披露目をした部屋の隣に、もう少し小さな会議室がある。そこがラピスラズリの間って呼ばれているよ。壁の柱が、全部青一色のタイルで綺麗に埋め尽くされてる。すごく綺麗な青でね。まさに、お前がしてる指輪の様な濃い青のタイルだよ」

「タイルって事は陶器なんだね。へえ、陶器でそんな綺麗な青が出るんだ」

 感心する様に呟く彼を見て、ルークは小さく頷いた。

「お前が陛下から賜った瑠璃の館は、そりゃあすごいぞ。俺も、中は見た事がないんだけど、外観だけでも一見の価値ありだもんな」

「確かに、瑠璃の館の中なら、俺も見てみたいですよ」

 カウリまでがそんな事を言うので、レイはちょっと考えて二人を見た。

「えっと、僕はまだその瑠璃の館ってお家を見た事がないんだけど、どうしたら良い?」

「ひと通りの挨拶がすめば、時間を取ってやるから一度見に行かないとな。もう修復は終わったって聞いてるけど、もしもお前の希望があれば、内装なら対応してくれるぞ」

 目を瞬かせてルークを見る。

「僕の希望?」

「そうさ。お前の館なんだから、お前の好みに整えるのは当然だろう?」

 ルークにそう言われて目を瞬かせて沈黙したレイは、黙ってカウリを見る。

「カウリは? えっと一の郭に頂いた、銀鱗の館だったっけ。そこのお家の中って変えたりしたの?」

「そりゃあ、自分たちが住む家なんだから、住みやすい様に考えたさ。まず、廊下と部屋の間の段差が多かったから、頼んでいくつかの段差を無くしてもらったよ。それから廊下や主だった部屋には、全て絨毯を敷いてもらったよ。足元の床が石だとすごく冷えるんだ。チェルシーが足腰を冷やしたら大変だろう?」

「ああ、それは俺もやったな。石の館って人が少ないと本当に冷えるんだよな。絨毯を敷くだけでかなり違うからね。しかし、廊下まで全部とは凄いな」

「全部じゃありませんよ。よく使う場所だけです」

「それでも凄い量になっただろう?」

「まあ、それなりには」

 苦笑いしたカウリは、肩を竦めた。

「あの館に主に住むのはチェルシーですからね。彼女の意見をかなり取り入れましたね。出窓の覆いを取ったり、塞いでいた窓を開けたりね。お陰で最初に行った時よりも、かなり明るくて快適になりましたよ」

「家なんて、住む人がいてこそのものだからな、好きにすればいいよ。まあ、レイルズはまだ若いんだから慌てて何かする必要はないよ。ゆっくり育てていけば良い」



 そんな話をしながら廊下を歩いていると、目的の部屋の少し前で、反対側から数名の貴族の若者達が出て来た。

「やあルーク、皆待っているよ」

 ルークと然程年の変わらないであろう青年が二人、笑ってルークの腕を叩いた。

「やあ、カーディ。もう皆揃っている?」

「主だった顔ぶれはほぼ揃ってるよ。ああ、三人も来ているよ」

「おう、じゃあ一緒に回るか」

 誰が来てるんだろう?

 不思議に思いつつ見ていると、その人物はにっこりと笑って二人を見た。

「ようこそ、青年会へ。私は今季の青年会の会長を務めています。カーディン・グレードと申します。どうぞ、カーディとお呼びください」

「初めまして、カウリ・シュタインベルグと申します。ご活躍のお噂はかねがね伺っておりました。お目にかかれて光栄です」

 差し出された右手を握り、先にカウリがにこやかに挨拶する。

「これは恐れ入ります。単なる疑問ですが、どこで私の噂を?」

 何か言いたげに笑ってそう聞くと、カウリも小さく笑って肩を竦めた。

「俺は、城の第九小隊にいましたからね。まあ、色んなところからね」

「そうでしたね、資材倉庫のぬし殿。貴方がいなくなって、皆苦労したんじゃありませんか?」

「いやあ、うちは優秀なのが揃ってましたからね。頼りないのがいなくなって、せいせいしたんじゃないでしょうかね」

 何故だろう。二人とも、顔は笑顔なのに笑っていない目が怖い。

「えっと、あの、レイルズ・グレアムです。どうぞよろしくお願いします!」

 我慢出来ずに叫ぶ様にそう言うと、カーディーは、今度は普通に笑って右手を差し出してくれた。




 案内されたエメラルドの間は天井はとても高い。

 その天井からぶら下がっているのは、精巧な硝子細工で作られた巨大なシャンデリアと呼ばれる燭台で、蝋燭がいくつも灯されていて、奥まった室内なのにとても明るかった。

 壁の柱には、聞いていた通りに綺麗な緑色のタイルがモザイク模様の様に嵌め込まれている。

「あれがエメラルドの間の由来だよ」

 ルークの言葉に、レイは頷いて綺麗な緑色の柱を見上げた。

「エメラルドの鱗は、全体にもう少し薄い緑だね」

「ああ、確かに。エメラルドの鱗は、新緑の色だよな」

「そう、春の芽吹く森の色だよ」

 のんびり話が出来たのは、ここまでだった。

 カーディが入って来たのに気付いた部屋にいた人達が一斉に二人を見る。

 確かに、若い人ばかりだ。

 その中に、見慣れた真っ白な竜騎士隊の服を着た三人組を見つけてレイは思わず笑顔になった。

「ロベリオ、ユージン、タドラも。あれ? どうしてここにいるの?」

 駆け寄ったレイの質問に、ロベリオが笑って彼の首を腕で捕まえる。

「俺たちも、青年会に入ってるからに決まってるだろうが!」

 捕まって髪の毛をくしゃくしゃにされて、レイは笑って腕から抜け出した。

「ほら、順番に紹介するよ」

 ロベリオに言われて、カウリと二人で、大勢の人にまた挨拶をして回った。


『此処にいる人たちはこれからのこの国を担っていく人達』

『竜騎士隊と縁の深い人も多い』

『仲良くね』

『仲良くね』


 お城の特別事務所にいたフォルカ達みたいなのがいたら嫌だな。くらいは考えていたのだが、今の所、あからさまな嫌悪の感情を感じる事は無かった。

 時に嫌味の様な事を言われることもあったが、レイはそのほとんどを平然と聞き流していたし、そもそも嫌味を言われてると気付かない時の方が多かった。

 ニコスのシルフ達も酷い嫌味の時には注意程度はしたが、それ以外は黙って成り行きを見守っていたのだった。

 ブルーのシルフはレイの肩に座ったまま、黙ってレイの挨拶を受ける人達を見ていた。



 一通りの挨拶が終わり、ロベリオ達も一緒に部屋を後にした。

 そのまま全員で別室に移動する。

「お疲れ様。まあ、青年会と鱗の会は、これからも色々と関わる事が多いからね。上手くやっておくれ」

「了解です。まあ、なんとかしますよ」

 大きなため息を吐くカウリに、ルーク達は笑って背中を叩いている。



 どうやら、さっきのカーディーと名乗った会長と、カウリは関わりがあるみたいだ。



「ねえカウリ、さっきカーディーって人、知ってる方なの?」

 レイの質問に、ソファに座ったカウリは嫌そうな顔をした。

「カーディ様って、アゼリアル伯爵家の嫡男でね。なんて言うか、人使いの荒い奴なんだよ。兵士からの評判は酷いもんだぞ」

 騎士の称号を持っているし、腰に見事な拵えのミスリルの剣を差していたが、後方支援の部署に所属しているため前線に出る事はないらしい。

「まあ、言いたい事は多いと思うけど、大人の対応を頼むよ」

「分かってますって。そう言うのは得意なんでお任せあれ」

 笑ったカウリの言葉に、後ろで聞いていた若竜三人組も揃って小さく吹き出していたのだった。





『ふむ、今の所闇の気配は無いな。我の思い過ごしであったか』

 レイから少し離れて、シャンデリアに座って部屋を見渡すブルーのシルフの呟きに、ニコスのシルフが現れて頷きながら横に並んだ。


『確かに不自然な闇の気配を感じる時がある』

『だけど、それもどんどん小さくなっている』

『恐らく以前のあの降誕祭の時の死霊術者ネクロマンサーの残り香だと思うけれどね』


『だと良いのだがな。どうにも実態が掴めず気になる』


『主様の周りは清浄だよ』

『当然だ。欠片なりとも寄せ付けるものか』

 ムッとした様なその言葉に、ニコスのシルフは揃って笑った。


『蒼竜様は過保護』

『蒼竜様は心配性』

『大丈夫だよ』

『大丈夫だよ』


 囀るようなシルフ達の言葉に、ブルーのシルフも小さく笑った。

『まあ、ちょっと神経質になっている事は否定せぬ。これだけの城の人々を完全に把握するのは我でも面倒だ』


『それは私達がするよ』

『蒼竜様は守りをよろしくね』


 楽しそうにそう言うと、ふわりと浮き上がったニコスのシルフ達は消えてしまった。

『ふむ、確かに彼女達に人との交流は任せても良さそうだな。では我は今一度結界の強化をするとしよう』

 小さく呟いたブルーのシルフは、ふわりと飛んでまたレイの肩に座ったのだった。



 目であるシルフをレイの側に常に置きつつ、ブルーは密かにオルダムの街を守る結界の強化に努めているのだった。

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