楽器の演奏と独唱
「お互い、上手くいくと良いな」
カウリがそう言って、机の上に置かれていた楽器ケースの蓋を開き、中に入っていた横笛をそっと手に取った。
以前、第二部隊の倉庫で送別会を開いてくれた時、まだ伍長だったカウリが吹いていた笛は、もっと短くて小さな木製の笛だった。
今の彼が持っているのはそれよりもかなり長い、木製だが細かい部分に金属パーツで加工された、組み立て式の綺麗なフルート・トラヴェルソと呼ばれる横笛だった。
歌の稽古は何度も一緒に行っていたし、楽器の練習も何度も一緒に受けてきた。
今日は楽団の方達と一緒に楽器の演奏をする。これは二人も一緒に披露するのだ。
レイは、ここへ来てこのフルート・トラヴェルソという楽器を初めて知った。
細い胴体部分の端に、指の届かない離れた場所の穴を押さえる為のキーと呼ばれる小さな横棒が一つ出ている程度で、後はいくつかの穴が空いているだけの簡単な造りになっている。
略してトラヴェルソとも呼ばれるその楽器は、とても優しい音色がするのだ。
実際に演奏されているのを初めて聞いた時、レイはその音色に魅了されて自分もやってみたいと本気で思ったのだ。
お願いして、実際に触らせてもらった事があるのだが、レイはとうとう最後まで音を出す事が出来なかった。
今でも、どうしてあんな簡単な構造であの美しい音が出るのか、納得出来ないレイだった。
カウリがそれを手早く組み立てていく横で、レイも自分の楽器ケースの蓋を開いて、中に入っていた大きな竪琴を取り出した。
降誕祭の贈り物で、ニコスから贈られたあの竪琴だ。
ゆっくりと弦を弾いて、音に狂いがない事を確認する。
ノックの音がして、城の楽団員でもあるラルフ先生が入って来た。
「そろそろご準備をお願いします。いよいよですね。大丈夫ですよ。練習通りにやれば良いだけです」
振り返ったレイが、あまりにも情けない不安気な顔をしていたので、呼びに来てくれたラルフ先生は、笑ってレイの腕を軽く叩いた。
それぞれの楽器をしっかりと抱えた二人は、ラルフ先生と一緒に、再び大広間に向かったのだった。
ざわめきが聞こえ、大広間に入ったレイは、小さく深呼吸を一度してから案内された椅子にゆっくりと座った。
すぐ隣には、カウリが置かれた椅子に座るのが見えた。
一気に会場からざわめきが聞こえなくなる。水を打ったように静かになり、全員がこっちに注目しているのが分かった。
二人が出て来たのは、会場の横側に作られた、一段高くなった演奏者の為の場所で、宮廷楽師の人達が綺麗に並んで座っている。
皆、それぞれに様々な楽器を持っている。
先程のダンスの際にも、ここにいる彼らが奏でてくれた演奏でレイ達は踊ったのだ。
楽器の演奏と歌を歌う事も、竜騎士見習いとなった彼らの大事な役目となる。
今夜はまず、楽団の人達と一緒にそれぞれの楽器で演奏を披露して、後半は、合唱団の人達と一緒に歌を歌うのだ。
夜会では、ダンスと楽器の演奏と独唱を含む歌の披露。この三つが、彼らの初仕事となるのだ。
最後に指揮者が出て来て人々に向かって一礼して、こちらに向かって構える。全員がそれを見て一斉に楽器を構えた。レイも、改めて抱え直した竪琴にそっと両手を持って行った。
今回は、二人のお披露目が主な目的なので、演奏される曲も、それに合わせた選曲になっている。
演奏される曲は、カウリが使っているトラヴェルソが中心の曲だが、最初の出だしの部分には、竪琴だけの演奏部分が長く有るのだ。
しかも、楽団の中で竪琴を弾く奏者は、今はレイルズだけだ。トラヴェルソも同じで、別の種類の金属製のフルートを吹く奏者はいるのだが、トラヴェルソの奏者はカウリだけだ。
つまり、この曲は、彼らの弾く楽器の音だけを皆に聞かせなければならない部分が、それぞれに有るのだ。
指揮棒に合わせて、力一杯弦をはじき、弾き始める。
出だし部分から竪琴特有の流れるような音の上下が続き、必死になって何度も練習した通りに弦を
あちこちから、レイルズの見事な演奏に感心するようなため息がもれる。
そのまま他の楽器が加わり、一気に演奏する音が大きくなる。まず最初の山場を乗り切ったレイは、膝に座って聞いていてくれたブルーのシルフに、そっと笑いかけたのだった。
カウリの独奏部分になり、手を止めたレイも、隣から聞こえるその見事な音色に聴き惚れていた。
やや赤い顔のカウリは、見事に大きな間違いも無く最初の曲の演奏を終えたのだった。
後半はまた合奏部分になり、二人共必死になって自分に与えられた演奏を続けたのだった。
ようやく曲が終わった時には、流れる汗が顎の辺りまで流れて来ていた程だ。
一気に沸き起こった拍手に、二人は立ち上がって深々と一礼したのだった。
鳴り止まない拍手の中、楽器を置いて軽く汗を拭いた二人は、席を立ち前へ進み出る。
二人の後ろにミスリルの鈴を持った合唱隊の人々が出て来て、綺麗に整列する。
いよいよ、今夜の最後にして最大の難関である、歌の披露が始まるのだった。
カウリの発案で始めた身内の第二部隊の兵士や竜騎士隊の皆の前での歌を歌う練習は、あれからも定期的に行い、取り敢えず人前で歌う事にはかなり慣れた二人だった。
しかし、今回は今までとは人数が桁違いだ。そして、大広間は音が反響するように作られているが、これほどの広い場所で歌うのは、二人共初めての経験だった。
一度だけ、誰もいないこの大広間に連れて来てもらった事がある。
試しに壇上で歌ってみなさいと言われて、二人で歌ってみたのだが、大広間の奥の方では声がほとんど聞こえないと言われてしまい、何度も歌い直したのだ。
あの時と違って、大広間には大勢の人々がいる。当然、いくら静かだと言っても、息もすれば服の擦れる音だってしている。
なので、相当大きな声で歌わなければ、会場中に届かないのだ。
今回も披露する曲は二曲。
初めて人前で歌った時と同じ、精霊王を讃える歌と、同じく精霊王へ捧げる祈りの聖歌だ。
指揮者の指示に従い、まずは弦楽器であるヴィオラの演奏が始まり、レイと交代で出て来てくれた別の人が弾く竪琴と笛の音が加わる。
そして、合唱隊の人達も一緒に、二人も大きく口を開いて歌い始めた。
相変わらず声変わりをしてもやや高い、子供のようなレイの声は、合唱隊の人達と一緒でもよく聞こえる。
でも、もう恥ずかしくは無かった。
一番の独唱部分は、カウリの担当だ。
彼の独特のやや低めの優しい声が、朗々と広い会場中に見事に響き渡る。
これもあちこちから感心したようなため息が聞こえる。
皆、無言で彼の歌声に聞き惚れているのが分かった。
合唱部分を歌いながら、レイは、ただの観客で聞いていられたらどんなに楽しかっただろうと、やっぱり考えていたのだった。
再び合唱部分になり、また必死で歌い始める。
いよいよ自分の独唱部分が近づき、レイの心臓はもう、大丈夫か本気で心配になるくらいに速く脈打っていたのだった。
独唱部分を歌い始めたレイは、会場の人達を見ることが出来なかった。
顔を上げて胸を張りなさい。
先生からだけでなく、ルークやマイリーにも何度も言われたことだ。
必死になって赤くなった顔を上げて歌いながら、人々を直視出来ずに何度も瞬きをしてしまった。
何とか無事に独唱部分を歌い終え、再び合唱部分があり最後の演奏が終わる。
一瞬静まり返った後、物凄い拍手が沸き起こり、二人揃って思わず半歩後ろに下がってしまった程だった。
慌てて定位置に戻り、深々と一礼する。
しばらく拍手が続き、ようやく静まると、再び指揮者が腕を上げた。
一瞬で会場が静まり返る。
二曲目はレイが一番の独唱部分を担当するのだ。
先ほどと違い、合唱からの始まりになる。指揮者の合図に合わせて一斉に歌い出す。
初めて人前で歌った時、タイミングを外してしまったレイの声だけが響いてしまったのだが、もう歌い始めも慣れたものだ。
上手に歌い出すことが出来た。
独唱部分も、何とか上手に歌い始める事が出来た。
後半のレイの大好きな歌詞の部分では、あの時と同じように、エケドラにいる傷付いた彼らに届くようにと願って歌い上げた。
正しき道を進む者、迷う事なく進み行け
光あれ、精霊王の
苦難の道を進む者、折れる事なく進み行け
讃えあれ、精霊王の御守りをここに
練習の時とは違い、大勢の合唱隊の鳴らす、幾重にも響くミスリルの軽やかな鈴の音だけが、レイの大きく響く歌声に寄り添う。
レイの独唱部分の後に合唱部分があって、その後に間奏があり、二番が始まる。
同じく合唱部分が始まり、カウリが二番を歌い始めた。
いつもよりもやや高く聞こえるのは、彼も緊張しているのだろう。
彼の肩に座り、何度も頬を撫でているカルサイトのシルフの姿に、レイも笑顔になった。
最後の合唱部分を歌い終えて、演奏の全てが終了した時、先程よりもさらに大きな拍手が沸き起こった。
「ありがとうございました」
二人は揃ってそう言うと、再び深々とその場で頭を下げた。
拍手は途切れる事なく続き、それは彼らが全員退場した後も静まることは無かったのだった。
こうして、二人のお披露目は無事に終了したのだった。
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