招待状

 翌日、いつものようにカウリと一緒に精霊魔法訓練所へ向かった。

 昨夜はカウリは仕事があるからと休憩室には来なかったので、ようやく会えたレイは訓練所への道すがら、昨日見た花嫁さんのドレスがいかに綺麗で素晴らしかったかを、ずっとカウリに向かって話し続けていた。

 照れながらも、そんな彼を止めない時点で実はカウリもかなり喜んでいたのだろう。

 キルートや護衛の者達も、目を輝かせるレイの話に興味津々だった。




 訓練所に到着したレイは、いつものように図書館へ向かい、まだ誰も来ていないのを見ていつもの自習室を借りた。

「これだって、春にはもうこんな風には来られなくなるのかな?」

 椅子に鞄を置いて小さく呟く。

 急に、何でもないいつもの自習室がとても大切なものに思えてきた。

「そう言えば、正式に竜騎士見習いとして紹介されたら、訓練所でのお勉強ってどうなるのかな? もう来られないのかな? そうだとしたら悲しいな。その辺りも一度ルークに聞いておかないとね」

 天文学の本を選びながら、レイは肩に座ったブルーのシルフとそんな話をしていた。

『如何であろうな? このように頻繁には来られなくなるだろうが、希望すれば勉強を続ける事は可能だと思うがな』

「その余裕があるかどうかは、やってみないと分からないよね」

『そうだな。まあしばらくは大変だろうさ』

 優しくブルーのシルフに言われて、レイは小さくため息を吐いた。



 レイは、普段の竜騎士達がどんな仕事をしているかは殆ど知らない。

 竜のお世話は第二部隊の人達やロディナの竜の保養所の人達がやってくれているし、ヴィゴやマイリー、カウリ達がいつもやっている書類仕事だって、あれが何をするものなのかすら知らないのだ。

 頭の中で色んな事を考えながら、数冊の本を集めて自習室へ持って行った。

「おはよう。今日は早いんだな」

「おはよう。本当だ、しかも何だよその本の分厚さはさ」

 廊下の先から聞こえるマークとキムの声に、レイは本を抱え直して二人を見て笑った。

「おはよう、いつもの自習室はもう借りてあるからね」

「ああ、ありがとうな。じゃあ鞄を置いたら俺達も先に本を探してくるよ」



 自習室の机に、レイが本の山を置いた時、扉がノックされて、開いたままだった扉からクラウディアとニーカが笑顔で手を振っているのが見えた。

「おはよう。昨日はお疲れ様でした。結局あの後クロサイトには会わなかったんだね」

 部屋に入って来たニーカは、鞄を置くなり目を輝かせてレイを振り返った。

「昨日はもう夕方のお祈りの時間だったしね。それがね、凄いのよ。昨日ヴィゴ様が言ってくださった件なんだけど、早速神殿の偉い方に言ってくださったみたいで、今朝、総務長から呼び出されて、来週から週に二回から三回、必ず竜騎士隊の本部がある建物のエイベル様の祭壇にお世話をしに行くようにって言われたわ。ディアも手が空いていれば付き添いで一緒に行ってもいいんですって。会ったらよろしくね」

「そうなんだね。凄いや。じゃあ気にせず会いに来られるね」

 歓声を上げて三人で手を叩きあった。

「何だよ何だよ。朝からご機嫌だな」

 本を抱えたマークとキムが戻って来て、ニーカは目を輝かせて昨日の事を話した。

「へえ、良かったじゃないか。そりゃあ気を使わない訳にはいかないもんな。堂々と竜騎士隊の本部へ行ける大義名分を貰った訳だ。さすがはヴィゴ様だな」

「うん、本当は会いに行きたかったもの。すごく嬉しい。あ、でもスマイリーに会いに行くのは、ちゃんとお勤めを終えてからよ」

 我に返って慌てたようにそう言うニーカに、皆はもちろん分かってるよ、と言って笑い合った。



 それからしばらく、各自がそれぞれに自習をしていて、そろそろお昼前の時間に、扉をノックする音が聞こえた。

「あれ? こんな時間に誰だ?」

 扉に近かったマークが立ち上がって扉を開けに行く。

「ああ、ちょうど良かった。揃ってるな」

 そう言って入って来たカウリを見て、全員が驚いて手を止めた。

「あれ、どうしたの?カウリ。本部で何かあった?」

 せっかく今日は天文学の授業がある日なのに、戻らなければいけないのだろうか。

 本を閉じてカウリを見ると、彼は少し戸惑ってから態とらしく咳払いをした。

「ええ、皆様にお渡しするものがありますので、どうぞお受け取りください」

 少し顔が赤いような気がしていたのは、どうやら気のせいでは無かったようだ。

「ああ、もしかして!」

 彼がわざわざここに来た理由を思いついて目を輝かせるレイに、カウリはニンマリと笑った。

「残念ながらお前の分は、今朝、ここへ来る前にラスティに渡したよ」

「ええ、ずるい! 僕も直接欲しかったのに!」

 悔しそうなレイに四人は不思議そうに首を傾げていた。

「何の話だ?」

 マークの質問に、もう一度咳払いをしたカウリは、手に下げていた小さな鞄から封筒を取り出したのだ。

「これがマーク伍長で、こっちがキム伍長。それから、これがクラウディアで、こっちがニーカだ。ちゃんと渡したからな! それじゃあよろしく!」

 唐突にそう叫ぶと、カウリはそのまま早足で出て行ってしまった。



「……何これ?」

 綺麗な封筒を見て、ニーカが首を傾げている。しかし、三人は受け取った瞬間にこれが何か分かって、揃って満面の笑みを浮かべていた。

「開けてごらん、ニーカ」

 キムの優しい声に頷いたニーカは、蝋で封をされた封筒の口を切った。

「カードが入ってるわ。ええと……一の月の三十日、カウリ・シュタインベルグとチェルシー・リーニスは、城にある精霊王の分館にて挙式をあげる運びとなりました、つきましては是非ご参加頂きたく……ええ! これってもしかして、結婚式の招待状ですか?」

 カードを手に目を輝かせるニーカに、クラウディアも同じくカードを見て満面の笑みで頷いている。



 精霊が見えるこの部屋の仲間達の目には、精霊達の祝福を受けたそのカードは、まるで金粉を振ったかのようにキラキラと輝いて見えていたのだった。



「ほら、式の後には、ささやかだけど立食式の会食を用意しているって書いてあるよ。どうぞ気軽な服装でお越しくださいだって」

「ええ、俺達まで呼んでくださるのか。何だか嬉しいよ」

「本当だな。今年は良い事がいっぱいあるといいな」

 マークとキムも、カードを手に嬉しそうだ。



「ってか、絶対からかわれないように、急いで逃げ出したんだよな。あれ」

「だよな、何だか様子がおかしかったから、なにかあったのかと本気で心配したのに」

 顔を見合わせて、マークとキムはそう言い合って大笑いしていた。




 戦い続きだった去年までと違い、今年は穏やかで平和な一年になるように、皆が祈っていたのだった。

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