挨拶の嵐と星の名の花

 ディレント公爵が部屋を出て行った後、もう一人のゲルハルト公爵が隣にある別の応接室へやって来てくれたので、そこでレイとカウリは初対面のもう一人の公爵とも挨拶をした。

 ディレント公爵よりも若いゲルハルト公爵は、カウリよりも少し歳上の気さくな方だった。

 しかも、どうやらカウリと公爵は既知の仲だったようで、公爵はしきりに竜騎士見習いになったカウリをからかっては笑っていた。

「閣下は、カウリとはどういったご関係なんですか?」

 親しげに笑う二人の様子に、同席していたアルス皇子が不思議そうに尋ねる。



 二人は苦笑いして顔を見合わせて、それから揃って煙草を吸う仕草をした。



「私は、煙草の中ではハシシが一番好きでね。まあ、あまり褒められた好みでは無いのだが、これがどうにも止められなくてね。いつもハシシの手配を彼に個人的に頼んでいたんだよ」

「一応そっちは、後任に正式に引き継いでおいたぞ」

 言い訳がましくそう言って笑うカウリに、皆納得した。

「だけど、俺はここへ来てすぐに貧血の症状が酷くなりましてね。今の所、ガンディとハン先生の二人掛かりに言い聞かされて、禁煙を続行中なんです」

「おやおや、久し振りに一緒に一本吸おうかと思って楽しみにしていたのに、何だい、禁煙中かね?」

「そうなんですよ。まあ最初の内はちょっとイライラしたりもしましたが、もうすっかり抜けたみたいで特に欲しいとも思わなくなりましたね」

 笑って肩を竦めるカウリを見て、取り出した小さな煙草ケースを公爵は少し寂しそうに胸元に戻した。

「残念。最近では、嗜む者が減ったからな」

「俺でよろしければ後ほどお付き合いしますよ」

 ルークの言葉に、公爵は嬉しそうに笑ってルークと手を叩きあった。



 それから後は、次々と応接室を訪れる貴族の方々に、レイとカウリは必死になって挨拶をし続けた。正直言ってもう誰が誰だかさっぱり分からない。

 ようやく、挨拶の嵐が一段落した頃には、もう二人揃って精も根も尽き果てていたのだった。

「お疲れさん。だけどこれでも一応厳選して会わせているんだぞ」

 疲れ切ってソファーに転がる二人の様子に、マイリー達は苦笑いしている。

「ほら起きろ。食事に行くぞ」

「一応お聞きしますが……」

「もちろん会食だよ。両公爵夫妻と、ヴォルクス伯爵夫妻。それに、アルジェント卿がお越しだ」

 アルジェント卿がお越しになっていると聞いて、レイは飛び起きて目を輝かせた。

「ようやくの復活だな。じゃあ行こうか」

 笑って背中を叩かれて、二人は何とか立ち上がって後に続いたのだった。



 城の竜騎士隊に与えられた専用の階の一角にある特別室で行われた会食は、昼食とは思えないような豪華な内容だった。しかし、慣れない会食に緊張しっぱなしだった二人には、正直言って、料理を味わって食べる余裕は全く無かったのだった。




 午後からもまた応接室で様々な人達との挨拶が続き、緊張し過ぎたあまり逆に落ち着くという、不思議な体験をした二人だった。



「この後って、どうなるんですか?」

 疲れ切ってソファーに倒れているあまりに情けない声のレイの質問に、ルークが堪えきれずに吹き出す。

「夕食は、父上と母上がご一緒にってさ。その後、皆で一緒に夜会へ出るからね」

「分かりました……ええ! 殿下のお父上とお母上って、陛下と王妃様と会食ですか?」

 アルス皇子の言葉に何となく返事をしたカウリが、腹筋だけで倒れていたそう叫ながらソファーから飛び起きる。

「そうだよ。竜騎士見習いを紹介した最初の夜は、いつも父上と母上が食事に誘って下さるんだ。まあ、改まった席じゃ無いから気楽にしていなさい」

 そう言われても、はいそうですかと言えるものでは無い。

 起き上がって顔を見合わせた見習い二人は、乾いた笑いをこぼして揃って大きなため息を吐いたのだった。






 時間だと言われて、疲れていた二人も改めて身支度を整えてアルス皇子を先頭に、皆で一緒に城の奥殿へ向かった。

 今夜の夕食はあくまでも陛下が個人的に皆を誘ってくださったという形になっている。

 最初に通されたのは、何度か来た事のある部屋で、以前はここで降誕祭の贈り物を頂いたのだ。

 ツリーが飾られていた一角は、今は人の背丈ほどもある大きな花瓶が置かれ、金色に着色された不思議に曲がりくねった木の枝と一緒に小さな白い小花を満開に咲かせた木の枝が活けられていた。

「……銀星草ぎんせいそうだ!」

 それを見たレイが、駆け寄って見上げながらそう呟く。

「銀星草? 初めて聞くな、この白い花がそうなのか?」

 カウリの言葉に、レイは大きく頷いた。

「これは一年のうちの数日しか咲かない特殊な花でね。実はこの枝と花は全く別のものなんだよ」

 レイの説明に、ルークとヴィゴも驚いて振り返った。すぐ後ろへ来てその枝を見上げる。

「ほらここを見て、枝の分かれ目部分から髭みたいなのが垂れ下がっているでしょう。この白い花を咲かせているのが銀星草で、これは宿り木の一種なんだよ」

「ほう、宿り木なのか」

 感心したようなヴィゴの言葉に、レイは大きく頷いた。

「銀星草は、宿り木だけど親木には悪い事はしないんだよ。それどころか、この数日咲く為に、この枝の中に根を張って、銀星草自身が作り出す養分を親木に提供し続けるんだ」

「へえ、じゃあ寄生植物じゃなくて何て言うんだっけ……ああそうだ、確か共生って言うんだよな」

「カウリ正解。そうだよ。これは共生植物だね」

 途中から部屋に入って来て、目を輝かせて銀星草の説明をしているレイを黙って見ていた陛下とマティルダ様は、説明が終わると笑って拍手をしてくれた。

「し、失礼しました!」

 話に夢中になって、今がどういう状況だったのかすっかり忘れていたレイだったが、お二人は嬉しそうに側へ来て一緒に銀星草を見上げた。



「よく、この木の事を知っていたな」

 感心したような陛下の言葉に、照れたように笑ったレイは改めて銀星草を見上げた。

「この花が咲く時期は、天文学では交差の日、と呼んでいます。まず新月である事。次に三つの惑星の位置が、それぞれの交点の重なる位置に……」

「待った、レイルズ。気持ちは分かるけど、その解説について来られる奴はここにはいないと思うから、説明は簡潔にな」

 苦笑いしたカウリにそう言われて、我に返ったレイは困ったように笑って小さく頷いた。

「失礼しました。えっと、この花の咲く時期は、天文学の計算で知る事が出来るんです。比較的簡単な計算なので、習い始めた最初の頃に出てくる問題なんです。それで銀星草がどんな花なのか知りたくなって、持っている植物図鑑を見てみたんですけど載っていなくて。お城の図書館で、司書の方にお願いして探して頂いたんです。古い図鑑に一冊だけ載っているのがあって、一度でいいから実際に咲いているところを見てみたいと思っていたんです」

「それなら良かったわ。そんな話は知らなかったのだけれど、名前に星が入る花なんて珍しいでしょう。裏庭に生えている木に、数年前からこの宿り木が増え始めて、今では毎年、かなりの数が咲いているのよ。庭師が言うにはとても珍しい花だそうだから、今日はここに活けてもらったのよ」

 マティルダ様の言葉に、レイは笑顔になった。

 自分が天文学を学んでいる事は、もちろんお二人もご存知だ。

 それで、わざわざ星の名前のついた花を生けて迎えてくれるなんて、考えただけでとても嬉しかった。



 ソファーに座り、夕食までの時間はゆっくりと話をした。

 最初は緊張して、碌に話も出来無いのではないかと心配していたが、どうやら銀星草のお陰ですっかりレイとカウリも緊張が解れたようで、いつもと変わりなく陛下やマティルダ様と話をする二人を見て、密かに安堵するマイリー達だった。




「ああ、レイ。久し振りだね。元気にしていたかい?」

 丁度話が途切れた時、レイの足元にふわふわの猫のレイが来て当然のようにソファーに座るレイの膝を占領した。

 そして、これもカウリの膝には当然のようにフリージアが占領して丸くなり、二匹の気が済むまで全く動こうとしなかったのだった。

 その結果、夕食が始まる際に立とうとして果たせず、二人はまたしても膝の痺れに悶絶する事になり、皆の笑いを誘ったのだった。

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