初めての訪問と歌声
その日、いつものようにシルフ達に起こされて起き出したレイは、ラスティが用意してくれたいつもの白服に着替えて、ルークとカウリと一緒にまずは朝練に向かった。
訓練場の皆は、正式に竜騎士見習いとして紹介された自分やカウリを見て、どんな反応をするのだろう。
密かに心配しながら向かったのだが、一斉に挨拶された位で今までと全く変わらずにいてくれた兵士達に密かに感謝したレイだった。
準備運動の後の走り込みでは両側にマークとキムが来てくれて、こっそりとお祝いを言ってくれた。
その後の棒術訓練では、ルークとカウリに順番に手合わせしてもらいしっかりと汗を流した。
それから最後に、いつものように一般兵の乱打戦に参加させて貰った。
ずっと壁にかけられたままになっている、レイとルークが打ち合って折れてしまった、あのばつ印になっている棒の上に座って、ブルーのシルフとカルサイトのシルフは、飽きもせずに朝練が終わるまで、楽しそうに愛しい主を眺めていたのだった。
一旦部屋へ戻って汗を流して着替えをしたら、そのまま食堂へ行ったところまではいつもと同じだった。
しかし、それが終わればもう今までとは全く違う時間が待っている。
「それじゃあ行くか」
廊下に出迎えに来てくれたルークと一緒に、レイはディレント公爵のところへ、カウリはヴィゴと一緒にゲルハルト公爵のところへそれぞれ行く事になってるのだ。
小さく深呼吸をしたレイは、ルークの後について黙って歩いて行った。
表には小振りな馬車が用意されていて、当然のように乗り込むルークを見て、驚きつつもレイも馬車に乗り込んだ。
「公爵様の所へは、歩いていくんだと思ってました」
向かい合わせに座って馬車が動き出してから、レイが小さな声でそう言うと、ルークは小さく笑った。
「城を大回りして行くからね。俺一人ならラプトルで行くんだけどさ、今のお前がラプトルで行ったら要らぬ注目を集めるからさ。まあこれも予防策だよ。公爵が出してくれた馬車だから別に気にしなくて良いって」
どうやら、ルークはすっかりお父さんとは仲直りしたみたいで、なんだか嬉しくなるレイだった。
馬車が止まり、執事の案内で馬車から降りた二人はそのまま建物の中に入って行った。
その時、どうぞこちらですと案内された部屋の奥から何やら楽しそうな笑い声が聞こえて、レイは思わず足を止めた。
それは女性の歓声だったのだが、どうにも聞き覚えのある声に聞こえたからだ。
思わずルークを振り返ると、彼は笑って平然とそのまま奥へ向かって行ってしまった。
どうやら笑い声は、部屋の奥にある扉が開いたままの書斎から聞こえるみたいだ。
「公爵様。本当によろしいのですか?」
「嬉しいです。有難うございます!」
「其方達は、あまりこう言った娯楽のための本は読んだ事が無かろうと思ってな。知らないのなら良かった、どれも面白いから時間のある時に読んでみなさい。読み終わっても返却は不要だ。構わないから神殿の他の子達にも読ませてやると良い。きっと皆喜ぶぞ」
はっきりと聞こえたその声に、レイは思わず書斎を覗き込んだ。
「ええ? やっぱりディーディーとニーカ! え? どうしてここにいるの?」
意味が分からず驚きに目を見開いたまま入り口で立ち尽くしてしまう。
急に名前を呼ばれて驚いて振り返ったクラウディアとニーカは、竜騎士見習いの服を着たレイが、こっちを見ているのに気付き、こちらも驚きのあまり固まってしまった。
「父上。早速やってくれましたね」
苦笑いしたルークの言葉に、三人は振り返った。
「構わんだろう? ちょうど時間が空いたのでな。今の彼女達に必要そうな本を見繕って渡していたところだ」
「何の本をもらったの?」
本と聞いて興味津々のレイの言葉に、二人は笑って抱えていた数冊の分厚い本を隠してしまった。
「駄目。これは女の子が読む本よ。素敵な王子様が出て来て、最後は、そうして二人はいつまでも幸せに暮らしました。って、言葉で終わるお話しよ」
得意げなニーカの言葉に何度か目を瞬かせたレイは、困ったようにルークを振り返った。
口元を押さえて、笑うのを必死で堪えていたルークは、レイの視線に気付いて堪えきれずに吹き出した。
「成る程、それは確かに女の子が読む本ですね。良かったですね、素敵な本を貰えて」
最後は本をしっかりと抱えている二人に言うと、当たり前のように公爵の隣に行き、顔を寄せて小さな声で仲良く話を始めた。
「公爵様とルーク様って、その……あんまり仲が良くないんだって噂を聞いた事があるけど、でも……そうでも無さそうよね?」
「えっとね、以前はそうだったんだって。でも、色々あって仲直りされたんだよ。良かったね。お父上が生きておられるんだから、仲良くして欲しいよね」
遠慮がちにニーカが小さな声で尋ねてくるので、レイも小さな声で答えた。クラウディアも聞こえたようで少し驚いている。
「男同士、拳で語り合ったんだよ」
しかし、どうやら二人の気遣いも虚しく内緒話は聞こえていたようで、振り返って笑ったルークが左手の拳を握って見せて自慢気にそう言って笑ったのだ。
「拳でって……」
「ええ、もしかして殴りっこしたんですか?」
驚きに言葉もないクラウディアと違い、ニーカは遠慮無く殴りっこしたのかと聞いている。
「ああ、そうだぞ。私はこいつの左の拳でここの歯を折られてな。後でガンディに差し歯を入れてもらったんだぞ」
口を開けて右下の前歯を指差す公爵を見て、ルークが笑っている。
「見事に決まりましたからね。俺もあんなにまともに決まるとは思わなくて、正直言って本気で驚いたんですよ」
「言うな。あの時ほど自分の歳を思い知らされた事は無いぞ。まだまだ元気だと思っておったが、若い頃に比べれば、持久力と反射神経は格段に落ちておるな。情けない事だ」
苦笑いした公爵は、困ったように自分を見ているレイを見つめ返した。
「其方には感謝しておるぞ。あの時、其方に話しかけたおかげであの後ルークと話が出来たのだからな」
「ぼ、僕は何もしていません。お父上とちゃんと向き合ったルークが偉いんです。仲直り出来て良かったです。僕も嬉しいです」
慌てたように首を振ってそう言うレイを見て、公爵はとても優しく微笑んだ。
「話には聞いていたが、其方は本当に……だな」
しかし、それはとても小さな声だったので、レイは聞き逃してしまった。
だが、何と言ったのか聞こうとした時にはもう、公爵はこちらに背を向けてワゴンから何かを取り出していた。
「其方の昨夜の竪琴、本当に見事だったな。これでよければ一曲弾いてもらえるか?」
差し出された大きなケースを見て、レイは目を輝かせた。
「もしかしてこれも竪琴ですか?」
頷く公爵からそれを受け取り、机の上に置いてそっと蓋を開いた。
「うわあ、凄い、こんなに弦が張ってある竪琴は初めて見たわ」
背後から覗き込んでいたクラウディアの歓声に、レイも笑って頷いた。
「僕も見るのは初めてです。でも、基本的な使い方は一緒だと思うな」
ケースから取り出されたのは、レイが持っている竪琴よりもふた回りは大きな三角形になった竪琴で、張ってある弦の数が多い。
「これに乗せて、座って演奏するそうだぞ」
公爵がワゴンの下から取り出したのは、膝下ぐらいの高さの台座だった。
「あ、分かりました。それなら弾けますね」
目を輝かせたレイが、足元に置いてくれた台座にゆっくりと竪琴を乗せる。
椅子に座りなおして何度か持ち直していたが、納得したらしく顔を上げた。
レイの目には、嬉しそうにハープの弦の横で手招きしているニコスのシルフが見えていたのだった。
何度か軽く爪弾いて音を確認する。
並んで座った公爵とルークだけでなく、レイの演奏を初めて聴くクラウディアとニーカも目を輝かせて音を確認するレイを見つめていた。
「じゃあ、精霊王に捧げる歌を」
照れたようにそう言ったレイが、一つ深呼吸をしてゆっくりとその大きな竪琴つま弾き始めた。
そして、ゆっくりと精霊王に捧げる歌を歌い始めた。それを見て小さく頷いたルークが、低音部分を歌い出す。
美しい歌声にうっとりと聴き惚れていた二人だったが、不意に我に返って途中の合唱部分から彼女達も歌い始める。
四人の綺麗に重なり合う歌声と、レイの爪弾く竪琴の音だけが響く。
歌が終わっても、誰も一言も喋らない。
皆、あまりにも美しかったその歌声と竪琴の音色にすっかり魅了されていたのだった。
ルークも、驚いていた。
付き合いで少しだけ歌うつもりだったのに、レイの竪琴と歌声に引っ張られるようにして、気が付けば真剣に歌っていた。
四人の声の質がそれぞれ全く違うために、とても綺麗な合唱になったのだ。
一人歌わずに聴いていた公爵が、満足そうに大きな手で拍手をすると、その場にいた全員が嬉しそうに笑って揃って互いを称えて拍手をした。
そして、皆の頭上ではシルフ達が大喜びで、もう一曲!と声を揃えて言いながら手を叩いていたのだった。
「凄いや、ねえもう一曲良いですか? 四人でもこんなに綺麗な合唱になるんだね」
目を輝かせるレイに、クラウディアとニーカも目を輝かせて頷き、結局その後まだ二曲、公爵に請われて四人で聖歌を歌う事になるのだった。
ブルーのシルフとクロサイトのシルフ、そしてルークの竜のオパールのシルフは机の上に仲良く並んで座り、四人の歌声を嬉しそうにじっと聴いていたのだった。
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