自習室にて

 昼食の後、午後からはルークとカウリも一緒にラプトルに乗ってお城の前側部分に展開する第二部隊の駐屯地へ向かった。



 ここには、有事の際に即座に出撃する第二部隊と第四部隊の各実働部隊。特に、第四部隊の中でも主に癒しの術の得意な兵士達と、防御の魔法が得意な兵士達が多く駐屯している。

 攻撃魔法は、実働部隊のほぼ全ての兵士が使えるので、それ以外の部分で評価される事が多いのだ。兵士達の多くは、平常時はマーク達のように通信科に所属していたり、そのほか様々な部署で主に裏方の仕事をしている。

 その癒しの術が使える者の中でも、特に優秀な者達が竜騎士隊本部付きとなっていて、彼らはここでは無く、普段から竜騎士隊本部にいるのだ。

 竜騎士隊本部付き特別部隊所属のマークとキムは、当然此処ではなく竜騎士隊本部に配属されているのだが、マークは癒しの術が使える為、有事の際には本部付きの同僚達と共に、ここにいる第四部隊の兵士達と一緒に出撃する事になっている。



「まあ、有事の際には一緒に戦う事になる仲間だからね。士官の人達の顔と名前程度は覚えておくべきだぞ」

 グラントリーからもそう言われて、レイも一覧を見せてもらった事があるが、かなりの大人数がいて、ちょっと遠い目になったのはそれほど前のことでは無い。

 出迎えの兵士の案内でラプトルに乗ったまま中に入ったが、思っていた以上に広い敷地を見て乗ったままで入った意味がわかり驚きを隠せないレイだった。



 次々に案内された事務所や訓練場で挨拶する、いかにも実働部隊と言った大柄な兵士達や士官達に圧倒されてたのだが、実はそんな彼らと身体の厚みが少し負けている程度で、それ程差がない事に気付いていないのはレイルズ本人だけだった。

 カウリは知り合いの兵士や士官も多かったようで、挨拶に行った先々でからかわれたり背中を叩かれたりして、その度に皆で笑い合っていた。





「へえ、レイルズに会ったのか」

「良かったじゃないか。しかも、ディレント公爵がお二人の後見人になってくださったなんて、すごいじゃないか。考え得る限り、最高の後見人だよ」

 目を輝かせたマークの言葉に、キムも何度も頷きながらその嬉しい報告を聞いていた。



 残念ながらレイルズはお休みでいないが久し振りの四人揃った自習室で、マークとキムは、クラウディアとニーカからディレント公爵が二人の後見人になってくれた件と、城の公爵の部屋に招待された際に挨拶回りを始めたばかりのレイルズに会った事を報告されたのだ。

「ルーク様のハンマーダルシマーを直接聞けたって。それは羨ましいな。素晴らしいって評判は聞くけど俺達みたいな下級兵士は聞く機会なんて無いからな。ってか、ハンマーダルシマーってどんな楽器なんだ? 竪琴を横にしたみたいだって聞いた事あるんだけど?」

 興味津々のキムに、クラウディアとニーカは、ハンマダルシマーがどんな楽器だったのかを身振り手振りを交えて一生懸命説明したのだった。


『あの楽器は素敵』

『優しい音がするよ』

『大好き大好き』

『素敵な音色』


 彼女達の話を聞いて、集まってきたシルフ達が皆揃って嬉しそうにそう言いながら手を取り合って踊っている。

「どんな音なんだろうな? 一度で良いから聞いてみたいよ」

 マークも興味津々でそう言い、キムと顔を見合わせて笑い合った。


『聞かせてあげようか?』

『主様にお願いしてあげるよ』


 シルフの一人がキムの腕に座って、二人に向かってそんな事を言ってきたので、キムとマークは慌てて首を振った。

「いやいや、気持ちだけで良いよ。そんな失礼な事出来ないって」

「そうだって、誰も本気で聴けるなんて思ってないって」


『変なの』

『変なの』


 そう言って笑ったシルフ達は消えてしまった。



「彼女達の欠点は、誰かさんと同じで言葉をそのまま受け取る事だな」

「確かに、口に出す時に、ちょっと考えた方が良いかもな」

 キムの言葉に、マークも腕を組んで苦笑いしながら頷く。

「あいつ、貴族のご婦人達と会話出来るかなあ……」

 心配そうなキムの呟きに、マークだけで無く、クラウディアとニーカも驚いて顔を上げた。

「ええ? 貴族の人は、私達とは違う言葉を喋ってるの?」

 真顔のニーカの質問に、小さく吹き出したキムは笑って首を振った。

「違うって、だけど、本気で違う言語なんじゃないかってくらいに大変らしいんだよ。俺が以前クッキーから聞いた話なんだけどさ。例えば、貴族のご婦人のところへ、宝飾品の依頼があって選りすぐりの品々を持って、担当者と一緒にその人のお屋敷に行くとするだろう」

「貴族の人って、自分でお買い物に行かないの?」

「もちろん行く人もいるよ。だけど殆どの貴族の女性は、一人で勝手に出かけたりしないからな。欲しい物があれば、商人を呼び出して希望の品を家まで持って来させるのさ。当然一つだけじゃない。選びたいから、一つの注文であってもそれこそ何十個って持って行くらしいよ」



 驚きに声も無い三人に頷いて、キムは机にペンやキャップを並べる。



「そうだなあ……例えばさ、購入希望の品が四つ残ったとする。買うのは一つだからここから選ぶわけだ。そうなると担当の商人は、更に詳しい商品の説明なんかをする訳だ。当然、お勧めの品が有ればそれの説明をしたりする。そこでご婦人は最初の一つを指差してこう言うのさ『それはいいわ』さて、この、いいわ。は、欲しいからって意味の良いわ。なのか、要らないって意味のいいわ、なのか分かるか?」

「お前、無茶言うなよ。たったそれだけで分かる訳ないだろう?」

「まあそう思うよな。当然、その言葉だけでは分からない。だからクッキーが言うには、商品を見ていた時のご婦人の視線だったり質問の有無だったりで彼女の興味の持ち具合を図る訳だ。興味が無いようなら。一旦下げて別の品を勧める。逆に興味がありそうなら、もっとその品について話したり、同じような傾向の別の商品を勧めたりするんだって。つまり言葉だけじゃ無く、ちょっとした視線だったり仕草だったり、或いは他の人との会話だったりを含めて言葉を判断するんだって。俺だってそれを聞いた時には本気で遠い目になったよ。平民で良かったって本気で思ったよ」

「何それ、普通に買うか買わないか言ってよ!」

「俺も心の底から同意するよ。まあレイルズの場合はちょっと条件は違うけどさ。恐らく苦労すると思うぞ。だけどレイルズは、例え無理だと思っても、そんなご婦人方ともこれから先ずっとお付き合いしなくちゃいけないんだぞ。どう考えても、真顔で完全に明後日の方向に食い違う会話をするあいつしか想像出来ないんだけどなあ」

 最後のキムの言葉に、三人は揃って吹き出し、遅れてキムも吹き出した。

「まあ、最初の内はある程度は大目に見てもらえるよ。その為の見習いだからさ。だけど、果たして一年後にそれが出来るようになってると思うか?」

 キムの言葉に古典文学の解釈ですら毎回苦労しているレイルズの様子を思い出し、マークも遠い目になった。

「駄目だ。確かに俺も、とんでもなく的外れな会話を真剣にしているレイルズしか思いつかないぞ」

 腕を組んで真剣にそんな事を言うマークに、またしても自習室は笑いに包まれたのだった。

「これに関しては、俺達に手伝ってやれそうな事は無いよな。悪いけど、本人に頑張ってもらうしか無いよ」

 マークの言葉にキムも頷いていたが、顔を上げてニンマリと笑った。

「なあ。それと思ったんだけどさ。あいつ、貴族のご婦人に回りくどい言い方で苛められてても、絶対気がつかないんじゃ無いか?」

「確かに、素直にお礼言ったり謝ったりしてそう」

「いつ訓練所に来られるか分からないけど、会えたらその辺りを聞いてみたいよな。絶対大笑い出来ると思うぞ」

「だな、じゃあ話が聞ける日を楽しみにしておこう」

 顔を見合わせて笑ったマークとキムは、それぞれの本に目を落として自習を再開したのだった。



 今となっては、マークやキム達よりも、レイルズに会う機会が多くなったクラウディアとニーカも、顔を見合わせて肩を竦めた。

「明後日、竜騎士隊の本部へお勤めに行くんだけど、良かったら一緒に行かない? レイルズは無理でも、どなたか竜騎士様にお会い出来たら、彼の事を少しでも聞けるかもしれないわよ」

「いいの? 一緒に行っても」

「明後日は、燭台の定期交換作業があるから出来たら一緒に来て欲しいの。燭台を一人で交換するのは大変なのよ」

 祭壇に飾られている燭台は、どうしても蝋燭のすすなどが付いて輝きが鈍るのだ。その為、定期的に汚れたものを交換して常に綺麗な状態を保たなければならない。

 しかし、金属製の燭台は重く、差し込み式で止められているそれを分解して新しい物に交換するのは、小さな祭壇とは言え小柄なニーカには大変な作業なのだ。

「分かったわ。それなら一緒に行きましょう。会えるかどうかは分からないけどね」

「きっと、あなたが来てるって知ったら、絶対誰かが教えてくれると思うわよ」

 毎週、竜騎士隊の本部へ、エイベル様の祭壇のお世話に行っているニーカは、裏方の兵士達ともすっかり仲良くなり、彼女が来ていると聞いた竜騎士隊の誰かが大抵は顔を見に来てくれるのだ。そのため、今まで遠慮していた竜騎士隊の皆に会う事にも、だんだん慣れて来ているのだった。

「大丈夫よ、彼には蒼竜様が付いているんですもの」

 自分に言い聞かせるように呟くクラウディアを、ニーカは何か言いたげに見ていたが、黙って肩をすくめると、やりかけていた計算問題を解き始めたのだった。

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