二人の後援会の発足

 夜会が終了した後もまた大勢の人達に取り囲まれてしまい、ようやく解放されて控え室に戻ってきた二人は、もう言葉も出ない程にヘトヘトに疲れきっていた。

 剣も剣帯も外さずに、二人揃って大きなソファー倒れ込む。



 一緒に入って来たルークと若竜三人組が、揃って力一杯拍手をしてくれた。

「二人共これ以上ないくらいの上出来だったよ。お疲れさん」

「ふあい……何とか失敗も無くて、ほっとしましたぁ……」

 転がったまま、レイが消えそうな声で返事をする。

 また、冷たいカナエ草のお茶を差し出されて、何とか起き上がった二人は、ソファーに座ったままでそれぞれ二杯ずつを一気に飲み干したのだった。



『お疲れさん。見事だったぞ』

「ブルー、うん、すごく緊張したけど何とか上手くいってほっとしたよ……」

 ソファに倒れ込んで半ば放心状態のレイの頬に、ブルーのシルフは笑ってキスを贈った。

『こうなると、明日からの大騒ぎが目に見えるようだな』

 意味深なブルーのシルフの言葉に、レイは腹筋だけで起き上がった。

「えっと、それってどういう意味か聞いてもいい?」

「そりゃあ、可愛いレイルズ君の後援会を立ち上げなくっちゃ! って、今頃大勢のご婦人方が大騒ぎなさってると思うな。俺は」

 面白がるようなカウリの言葉に、顔を上げたブルーのシルフは鼻で笑った。

『レイが可愛いのは当然だよ。しかし、今日竜騎士見習いとして紹介されたのは、確か二人だったと記憶しているが、違ったか?』

 態とらしい言い方に、起き上がっていたカウリがもう一度ソファーに転がる。

「いや、だって俺はもう既婚者だし……この歳ですからね」

 誤魔化すように、最後は小さな声でそう呟いて顔を覆う。



「言っておくが、もう二人の正式な後援会が、それぞれ立ち上がったぞ。先程、私のところに、正式な申し入れが入ったから、よろしくお願い致しますと返事をしておいたよ」

 突然聞こえた声に、転がっていた二人は同時に飛び起きた。

 開いたままだった扉から、アルス皇子とヴィゴとマイリーが入って来て、ソファーに座り込んでいる二人を見て笑っていた。



「優秀な二人の新人に心からの賛辞を送るよ。見事だった」

 拍手したアルス皇子に笑顔でそう言われて、二人は慌てて立ち上がり、揃って直立して敬礼した。

「ちなみに、カウリの後援会の代表は、カウリの元上司のダイルゼント少佐の奥方のサディアナ夫人だよ。絶対に、お前の後援会の代表を務めるんだって、以前から大張り切りで有志を募っていたらしいからな」

 からかうように言われて、カウリはまた顔を覆ってソファーに倒れこんだ。

「あはは。まさかのサディアナ様……だけど、嬉々として有志を募ってる姿が目に浮かぶよ」

 苦笑いしたカウリが、同じく隣にまた転がっているレイを見た。

「で、こいつの後援会は? どなたが代表者なんですか?」

 カウリの質問に、アルス皇子とマイリーは、顔を見合わせて笑っている。

 先に一緒に部屋に戻って来たルークと若竜三人組も、興味津々で聞いている。

「こちらは、もうカウリ以上に大変だったみたいだな。それで大騒ぎの結果、代表者の地位を獲得したのは、なんと我が母上のマティルダ王妃なんだって」

 アルス皇子の説明に、若竜三人組とルークが堪える間も無く揃って盛大に吹き出した。

「母上に、一応、ちょっとそれは大人気ないのでは? って言ったんだけどね。可愛い誰かさんの為なら喜んで代表になるって言って、鼻で笑われたよ。まあ、後援会は女性陣が多いんだが、二人に関してはかなり様々な年齢や男性陣も参加の申し込みがあるそうだから、どちらもかなり賑やかな構成になりそうだよ」

 その言葉に、もう驚き過ぎて完全に固まってしまったレイとカウリだった。



「俺に、後援会……」

 また顔を覆ったカウリの呟きに、ヴィゴが笑いながらその腕を突っついた。

「ありがたい話ではないか。大事にしろよ」

「良いんですかね?俺は既婚者なのに」

 困ったようなカウリの言葉に、ヴィゴは呆れたように大きなため息を吐いた。

「お前は後援会をなんだと思っているんだ。言っておくが、俺は竜騎士見習いになった時に、既に妻だけでなく二人の娘が生まれていたぞ」

「ああ、そうですね。奥方や娘さん達は、何か言ったりしませんでしたか?」

「俺の家族は、俺の仕事には一切口を出さないよ。それに、我々に緊急出動の命令が下った時などは、後援会の存在は本当にありがたいぞ。残される家族に寄り添ってくれ、不安定になりがちな娘達の面倒まで、妻や執事達と一緒になって見て下さるんだからな」

 驚くカウリに、ヴィゴは笑って頷いた。

「お前の奥方にも、友人になれそうな身分の人が大勢後援会に参加してくれているぞ。後日、顔合わせの時間を取ってやるから、奥方を後援会の方々に正式に紹介しておきなさい」

「わ、分かりました……」

 やや戸惑うような様子のカウリは、なんとかそう返事をして立ち上がった。



「正直言って、成り上がり者が生意気な! って、そう言われるんじゃないかと思っていたんですけれどね」

 乱れた服を直しながら顔を上げたカウリは、自分を見ているヴィゴに向かってそう言って、誤魔化すように俯いて笑ったのだ。

 しかし、そんなカウリの不安をヴィゴは笑わなかった。

「そんな事を言ったら、今の竜騎士で生まれながらの貴族は、殿下を除けばロベリオとユージンぐらいだぞ。俺は、地方貴族の三男だから、騎士の称号以外ははっきり言って何も持っていなかった。官舎住まいであくまで一士官として第二部隊の最前線で戦っていたぞ。マイリーに至っては、実家が宝石鉱山の管理をしている地方豪族であって、これは正式には貴族ですらない。ルークは公爵の妾腹だが、何しろ育ちは悪名高いスラム街だからな。タドラも、生まれは貴族だが、彼が竜騎士になった時の身分は、身一つしか持たぬ神官見習いだったんだぞ」

「確かに、改めてそう言われれば、俺なんて大した事ないような気がしてきましたね」

「お前は、城の貴族や兵士達に今までの仕事で培った信頼と人脈がある。それに、裏方の仕事や事務仕事に詳しい奴が来てくれるのは、正直言ってこちらとしては大歓迎なんだよ」

 横からマイリーにまでそんな事を言われて、カウリはまた顔を覆ってソファーに倒れ込んだ。

「もう勘弁してください。今日はもう、俺の許容限界を完全に超えてます」

 笑ったヴィゴは、そんなカウリの額を軽く弾いて、まだ呆然と自分達を見ていたレイを振り返った。

「お前も、近々時間を作って後援会の主だった方々との顔合わせの場を作ってやるから、楽しみにしていなさい」

「僕の、後援会……?」

「そうだぞ。今日のお前を見て、お前の将来を楽しみにして下さる方が、大勢おられたって事だよ。せっかく寄せて下さった信頼を損なうような事の無いようにしないとな」

「はい、頑張ります!」

 目を輝かせてそう答えるレイに、ヴィゴやルーク達も笑顔になるのだった。

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