それぞれの心配と思い

「どうだった? 魔女集会は」

 休憩所にルークが行くと、そこにはアルス皇子以外の全員が揃っていた。

「いやあ、面白かったなんてもんじゃないですよ。げに恐るべきは無垢と無邪気なりってね」

 満面の笑みでそう言ったルークが席に着くと、タドラがいつものカナエ草のお茶を手早く入れてくれた。

「おお、ありがとう」

 お礼を言ってゆっくりとお茶を飲む。

「それで、どうだったのか教えてくれよ」

 若竜三人組が、目を輝かせてルークの隣に座る。



 嬉々として、身を乗り出すようにしてルークの口から語られる婦人会でのレイルズの様子に、皆、途中からはもう笑いを堪えるのに必死だった。

 特に、巫女達とのことをご婦人方に知られて取り囲まれて洗いざらい言わされていた事と、マイリーも密かにどうなる事かと心配していた、リューベント侯爵の奥方であるラフカ夫人とその取り巻き達との顛末には、マイリーやヴィゴでさえも笑いを堪えきれなかった。

 もう若竜三人組とカウリは、途中から揃って机に突っ伏して笑い崩れている。



 血筋と伝統を重んじる彼女達は、竜騎士隊の存在意義については理解もしているし好意的なのだが、はっきり言ってスラム出身のルークを目の敵にしている。

 まあ、当の本人は完全に面白がって相手をしているので心配するだけ無駄なのだが、レイルズにルークと同じ対応を求めるのは無理だろう。

 それに彼女達は、地方豪族であるマイリーの事でさえ正直言って目障りだと思っているようなのだが、彼の実家であるクームスの宝石鉱山は無視出来ない存在らしく、表向き余りあからさまな悪口は聞かれない。

 その彼女達が、市井の出身であり、しかも農民だと言うレイルズに対してどんな態度を取るのか、実はマイリーは心配しつつも面白がってもいたのだ。



「で、嫌味を言われて素直に謝り、挙げ句の果てに見事なまでの無意識で、例のご婦人方をバッサリと返り討ちにしたんですよね。いやあ、凄い。俺なんか足元にも及ばないね。その後は、リッティ夫人やサモエラ夫人達と一緒に、平和に竪琴なんか披露してましたよ」

 話し終えて笑ったルークが、机に置かれていたビスケットを齧る。

「唯一慌てたのが、ボナギル伯爵夫人との事だな。あの屋敷の訪問の際に見つけた精霊使いの雛のジャスミンって少女のその後の事を、レイルズに教えておかなかった自分に呆れたよ」

「まあ確かにそうだな。レイルズの性格なら、あの後どうなったのか、心配して知りたがるだろうからな」

「それと、今日の裏の色んなやり取りをレイルズに教えておこうと思うんですけれど、正直俺一人じゃちょっと全部は補いきれないかと思うんですけれどね。マイリーは明日の予定は?」

「すまんが、ヴィゴと一緒に元老院との打ち合わせががあってな。カウリを置いていくから彼に頼むといい」

「了解です。じゃあすまないが応援頼むよ」

「了解しました。ってかレイルズの奴、そもそも嫌がらせされたって自覚はあるんですかね?」

「どうだろうな? 皆大喜びしたのを見ても、まるで意味は分かってないみたいだったからな。後で本人も、何がどうなってるのか全然分からないって言ってたからな」

「無邪気にも程がありますね。どうすりゃあこう言うのって理解させられるんだろう?」

 本気で悩むカウリに、ルークは笑って肩を竦めた。

「まあ、確かにもうちょっと狡猾って言うか、上手く立ち回る方法を教えるべきなんだろうけどさ、あれを見ると、彼はあのままで良いんじゃないかって気になるんだよな」

「確かに。狡猾なレイルズなんて、想像もつかないよ」

 しみじみと言うロベリオの言葉に、またしても全員揃って大きく吹き出し、休憩室はまた笑いに包まれたのだった。




「じゃ、もう今日は俺も疲れたんで早めに休みます。明日の朝練は?」

 お茶の残りを飲み干したルークの言葉に、マイリーと話をしていたヴィゴが顔を上げた。

「久し振りに俺が相手をしてやるよ」

「午前中は、まあゆっくり裏の話をしてやれ。昼食の後、午後からはカウリも一緒に第二部隊の駐屯地へ行ってもらう。主だった部隊長や、医療班には挨拶しておかないとな」

「ああ、その予定は聞いてるんで了解です。それではお先に休ませてもらいます」

「ああ、お疲れさん。ゆっくり休んでくれ」

 手を挙げたマイリーに笑い返し、まだ笑っているカウリの背中を叩き、若竜三人組と手を叩きあってルークは部屋に戻って行った。



「いやあ、予想はしていましたが、それ以上だな。俺なんか、歳食ってるだけの平凡な新人で、何だか申し訳なくなってきましたよ」

 苦笑いしながら顔を上げたカウリの背中を、ヴィゴは笑いながら叩く。

「果たしてお前の時はどうなるかな? 俺に応援を求めるなよ」

 実はカウリは明日、婦人会の夕食会に呼ばれているのだ。

 わざわざ、二人一緒に呼ばずに別々に夕食会を設定する辺り、御婦人方の、新人の竜騎士見習いをじっくりと観察したいと言う本音が見え隠れする。

「いやあ、それは俺も行ってみないと分かりませんね。まあ、なんとかします」

 笑って答えたカウリは、小さくため息を吐いた。

「ほんとに、彼女にあの時求婚して、受け入れてもらえて良かったよ。うっかり独身のまま竜騎士になっててみろ。うう、考えただけで魔女集会での魔女達の視線が恐ろしいよ」

 小さく呟いたその言葉に、カルサイトの使いのシルフが笑って頷き、疲れている彼を慰めるように何度も頬にキスを贈っていた。



 お披露目以来、全く一の郭の屋敷に戻っていないカウリは、愛しいチェルシーに会いたくて堪らなくなっていた。

「後でシルフに頼んで、ちょっとだけでも話をしたいよ」

 その呟きにも、彼の肩に座ったシルフ達が嬉しそうに頷いているのだった。



 ささやかな結婚式の後、今のチェルシーは、仕事を休職して一の郭の屋敷を整え留守を守ってくれている。

 ルークやヴィゴの屋敷とも近い為、お願いしてルークのお母上を紹介してもらい、ヴィゴの奥方とも仲良くしてもらっていると聞き、安心しているカウリだった。





 翌朝、朝練に参加したのはレイとカウリ、それからルークとヴィゴの四人だった。

 レイは大喜びで、まずはルークやカウリと棒で手合わせしてもらい、思い切り叩きのめされていた。それでもめげずにヴィゴに木剣で打ち合ってもらい、またしても叩きのめされたのだった。



「おおい、生きてるか?」

 笑いながら覗き込むルークの声に、転がったままのレイは嬉しそうに目を開いた。

「叩きのめされちゃったけど、かなり打ち合えるようになって来た! 絶対いつかヴィゴから一本取るんだからね!」

「あはは、目標は高く持つのが良いんだよな。頑張れよ」

 笑ったルークに腕を引かれて立ち上がったレイは、来ていたハン先生に診てもらい、問題無しと言われて嬉しそうに胸を張るのだった。




「最初の頃に比べたら、叩きのめされ方も上手くなって来たような気がする」

 揃って行った食堂で、食べながら目を輝かせて自慢気にそんな事を言うレイに、カウリとルークだけでなく、横で食べていたヴィゴまでが堪えきれずに吹き出して大笑いになったのだった。

「分からんでもないが、それは胸張って言うような事じゃ無いと思うな」

「ええ、どうして皆して笑うの? だって、本当にそう思うんだもん!」

 笑いすぎて出た涙を拭きながらルークにそう言われ、文句を言う割にレイも満面の笑みでそう言い返し、顔を見合わせてまた笑い、残りの燻製肉を口に入れるだった。



 お皿の横では、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が並んで楽しそうに、カウリに突っつかれて笑い転げるレイを見つめていたのだった。

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