ミスリル鉱石

 笑って手を振るシルフを見送り、ギードは小さく笑ってまずは散らかしていた道具を片付けた。

「さて、どれが良いかのう」

 そう呟きながらいつもの仕事部屋の奥にある広い倉庫へ向かう。

 この倉庫の中は、天井近くまである棚がいくつも並び、それぞれの棚には大小様々な木箱がぎっしりと並んでいる。


 ここには、鉱山から持って帰って来た鉄鉱石やミスリル鉱石、それから宝石の原石などを保管してある。

 基本的にここにあるのは自分が使う為の物なので細かく砕いた物が殆どだが、中には見事な塊もある。

 特に、ミスリルが綺麗に出ているものは、ギルドからの依頼で装飾用もたまに頼まれるので、その為の在庫だ。

 足元の、一番下の棚から大きな木箱をゆっくりと引き出した。

 麻の分厚い布で包まれた大きな塊を順番に取り出して机に並べていく。しばらく黙々と並べ続け、五つ分の箱が空になった頃、ようやく手を止めた。



「ふむ、改めてこうやってみると壮観だのう。いや、合計幾らになるか考えたら恐ろしいわい」

 苦笑いしてそう呟き、取り出した大きな原石を順番に手に取りあちこち見て確認を始めた。

 どこかに大きなひび割れは無いか、ミスリルの色や出方を見ながら、時折布で包んで木箱に元に戻していく。

「おお、これは見事に出ておるな。しかし、ちょっと座りが悪いぞ。これにするなら、下側部分を少し整えてやらねばな。ふむ、磨くか」

 ブツブツと独り言を言いながら、最終的に五つの石が残った。

『ギードそろそろ夕食だぞ』

 目の前に現れたシルフの言葉に、ギードは笑顔で顔を上げた。

「おお、もうそんな時間か。了解だ」

 頷くと、消えるシルフを見送ってから、机の上はそのままにして部屋を出て行った。

 明かりをつけたままの誰もいなくなった部屋の中では、勝手に集まって来てギードのする事を見ていたシルフ達が、頼んでもいないのに先を争うようにして机に並べたミスリル鉱石の上に座って、それぞれの鉱石の見張り番を始めたのだった。



 いつもの暖かい夕食の後、食後のお茶を飲んでいた時にギードは先程のレイからの頼まれものの話をした。

「それで、ニコスにちょっと頼みたいんじゃが、オルダムの貴族に贈るならどれが良いか選んでもらえるか。一応候補は決めたんじゃが、ワシの良いと思う物と、貴族の良いは違うかもしれんからな」

 自信無さげなギードの言葉に、ニコスは笑って頷いた。

「もちろん喜んで手伝わせてもらうよ。まあ、それ程感覚に違いは無いと思うから、ギードが良いと思うので構わないと思うがな」

 結局、興味津々のタキスも見に行きたいと言い出したので、夕食の片付けをしてから三人一緒にギードの仕事部屋へ向かった。

 アンフィーは、その間に子竜の部屋へ様子を見に行った。




「おお、これは素晴らしいな。ほう、うねるように見事にミスリルの鉱脈が現れているな。お、こっちも凄いじゃないか。これは丸ごと半分近くが、完全にミスリルで埋め尽くされているな」

 机の上に置かれた鉱石を見たニコスが感激したようにそう言い、駆け寄ってじっくりと眺め始めた。

 タキスは驚きに目を見開いてニコスの後ろから覗き込んでいた。

「ワシはこれかこれが良いと思うのだが、どう思う?」

 左側に並んだ二つを指差すギードに、ニコスは大きく頷いた。

「俺も、選ぶならこれのどちらかだと思っていたよ。ふむ、これはなかなかに難問だな」

 腕を組んで、黙り込んでいるニコスを見てタキスは首を傾げた。

「左側は、とても綺麗にミスリルの色が出ていますね。だけどその隣の石は、ミスリルは細い線状にしか出て無いように見えます。それだけなら絶対に左側だと思うのですが、何故そんなに問題なんですか?」

 不思議そうなタキスの声に振り返った二人は、笑顔で彼を手招きした。

「ならばタキスよ。こっちへ来て、ここら辺りから見てみると良い」

 ギードに言われた通り、前に出たタキスは少し横からその石を見てみた。

「ええ、なんですかこれは! 全面に虹色の輝きが出ているではありませんか! ええ? 一体どういう事ですか?」

 タキスの素直な反応に、ギードは嬉しそうにその石を撫でた。

「これは、この前側部分全体にミスリルの遊色効果が現れておるのだ。これ程の色の変わり様は滅多に現れぬ。どこへ出しても恥ずかしくない程の一級品じゃよ。しかし、こちら側から見るとちと地味でなあ。それで悩んでおるのだ」

「遊色効果とは何ですか?」

「おお、王都の大学院まで出た其方にも、まだ知らぬ言葉があったな」

 からかうようなギードに、鼻で笑ったタキスは改めて石を見た。そんなタキスを見て頷いたギードは嬉しそうに教えてくれた。

「遊色効果とは、この結晶内部で周期的な構造、つまり規則正しい並び方をしておる為に、光の屈折により現れる全体に虹色に輝く現象の事じゃよ。オパールの輝きも、これと同じ現象からだな」

「ああ成る程。しかしこれは見事ですね」

「個人的には、こっちの遊色効果がある方が良いと思うな。こっちはなんと言うか……成金趣味な感じがするよ」

 やや遠慮がちに言ったニコスの最後の言葉に、ギードは堪える間も無く吹き出した。

「確かに、言われてみればその通りだな。これ見よがしな輝きだらけの石よりも、分かるものにしか分からん良さ、と言うのも良かろうて」

 満足そうにそう言うと、決まった石を除いて残りの石は全部箱に戻した。

「じゃあ、こいつの土台部分を少し磨いてやるか。ちと座りが悪いのでな」

 嬉しそうにそう言うと、横に置いてあった籠に、軽く麻布で包んだ石をそっと入れた。

「まあ、無理はするなよ。程々にな。夜は寝る事。良いな!」

 そのまま仕事部屋に向かったギードの背中に、ニコスが笑いながらそう声を掛け、笑ったギードは振り返りもせずに手を上げて応えた。





 一方、ギードに石をお願いしたレイは、その事をラスティに報告して、下に敷く土台を探したい事を伝えた。

「ミスリル鉱ならば、確かにギード様の鉱山から出た石が最適でしょうね。こちらの部屋に置かれている石も、とても素晴らしい輝きを放っておりますから。では、石が届き次第、業者に飾り台を幾つか持って来てもらうように手配しておきます」

「あれ? 直ぐじゃなくて良いの?」

 明日にでも来てもらうつもりだったレイは、驚いて首を傾げている。

「実際の石が判らなければ、土台は選べません。そもそもどれ位の大きさの石なのかも分かりませんし、石の形状によっては、真っ直ぐな板状の土台ではなく、お椀のように石を置く部分が丸く湾曲したものもございます」

「ああ、そうか。訓練所の玄関に置かれている大きな水晶玉は、真ん丸だから土台も丸いね」

 どうやら、見た事がある丸い土台を思い出して納得したらしく、顔を上げたレイは嬉しそうに笑ってラスティを見た。

「じゃあ、蒼の森からの荷物が届いたら教えてください。それから、値段がまだ判らないんだって。決まったらラスティに言ってくれるって言ってたから、ギードに口座からお金を払って下さいね」

 目を瞬いたラスティは、笑って頷いた。

「畏まりました。品物が届いたら、一度ギード様に連絡を取ってみます」

「よろしくお願いします。あ、そうだ。僕の部屋に飾ってあるあのミスリル鉱石。陛下から降誕祭の贈り物で頂いた飾り台に飾ってあるでしょう。その話をしたら、ギードが物凄くびっくりしてたよ。千年樹ってそんなに凄いものなんだね」

 無邪気なその言葉に、ラスティは真剣に頷いた。

「もちろんでございます。千年樹の飾り台はそれ程に貴重な品なのでございます。ですがあの石は、千年樹の台に飾るだけの値打ちのある石です。大事になされませ」

「はい、僕もあの石はとっても気に入ってるんです。それじゃあ、飾り台の準備はお願いします。あ。もうそろそろ夕食かな?」

 丁度その時、ノックの音とヘルガーの声が聞こえて、レイは嬉しそうに振り返ったのだった。

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