ダンスと挨拶の嵐
陛下の開会を告げる声に大広間は拍手に包まれた。
陛下から少し離れた背後に控えていたレイとカウリは、すぐ側にいたアルス皇子の目配せを受けて、ゆっくりと前に進み出た。
「では、この場を借りまして、この度正式に竜騎士見習いとなりました二人を、皆様方に紹介させて頂きます」
前に進み出たアルス皇子の言葉に、静まり返っていた会場が一気に騒めく。
にっこりと笑ったアルス皇子は、まずカウリに目配せをして自分の横に立たせた。
会場中の注目が彼に集まる。
「まず一人目は、昨年の竜との面会にて成竜カルサイトと出会って竜の主となった、カウリ・シュタインベルグです。ご覧の通り既に成人済みであり、また妻帯者でもあります。元は第二部隊に所属していた後方支援の優秀な兵士でした。どうぞ、新たなる一歩を踏み出した彼に、皆様方の暖かなご支援をよろしくお願い致します」
この場ではカウリは言葉は発せず、軽く一礼しただけだ。
会場のあちこちから彼を評する声が聞こえ、拍手が沸き起こった。
「二人目は、森で暮らしていた野生の古竜と出会い竜の主となった、レイルズ・グレアムです。彼はまだ今年の春に成人したばかりですので、世慣れておらず、また人との付き合い方も不慣れです。至らぬ事も多いかと思われます。そんな中、新たなる一歩を踏み出した勇気ある若者にも、どうぞ皆様方の暖かなご支援をよろしくお願い致します」
今度は会場中の視線がレイに集まる。
カウリと同じように、この場では軽く一礼するだけだ。
あちこちから、年齢離れした立派な体格の彼に感心したような声が聞こえ、二人の竜騎士見習いを見て、年齢を問わず女性陣の騒めきもまた大きくなった。
「成人したばかりの、レイルズの後見人には、我が妻がなる事となった」
陛下の言葉に、会場から大きなどよめきが起こる。
満足そうに笑って頷いた陛下は、小さく手招きをして二人の女性を呼んだ。
アデライド様とスカーレット様だ。
陛下に一礼した二人は、左右に立つレイとカウリの前にそっと立った。
大広間の両端に陣取っていた宮廷楽師の人達が、ゆっくりと優しい音楽を奏で始める。
カウリがスカーレット様の手を取り、ゆっくりと中央へ進み出る。レイも、アデライド様の手を取って、その後に続いた。
人垣があっと言う間に左右に分かれて、中央の部分にポッカリと空間が開く。
少し離れたところで向かい合った二組の男女は、奏でられる音楽に合わせてゆっくりと踊り始めた。
感心したようなため息があちこちから漏れ聞こえる。
曲が少しゆっくりになったタイミングで、笑って小さく頷いた竜騎士隊の面々が、女性の手を取り中央へ進み出る。
ヴィゴは、綺麗に着飾った奥方であるイデア夫人の手を取っている。
マイリーが手を引いているのは、アデライド様やスカーレット様と同じ皇族の女性で、やや年配の未亡人のウィルゴー夫人だ。彼女はマイリーの後援会の代表を務めている。
ロベリオとユージンは、ロベリオの従姉妹のティンプルととシュクレと言う、まだ二十代前半の若い女性達の手を引いている。彼女達は一卵性の双子で、目の色から髪の色までそっくりなのだ。こちらも良く似てるロベリオとユージンの二人が連れていると、同じ組み合わせが二組いるように見える。この組み合わせも、夜会ではいつもの事だった。
ルークがお相手を務めているのは、これも未亡人で慈善事業を手広く行なっているマーシア夫人だ。彼女もルークの後援会の代表を務めている人物でもあった。
そして、タドラが手を引いているのは、ロベリオの叔母でキシルア伯爵夫人。彼女はタドラがお気に入りで、最初のダンスはいつもお相手を務めている。
互いにぶつかる事もなく踊る彼らを見て、周りの人々もそれぞれにパートナーの手を取って、ゆっくりと前に進みでて、奏でられる音楽に合わせてゆっくりと踊り始めた。
華やかなダンスは数曲続き、順番に踊っていた人たちが下がり、また別の何組もが中央へ出て行った。
ダンスを終えた会場の一角に、一際目立つ一団があった。
背の高いヴィゴとマイリー、そしてレイルズの赤毛が人並みから飛び出ている。
人々は、皆新しい竜騎士見習いの二人の周りに集まって、なんとか言葉を交わそうと苦労していた。
そしてレイとカウリは、その次々と紹介される人達とにこやかに挨拶を交わしていた。
『次はカウンティ辺境伯爵閣下。呼び方は辺境伯で良いよ。さっき会議室でも紹介されているから、初めましてとは言わないようにね』
ニコスのシルフが教えてくれたおかげで、レイはその人の顔を思い出した。がっしりとした体格と、前髪がやや寂しくなった年配のその男性は、少し白髪の混じった、しかし歳相応の小柄で綺麗な奥方を伴っていた。
笑顔で差し出された手を握りながら、レイから笑顔で挨拶をする。
「先程は、会議室でもお会いしましたね。改めまして。どうぞ宜しくお願い致します。カウンティ辺境伯。そちらは奥様でいらっしゃいますか? はじめまして、レイルズ・グレアムと申します」
差し出された手に、そっと顔を寄せると、奥方の頬が少しだけ赤くなり、笑顔になった。
まさか僅かに挨拶しただけの自分を覚えていてくれたとは思っていなかった辺境伯は、大層気を良くして満面の笑みで握手をしたのだった。
辺境伯とは、タガルノとの国境に近い南側の広大な領地を収める地方貴族だ。しかし、ただの地方貴族では無い。
国境の最前線がまるごと領地の境界であり、その防衛手腕は高く評価されている。
領地を守る兵士達の士気は高く、陛下の信頼も厚い。
今はタガルノとの国境地帯も落ち着きを取り戻して、比較的平和な日々が続いているので、久し振りにオルダムまでやって来たのだ。
また、カウンティ辺境伯が収める領地の中には、エケドラも含まれている。
地理の勉強でそれを知っていたレイは、出来れば少しでも時間をもらってエケドラがどんな所なのか聞いてみたかったが、今はさすがに無理のようだ。
すぐに次の人がやって来た為に、残念ながらカウンティ辺境伯とはそれきりになってしまったのだった。
怒涛の挨拶の嵐を終えた二人は一旦下がり、会場ではまた別のダンスが始まっていた。
控え室に戻った二人は、剣も外さずに近くにあったソファーに揃って倒れこんだ。
「もう、こんなの絶対無理! 僕、泣いて森のお家に帰ります!」
クッションに顔を埋めたレイの叫びに、ルークとヴィゴが揃って吹き出す。若竜三人組も大笑いしているし、マイリーは少し離れて座り、面白そうにソファーに転がる二人を眺めていた。
カウリはもう、声も出せないくらいに疲れ切っているようで、ソファーに座り込んで背もたれに頭を預け、天井を見上げたままの姿勢で完全に固まっていた。
慰めるようにルークに背中を叩かれて、レイは抱いていたクッションに顔を埋めたまま、情けないうめき声を上げて上目遣いにルークを見上げた。
「まあそんな情けない事を言うなって、大丈夫だよ、二人共堂々としていたぞ」
笑って差し出された冷たいカナエ草のお茶の入ったグラスを無言で受け取った二人は、それを揃って一気に飲み干した。
「もう一杯下さい」
情けない声までが重なる。
笑ったロベリオが、二人のグラスに冷たいお茶を注いでくれた。
「この後は楽器と歌の披露だな。大丈夫か」
ヴィゴの言葉に、二人は無言で顔を覆って机に突っ伏した。
「絶対無理。失敗して失笑される未来しか見えません」
「ああ駄目だ。腹が痛くなって来たよ」
カウリの声に、また皆が笑う。
「俺も、足が震えていたな」
「僕もだよ。歌はまだ神殿でたくさん練習していたからそれ程嫌じゃなかったけど、楽器はね、本当に恥ずかしかったよ」
ルークの呟きに、タドラも同意するように何度も頷いて自分の時の事を思い出していた。
彼らの時はどんな風だったのか聞こうと顔を上げたレイに耳に、執事の声が聞こえた。
「それではそろそろ次のご準備をお願い致します。カウリ様。レイルズ様は楽器の確認をお願い致します」
もう一度呻くような声を上げてから返事をしたレイは、大きなため息を一つ吐いて、倒れていたソファーから立ち上がったのだった。
「ほら、ちょっと待てって。剣帯が曲がってるぞ」
笑ったルークとマイリーが、二人の服の乱れを手早く直してくれる。
「ありがとうございます。では、行って参りますので、どうかせめて大きな失敗だけはしないように祈っていて下さい」
諦めたようなカウリの言葉に、レイももう一度ため息を吐いて頷いた。
「ああ、しっかり見ててやるから、思い切り歌って来い。ジタバタしたって逃げられやしないんだから、この場を楽しむくらいの気分でやれば良いよ。大丈夫だって、少々の失敗は、皆見て見ぬふりをしてくれるさ」
「ルーク! それ、慰めになってません!」
悲鳴のようなレイの叫びに、またしても部屋は笑いに包まれたのだった。
『では行こうか』
『行きましょうカウリ』
二人の肩に当然のように現れて座ったシルフにそう言われて、小さく笑った二人は、まずは自分の楽器が置いてある隣の部屋に向かったのだった。
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