城の分所内部での問題

 馬車はあっと言う間にお城へ到着し、そのまま第二部隊が駐屯している城の前側部分の端に回った。そこは竜騎士隊の本部からやや離れているものの、距離にすればごく近いと言っても良いだろう。しかし、人々が竜熱症を発症しない距離が保たれている。

 そこに、巫女や僧侶の為の住む場所があるのだ。分所へはここから通う形になる。



 馬車から降りた三人と神官二人は、出迎えてくれた顔見知りの人達の手を借りて、まずは用意されたそれぞれの宿舎へ向かった。

 二人は、今回同室になった。

 神殿ではそれぞれの地位で部屋割りがなされていたのだが、ここでは違う身分の巫女達が同室になっているのだと教えられた。

「ニーカはまだ、巫女に上がったばかりで知らない事だらけですから、貴女がよく見て教えなさい」

 案内してくれた、細身で神経質そうなきつい目をしたカリカ僧侶にそう言われて、クラウディアは顔を上げて返事をした。

「十二点鐘の鐘が鳴ったら交代で食事に参ります。それまでに私物は片付けておくように。手が空いたら事務所へ来なさい。今日は食堂へは別の者が案内します」

 ここへ来る途中に、事務所の場所は聞いている。

「分かりました」

「畏まりました、と仰い」

 ピシリときつい声で言われて、ニーカは慌てて居住まいを正した。

「申し訳ありません。畏まりました。すぐに片付けて参ります」

 深々と頭を下げて言い直した彼女を見て、カリカ僧侶は鼻で笑った。

「ここでは貴女は一番下の身分である三位の巫女です。たとえ竜の主であろうとも、扱いは変わりません。己の置かれた立場を、よくわきまえて行動なさい」

 まるで馬鹿にして蔑むような言い方に、クラウディアは思わず顔を上げた。

「何ですか、その目は」

「いえ……何でもありません」

 横目で睨まれる。ニーカが小さく首を振っているのを見て、クラウディアも頭を下げた。

「さっさとしなさい。愚図は嫌いよ」

 冷たくそう言いと、カリカ僧侶は平然と出て行ってしまった。

「なにあれ……」

「ねえシルフ、あの人って、いつもあんな風なの?」

 無言で怒っているクラウディアに構わず、ニーカは目の前にいたシルフ達に、先ほどのカリカ僧侶の事を聞いている。


『彼女はいつも怒ってる』

『文句ばっかり言ってる』

『でも自分でするのは嫌』

『だから他の子達を叱ってやらせてる』

『機嫌が悪いと鞭を持ち出す事もあるよ』

『彼女に叩かれて泣いている子はいっぱいいる』


 そう言って、シルフ達は嫌そうに、両手を振り回してブンブンと鞭を振る仕草をしている。


『あの彼女は嫌い』

『嫌! 嫌! 嫌!』

『彼女に巻き込まれて機嫌が悪い子がいるの』

『私達も困ってる』


 この場合の巻き込まれた子、と言うのは、人間の身勝手な感情に引き摺られて同調してしまい、一緒になって不機嫌になるシルフの事を指す。

 特に普段から己の不機嫌を隠そうとせずに、周りに当たり散らす彼女のような人がいると、シルフ達は総じて怒りっぽくなったり、感情の起伏が激しくなって制御がやり辛くなったりするのだ。



 しかし、ここまでシルフ達が嫌悪感を示すのも珍しいだろう。どうやら彼女の行いは度が過ぎていて、あまり何事にも頓着しないシルフ達でさえも目に余るようだ。



「うわあ、最悪かも。目をつけられないようにしないとね」

「ええ、そうね。街の神殿では、あまりそんな方はいらっしゃらなかったから、油断していたわ。確かに目をつけられないようにしないとね」

 顔を見合わせてため息を吐いた二人は、小さく頷き合って、大急ぎで着替えや私物の入った包みをベッドの上で広げるのだった。

 竜騎士達からもらった守り刀や装飾品は、それぞれ綺麗な布で包んでまとめておき、シルフに守りをお願いしている。こうしておけば、万一誰かに盗みに入られる様な事があっても、シルフ達が見えない様に隠して守ってくれるのだ。

 当然、これも精霊魔法としては上位の術で、誰にでも簡単に出来る術では無いが、二人共この程度はもう、易々と使いこなせる様になっていた。




「これでいいわね。ディア、そっちはどう? もう片付いた?」

「ええ、これで終わりね」

 戸棚に小物入れを並べ終えたクラウディアの声に、ベッドに座っていたニーカは立ち上がった。

「じゃあ、少し早いけど事務所へ行きましょう。遅れたら、また何か言われかねないわ」

「そうね。じゃあもう行きましょう」

 服を払ってお互いに服装の乱れが無いか確認し合う。ニーカの背中のシワを直してやって、二人は足早に部屋を後にした。



 不意に棚の空いた場所に、ブルーのシルフとスマイリーのシルフが現れた。

『ふむ、妙なのがいるな。念の為部屋ごと結界で守っておくとしよう。この部屋に、彼女達が不在の時に許可のない人を入れるな』

 その瞬間、小さな金属音がして静かになった。

『今の僧侶にシルフを念の為に付けておいたよ。害意はないと思うけど、確かにちょっと嫌な感じだった』

『ただの不機嫌な人だったら良いが、やや不自然な感情の起伏を感じた。まあ、これはあくまで念の為の処置だ』

 そう言って頷き合った二人のシルフは、くるりと回ってその場から消えてしまった。




「失礼します」

「失礼します」

 揃って教えられた事務所へ入った二人は、思っていた以上に広いその部屋に圧倒された。二列になって向かい合わせに置かれた机は、奥まで途中で何度かとぎれながら真っ直ぐに続いている。

 手前の列は僧侶達が、奥の列は神官達が使っている様だ。

 並んでいる机の間には、転々と書類を入れる本棚も設置されていて、何処の棚もぎっしりと書類が入っていた。

 誰が案内してくれるのか聞こうにも、まさかのカリカ僧侶が見つからない事態に、二人は入った扉の横で立ったまま無言で焦っていた。



「ああ、新しく来た子達だね。ちょっと待っててね」

 背後からやや低い声の背の高い女性僧侶に気軽な口調でそう言われて、二人は揃ってその人物を見上げた。

 恐らくレイルズと変わらない程の身長だ。肩幅もあり腕も長い。女性僧侶としては、かなり大柄な部類に入るだろう。

 しかし、マイリー様のようなやや濃い色の肌のその僧侶は、二人を見てニッコリと笑った。髪も、マイリー様とよく似た薄い茶色をしている。

「これを置いてくるからちょっと待っててね。お腹空いたでしょう」

 大きな箱を三つもまとめて抱えているのを見て、二人は慌てて駆け寄り手伝おうとした。

 しかし、その僧侶は笑って首を振った。

「気持ちは嬉しいけどやめておきなさい。貴女達にはちょっと重いと思うよ。気にせずそこにいて」

 笑ってそう言いそのまま奥へ行こうとするのを見て、ニーカが目の前にいたシルフに頼んだ。

「彼女の荷物を少しだけ軽くしてあげられる?」

 笑って頷いたシルフ達が、そっと彼女の持つ荷物を下から持ち上げた。

「ええ?」

 驚くその僧侶は、とにかく自分の席までその荷物を運び、一旦足元に置いた。

 無言で自分の持って来た三つの箱を確認する。

「なんだ今の? 急に箱が軽く感じたんだけどな? 気のせい… じゃ無いよね?」

 首を傾げつつ一番上の箱を持ち、少し離れた別の人の机の上に置く。もう一つの荷物は、隣の人の机の上に置き、残りの一つは、自分の机の足元に入れて立ち上がった。

「お待たせ。それじゃあ食事に行こうか」

 戻ってきたその僧侶と一緒に、二人は食事の為に食堂へ向かった。



 初めて来る、神殿関係者の為の食堂は、他とは違って日替わりの組み合わせが二種類あって、どちらかを選ぶと言う方法だった。

 これは神殿の食堂と同じ方法だ。量も決められているし、好き嫌いは言っていられない。お茶は好きに飲めるようになっているが、お菓子は無い。

 調味料の所に蜂蜜の瓶が並んでいるのを見て、ニーカはひと瓶取ってトレーに乗せた。

「私はこっち」

「じゃあ私はこっちにしようっと」

 それぞれ好きな方を選び、ニーカはポットにお湯だけを貰って来た。

「ここへどうぞ」

 そう言われて、彼女の向かいの席に並んで座る。ニーカは、手早く小物入れからカナエ草のお茶の葉を取り出してポットに落とした。

 それぞれしっかりと祈りをしてから食べ始める。

 思った以上に美味しくて、二人とも黙々と食べた。そんな二人を向かいでにこやかにその僧侶は見ていたのだった。

 食べ終わったら揃ってトレーを返しに行き、お茶を準備して席に戻る。ニーカは先に準備してあったから手ぶらだ。

 席に着くと、先にカナエ草のお茶で手早くお薬を飲んだ。



「そのお薬を飲んでいるって事は、あなたがニーカだね? ああ、失礼、名乗っていなかったね。ルディ・カフティスだよ。一応、こう見えて正二位の僧侶だよ。よろしく」

 差し出された手を握りながら、二人共驚きに目を見開いていた。襟飾りの色が見た事の無い色だったので、咄嗟に判断出来なかったのだ。



 巫女の位は、見習いが一番最初で、三位、二位、一位、とあり、その上に従三位、正三位、従二位、正二位、従一位、正一位と順に階級が上がっていくようになっている。この辺りになると、貴族である事や、一般出身の場合はある程度以上の身分の貴族の後見人が必要になる。

 クラウディアのもう一つ上の一位の巫女までは比較的なれるものも多いが、それ以上になると何の後ろ盾も無しで上がれる者はごく稀だ。余程優秀な者でない限り、正三位が自力で上がれる最高位であると言うのは、神殿内部では暗黙の了解だ。

 ニーカはまだその辺りの事は知らないが、早くから神殿に入ったクラウディアはその辺りの事情にも詳しい。

 つまり、この目の前の人物は、貴族で、しかもそれなりの位の家の出身という事になる。



「クラウディア・サナティオと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「ニカノール・リベルタスです。どうぞニーカとお呼び下さい」

 それぞれ名乗って笑顔になった。

「良かった。カリカ僧侶が部屋への案内を担当したって聞いて心配していたんだよ。大丈夫だったかい? 何かされなかった?」

「あ、はい……特には……」

 誤魔化すクラウディアを見て、ルディ僧侶は苦笑いしている。

「もしも、理不尽な暴力を振るわれたら、すぐに私にシルフを飛ばしてくれるかい。こちらで対応するからね」

 驚く二人に、ルディ僧侶は笑って片目を閉じてみせた。

「竜の主と光の精霊の使い手だもんね。そりゃあ彼女も躍起になって偉そうにするだろうさ」

「あの……」

「まあ、何かあったらいつでも相談して。それから、貴重品があったら念のため厳重に管理するようにね。警戒はさせているんだけど、宿舎で何度か盗難騒ぎが起こってるんだ。言いたかないけど全部彼女がここへ来てからの事だからね。もう、分かり易過ぎだよ」

「でも、罪に問われていないんですよね?」

「まあ盗難に関しては、品物が無い以上断定は出来ない」

「シルフに聞けばすぐに分かるのに?」

「ところが、彼女は高位の精霊使いでね。今まで何度か問い質した事があるんだけど、どれも断定には至っていない」

「もしかして、ルディ様って……保安部の方ですか?」

 最後は小さな声でそういったクラウディアの言葉に、彼女は目を瞬かせて肩を竦めた。

「おやおや、もうバレちゃったね。ああそうだよ。私は元軍人でね。今は神殿内部の保安を担当する役目を頂いている。もちろん普通のお勤めもしているよ」

 苦笑いしている彼女を見て、二人も小さく笑った。

「確認が取れないからといって、私物の盗難程度で、竜騎士様を煩わせるわけにもいかなくて、保安部としても手をこまねいていたんだよ。だけどねえニーカ、貴女なら彼女の事が見えるんじゃないかな? 今度、機会を設けるから、一度確認してもらえるかい?」

 真顔で頼まれて、ニーカは小さく頷いた。

「私でお役に立てるのなら、喜んでやります」

「ありがとう是非頼むよ」

 満面の笑みでそう言われて、二人は困ったように顔を見合わせるのだった。



 少し離れた机の上では、スマイリーのシルフが真剣な顔で話をしている三人を黙って見ていたのだった。

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