お祝いの品選び

 その日、本部に戻ったレイは、ラスティから渡されたカウリとチェルシーの結婚式の招待状を受け取った。

 封を開き、訓練所で見せてもらったのと同じ中身を確認する。一度は封筒に戻したが、嬉しくて何度も何度も取り出しては眺めていたのだった。

「もちろん参加させていただきますと、連絡させていただきましたよ」

 カナエ草のお茶をレイの前に置いて、ラスティはにっこり笑ってそう言ってくれた。

「あ、どうやってお返事したら良いのかと思ったけど口頭で良いんだね」

「そうですね。今回のカウリ様のような場合は、口頭でのお返事で大丈夫です。ですが、正式にはお手紙で参加の返事を出しますね。万一どうしても参加出来ない場合は、詫び状をしたためて執事を通じて届けます。その場合は、式の当日に、代わりに式場に飾る花やお菓子などを贈ります」

「あ、そうだ。僕からカウリとチェルシーに、結婚のお祝いを贈るのは良いですか?」

 年下から年長者への贈り物は失礼だと降誕祭の時に聞いて以来、レイは困っていた。

 タキスやガンディ、それからギードのおかげで、レイの口座には見た事がないような金額が収められている。 レイの感覚では一生かかっても使い切れないほどの金額だ。

 せっかくのお祝い事なのだから、是非何か記念になる物を贈りたかった。

「ええ、もちろん構いませんよ。これはお祝い事に対する贈り物ですから年齢は関係ありません。ですが、レイルズ様はまだ未成年ですから、基本的にはそれほど高価な物でなくてよろしいですよ。お部屋に飾るものや、お二人で日常的に使えるものがよろしいかと思いますね」

 しかし、そう言われてもレイには何を贈ったら良いのかさっぱり分からなかった。

 困っていると、届いたパンケーキをレイの前に置いて、ラスティも一緒に考えてくれた。



「例えば、レイルズ様が贈られるのなら、天球儀や原石の置物は所縁がありますのでよろしいかと思います。他には、ご本人に希望を聞いて欲しい物を贈るという方法も有りますが、これは恐らくお二人共遠慮なさって言わない可能性もありますので、あまりお勧めは出来ませんね」

 思わず、本棚の横に置いてあるギードからもらったミスリル鉱石の塊を見た。

「えっと、例えばミスリルの原石とかですか?」

 レイの言葉に目を瞬いたラスティは、大きく頷いた。

「カウリ様も、陛下から一の郭に屋敷を賜りますから、装飾品は必要でしょう。少々高価でしょうが良い選択かと思います」

「えっと、じゃあ……ドルフィン商会にお願いすれば良いのかな? あ、でもミスリルの原石ならギードに頼むのが一番じゃないかな?」

『良いのではないか? あのドワーフの鉱山からはかなり良質のミスリル鉱が出ているからな。祝い用の原石が欲しいと言えば見繕ってくれるぞ』

 ギードの鉱山で採れるミスリル鉱石の密度は、ちょっと他とは桁が違うのだ。装飾品としては最高級の扱いになるだろう。

 竜の主であり精霊使いであるカウリの結婚祝いに贈るのに、それ以上のものは無い。

「じゃあ夜にでもギードに相談してみるよ。あ、だけど今は鉱山は閉めているから駄目なんじゃないかな」

『さあどうだろうな。一度聞いてみれば良い』

「分かった。じゃあギードにお金を払えば良いんだね」

 無邪気にそう言うと、出されたパンケーキを食べ始めた。

「楽しみだな。結婚式ってどんな風なんだろうね。それにしても、あのドレス、すっごく綺麗だったよね」

 そう言って、切り分けたパンケーキを口に入れた。

「ふわふわで美味しい。キリルのジャムも美味しい」

 たっぷりのクリームと、真っ赤なキリルのジャムが乗せられているそのパンケーキを、レイは半分食べたところで手を止めた。

「母さんが焼いてくれたパンケーキはもっと硬かったし、ぺったんこだったよね。でも、その硬いところにキリルのジャムが染み込むと柔らかくなってすっごく贅沢な気分になれて美味しかったんだ……もう、あんな硬いパンケーキを食べる事なんて無いんだろうね……」

 カナエ草のお茶を一口飲み、レイは黙って残りのパンケーキを味わって平らげたのだった。




「カウリ様も式の打ち合わせに行かれましたので、休憩室には今どなたもいらっしゃいません。良ければ夕食までまだ少し時間が有りますから読書でもなさっていて下さい」

 食べ終えたらラスティにそう言われて、レイは一人になるとソファに座ってギードを呼ぶようにシルフにお願いした。



『どうしたレイ? 何かあったか?』

「ギード、今何かしている?」

『ちょっと仕事場の掃除をしておりましたのでな』

『今なら構いませんぞ』

 笑ったギードの声が聞こえて、レイは嬉しくなった。

「あのね、ちょっと聞きたいんだけど、以前ギードから貰ったミスリル鉱石、あれってもしもオルダムで買ったらどれくらいするものなの?」

 驚いたギードは別の心配をした。

『一体どうしたのだ? 何か急に金が必要にでもなったのか?』

 身を乗り出すようにして尋ねるギードの声のシルフに、レイは笑って首を振った。

「違うよ。えっとね、一緒に竜騎士見習いの勉強をしているカウリの話をしたでしょう。今度彼が結婚するんだよ」

『ほうそれはめでたい事ですな』

 ギードが頷いている様子までシルフが律儀に再現してくれる。

『しかしあれ程の原石は王都でもそう簡単には手に入るまい』

「あ、やっぱりそうなんだ。えっとね、せっかくだからお祝いに、カウリとチェルシーにあれぐらいのミスリルの原石を贈りたかったんだけど、じゃあちょっと無理だね」

 すると、ギードは顔を上げて胸を張った。これも律儀なシルフが再現してくれる。

『それならばこうしましょう』

『鉱山から装飾用の良い原石を幾つか持って帰っております』

『そこからで良ければ見繕ってそちらへお送りいたしますぞ』

『今年の冬はそれほど雪も深く無いので』

『街まで行こうと思えば何とかなりますからな』

 しかし、蒼の森の雪を知ってるレイは慌てて首を振った。

「駄目だよ、危ないでしょう?」

『今なら大丈夫だぞ。今年の蒼の森の冬は雪が少ない。しかし、二の月に入れば一年分かと思う程に一気に降るので、動くなら今のうちにしておきなさい』

 レイの肩に座っていたブルーのシルフの声に、ギードは顔を上げた。

『おおそういう事なら急ぎお届け致しましょう』

「本当に大丈夫?」

 心配そうなレイに、ブルーのシルフはしっかりと頷いてくれた。

「分かった、じゃあお願いします。えっと、ミスリル鉱石の代金はどうしたら良いですか?」

 大真面目にそんな事を言われてしまい、ギードは笑いそうになるのを必死で堪えていた。



『そうさな……幾らにするか考えておきましょう』

「お願いします」

『それならば石は送ります故』

『それを乗せる台を出入りの業者に頼んで買いなされ』

『台座も良い物になると相当な品もございますからな』

 ギードに言われて、レイは真剣に頷いた。確かに飾りとして使うのなら石を乗せる台は必要だろう。

「えっとね、今部屋に置いているギードから貰ったあの鉱石を乗せているのは、去年……あ、一昨年の降誕祭で陛下から頂いた台なんだよ」

『おおそのような事を言っておったな』

『陛下からの贈り物ならばさぞかし見事な品であろう』

 嬉しそうなギードの声に、レイは必死になって陛下から聞いた事を思い出そうとしていた。

 何しろ、あの降誕祭の頃は、正直言っていろんな記憶が曖昧なのだ。

『千年樹だよ』

 ニコスのシルフに教えられて、レイは大きく頷いた。

「あ、そうそう、陛下が千年樹の板から作った台だって仰っていたよ」



 しかし、ギードからの反応が無い。



「……あれ? どうかした? ギード?」

 思わず、シルフを覗き込むようにしてそう尋ねた。

『せ……千年樹ですと!』

 突然ものすごい大声でそう聞かれて、レイは驚きのあまり仰け反って椅子から転がり落ちそうになり、慌てて机を掴んだ。

『ああ申し訳ない』

『驚かせてしまいましたな』

 照れたようなその声に、立ち上がって座り直したレイは、堪えきれずに笑ってしまった。

「急に一体どうしたの? 千年樹ってそんなに珍しいの?」

『珍しいなどと言うものではありませぬ』

『そもそももう千年樹の飾り台を手に入れようとしたら……』

『それこそ我らには一生かかっても支払えないような金額になりましょう』

『大事になさいませ』

『そのような台に飾ってもらえるとは』

『石も幸せでございましょう』

「へえ、そんなに珍しい物だったんだね」

 振り返って、レイは飾ってある石を改めて見る。ギードのミスリルの原石と月長石の原石は、頂いた飾り台に一緒に並べて置いてある。今ではレイのお気に入りだ。

「じゃあ千年樹は無理だけど、僕でも買える飾り台を探す事にします」

『そうされると良い』

『では至急準備してお送りしましょうぞ』

「うん、よろしくね、でもいくら雪が少ないって言ったって、森へ出るなら気を付けてね」

 笑って頷き手を振るシルフを見送って、レイは安堵のため息を吐いた。

「じゃあ、買うものは決まったね。誰に頼めば良いのかな?」

 ブルーのシルフにキスをして立ち上がったレイは、まずはラスティに聞いてみようと隣の部屋をノックしたのだった。

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