二の月の大雪の日々
賑やかだった宴が終わり、最後に中庭に停められた華やかに飾り付けられた馬車に乗り込むカウリとチェルシーを、参加者全員が総出で見送ったのだった。
その後はもう解散となり、レイも皆と挨拶をしてからルーク達と一緒に本部へ戻った。
ヴィゴ夫婦とアルジェント卿夫婦、それから見届け人のディレント公爵は、それぞれ用意された馬車に乗り込み、二人と一緒に、揃ってこれから二人が住む陛下から賜った一の郭の屋敷へ向かった。
館に入る前には、来てくれた神官が守護の祈りを捧げて門を清めてから入るし、新たな館に入った後も、台所に火を入れる火入れの儀式や、水場に新たに水を引き入れる水呼びの儀式など、いわば家を開く為の儀式がいくつもあるのだ。
ようやくゆっくり出来ると思っていたのに、まだまだ続く儀式の嵐に、若干遠い目になる信仰心の薄いカウリだった。
「もう本当にすっごく綺麗だったんだよ。それでね!」
本部へ戻ったレイは、部屋に戻って着替えをしている時から、もう口が閉じる間も無く、夢中になってラスティに結婚式での出来事を話していたのだ。
苦笑いしつつ、ラスティも、そんなレイの話を飽きもせずに聞いてくれたのだった。
まだ夕食には早い時間だったので、着替えを終えていつもの竜騎士見習いの服に戻ったレイは、休憩室へ向かい、タドラと一緒にチェルシーが綺麗だったという話で大いに盛り上がった。
「カウリは今日から十日間の休暇が与えられるぞ。まあ、色々忙しいだろうから、そっとしておいてやれ」
いつもの服装に戻ったルーク達も休憩所にやって来てそう言い、一体何が忙しいんだろうな? なんて話でルークとロベリオ達は盛り上がっていた。
そんな感じで夕食までの間、いつものようにのんびりと陣取り盤をしたり、おやつを食べたりして過ごした。
二の月に入ると一気に寒さが本格化して、オルダムでも吹雪になる日が続いた。
日によっては訓練所が閉鎖される程のひどい吹雪になり、レイ達も、本部に閉じ込められる日が続いた。
「まあ、新婚二人には外の天気なんて関係無いよな」
「だよな。出歩かずに済む言い訳になって良いじゃないか」
外の吹雪を見ながら、事務所で書類を手にしたロベリオとルークがそんな事を言って笑っている。
レイは自分の席で日報を書きながら、そんな二人を不思議そうに見ていた。
『気にするな。好きに言ってるだけだ』
ブルーのシルフが目の前に現れて、インク壺の横に座った。
「今日も、訓練所はお休み。せっかく天文学の授業の日だったのに、残念だな」
つまらなさそうにそう言い、日報を書き上げてサインをしたレイは、きちんとそれを乾かしてから決められた箱に入れた。
「えっと、何かお手伝いする事って有りますか?」
「ああ、日報は書けたんだな。じゃあもう今日は上がってくれて良いぞ。お疲れさん」
今日はルークに教えてもらって、自分でする事務仕事を見てもらっていたのだ。
「じゃあ、戻りますね」
周りの事務員達にも声を掛けて、レイは事務所を後にした。
「外はすごい雪だね。蒼の森もきっとすごい雪なんだろうね。皆大丈夫かな?」
階段の所にある大きな窓には、大きな木戸が立てられていて外を見る事は出来ない。
風向きにより、こちら側の窓は雪に埋もれて危険な為、窓が塞がれているのだ。
部屋に戻ったレイは、ラスティがお茶の用意をしてくれた後、一礼して部屋を出ていくのを見送ってから、シルフにお願いして蒼の森のタキスを呼び出した。
『レイ元気にしていますか?』
いつものタキスの元気な声に、レイはほっと胸をなでおろした。
「うん、元気だよ。あのね、オルダムはすごい雪なんだけど、そっちはどう? 大丈夫?」
その言葉に、タキスは小さく笑った。
『確かに今年の雪は近年稀に見る量ですね』
『とうとうギードの家の扉が開かなくなって』
『昨日と一昨日は二日がかりで大騒ぎだったんですよ』
驚きに目を見開いたレイは、身を乗り出してタキスの声で話すシルフを覗き込んだ。
「ええ? だって、ギードの家の扉は内側にも開くんでしょう? それなのにどうして?」
『ええもちろん扉は開きましたよ』
『ですが降り積もった雪の量が大変な事になっていて』
『開いた扉の前の全てが雪で埋め尽くされていたんですよ』
「えっと、それってもしかして……」
『ええ開いたら真っ白な壁が立ち塞がってました』
「ええ、ギードの家の前側って普段はそれほど積もらないのに?」
『そうなんですよ』
『私はこの森に住んで長いですが』
『正直言ってここまで雪が多いのは初めてだと思いますね』
「……大丈夫?」
思わず、小さな声で尋ねたが、タキスは笑っている。
『ええ大丈夫ですからご心配無く』
『まあ元々二の月はほとんど外には出ませんからね』
『何とか二日がかりで扉の前だけは開けたんですけれど』
『恐らく今夜も雪になるでしょうから』
『また閉じ込められると思いますね』
「そっか、もしも何かあったらと思ってちょっと心配だったんだ」
照れたように笑うレイに、タキスは小さく笑った。
『大丈夫ですよ』
笑い合って、それからやってきたニコスやギードとも、しばらくいろんな話をした。
結婚式の後にも連絡を取ったのだが、やっぱりまたその話になって、レイは何度も初めて見た結婚式の話を夢中になってするのだった。
「ねえそうだ。タキスの時はどんな風だったの?」
目を輝かせてそんな事を聞くレイに、タキスのシルフは慌てて立ち上がって逃げようとして、二人掛かりで捕まる様子までシルフ達は再現してくれて、それを見たレイは大笑いして椅子から転がり落ちたのだった。
『全く何をしているんですか』
揃って大笑いした後、ようやく落ち着いてタキスが自分の結婚式の時の事を話してくれた。
『とは言っても私達もカウリ様と同じで』
『二人共こっちには家族がいませんでしたからね』
「え? どうして?」
驚くレイに、タキスは少し躊躇ってから話してくれた。
『私は幼い頃に借金のかたに両親から引き離されて』
『人間の学者夫婦に引き取られたんです』
『真面目な両親だったので』
『何故そんな事になったのかは分かりませんが』
『少なくともとても大切に育ててもらいましたよ』
『大学に入って医者になる事』
『それだけは絶対に叶えてくれと言われた以外はね』
「へえ、そうだったんだ」
初めて聞く、タキスの生い立ちに、レイは驚いて聞き入っていた。
『しかも大学に入ると同時に育ての親は亡くなってしまって』
『医者になったところはとうとう見せられないままでしたね』
苦笑いして肩をすくめるタキスに、レイは何と言っていいのか分からなかった。
『結局奨学金を貰って特待生として大学で学びました』
『以前も話したと思いますが』
『アーシアと出会ったのは大学時代の事です』
「竜騎士の花束を渡したエイベルのお母さんだね」
笑顔で頷くタキスに、レイも笑って頷いた。
『式は街の精霊王の神殿で行いましたよ』
『と言ってもまだ医者としては若かったですからね』
『簡単に宣誓と誓いの指輪の交換だけでしたよ』
「指輪の交換?」
初めて聞く言葉に、レイが首を傾げると隣にいたニコスが教えてくれた。
『カウリ様の場合は守り刀の交換をしておられたろう?』
頷くレイに、ニコスのシルフも頷く。
『騎士様や軍人の場合は結婚式では指輪の交換では無く』
『守り刀を交換するのが古いしきたりでね』
『だけど一般の市民は指輪を交換するのが一般的だな』
感心したレイが何度も頷いているのを見て、ニコスのシルフは笑っている。
『貴族の場合は結婚式の前に』
『先に婚約式というのがあってね』
『指輪の交換はその時にするんだ』
「そうなんだね、以前カウリがダイヤモンドの指輪を買っていたから、きっとそれだね」
確か、レイが贈り物の指輪を選んでいた時に、カウリもダイヤモンドの指輪を選んでいたのを思い出した。
『ああダイヤモンドなら間違いなかろう』
「ねえ、ドレスは? どんなドレスだったの?」
レイの質問に、タキスは小さくため息を吐いた。
『一般の市民はドレスは大抵が誰かから借ります』
『私達の場合は薬学部の助教授が貴族の方だったので』
『奥方が結婚式で着られたドレスをお借りしましたよ』
『シンプルなドレスだったのですが』
『それは見事なヴェールまで貸してくださって』
『神殿では見知らぬ参拝客の方々にも』
『沢山の祝福を頂きましたよ』
「そうだったんだね」
『当時を思い出したら何だか恥ずかしくなってきました』
顔を覆って俯くタキスをからかう二人の声を聞いて、レイも一緒になって笑った。
手を振っていなくなるシルフ達を見送り、レイは小さなため息を吐いた。
「もう二の月なんだよ。早いね。お披露目までなんて、本当にあっという間だね」
『楽しみだな』
「うう、考えただけで緊張して来た」
身震いして誤魔化すように笑うと、すっかり冷めたカナエ草のお茶をゆっくりと飲んだのだった。
『大丈夫だ。其方には我が付いている』
『私達もいるよ』
ブルーのシルフの優しい声に、レイは笑顔で大きく頷きキスを贈り、さらに目の前に出て来てくれたニコスのシルフにも、笑ってキスを贈るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます