お披露目とディレント公爵
「それでは、どうぞこちらへ」
第二部隊の制服を着た兵士に案内された二人は、待っていた部屋を出て廊下を歩いて大きな扉の前に立った。
「こちらでお待ちください。扉が開きましたらそのまま中へどうぞ」
案内してくれた兵士は、そう言って一礼して下がってしまった。
二人並んで、扉の前で無言で立ち尽くす。
「ああ、この待ち時間が嫌だよ」
「だね、今、僕の心臓が十倍くらいに早くなってる」
「俺もだ。口から何か変なものが出たらどうしようって、本気で心配になる」
真顔のカウリの言葉に、レイは小さく吹き出した。
「笑わせないでよ、カウリ。何か出そうになったら、頑張って飲み込んでね」
「おお、まあ出来る範囲でお互い頑張ろうぜ」
苦笑いしたカウリが拳を差し出して来たので、レイも笑って自分の拳をカウリのそれと付き合わせた。
『大丈夫だ。其方には我が付いているぞ』
『そうですよ私も一緒にいますからね』
ブルーのシルフの声に、レイは頷いて右肩を見る。
いつもの大きなブルーのシルフが笑って手を振ってくれているのを見て、なんだか少しだけ不安が消えていくのを感じた。
カウリも、自分の肩に座ったカルサイトのシルフと何か話して笑顔になっている。
「間も無く扉が開きますので、ご注意ください。初仕事ですね。成功をお祈りします」
扉の横に立った兵士にそう言われて、カウリとレイは揃って頷いた。
「ありがとうございます」
扉に手をかけた兵士に、小さな声でカウリがそう言い、レイも軽く一礼してお礼を言った。
「ありがとうございます。行ってきます」
周りにいた兵士達が、一斉に直立して敬礼してくれた。
そのまま一気に扉が開く。
「行くぞ」
短いカウリの言葉に、レイも小さく頷いたのだった。
開いた扉の中は、思っていた以上に大きく広く、天井の高い部屋だった。
真正面の一段高くなった真ん中に、陛下が座っておられるのが見えた。
その左右に座っているうちの一人は見覚えがある顔だ。ルークのお父上のディレント公爵だ。という事は、その反対側に座っているのがもう一人の公爵で、ゲルハルト公爵その人なのだろう。
その前には、奥から手前に並んだ机が全部で四列、真ん中部分が少し広くなっていて、二列ずつそれぞれ真ん中を向いて何人もの身分の高そうな人達が座っている。自分からみて右側前列に、竜騎士隊のアルス皇子を筆頭に、マイリー、ヴィゴ、ルークが並んでいるのも見て取れた。
しかし、レイが冷静に観察出来たのはそこまでだった。
その四列に座っていた全員が、一斉にこっちを見たのだ。
静かな騒めきが起こる。
一歩を踏み出したカウリに続いて、レイも中に入る。
背後の扉が閉まった瞬間、カウリが深々と一礼した。
「ご紹介に預かりました。カウリ・シュタインベルグです。未熟者ゆえ、至らぬ事も多いと思います。どうぞ皆様方のご指導を賜りますよう、お願い申し上げます」
しばしの沈黙の後、レイも口を開いた。
「ご紹介に預かりました。レイルズ・グレアムです。ご覧の通りの未熟者ゆえ、失礼など多々あるかと思います。どうぞ皆様方の温かいご指導を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
レイもその場で深々と一礼した。
拍手が湧き起こり、二人は小さく深呼吸をして顔を上げた。
一気に騒めきが大きくなる。
「四十五歳と聞いていたが、若く見えるな」
「逆にレイルズ様はあれで十六になったばかりだと?」
「ほう。レイルズ様はなかなかご立派な体格だな」
「いや、カウリ様もかなり鍛えられたようだぞ」
好き勝手に評される言葉を聞いていて、なんだか居た堪れなくなる。
「こちらへどうぞ」
第二部隊の兵士が小さな声でそう言って、二人を少し横に立たせる。
黙った二人はその場で大人しく直立して会議が終わるのを待った。
陛下が閉会を指示して、ようやくその場は解散となった。
素早く第二部隊の兵士達が、レイとカウリを別室へ連れて行ってくれた。
「さてと、果たして何人の顔を覚えられるかな?」
小さく呟いたカウリの言葉に、レイも思わず自信無さげに頷いたのだった。
『大丈夫だよ』
『私達が覚えるからね』
『主様は堂々としていれば良いよ』
目の前に、ニコスのシルフ達が現れて笑いながらそう言ってくれる。
「そうだね。じゃあよろしくね」
小さな声でそう言い、カウリを見ると、カウリの横にもシルフ達が現れて何か耳打ちしていた。
どうやら、彼と一緒に勉強している知識の精霊達も、頑張っているみたいで、レイも安心した。
「お疲れさん。なかなか堂々たる挨拶っぷりだったじゃないか」
ノックの音がして部屋に入って来たアルス皇子の言葉に、二人は慌てて直立する。皇子の後ろにいるのは、会議に出ていたマイリー達三人だった。
「お疲れさん。ここは俺達竜騎士隊の控え室みたいなものだからさ、他の人は勝手に入って来ないから安心しろよな」
笑顔のルークのその言葉を聞いて、誰が来るのかと緊張したまま直立していた二人は、揃ってため息を吐いてソファーに座った。
「緊張したー!」
顔を覆ったレイが、思わず叫ぶ。
「俺も! 本気で口から心臓が飛び出すんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ」
「まあ、取り敢えず最初の挨拶は完璧だったよ。ご苦労だったな」
苦笑いするマイリーの言葉に、ヴィゴも満足そうに頷いている。
「それで、この後の予定ってどうなっているんですか?」
上目遣いのカウリの言葉に、ニンマリとヴィゴが笑って彼の背中を力一杯叩いた。
「まずは、ゲルハルト公爵とディレント公爵にご挨拶だな。ディレント公爵とは、お前は結婚式の時にお世話になってるんだから、改めてお礼を言っておけよ」
「了解です。もう行きますか?」
「いや、ここへ来てくださるそうだから、待っていなさい」
関係無い人は、この部屋には来ないんじゃなかったんですか!
そう叫びたくなるのを必死で我慢した二人は、互いの顔を見合わせてもう一度大きなため息を吐いた。
その時、ノックの音がして執事が来客を告げる。
慌てて立ち上がった二人を見て、笑った皇子が二人を座らせる。
「お入り頂いて結構だよ」
皇子の言葉に一礼した執事が一旦下がり案内して来たのは、見覚えのある、あのディレント公爵だった。
「おお、カウリ。なかなか堂々とした話し振りだったぞ」
笑顔で手を差し出した公爵は、まずは自分が見届け人となり結婚したカウリを握手を交わして嬉しそうにそのお腕や背中を叩いた。
「その節は、大変お世話になりました」
「もう館の方は落ち着いたか?」
「いやあ、それがなかなか……」
「まあそうだろう。仕方あるまい。だが、家を疎かにしてはならんぞ。奥方を大切にな」
「もちろんです」
苦笑いして頷くカウリの背中をもう一度叩いた公爵は、振り返ってレイを改めて見つめた。
「花祭りの際は大変失礼した。改めて名乗らせてもらおう。ヒューイット・ラスター・ディレントだ。公爵の位を拝領しておるぞ。よろしくな」
「改めまして、レイルズ・グレアムです。お目に掛かれて光栄です。公爵閣下」
両手を握り、額に当てたレイは片膝をついて深々と頭を下げた。
「顔を上げなさい。そうそう、其方には言っておかねばな。この度、女神オフィーリアの神殿に努める巫女達二人の後見人になる事になった」
驚いて顔を上げたレイは、半ば呆然と公爵を見た。
「三位の巫女のニカノール・リベルタス。タガルノからの亡命者であり、幼くして竜の主となったあの少女を、誰の後見もないままには放置出来ぬ。もちろん陛下には許可を頂いておるから安心しなさい」
そう言って、レイを正面から見た公爵は、ニンマリと笑った。
「もう一人は、そのニーカとまるで姉妹のように仲が良いのだと言う少女でな。これは二位の巫女で、クラウディア・サナティオと申す少女だ。まだ十代だが光の精霊魔法の使い手だそうだぞ。どちらも可愛らしい、まるで花のような少女達だ」
驚きに声も無いレイを見て、公爵は嬉しそうにまたニンマリと笑った。
「ん? 私に何か言いたい事はあるか?」
以前、ガンディから身寄りのない彼女達の場合、後見人となる貴族がいれば安心なのだがな。という話を聞いた事がある。しかし、その際に、殆どの場合は巫女ならば何処かへ還俗させて嫁にやるつもりで後見人になる人が殆どなので、迂闊な話を受けると後で後悔するのだとも聞いた。
もしも彼女が、強制的に何処かへ嫁にやられたとしたら……。
考えただけで頭の中が真っ白になり怒鳴りそうで、レイは必死になって口を噤んだ。
そんなレイを公爵は面白そうに眺めている。
沈黙を破ったのは、ルークの一声だった。
「父上、レイルズは貴方と違って、相手の言葉の裏を察するなんて芸当は、まだまだ出来ません。人が悪い。あまり
苦笑いした公爵は、その言葉に肩を竦めた。
「すまんすまん。素直な若者だとは聞いておったがこれ程だったとはな。いや、なかなかに新鮮な反応だったぞ」
驚くレイに、公爵は大きく頷いた。
「安心しなさい。勝手に何処かへ嫁にやるような事はせぬよ」
あまりの事に驚きに声も無いレイを見て、皆が一斉に吹き出す。
「閣下、本当に人が悪いにも程がありますよ。あまりうちの若いのを苛めないでやってください」
呆れたようなマイリーの言葉に、公爵も笑っている。
「あのな。レイルズ。つまり公爵閣下はこう仰っているんだよ」
全く、一人だけ分かっていない風のレイを見て苦笑いしたカウリが、横から肩を組んで彼の耳元に口を寄せた。
「つまり、今後、あの二人を自分の庇護のもとに守ってくれると仰ってくださってるんだ。誰か、他の貴族の勝手な思惑で彼女達に手出ししようとしても、相手が公爵閣下なら迂闊な事は出来ない。しかもお前との事も、ニーカの事情も全て理解してくださった上で、お二人の後見人になってくださったんだよ。だからお前がすべき事は、力一杯お礼を言って、彼女達をどうかよろしくってお願いする事だよ」
そこまで言われてようやく理解したレイが、目を輝かせて公爵を見る。
無言の問いに大きく頷いてくれた公爵に、レイはその場で改めて両手を握って額に当てて跪いた。
「公爵閣下のお心遣いに心からの感謝を! 本当にありがとうございます。どうか、どうか彼女達の事、よろしくお願いいたします!」
「任せておきなさい。彼女達には公爵家の紋章の入った指輪を贈らせてもらった。これで、いつでも遠慮なく会えるぞ」
最後は、またしてもからかうような口調で言われてしまい、レイは真っ赤になるのだった。
「おお、余り長居をしては、後の方々に失礼だな。では私はこれで失礼するよ。二人共、これからの活躍を期待するぞ。何か困った事があれば、遠慮なく、いつなりと相談しなさい。良いな」
真っ赤になったレイが、何か言おうとしたそれに合わせるように、笑った公爵がそう言って平然と立ち上がって手を上げて出て行ってしまった。
慌てたカウリが見送るために立ち上がって一礼する。レイも、口を閉じて慌ててそれに倣った。
扉が閉まり、しばらくの沈黙の後、部屋は笑いに包まれたのだった。
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