裏の話の勉強会
食事の後、少し休んでから言われた通りに休憩室に行くと、ルークとカウリが既に待っていてくれた。
「えっと今日は何処に行くんですか?」
首を傾げつつ質問すると、顔を上げたルークが座る様に促した。
大人しくいつもの席に座ると、カウリがカナエ草のお茶を入れてくれた。
お礼を言って蜂蜜をお茶に入れてかき回す。
「さて、それじゃあちょっとここで勉強会を始めようか」
ルークの言葉に、持っていたカップを慌てて置いた。
「ああ、そんなに畏まらなくて良いよ。お前は分かってない部分も多いみたいだから、今日までの訪問の裏話をしてやろうと思ってな。それで、カウリにも手伝ってもらう事にした」
目を瞬いたレイは、笑って自分を見ているカウリを見て首を傾げた。
「えっと、カウリには分かるの?」
「もうルークから話を聞いて、本気で死ぬんじゃないかと心配になるくらいに笑ったぞ。お前、最強だな」
「えっと……?」
顔を見合わせたルークとカウリは苦笑いして揃って考え込んだ。
「じゃあ、まずはフォルカ達との一件からかな?」
顔を上げて自分を見つめるルークに頷き、レイは居住まいを正した。
フォルカ達が巫女に恋するレイを馬鹿にしてわざわざあのような話題を振ったのだと言われても、レイには納得出来なかった。
「どうして? どうしてフォルカ達が僕がする事で僕を馬鹿にするの?」
「一つには、慌てふためくお前を見て楽しんでいた事。それから巫女に恋するなんて不毛で無駄な事だって考えてる彼らからすれば、真剣に付き合おうとしているお前の行動は、愚かで馬鹿馬鹿しい事なわけだ。あそこでムキになって感情的な反論をせず、お前は、先の事なんて分からないからって必死になって真正面から真剣に答えたろう?」
その通りだったので、頷く。
「彼らにしてみれば、こういう事は遊びであって真面目に話すような事じゃないんだ。だから、お前が真剣に反論したものだから興ざめしてやる気を無くした訳だよ」
「そんな……他人のする事なのに、そんな風に自分の思い通りになんてならないよ」
「彼らは思い通りになると思ってる。な、何処かにいたろう? そんな奴が」
ルークが誰の事を言ってるのか分かって、レイは無言になった。
「彼らは、俺達の間でも問題児だと思われていて動向は注意してる。何かにつけて文句を言い、人を馬鹿にして自分の優位性を保とうとするんだ。だけど、そんなのは彼らだけじゃ無い。貴族には大勢いるよ」
嫌そうに眉を寄せるレイを見て、笑いを堪えながらルークはその膨れた頬を突っついた。
「それから、部屋を出ようとした時、婦人会の会合に出たのかって聞かれたろう?」
頷くレイを見て、またルークは笑いそうになるのを必死で堪えた。
「確かに、彼女との事はいっぱい聞かれたね」
無邪気な答えにとうとう堪えきれずに吹き出してしまう。笑い過ぎて呼吸困難になっているルークを見兼ねて、横で見ていたカウリが口を開いた。
「あの時、彼らが何を言おうとしていたか分かるか?」
「えっと? 何をって?」
「魔女に吸い尽くされない様にって、言われてルークが答えてたのは? それは覚えてるか?」
戸惑いつつも頷くレイを見て、カウリはニンマリと笑った。
「じゃあ、実地訓練させてもらえるぞ。とか、歳上のご婦人に乗っかられてそうだ。ってのは?」
「覚えてるけど、何の実地訓練?それに、乗っかられるって?」
やはり全く分かっていないであろうレイに、二人は苦笑いしている。
「お前、離宮で教えてやった事分かってるか?」
「離宮で?」
「そ。結婚した男女が子供を作る為にする事」
ようやく彼らが言った言葉の意味を理解したレイは、唐突に耳まで真っ赤になった。
「ええ、それってつまり……」
「そうそう、彼らが言った恋の先にあるのは、キスじゃなくてそれだよ。実地訓練とか上に乗っかられるなんてのは、全部それを示した比喩の表現な訳」
またルークが吹き出しているのを見て、レイも真っ赤になったままで笑い出した。
「ええ、ちょっと待って! それじゃあ、あの時の僕の答えだと……」
「経験済みだからご心配無くって、そう言う意味に相手は受け取っただろうな」
思い切り吹き出し、またしても耳まで真っ赤になる。それを見たカウリまでが机に突っ伏して笑い出し、三人揃って大笑いになった。
「俺も、その場に、居たかった。あいつらが、どんな顔、したのか、この目で見たかったよ」
笑いながらカウリがそう言い、レイとルークの背を叩いた。
お茶を入れ直し、改めて座ったレイは今度は婦人会での事を教えてもらった。
「まず、一つ失敗だったんだけど、挨拶した時、ボナギル伯爵夫人にお前からあの時の少女の事を聞いたろう?」
頷くレイに、ルークは頷いた。
「ああ言った挨拶の場では、あまり込み入った話しはしないのが暗黙の了解なんだ。だから本当ならあの場では、先日は失礼しました。だけで良かったんだよ」
目を瞬かせるレイに、ルークは笑って肩を竦めた。
「出かける前に、俺はマイリー達から彼女の事を聞いていた。当然、伯爵夫妻が彼女を養女にするって事も知ってた。本当なら、夕食会が始まる前にお前に話しておかなきゃならなかったんだよ。これは俺の不手際だ。悪かった」
「分かりました。以後気をつけます。挨拶の場では、込み入った話はしないほうがいいんだね」
自分の不手際の悪さを素直に謝るルークと、素直に納得してそう答えるレイを、カウリは感心したように黙って見ていた。
ここへ来て密かに感心していた事の一つが、竜騎士隊の皆は、己の過ちや手際の悪さを素直に認めてすぐに謝罪する事だ。
何があろうとも絶対謝らない身分のある人達を何人も見てきたカウリにしてみれば、ここの人達の清廉さや素直さは賞賛に値した。
「良い職場に来たもんだなあ」
思わず呟いてしまい、聞こえたレイに不思議そうに見られてしまった。
「そうだね。ここは良いところだよ」
無邪気な答えに、カウリも笑って頷くしかなかった。
「そして、ラフカ夫人との一件だ」
頷くレイを見て、ルークは笑いを堪えつつ彼女達が血筋を重んじる貴族だと教え、彼女達がレイルズを嫌がり嫌っていた事も教えた。ニコスのシルフに教えられた事と変わらなかったので、レイは素直に聞いて頷いている。
「お前が、知識や技術、それに教養は邪魔にならないからどんな事でも覚えておいて損は無いって言っただろう? その後、一本取られたって言ったラフカ夫人に天文学について教えて欲しいって言われただろう?」
その言葉は嬉しかったので満面の笑みで頷くと、何故か隣でカウリがまた吹き出した。
「あのな、レイルズ。その時のラフカ夫人の、教えてくれ。は、お前に分かる言い方をすれば……そうだな。お前みたいな奴に教えてもらう事なんて一つも有りはしないから、無知な愚か者は大人しく口を噤んで黙ってろ。って意味なんだよ」
驚きに目を瞬かせるレイに、また二人が笑い出す。
「ええ、どこをどう取ったらそんな意味になるの?」
「いや、どこをどう取っても、俺にはそういう意味に聞こえるぞ」
「そうだぞ。ご婦人方の言葉は、そのまま取って良いのと、絶対そのまま言葉通りに受け取っちゃ駄目なやつがあるんだぞ」
「ヤダもう! そんな難解な問題、僕には解けません! 僕、泣いて森のお家に帰ります!」
机に突っ伏してそう叫ぶレイを前にまたしても吹き出した二人は大笑いになり、それを見て、レイも堪えきれずに笑い出したのだった。
「ああ、笑った。腹が痛いよ」
「俺は、涙が出てきたよ」
「僕、喉が渇きました」
ようやく笑いの収まった三人は、顔を見合わせてもう一度笑い合ってからすっかり冷めたお茶を飲んだ。
「な、色々あるだろう?」
「もう、絶対無理だよ。誰か横で通訳してくれないかなあ」
「諦めてしっかり覚えろ」
苦笑いするルークに背中を叩かれた時、目の前にニコスのシルフ達が現れて手を振っているのに気が付いた。
『それなら私達が教えてあげるね』
『通訳通訳』
『任せて任せて』
胸を張って笑う彼女達に、レイは笑いかけた。
「よろしくね」
周りでは、他のシルフ達も現れてカップの縁に座ったりして遊び始めた。
「まあ、これも経験だ。ゆっくり覚えていこうな」
「はい、頑張りますのでよろしくです」
笑顔のレイに、ルークは笑って残りのお茶を飲み干したのだった。
『我は、今は変な入れ知恵はせぬ方が良いと思うがな』
『問題のありそうな時には助けます』
『でも主様は何があっても大丈夫だよね』
『最強の蒼竜様が付いてるんだもんね』
『其方達から貰った知識で、様々なことが分かったが、実践出来るかと言われたらよく分からんな。人の子の事は、我にとっては未だに謎だらけだ』
『そこは我らがお助けします』
『ご安心を』
『ご安心を』
大きなため息を吐くブルーのシルフを慰めるように、ニコスのシルフ達はそう言ってそっと寄り添っていたのだった。
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