休暇明けと読書の時間

 十日間の結婚休暇の予定が、大雪のために急遽四日間延長され、その長期休暇が明けていつものように本部にカウリが顔を出した。

 簡単な挨拶だけで済ませるつもりだったカウリだったが、大喜びの若竜三人組とルークに捕まってしまい、結局寄ってたかって揶揄われひたすら悲鳴を上げて逃げ回っていたのだった。



「この薄情者。見てたんなら助けてくれよな」

 ルークが会議の時間になった為にようやく解放されたカウリは、ずっと笑って見ていたレイに気付くと、そう言いながら足を蹴ってきた。完全なる八つ当たりだ。

「暴力反対!」

 笑いながら逃げると、また追い掛けてきたのでそのまま反撃して格闘訓練状態になり、何事かと顔を出したラスティとモーガンに叱られるまで、二人は休憩室の床に転がって互いを抑え込もうと必死になって暴れまわっていたのだった。



「あはは、お腹痛い」

 笑い過ぎてお腹を押さえるレイを見て、カウリは鼻で笑って乱れた前髪を整えた。

「ねえ、チェルシーはどうしてるの?」

 てっきり家で留守番しているのだと思ったら、一緒に本部へ来ているのだと言う。

「ええ? じゃあ、チェルシーは結婚しても働くんだね」

「まあ、今後はどうなるかは分からないけどな。本人の希望もあって、出来るところまではやりたいと言うので、しばらくは、今まで通りの勤務になるだろうってさ。俺はもちろん賛成したよ」

「じゃあ、子供が生まれるまでだね」

 無邪気なレイは、結婚したら子供が生まれるものだと、当然のように思っている。

 何気無い一言だったが、それを聞いたカウリは、一瞬黙ってから小さく首を振った

「どうだろうな。こればかりは天からの授かりものだからな。分からないよ。どれだけ願っても授からない事もあるだろうし、逆に、思わぬ時に望まぬ形で出来たりもするからな」

 なんとなく、その言い方がまるで他人事のようでレイは思わず口篭った。

「……カウリは子供が欲しくないの?」

 口に出してから、これは聞いてはいけない事だったかもしれないと、今更ながら思い至った。

 望まぬ形で生まれた為に、長い間父親に憎まれ、存在そのものを否定され続けて悲しい思いをしたカウリの事を思い出したからだ。

「ご、ごめんなさい。今のは忘れてください」

 慌てて謝ると、カウリは驚いたようにレイを見て、それからまた小さく首を振った。

「ごめん、俺もちょっと不用意な発言だったな。忘れてくれ。だけどまあ、これに関しては、俺には本当に分からないよ。これこそ、精霊王のみぞ知る。ってやつだな」

 誤魔化すようにそう言うと、カウリは立ち上がって大きく伸びをした。



「さてと、休みの間に書類がどれくらい溜まってるのか、正直言って事務所へ行くのが怖いぞ」

「頑張ってね。ルークが来てくれるのを待ってるって言ってたから」

 声なき悲鳴を上げてカウリがソファーに突っ伏したのを見て、レイは吹き出して大笑いしていた。



「ああ、丁度良かった。事務所へ来てくれるか」

 マイリーが休憩室を覗いて、カウリを見つけて事務所へそのまま連れて行った。

 どうやら、カウリにとって休暇明けは山積みの仕事との対面式状態だったらしい。

「頑張ってね。応援してるからね」

 笑ってマイリーに連れて行かれるカウリを見送り、午前中は久し振りにゆっくりと本を読んで過ごした。




 もう一人の英雄の生涯の物語は、新たな登場人物が現れて、また新しい展開を見せていた。

 ドワーフの鉱山跡で倒れたオスプ少年を助けたのは、真っ黒な服を着た大きな剣を持った背の高い男だった。

 セーブルと名乗ったその男は、何も聞かずに弱り切ったオスプ少年に食べ物を与え、鉱山跡の中にある自分の住処の一部に、彼が住む事を許してくれた。

 お互いの事は聞かない約束で、そこで彼は一年間の平和な時間を過ごすことになるのだった。



 外の世界では、精霊王の生まれ変わりであるライル少年が村を出て半年、まだ自分が何かさえも分からず、それでもお告げに従って、とある場所を目指して必死に旅をするライル少年とサディアス達だった。

「このセーブルって人、まるでアルカディアの民みたいだね。光の精霊魔法でさえも易々と使いこなし、精霊達と友達で、簡単に結界も張ってみせる。だけどまだ、この時代ならアルカーシュは有るんだから、アルカディアの民は、そこにいるんじゃないの?」

 右肩に座ったブルーのシルフにそう尋ねると、ブルーのシルフはふわりと浮き上がり本の上に立った。

『それは違うぞ。元々アルカディアの民は、人とは同じ姿をしてはいるが、全く別の種族だ。彼らは住む国を持たぬ。そんな彼らをアルカーシュは客人として招き入れ、彼らの知識と技術と引き換えに、住処を提供していたのだよ』

「住む国を持たないって。じゃあ、彼らは元々どこにいたの?」

 しかし、その問いにブルーのシルフは小さく首を振った。

『さあ、どうであろうな。国とはいつかは滅びゆくものだ。時には王を変えて形を代えて残る事もあるし、アルカーシュのように、突如跡形もなく消え去る事もある』

「じゃあ、彼らの国も無くなっちゃったのかな? もしもそうなら、可哀想だね」

 無邪気にそう呟くレイを、ブルーのシルフは何か言いたげな目で見ていたが、結局何も言わずに、黙って彼の横顔をずっと見つめていた。



 また場面は変わり、外の世界では、次々と精霊王の十二神となる仲間達が、ライル少年の元に集まりつつあった。

 成り行きで一緒に旅をするようになった者。サディアス達に命を助けられて自ら旅の仲間になった者。共通しているのは、彼らには皆、帰る場所がない事だった。



 そんなある日、うっかり迷い込んだ鉱山の奥で、オスプ少年は闇の眷属と鉢合わせてしまった。

 コボルドと呼ばれる二本足で立つ犬の頭を持つ下位の闇の眷属だが、精霊魔法を使えても、そもそも戦った事など無いオスプ少年にとっては、到底勝ち目のない相手だった。

 悲鳴を上げて逃げるオスプ少年を、二頭のコボルドは面白半分に追い掛け回した。だが、今にも捕まりそうになった時、そいつらは彼を見てこう言ったのだ。

『何だ、贄の候補か』と。

 それっきり二匹は彼に興味を無くし、これより下の階層へ来れば、贄の候補であっても容赦はしない。と、言い残して去って行ったのだった。



「贄の候補? 初めて聞く言葉だね」

『今後、重要な一つの鍵になる言葉だ。覚えておきなさい』

 ブルーのシルフの言葉に、レイは頷いてまた読み進めていった。

 その後、驚いた事に下の階層にセーブルが現れ、オスプ少年を見逃したコボルド二匹をあっと言う間に倒してしまったのだ。

「ええ、どう言う事? 見逃してくれたんだから、良いモンスターじゃ無いの?」

 思わず叫ぶレイに、ブルーのシルフは小さく笑った。

『この辺りから、何が正しいのか。と言う問いが生まれるから、しっかり読みなさい。特に、セーブルは要注意人物だぞ』

「うう、だんだん難しくなってきた。どうして正義は一つじゃ無いんだよ」

『だから言ったであろうが。その者がどの立場にいるかで正義は変わるとな』

 面白そうなブルーのシルフの言葉に、レイは大きなため息を吐いた。



 正しい事は一つだと思い、良い行いは皆そう思うのだと、単純にそう思っていたレイにとって、そもそも正義とは何か。正しさとは何か? と、考え始めた事は、全く新しい考え方を得た事となった。



 それはいずれ来る、その時、に、彼が下す決断の一つのいしずえとなるのだった。

 だが今は、そのような事を知る由もなく、ただ無邪気に物語に没頭するレイルズだった。

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