倶楽部でのあれこれと蒼の森の春
初めて見る、ペダルの付いた大きな竪琴をそれ程戸惑いもせずにゆっくりと爪弾くレイルズを見て、竪琴の会のメンバーは大喜びでそれぞれの竪琴を取り出しレイルズの音に合わせて即興で合奏し始めた。
思わぬ美しい合奏に、一人部外者のルークは喜んで聴き入っていた。
レイもすっかりご機嫌になり、その場で竪琴の会に入会を申し込み即座に受理されたのだった。
「ありがとうございました。ではこれからよろしくお願いします」
笑顔でそう言うレイに、竪琴の会のメンバーも皆笑顔で拍手をして新人を歓迎してくれた。
「今後の会の練習予定は、後ほど本部へお知らせしておきます。ご都合のつく時で構いませんので、是非練習にも参加してみてください」
会長の言葉に、満面の笑みになったレイだった。
それから、ルークの入っているハンマーダルシマー愛好会の部屋を覗いた。
気付いたウイングさんが大喜びで扉を開けてくれて中に入る。
「えっと、竪琴の会に入会しました」
笑顔のレイに、ウイングさんはハンマーダルシマーも楽しいですよ、と言いつつも、実は竪琴の会やヴィオラ愛好会とは、演奏会や夜会で合同で合奏をする事もあるのだと嬉しそうに教えてくれた。
「僕、この前ヴィオラとハンマーダルシマーと一緒に合奏をしましたよ」
「ほう、ヴィオラならばロベリオ様とユージン様ですね。なんとも贅沢な合奏でございますな」
「えっと……」
ロベリオとユージンでは無く、ディレント公爵様だったと訂正した方が良いのかと思ってルークを振り返ると、彼は苦笑いしながら黙って首を振った。
『訂正しなくて良いってさ』
ニコスのシルフが現れて教えてくれたので、レイも小さく笑って頷いた。
せっかく仲直りしたんだから、別にお父上と一緒に演奏したと言っても良いと思うのだが、もう一度笑いながら首を振られて、レイはとりあえず黙っておく事にした。
だけど、ロベリオとユージンはヴィオラを弾くのなら、今度本当に合奏してもらおうと密かに思っているレイだった。
その後、ウイングさんが出してくれたハンマーダルシマーを弾かせて貰って、ハンマーで弦を叩いたレイは大喜びだった。
「ハンマーダルシマーは難しいって聞きましたが、本当にそうですね。思った弦を叩くのが凄く難しいです。なかなか思った位置に当てられない!」
悔しそうなレイの言葉に、しかしウイングさんは首を振った。
「いやいやご謙遜を。レイルズ様は、ハンマーダルシマーを弾くのは初めてなのでございましょう?」
「えっと、この前少しだけルークにお願いして、ハンマーダルシマーを触らせてもらいました」
「それならば、逆に二度目でそれだけ音を鳴らせるだけでも充分に凄いですぞ。如何ですか? 本格的に習ってみるつもりはございませんか?」
「えっと、魅力的なお誘いですが、ちょっと僕には無理だと思います」
慌てて首を振る彼に、ウイングさんは残念そうに笑っているだけだ。
「会長。駄目ですよ。レイルズは竪琴担当なんだから」
ルークの言葉にウイングさんは笑って頷いている。どうやらこれも別に本気で誘っているわけでは無いみたいで安心した。
その後は、ルークの案内で、いくつかの音楽関係の倶楽部に顔を出した。
どこも皆、入ってみませんか? 如何ですか? と誘ってくれるが、一度断るともうそれ以上は無理に誘ってこない。
断って気を悪くさせてしまっていたらどうしようと、実はビクビクしていたレイだったのだが、不意に目の前に現れたニコスのシルフが笑顔で教えてくれた。
『これは社交辞令って言うのよ』
「あ、グラントリーから聞いたよ。えっと、本気で言っているわけじゃ無いけど、それを言っておいたら、なんとなくその場が収まるような言葉だって。確か、物事を円滑に進める為の言葉だって言ってたね」
『そうだよ』
『せっかく見学に来てくれたんだから』
『誘ってみようかなあ』
『それくらいの考えだよ』
『だから断っても気にしないで良いんだよ』
『分かった?』
「分かりました」
レイの答えを聞いて、小さく笑って消えるニコスのシルフを見送る。
こんな風に、彼女達はレイが戸惑いそうな時には呼ばなくても出て来てくれる。
「いつもありがとうね」
小さくそう呟くと、先を歩くルークを追い掛けて早足になった。
その背後を、ブルーのシルフが楽しそうに追い掛けて飛んで行った。
大雪だった今年の雪もそろそろ少なくなって来た蒼の森の石の家では、子竜達が雪掻きの終わって広くなった庭を元気に走り回っていた。
時折、まだ日陰に山になっている集められた雪の上で転がって遊んだりもしている。
金花竜のヘミングは、まだまだ体は小さいのだが驚く程に元気一杯で、少しもじっとしている間が無いくらいに元気に走り回っている。
ポリーの子のシャーリーは、ヘミングよりも一回り体が大きくなった。女の子は大人しい子が多いのだが、そんな事知らないと言わんばかりにこちらも元気一杯だ。
特に、自分で走り回るようになって来た今の時期は実は一番怪我が多いのだと聞き、タキス達はいつも子竜達を庭に出す時には、シルフに見張りを頼んでいる程だ。
もう、アンフィーにもすっかり懐いてくれて、今では彼も少しづつ子竜の世話を手伝っている。
「本当は、そろそろ家族以外の他の人にも慣らしていった方が良いのですけれどね。もう雪の心配もしなくていい事ですし、ロディナからまた誰かに来てもらいましょうかね」
タキスが庭の隅で丸くなっているポリーの背中を拭いている横で、硬く絞った新しい布を渡してそう言いながら、アンフィーは元気に庭を走り回る子竜達を振り返った。
「そうですね。来て頂けるのならいつでも大歓迎ですよ」
タキスの言葉に、アンフィーも嬉しそうに笑っている。
ベラとポリーは、まだ上の草原には殆ど行かずに、普段はずっと子供達に付きっ切りで庭の隅に丸くなって座っている。逆に子竜達の父親であるヤンとオットーは、ベラとポリーにネズミや小鳥などの獲物を運んで来る事はあるが、子竜の面倒は殆ど見ない。
これは、野生の場合に、餌を確保する事と外敵から家族を守るのが雄の一番の役目である為で、基本的にラプトルの子育ては雌が行うのが普通なのだ。
ただ、アンフィーも驚いたのだが、ベラとポリーは子竜達の面倒をお互いに一緒に見ているのだ。
なので、例えばベラが上の草原へ上がっている時には、ポリーが庭で子竜達の面倒を見ている。逆に、ポリーが上の草原へ上がっていると、ベラが庭で子竜達を見ている。
通常、騎竜は自分の子供しか面倒を見ない。
その為、母親が死んでしまったり育児放棄してしまったりすると、殆どの場合は子竜は育たずに死んでしまう。
唯一、同腹の姉妹などがいる場合には稀に互いに子供の面倒を見る事がある程度だ。
「ベラとポリーは、あれだけ大きさが違うのですから同腹の訳がありませんよね。それなのに、互いの子供を預けて平気でその場を離れるなんて本当に驚きです」
感心したようなアンフィーの言葉に、ポリーの尻尾まで拭き終わったタキスも振り返って庭を走り回る子竜達を眩しいものを見るように目を細めて見た。
「ベラとポリーは、ギードが東の森で捕まえて来て慣らしてくれた子達です。確かに捕まえた時期も全く違いますから、同腹の訳はありませんね」
「仲は良かったんですか?」
「そうですね。そう言えば、確かに最初から全くお互いを警戒する様子がありませんでしたね。それに、ヤンとオットーの時も全く警戒しなかったですよ」
驚くアンフィーに、タキスはヤンとオットーを捕まえた時の話をした。
「成る程。ヤンとオットーは既に騎竜として躾けられた子達だったんですね。それにしても、初対面でそこまで仲良くなるのも珍しいですよ。通常、躾けられた騎竜はお互いの存在をあまり気にしません。まあ、雄と雌だったと言うのは大きいでしょうが、それでも相性は有りますからね。軍のラプトルは、整列して進軍する事もありますから、鼻先を並べて一緒に歩く訓練や甲冑を着た人を乗せて一気に走る訓練なんかはしますけれど、普段は、人に対しては驚く程懐っこいですがラプトル同士はそれ程仲良くは無いんですよ」
「これも個性なのでしょうね。特にポリーが優しいみたいですよ」
そっと背中を撫でてやりながら、タキスは愛おしそうにポリーの鼻先にキスを贈った。
「クルルー」
喉を鳴らすような甘えた声で鳴き、ポリーは顔を上げて、タキスに頬擦りするのだった。
新しい事だらけで大忙しのレイと違い、柔らかな春の日差しが降りそそぐ蒼の森では、のんびりと平和な時間が流れていた。
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