それぞれの準備と大騒ぎ

 廊下で待っていたのは、第一級礼装に身を包んだアルス皇子とマイリー、ルークと若竜三人組だった。

「お待たせしました。あれ? ヴィゴは?」

「先に花嫁さんの所へ行ったよ」

 不思議そうにするレイに、ルークが詳しい説明をしてくれた。

「今回の二人は、どちらも家族との縁が切れているからね。だけど式の際には家族が役割を果たす場面がある。だから、ヴィゴの家族がチェルシーの家族代理としてその役目を果たしてくれるんだ。それからカウリの家族代理は、アルジェント卿と奥方が務めてくださる。各家の子供達にも、色々と役割が与えられているんだ。お前も有るんだろう?」

 ルークの言葉に満面の笑みで頷くレイを見て、皆も笑顔になった。

「それから、二人の結婚の見届け人として、結婚の書類にサインをするのは、ディレント公爵が務めてくれる事になったよ」

 嬉しそうに何度も頷くレイを見て、ルークは小さく笑って顔を上げた。

「じゃあ、行くとしよう。まずはカウリをからかいに行かないとな」

 嬉しそうなアルス皇子の言葉に、マイリーが頷きながらルークと顔を見合わせて笑いを堪えている。

「さて、あの照れ屋のカウリが、果たしてどんな顔して誓いの口づけをするのか、今から楽しみだな」

 マイリーがそう言うと、レイ以外の全員が揃って小さく吹き出した。

「現場では笑うなよ」

 マイリーに言われてルークが肩を竦める。

「それは状況によるな」

「だな」

 彼らの会話を聞いていたレイは、不思議そうに首を傾げて見ていた。

「まあ、行けばわかるよ」

 ルークに背中を叩かれて大きく頷いたレイは、ルーク達の後ろについて揃って廊下を歩いて行った。




 到着した精霊王の別館で、出迎えた神官に案内されて、まずは普段お祈りを捧げる一番大きな礼拝堂でそれぞれに精霊王とエイベル様に蝋燭を捧げた。

 第一級礼装の竜騎士達を見て驚く参拝者もいたが、ここは街の中の神殿と違い、基本的に参っているのは軍の兵士達と医療関係者、そして城に勤める者達だ。その為、誰かの結婚式に出席なさるのだろうと思われ、特に騒がれる事も無かった。


 そのあと、案内役の神官が向かったのはレイは初めて入るこれも大きな部屋で、先程の礼拝堂程ではないが充分に見事な祭壇があり、正面真ん中には巨大な精霊王の像が立ち、その周りを守るように十二神の像、そしてエイベル様の像が並べられてた。

「こんな祭壇もあったんだね。初めて見ました」

 見事な精霊王の像を見上げたレイが、感激を隠さずにそう呟くと、隣に立ったルークが教えてくれた。

「ここが、結婚式を挙げる会場になる。このまま外へ出られるようになっているんだ、ほら」

 先ほど、自分たちが入ってきたのは、十二神の像の後ろに作られた扉からで、精霊王の像の前には木製の長いベンチが何列も並んでいて、像へ向かう真正面の真ん中部分は、かなり広い空間になっていた。

「あれ? ベンチの間の真ん中の部分がずいぶん広いんだね。あれはどうして?」

「まあ、これは式が始まればわかるさ。じゃあ、いよいよカウリの所へ行くぞ」

 笑ったルークの言葉に、祭壇を揃って見上げていた皆も嬉しそうに頷いた。

 再び、神官の案内で通された部屋は、どうやら控え室のようで、竜騎士隊の第一級礼装が一式ハンガーにかけられていた。

「ああ、それは予備だから触らないで。僕らが行くのはこっちだよ」

 手を伸ばしかけたレイに、タドラが慌てたようにそう言って彼の手を押さえた。

「あ、ごめんなさい」

 照れたように謝るレイに、タドラは笑って背中を叩き、そのまま衝立の奥へ向かった。



 そこにはすでに第一級礼装に身を包んだカウリが座っていたのだが、彼の前に置かれた椅子には先客がいた。

「あ、ルフリー上等兵! それにケイタムとジョエル、クリスも! 来てくれたんだね!」

 嬉しそうなレイの声に、振り返った四人は、揃って呆然と竜騎士見習いの第一級礼装に身を包んだレイを見て、一斉に叫ぶような声を上げた。

「ええええ! レイルズ?」

「何でお前がここにいるんだよ!」

「ええ! ってか、ちょっと待て!お前のその服!」

 二等兵三人の叫びが重なり、レイの服の袖を掴んでルフリー上等兵が叫んだ。

 彼ら以外の全員。つまり竜騎士全員がその叫び声を聞いて揃って吹き出し、その場は大爆笑になった。

「あ、そうか!」

 レイが今更ながら、自分の身分が彼らには知られていなかった事を思い出して、慌ててルークの後ろに隠れようとした。だが、残念ながらルフリー上等兵に袖を掴まれていた為果たせなかった。



 呆気にとられて揃って目を見開く彼らに、レイは困ったように笑って頭を下げた。

「えっと、嘘ついててごめんなさい。改めて、竜騎士見習いのレイルズ・グレアムです。どうぞよろしく」

「竜騎士見習いって、事は、お……おまえ……お前が、あの、古竜の、主……なのか?」

 無意識にレイの袖を離して、呆然と呟くようなルフリー上等兵の小さな言葉に、レイは頷いてもう一度頭を下げた。

「えっと、嘘ついててごめんなさい。僕は生まれ育った自由開拓民の村と、森の家族との生活しか知らないんだ。だから、一般の兵士達がどんなお仕事をして、どんな事を考えているのか、共同生活を通じて自分の目で見てきなさいって言われたんです」

 無言でまだ呆然としたままだったが、真摯に謝るレイの言葉に彼らは頷いてくれた。




 騒ぎが収まり、レイは少し時間をもらって彼らと部屋の隅で話をしていた。

 その際に、敬語で話しかけられたレイは、以前と同じように話して! と力説して、結局折れた彼らは公式の場以外では敬語は使わないと約束してくれた。

「はは、しかし、まさかお前があの古竜の主だったなんてな」

「本当だよね。だけどよく似合ってるよ。その竜騎士見習いの制服」

「だけど本当に良いのか。こんな話し方で」

 二等兵三人の言葉に、レイは嬉しそうに目を輝かせて頷いた。

「敬語じゃない方が良いって、変な奴」

 笑ったクリスの言葉に、レイはもう一度嬉しそうな笑顔で頷いた。

「本当に驚いたけど、うん、何だかすごく納得したよ。絶対レイルズはただの一般兵じゃないって思っていたからな」

 ルフリー上等兵の言葉に、三人も大きく頷いている。

「確かに。有り得ないくらいに優秀だったもんな」

 意味がわからず不思議そうにしているレイを見て、もう彼らは笑うしかなかった。



 その時、ルーク達がカウリをからかう声が聞こえて、レイ達は揃って振り返った。

「無理だって! そんなの俺には絶対無理だって! 軽く済ませます!」

「何言ってるんだ、お前がリードしないでどうするんだ。彼女にとっては一生一度の式なんだぞ。キスくらい逃げるな!」

 どうやらキスがどうとか言う声が聞こえているが、レイには何が無理なのか意味が分からない。

 密かに首を傾げていると、何となく状況を理解したルフリー上等兵が教えてくれた。

「あのな、結婚式の時に、精霊王の御前で最後に誓いのキスをするんだよ、だけどさ、簡単に触れるだけのキスをする人達と、なんて言うか……熱い恋人同士のキスをする人がいてね。まあ、実は皆、楽しみにしてるんだよ。カウリ伍長……じゃないや、カウリ様がどんなキスをするかってね。カウリ様もチェルシー様も、正直言ってすっごい照れ屋だからさ。下手したらキスそのものも人前では出来ないんじゃないかって、彼女の友人達は密かに心配していたぐらいなんだ」

 何となく理解したレイが真っ赤になるのを見て、ルフリー達は満面の笑みになった。

「あれあれあれ? レイルズ君にも誰かいるのかな?」

「し、知りません!」

「あれあれあれ? じゃあどうしてそんなに真っ赤になったのかな?」

「知りません!」

 必死になって首を振るレイとカウリは、しばらく皆のおもちゃになっていたのだった。



「お前達、何をしている? そろそろ時間だぞ」

 同じく第一級礼装に身を包んだヴィゴの声がして、全員が慌てて立ち上がった。

「ヴィゴが来たって事は、花嫁さんがもう到着するんだね」

「おお、今娘達が先導してこっちへ向かっている。お前達も来なさい」

 レイは自分に与えられた役目を思い出して、慌てて大きな声で返事をして、皆と一緒に部屋を出て行ったのだった。



『ふむ、なかなか思っていた以上に良い連中だったようだな。第六班は、レイの身分が知られても心配いらぬようだ。良し。では、我もカルサイトの主の式を冷やかしにいくとしよう』

 突然現れてそう呟いたブルーのシルフは、満足そうに頷いて、また消えてしまい、残された部屋には、退屈そうなシルフが何人かいたが、誰も居なくなってしばらくすると、彼女達も次々と消えてしまったのだった。




「ねえ、これでおかしくない?」

 渡された三位の巫女の正式な制服を着たニーカは、姿見の前で、もう一度背中側を見てからクラウディアを振り返った。

「ええ、大丈夫よ」

 クラウディアの言葉に、ニーカは嬉しそうに自分の正装の胸元を撫でた。



 二人の服の胸元の斜めになった合わせの部分には、アルス皇子とマイリーとヴィゴの三人から贈られた守り刀が差し込まれていた。

 同じように守り刀を差し込んだクラウディアは、その上から、二位の巫女のしるしで有る細やかな刺繍が施された襟飾りを身につけた。

 これも、普段しているものと意匠は同じだが刺繍の細やかさが段違いに違う。

「間に合って良かったね」

 ニーカの嬉しそうな言葉に、クラウディアは嬉しそうに襟飾りをそっと撫でた。



 二位以上の巫女が普段身につける襟飾りは、全て神殿から与えられるものをそのまま使うのだが、正装の際に身につける襟飾りには、自分で追加して柄を整えるなどの刺繍を施すのだ。

 更に一位以上になると自由に自分で好きな意匠を追加できるようになる為、巫女の正装の襟飾りを見れば、二位かそれ以上の身分なのかが分かると言われているのだ。もちろん、他にも位が分かる印があちこちにあるので、分かる人が見れば、その巫女の地位は簡単に分かるようになっている。



 今クラウディアがしている襟飾りは、ブレンウッドの街の神殿で彼女の教育係をしてくれた今は亡き年配の僧侶からの贈り物だ。

 まだお針が下手だった幼いクラウディアに、丁寧に巫女としての務めや心得だけでなく、針仕事や手仕事を教えてくれた人だ。


「これは誰かにあげようと思って作っていたのだけれど、皆、よく考えたら初めての襟飾りは自分で作るでしょう? だから、あげる人がいなくてね」


 そう言って見せてくれたその見事な襟飾りにクラウディアは大感激して、必死でお願いしてそれを譲り受けたのだ。まだ端の方が終わっていないと言われて、まだ幼かったクラウディアは彼女と約束をした。必ず自分が仕上げます。そして二位の巫女になって身につけてみせます、と。

 それ以来クラウディアは必死になって針仕事に精を出し、今では名人と呼ばれるほどの腕前になった。自分でも、もう彼女の手仕事に手を加えても大丈夫だと思えるようになったので、ようやくこの襟飾りを仕上げ始めたのだった。

 しかし、思った以上に大変で、時折ほかの巫女達に手伝ってもらってようやく刺繍が完成したのは、一の月も半ばを越した頃の事だったのだ。

 それから最後の縁取り部分を仕上げたので、本当にギリギリの仕上がりだった。

「花嫁様の衣装や肩掛けも楽しみね、どんな風なのか、近くで見られるかしらね」

「どうかしらね。私も楽しみだわ」

 嬉しそうな二人はお互いをもう一度確認しあって、それから部屋を出て精霊王の神殿へ歩いて向かった。

 そんな二人の周りにも、シルフ達は大勢現れて、朝からずっと大騒ぎをしているのだった。


『結婚式なんだって』

『花嫁さんの衣装は素敵』

『肩掛けは更に素敵!』


「そうなのね、とっても楽しみだわ」

 顔を上げたクラウディアの言葉に、嬉しそうに一斉に頷くシルフ達だった。

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