式の直前のそれぞれの人々
案内された先程の式を行う礼拝堂で、用意された長いベンチに座る順番も教えてもらった。
竜騎士達は左側の最前列に、真ん中側の二つを残してアルス皇子とマイリー、ルークの三人が並んで座った。ヴィゴは右側の列の最前列一番真ん中側に座った。
若竜三人組とレイは二列目だ。レイは一番左側の席で、席順からいったら当然だろうと思って素直に頷くと、これにはもう一つ別の意味もあると教えられた。
「だって、レイルズは、式の後で頼まれた役割があるんだろう? それなら少しだけ先に出ないといけないから、途中で人の前をゴソゴソ歩くのは駄目なんだよ。だから、何かお役目がある人は、真ん中か端っこ側のどちらかに座るんだよ」
不思議そうにしているレイに、ロベリオが笑ってそう教えてくれた。
決して狭くはない式場には、そろそろ招待された人が入り始めている。
レイ達が座る側は、どうやらカウリの招待客らしく、後ろの方の席にはルフリー達の姿も見えた。レイが後ろを振り返って笑顔で手を振ると、四人は困ったように笑って手を振り返してくれた。
「レイルズ様、お役目についてご説明させて頂きますので、申し訳ございませんが、こちらまでお願いします」
屈みこんでレイの近くに来た執事にそう言われたレイは、小さな声で返事をして一緒に一旦式場から正面の出口を出て外へ出た。
「こちらに花びらが用意してありますので、式が終わって、カウリ様は招待客の皆様としばしの歓談をなさいますので、その間に出て来てください。そしてお二人が揃って出て来た時に、ここからお二人に少しかかるように、この花びらをばら撒いてください」
示された扉の左右には、小さな机が並んでいて、その上には花びらがぎっしりと入った籠がいくつも置かれていた。
「アルジェント卿のお孫様方も、花びら撒きをなさいますので、ご一緒にお使いください」
「分かりました。えっと、花びらを撒く時に、シルフの助けを借りるのは構わないですか?」
一瞬目を瞬いた執事は、にっこり笑って大きく頷いてくれた。
「もちろんでございます。どうぞ、精霊達にも参加してもらってください」
すると、レイの周りに集まっていたシルフ達が、執事の言葉に大喜びで手を叩き始めた。
『知ってるよ』
『知ってるよ』
『私達は知ってるよ』
『結婚式ではいつもやってる』
『皆笑顔で花びらを撒くの』
『綺麗な花びら』
『良い香り』
『素敵素敵』
「じゃあ、綺麗に撒いてね、よろしくお願いします」
上を見上げて笑ってそう言うレイを、執事は笑顔で見つめていた。
「そっか、それで僕は少し早く出てくるんだね」
花びらの入った籠を見ながらそう言うと、執事は小さく頷いた。
「お出になるタイミングは教えて差し上げますので、そのまま横側から出て来てください」
「分かりました」
真剣な顔で頷き戻ろうとした時、こちらに向かって来るクラウディアとニーカの姿が見えて、レイは思わず振り返った。
「あ、レイルズ……様だわ」
若干つっかえたニーカの言葉に、レイは小さく笑って二人の元へ向かった。
「あ、その守り刀って、以前頂いたあの刀だね」
胸元の守り刀を見て嬉しそうにそう言うレイに、二人は笑顔で小さく頷いた。
「ではどうぞこちらへ」
別の案内役の執事に連れられて中へ入っていく二人を、レイは嬉しそうに手を振って見送った。
早めに来て座席に座っていたルフリー達四人は、竜騎士達と一緒に入って来たレイルズが、執事に連れられて一人で外に出て行ったのを見て、何事かと密かに心配していた。だが、女神の巫女の服装をした二人が入って来た時に、間違い無く二人に向かって笑顔で手を振っていたのを見て、彼が彼女達を迎えに行ったのだとやや斜め上の勘違いをした。
「あれ? なあ、あれってもしかする?」
「うわあ、そうかも。へえ、レイルズの奴、女神の巫女がお相手なのか」
「それって……」
女神の巫女との恋は、実らない恋の代名詞とも言われている。
密かに心配する三人を見て、クリスは小さく断言した。
「いや、レイルズなら知ってても、そんなの絶対気にしないと思う」
その言葉に、揃って小さく吹き出した。
「そうだよな。レイルズだもんな」
「そうだな、じゃあ彼の恋が実るように俺達も祈ってやろうぜ」
小さく頷き合った四人は、揃って真剣に額に組んだ両手を当てて、祭壇に向かって祈りを捧げたのだった。
「チェルシー素敵! とっても綺麗!」
薄ピンクの可愛らしい小さなドレスを着たアミディアは、目の前に立つチェルシーを見て目を輝かせそう言いながら、ぴょんぴょんと花嫁の目の前で飛び跳ねていた。
女神の神殿の控え室で身支度を整えた花嫁を乗せた馬車は、先程、女神の神殿からヴィゴの2人の娘と奥方が同行してここへ到着し、ようやく神殿の花嫁の控え室に入った。
すぐに衣装係のリリルカ夫人も来てくれて、最後の確認を終え、今は父親代わりの先導役を務めるヴィゴが来るのを待っているところだ。
やや俯いた今の彼女は、薄いヴェールで顔を覆っていて、その顔色を伺う事は出来ない。しかし、膝の上で組んでじっとしているその手は、小さく震えていた。
先程から、緊張のあまり全く口をきかなくなってしまったチェルシーの気分を少しでも和らげようとアミディアは、何度も何度も綺麗、素敵と、必死になって繰り返しているのだった。
「アミディア、うるさくしないの。チェルシー様、そろそろお時間なんですって。父上がもう参りますので、これを持って、待っていてくださいね」
大人びた口調で妹を叱ったクローディアが笑顔で差し出したのは、寒い時期にも関わらず、見事に咲き誇る花々で作られたブーケだった。
「実はお家の温室の花だけでは足りなくて、マイリー様のご実家から送って頂いた式場用の花を少し分けて頂いたんです」
照れたように笑うその言葉に、ようやく顔を上げたチェルシーは、差し出されたブーケを受け取り、掠れた声で小さく呟いた。
「なんて綺麗……ありがとうございます。クローディア様が作ってくださったのですか?」
深々と頭を下げるチェルシーに、クローディアは笑って首を振った。
「私が作ったのは、いくつかの花だけよ。仕上げは母上がしてくださったの。母上はやっぱり凄いわ」
「イデア様にも心からの感謝を」
再び頭を下げるチェルシーを見て、クローディアは小さく笑った。
「せっかく綺麗にしてあるのに、そんなにぴょこぴょこ頭を下げたらヴェールが曲がってしまうわ、駄目じゃないの」
文句を言いつつもヴェールを直してくれるその口調は、嬉しくて堪らないと言っているのが丸わかりで、チェルシーの顔にも少しだけ笑顔が見えた。
その時、ノックの音がして、第一級礼装に身を包んだヴィゴが入って来た。
「お待たせしましたチェルシー。では参りましょう。カウリが待っておりますぞ」
その言葉に小さく息を飲んだチェルシーは、差し出された大きな分厚い手を震える手でそっと握り返して立ち上がったのだった。
「はあ、もう駄目だ、心臓が口から飛び出しそうだよ」
控え室で落ち着きなくそわそわと立ったり座ったりを繰り返していたカウリは、もう何度目かも分からないため息を吐いてまた椅子に沈み込んだ。
「この生殺しの状況……でもって、なんで誰もいなくなったんだよ」
『ちょっとは落ち着け。みっともない。生け捕られた野生動物みたいだぞ』
不意に聞こえたからかうようなその言葉に、カウリは机の上を見た。
「その声はラピスだな」
『如何にも。どうしているかと思い覗きに来てやったぞ』
「そりゃあ、お気遣い頂きありがたき幸せ。なあ、今ってどういう状況なんだ?」
『祭壇のある式場には、もう招待客はあらかた入ったぞ。花嫁も先程女神の神殿からこちらに到着して、今は控え室で待っているところだ』
「ラピスは、もう見たのかよ。狡いぞ、俺だけまだだなんて」
やや拗ねたその口調に、ブルーのシルフは鼻で笑った。
『子供かお前は。ああ綺麗だったぞ、我は彼女を見たお前さんの心臓が心配だよ』
「確かに。今でももう既にいっぱいいっぱいだもんなあ」
背もたれに思い切り体を預けて天井を見上げる彼を見て、ブルーのシルフは呆れたようにため息を吐いた。
『いい加減腹をくくれ』
「いやあ、彼女と生きていく覚悟はとうに出来ていますよ」
『じゃあ何が問題だ?』
若干ジト目になったブルーのシルフに、カウリは大きなため息を吐いた。
「とにかく、この式そのものが俺には全部苦手なんですよ。大勢の面前であんな事やこんな事……ああ駄目だ、考えただけで頭が煮えそうだよ」
本気で嫌そうにしているカウリに、ブルーのシルフは呆れたような目を向けた。
『まあせいぜい死ぬ気で頑張れ。大丈夫だよ、結婚式で恥ずかしくて死んだ奴はいないぞ……多分な』
「待て待て! なんでそこだけ多分、なんだよ! そこは絶対大丈夫だって断言して、俺を励ましてくれるところだろうが!」
必死で言い返すカウリを見て、ブルーのシルフはもう一度鼻で笑った。
『人生の晴れ舞台に挑む奴の台詞じゃないな』
「晴れ舞台はチェルシーだよ。俺ははっきり言って添え物!」
『じゃあそこらの人形にでもなったつもりで立っていろ』
「いやあ、さすがにそれは……」
『おお、そろそろ時間のようだ。カーネリアンの主が来てくれたぞ』
唐突に話をぶった切られて、カウリは無言で天井を振り仰いだ。
その時、ノックの音がしてアルジェント卿と奥方が部屋に入って来た。
慌てて立ち上がったカウリを見て、二人は笑顔になり、少し歪んだ剣帯を直してくれた。
挨拶を交わした三人は、顔を見合わせてしっかりと頷き合った。
「では行くとしよう。皆が待っておるぞ」
アルジェント卿にそう言われて、大きく深呼吸をしたカウリは、大人しく二人に先導されて部屋を出て行ったのだった。
部屋の机の上には、ブルーのシルフと一緒にカルサイトの使いのシルフもいて、部屋を出て行く主の後ろ姿を優しい目で見つめていたのだった。
冬の寒い一の月の最後の日。
カウリとチェルシーの結婚式が、静かに始まろうとしていた。
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