降誕祭の贈り物を開けてみる

 翌朝、いつもの時間にシルフ達に起こされたレイは、大きく伸びをして欠伸を一つしてからベッドから起き上がった。

「おはよう。今日のお天気は?」

 まだ少し眠い目を擦りながらそう尋ねると、目の前に現れたブルーのシルフが笑って鼻先にキスを贈ってくれた。

『おはよう。今日も良いお天気だぞ。降誕祭の期間中は、ずっと良いお天気が続くようだな。そのあとしばらく雨が降りそうだ』

「おはようブルー。じゃあ、しばらくお天気なんだね」

 ベッドから降りながらふと顔を上げた。

「去年は、降誕祭当日は朝練はお休みだって言っていたのにね。今年はあるんだ。でもあるなら行くよ」

 もう一度大きく伸びをしてから、まずは顔を洗うために洗面所へ向かった。



「おはようございます。朝練に行かれるなら、そろそろ起きてください」

 ノックの音がして、ラスティが入ってくる。手にはいつもの白服がある。

「おはようございます、うん、朝練があるなら行きます」

 寝間着を脱ぎながら、もう一度大きな欠伸が出た。

「おやおや、吸い込まれそうな欠伸ですね」

 笑ったラスティに白服を渡されて、レイはそれを着ながら彼を見た。

「如何なさいましたか?」

 不思議そうに襟元を直しながら聞いてくれたので、レイは気になっている事を聞いてみた。

「去年は、確か降誕祭当日は朝練は無いって言ってましたよね。でも、今年は有るんだね」

 一瞬口ごもったラスティは、そのまま彼の前にしゃがんだ。ズボンの裾を直してくれ、ゆっくりと立ち上がった。

「去年は大変な事件がありましたからね。まあその関係で当日の朝練は急遽取りやめになったんです。ですが、原因があの事件にあると言えば、また貴方が気になさるのではないかと思い、ルーク様があのような嘘をついて下さったんです。何であれ、騙すような事をして申し訳ありませんでした」

 去年の事件で、皆にどれだけ心配をかけていたのかを今更ながら知らされて、レイは泣きそうな顔で笑った。

「そうだったんだね、ありがとう。うん、つかれて嬉しい嘘もあるんだね……」

 そう言って、ラスティに抱きついた。

「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だからね」

 一瞬驚いて目を見開いたラスティだったが、小さく笑って、いつの間にか自分よりも大きく逞しくなった身体を抱きしめた。

「ええ、どうやらもう本当に大丈夫のようですね。安心しました。では朝練に行って来てください」

 背中を叩いて手を緩めると、レイも少し照れたように笑って手を離した。

「うん、じゃあ行ってきます」

 笑って手を振り、部屋を出て行く後ろ姿を見送ったラスティは、小さくため息を吐いた。

「レイルズ様は、ここへ来て一年程の間に本当に身も心も立派に成長なさいましたね。伸びゆく若木の健やかさが、私のような大人には少々眩しいですよ」

 泣きそうな声でそう呟いた彼は、もう一度深呼吸をして顔を上げた。

 そこにはもう、いつもの優しげなラスティの笑顔があったのだった。



 ちょうど廊下に出て来たカウリと一緒に、朝練の訓練場へ向かう。

 そこには、ヴィゴと若竜三人組の姿があった。

「おはようございます!」

 目を輝かせて挨拶をするレイに、皆笑顔で挨拶を返してくれた。

 まずはカウリと一緒に柔軟体操をして、それから一般兵達と一緒に場内を走る。いつもの一通りの運動をしてから、ロベリオ達やカウリと、順番に棒で手合わせしてもらった。

 ちょうど一年前にギードから贈られた赤樫の棒は、握っている部分が少し色が変わって黒くなっただけで少しの歪みもひび割れも無く、レイの毎日の訓練に欠かせない大切な道具になっていた。

 最後に、久し振りにヴィゴと一対一で手合わせをしてもらった。

「よし、打ってこい!」

 大きな声でそう言われたレイは、反射的に大きな声で叫ぶような返事をして上段から思い切り打ち込んだ。

 当然のように受け止められ軽く払われただけなのに、そのまま堪えきれずに後ろに弾き飛ばされる。

「もう一度お願いします!」

 そう叫んで起き上がり、今度は棒を水平に構えて突きにいく。しかしそれもわずかに身を捻っただけで軽々と躱され棒を叩き落される。

 そのまま転がって距離を取り、素手のまま間をおかずに足を払いに行った。

 それを見た、カウリとロベリオ達若竜三人組が驚いて手を止める。

「ほお、そう来るか」

 嬉しそうに笑ったヴィゴが、棒を手にいきなり飛んだのだ。

 ほとんど予備動作無しのいきなりの大跳躍に、その場にいた全員が呆気にとられて見上げる。

「ええ、嘘でしょう!」

 転がったレイの肩の辺りが、棒を手離して飛び降りて来たヴィゴに掴まれる。

 そのままいきなり格闘訓練が始まった。

 必死で転がってその場から逃げようとするレイを、満面の笑みのヴィゴが追いかけ捕まえる。

 あの大きな腕に捕まってしまえば、もう逃げる事は出来なかった。

「参りました」

 完全に背中から上半身を締められてしまい、身動きの取れなくなったレイの声が訓練場に響いた。

 ヴィゴが腕を緩めてくれた途端、レイは転がって床に手をつき必死になって息を吸った。

 一気にあふれた汗が、顎へ伝って来て床に水の染みを作った。

「もう、ヴィゴ、強すぎる。何を、どうやったら、勝てる、のか、なんて、全然分からないよ」

「まだまだお前らにはそう簡単には負けんぞ。だが素手になっても向かってくるその心意気は認めてやろう。今のは中々良かったぞ」

 それを聞いた瞬間、床に転がって天井を見上げていたレイは腹筋だけで起き上がった。

「初めてヴィゴに褒められた!」

 弾けるような笑顔でそう叫ぶと、勢いよく立ち上がってそのまま隣にいたカウリに飛びついたのだ。

「うわあ、お前! 自分の体重を考えろ!」

 大柄なレイに突然抱きつかれたカウリは、堪える間も無くそのまま後ろ向きに倒れ、抱きついていたレイも、当然一緒に勢い余って倒れ込んだ。



「痛ってえ!」

「痛い!」



 物凄い音がして、その直後に二人の叫び声が響き、レイが自分の額を抑えて転がり、カウリも額を抑えて反対側に転がった。

 咄嗟に頭を上げて手を後頭部へ当てて床への直撃から守ったカウリだったが、それは上から倒れ込んできたレイの額に思い切り頭突きされる結果になったのだ。

「この石頭! 俺の大事な頭を叩き割るつもりか!」

 床に転がって額を抑えて悶絶するカウリの叫びに、どうなる事かと呆然と見ていたその場にいた全員が堪える間も無く吹き出して、訓練場は笑いに包まれたのだった。



「全く、お前の石頭攻撃は二度目だな。実はお前の頭蓋骨は鋼鉄製なんじゃないか。本当に、人にあるまじき有り得ない硬さだぞ」

 額に大きく湿布を貼られたカウリの言葉に、少し赤くなっただけで殆ど変わっていない額のレイは、照れたように笑って振り返った。

「えへへ。そんなに硬いのかな? 自分では分からないもん。知らないよ」

「ルークも言ってたな。レイルズの頭蓋骨は絶対鋼鉄製だと」

 大真面目な声でそう言うヴィゴの言葉に、廊下にいた全員が揃ってまたしても吹き出したのだった。



 一旦それぞれの部屋に戻って、軽く湯を使って汗を流して着替えると、全員休憩室に集まった。

 背中を押されて、一番最初に休憩室に入ったレイは、ツリーの下と両側に積まれた贈り物の山に歓声を上げた。

 満面の笑みで振り返る。そこには全員が笑顔で彼を見つめていた。

「ほら行けよ。全部お前の分だぞ」

 ロベリオに背中を叩かれて、大急ぎでツリーの前に駆け寄る。


「どれでも、好きなのから開けていいぞ」

 ヴィゴにそう言われて、レイはまず真ん中のツリーの前の床に座った。一番大きな木箱は、レイでも持てないくらいの大きさだ。まずはそれを開けてみる事にした。

 リボンを解いて木箱の蓋を開ける。中には布に包まれた大きな物が入っていた。それをそっと箱から取り出して床に置いた。

「これ、もしかして……天球儀?」

 包みの中から出てきたそれは、銀色一色の不思議なリングが幾重にも重なっている不思議な形をしていた。銀色の輪の所々には小さな球も見えた。

「それは、お前が持っているような正確な天球儀では無く、言ってみれば、部屋に飾る装飾品としての天球儀だよ。それはマイリーからの贈り物だ」

 ヴィゴの言葉に、レイは目を輝かせて頷き、何度も何度も輪を回して動かしていた。

「すごく綺麗です。確かに、少しズレはあるけれど、天の赤道と黄道は正確ですよ」

「うわあ、見ただけでもうそこまで分かるんだ」

 呆れたようなロベリオの言葉に、ユージンとタドラも笑って頷いていた。



 その隣は、何冊もの分厚い本に、直接リボンが掛けられていた。

「それは僕達三人からだよ。その隣の山も一緒だからね」

 二つに分かれた本の山は、全て天文学関係の本で何冊かは星系信仰に関する本だった。

「ありがとうございます! 図書館で読んだ事はあるけど、欲しかった本もあります!」

 背表紙を見てまた目を輝かせたレイは、その中の一冊を手にとって広げようとして、目を閉じて必死で我慢して本を置いた。

「確か去年もそうやって本を見ようとして我慢していたよね」

 ユージンの言葉に、皆も笑って頷いていた。



 次に目に付いたその隣の細長い箱を手に取り、リボンを解いて開いて見る。

 中に入っていた布に包まれたそれは、大きな筒状の物で横の部分に小さな出っ張りがある。それから取り外しの出来る金属製の組み立て式の台もあった。

 それを見たレイは、また目を輝かせてその筒状の物を抱きしめて叫んだ。

「望遠鏡だ!」

 若竜三人組が揃って目を瞬かせる。

「何それ?」

「遠眼鏡じゃないのか?」

「でも、遠眼鏡はあんなに大きくないよな」

 カウリもその隣で首を傾げている。

「あのね、これは反射望遠鏡って言って、真ん中が凹んだピカピカの鏡がここに入っているの。それでここから入る光を集めて反射させてこっち側にある小さな鏡に写すんだよ。それをここにあるレンズで拡大して見るんだよ。これで月を見たら、表面の模様まではっきり見えるんだって!」

 一気にそう言ったレイは、もう一度その大きな筒を抱きしめた。

「嬉しい、望遠鏡はいつか欲しかったんです」

 筒が入っていた箱の中には詳しい使い方の本も一緒に入れられていた。それに気づいたレイは、また本を開きかけて必死で我慢して箱に戻した。それを見た周りから、堪えきれない笑いが聞こえた。

「良いものを頂いたな。それは殿下からの贈り物だ」

 満面の笑みで望遠鏡を抱きしめたレイは、嬉しさのあまり目に涙を浮かべていたのだった。



 その隣のこれも大きな包みを開くと、中には新しい防具が一式と、大小のトンファーが入っていた。

 目を輝かせてヴィゴを見る。彼は笑って頷いてくれた。

「去年の防具は、そろそろ窮屈になってきているようだからな。これは一回り大きくなっている。これなら腕周りも痛くは無かろう」

 実は最近、もらった防具が少し窮屈になってきていて、動きによっては肩の部分が少し痛かったりしていたのだ。レイは防具はそんなものだと思って気にしていなかったが、どうやらヴィゴには動きの僅かな不自然さを見抜かれていたらしい。

「ありがとうございます。大事に使います」



 その隣の包みには、弓が入っていた。

「それは俺とマイリーの二人からだ。去年の弓よりもかなり強い強弓だからな。それを楽に引けるようになれば大したものだぞ」

 取り出して、張ってある弦を見る。

 そっと指で弾いてみて驚いた。まるで動かないのだ。

 それは以前、マイリーに弓を教えてもらっていた時に見せてもらった弓ほどの硬さだ。

「引けるか?」

 笑いながらそう言われて、レイは一つ深呼吸をして背筋を伸ばした。

「引いてみます」

 そう言って構えて引こうとしたが、残念ながら、少し動いただけで全く引く事が出来なかった。

 しばらく頑張っていたが、悔しそうに弓を下ろして首を振った。

「全然駄目です、硬いなんてもんじゃないです!」

 泣きそうな声のレイをみて、立ち上がったヴィゴはその弓を持ち軽々と引いて見せた。

「まあ、強弓を引くのにはコツがあるんだよ。マイリーに教えてもらいなさい」

 悔しくなったレイは、カウリを振り返った。

「カウリは? これ引ける?」

 一瞬目を瞬いた彼は、笑って立ち上がった。

「貸してくれるか」

 渡されたその弓を弾いて頷いた。

「確かにこれは硬そうだな」

 しかし、背筋を伸ばして構えた彼は、ヴィゴと同じくその弓を軽々と引いてしまったのだ。

「ええ、凄い!」

 その後、若竜三人組にも弓が渡されたが全員が笑って平然とその強弓を引いたのだった。

「ええ、僕だけ出来ないって悔しいです!」

 自分よりも腕の細いタドラにまで引かれてしまい、本気で悔しがり、絶対これも引けるようになるんだと決心したのだった。

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