幾つもの贈り物

「えっと、これは何だろう」

 次に手にしたのは、最初に見た天球儀の後ろに置かれていた、これも大きな木箱だった。

 リボンを解いて蓋を開けてみる。

「もしかして、これは月?」

 中には布に包まれた20セルテ程の直系の丸い玉が入っていた。しかし、それ以外にもいくつか不思議な形の物が入っている。

「それは、ルークからの贈り物だな。彼から組み立て方を聞いているから、とにかく全部出してみなさい」

 ヴィゴにそう言われて、頷いたレイは箱の中に入っていた物を全て取り出して並べた。

「丸いのが月だとしたら、他は一体なんだろうね?」

 若竜三人組とカウリも、興味津々で覗き込んでいる。

「カードが入ってるね」

 布の隙間に、折りたたまれたカードが入っている事に気付き、レイはそれを開いた。

 そのカードは、その品物のいわば取り扱い説明書の様なもので、簡単な組み立て方の図と、説明が書かれていた。

 ヴィゴに手伝ってもらって、そのカードを見ながらバラバラだった不思議な部品を組み立てていく。



 出来上がったそれは、真ん中の土台部分に、綺麗に作られたまん丸な月の模型が設置される仕様になっていて、下側の土台部分から伸びた、月の周りをぐるぐると回る様に作られた棒の先にランタンがある、何とも不思議な形のものだった。


 しかし、周りの困惑を他所に、これの原理が分かったレイは目を輝かせた。


 ランタンの中に入れられた蝋燭に火蜥蜴を呼んで火を灯してもらう。

 立ち上がったレイは、窓へ行き全てのカーテンを閉じて回った。

 今は、広い休憩室の光の入らない扉側に、小さなランプが二つ灯されているだけなので、それだけで一気に部屋は暗くなった。

「火蜥蜴さん、部屋の明かりを少しの間だけ消してもらえますか」

 レイの言葉に応じて、部屋が更に暗くなる。

 灯されているのは、その不思議なランタンに灯された蝋燭だけになった。

「ほら、これが太陽の代わりなんだよ。月が満ちて欠けるのは、こんな風に太陽に照らされているからなんだよ。見ていてね」

 レイがそう言って、蝋燭の灯ったランタンをそっと動かした。真っ白な月の模型の周りをぐるりと一周させる。

「うわあ、すごい! 本当だ、月が満ちて欠けていったね!」

 正面にいたタドラの歓声に、ロベリオ達も声も無く頷いた。

「すごいや、こんな模型があるんだ」

 嬉しそうにそう呟き、レイは何度もランタンを回して満ちて欠けていく月の模型を見つめた。



 ランタンの明かりが照らす月の模型は、その光を反射して真っ白に見え、逆にランタンの反対側の部分は真っ暗な影になる。その為、同じ場所に立ってランタンを回すと、影の位置が一緒に回る為、月が満ちたり欠けたりするのが分かるのだ。



 感心する一同に笑いかけて、レイは天井を見上げた。

「えっと、火蜥蜴さんありがとう。部屋の明かりを元に戻してくれますか」

 レイの声に応える様にランプに火が灯り、カウリがカーテンを開けてくれたので一気に部屋は差し込む光で明るくなった。

 火の消えた蝋燭をランタンから取り外して、レイはもう一度そっと月の模型を撫でた。

 ヴィゴと二人でその模型は机の上に一旦置いて、他を見る事にした。



 ツリーの下にあるのはあと一つ。

「それは俺のだよ。大したものじゃ無いから期待するなよ」

 苦笑いするカウリに首を振って、レイはその包みのリボンを解いた。

 木箱の中から出てきたのは、ガラス細工で出来た、掌に乗る程の大きさの青い竜の置物だったのだ。

 細かな鱗まで再現されたその竜は、綺麗な布で丁寧に包まれていて、全部で三個入っていた。

 一つは翼を畳んで尻尾を巻き込み丸くなって眠っている姿。それから、起き上がって翼を上に広げて首を弓なりに逸らして伸びをしている様な姿。最後は他の二つよりも少し大きくて、大きく広げた翼で今にも飛び立つ様な姿勢になっていた。

「その丸いのは、文鎮としても使えるんだってさ。俺の尻を守る為にも、是非これを使ってくれ」

 カウリの言葉に、その場にいた全員が堪えきれずに吹き出した。

「ありがとう、すごく綺麗だね。大切に飾ります。じゃあこれは勉強する時に使わせてもらうね」

 レイも笑いながらそう言い、嬉しそうに丸いその竜をそっと撫でて一旦布で包んで箱に戻した。



 少し考えて、ツリーの左側に置かれた山の前に座った。

 手前の箱を手に取り開けてみる。

「それは、シヴァ将軍からだぞ」

 ヴィゴの言葉に、レイは目を輝かせて箱を開いた。

「これも竜だね!」

 箱の中から包みを取り出したレイは、包みを開いて目を輝かせた。

「あ! これってもしかして……竜の剥がれた鱗?」

 レイが手にしているのは、頭の先から尻尾の先までが40セルテ程の半透明の竜の形をした置物だった。

 しかし、その全身を包んでいるのは、見覚えのある半透明の細やかの筋状の模様が入った精霊竜から剥がれ落ちた鱗だったのだ。

「これは、ロディナの人にしか作れない鱗竜と呼ばれる貴重な細工物だ。レイが今言った通り、これは剥がれた竜の鱗を細工して作られている。ほら、ここにサインがあるだろう。これはシヴァ将軍が作った竜だな」

 ヴィゴが指差した尻尾の付け根部分に小さくシヴァ将軍のサインが記されていた。

 あの大きな手のシヴァ将軍が、こんな繊細な細工物を作れるなんて。レイは驚きに声も無く、手にしたその竜を見つめた。

 瞳の部分だけは金色のごく小さな粒が嵌め込まれていて、それ以外は全て鱗で出来ていた。

「剥がれた鱗って、薄いけどすごく硬かったよね。一体どうやって作ってるんだろう」

 そっと翼の間の背中部分を撫でてやりながら、レイは呆然とそう呟いた。

 まるで生きているかの様に少し体をくねらせて首を上げたその竜は、大きな二本の脚でしっかりと立っている。

 そのままこれもさっきの月の模型の横に置いておく。


 その隣にあったのは、これも何冊も重ねてリボンが掛けられた本の山だった。

「その本は、アルジェント卿からだ。お前が本が好きだと聞いて、卿のお勧めの本を贈ってくださったそうだぞ」

 背表紙を見たレイは首を傾げた、全部同じ題名なのだ。

「もう一人の英雄の生涯」

 背表紙を読んだレイの言葉に、ロベリオが頷いた。その隣ではユージンも頷いている。

「レイルズ、それはお前が好きな精霊王の物語と対になると言われている、ある人物の生涯を描いた長編の物語だよ」

「長いお話だし、登場人物も多いから読むのは少し大変かもしれないけど、絶対面白いから読むべきだと思うな」

 ロベリオとユージンの言葉に、ヴィゴも頷いている。

「精霊王と同い年の、貴族の若者の物語だ。精霊王が貧しい家の子供として生まれ、わずか十歳で苦難の旅に出たのとは真逆で、この物語の主人公は裕福な貴族の末っ子として産まれ、皆から愛されて何の苦労もなく十歳になる。その歳に彼の人生もまた激変する事になる。まあこれ以上は言わずにおくよ。あとはお前自身が確かめなさい」

 目を輝かせたレイは何度も頷いた。

「はい、読んでみます!」

「うわあ、あれだけ勉強してて、どこにあれだけの本を読む時間があるんだよ」

 呆れた様なカウリの呟きに、レイは笑って本を抱きしめた。

「カウリ違うよ。勉強の気晴らしに物語を読むんだよ」

「すげえなお前。俺には無理だな」

 笑って首を振るカウリの言葉に、レイは笑って肩を竦めた。



 今度は反対側の贈り物の前に座った。

 一番前に置かれた包みは柔らかい。

 手にしてリボンを解くと、何着もの毛糸で編まれたセーターとこれも何色もの毛糸で編まれた大きな膝掛けが出て来た。

「そっちの山は、蒼の森のご家族から届いたものだ」

「じゃあ、やっぱりこれはニコスの作品だね。うわあ、ふかふかだ」

 手にした膝掛けは驚く程軽く柔らかい。

 他にも、新しい綿兎のスリッパも入っていた。

 その隣の二つの箱は、乾燥させた花や葉っぱ、それから木の実などで飾られた陶器の鉢に入った置物と壁に飾る大きなリースだった。

「これはタキスの作品だね。また去年と形が違うや。うわあ、良い香り」

 嬉しそうに深呼吸をしたレイは、壊れない様にその大きな鉢とリースをそっとそれぞれの箱に戻した。

 その隣には、掌に全部乗りそうな小さな箱がいくつかまとめてリボンで縛られていた。

 そっとリボンを解き、一番手前にあった箱を開いてみる。

「これは、襟飾りかな?」

 それは、ラピスラズリがはめられた見事な細工の襟飾りだった。

 やや青みがかった銀色の土台部分は、絡み合う様な柊の葉が立体的に彫られていて、見事な輝きを放っている。

 その隣の、やや細長い箱には、襟飾りと同じ細工が施されたラピスラズリのカフリンクスが二つ並んで入っていた。

「ほう、これほど見事なミスリルの細工は初めて見たな」

 横で見ていたヴィゴの言葉に、レイは思わず顔を上げた。

「ミスリルってものすごく硬くて溶かすだけでも大変だって聞いたよ。ギードは凄いね」

 どうやって作ったのか、レイには想像もつかない。

「ロッカに見せると嫉妬されそうな見事な出来だな。いや、ギードの細工の腕がここまでとは驚きだ」

 感心した様なヴィゴの言葉に、レイは嬉しくなった。


 次の箱は、開けると見事にカットされた大粒のダイヤモンド全部で5粒、石のままの状態で入っていた。

 突然現れた煌めきに、全員声も無くその輝きを見つめた。

 レイが無言で蓋を閉じる。

「お願い、ブルー! 今すぐギードを呼んでくれる!」

 慌てた様なレイの言葉に、すぐに現れたブルーのシルフは彼の肩に座った。

 レイの目の前に別のシルフが何人も現れて、一番前にいたシルフが口を開いた。

『おやおはようレイ』

『急いでどうした?』

 並んだシルフの口から、笑った様なギードの声が聞こえる。

「えっと、おはようギード! ねえ、これ送る箱を間違ってるよ。キラキラした石が5粒、そのまま入った箱が襟飾りやカフリンクスと一緒に入っていたよ! どうしたらいい? 誰かに頼んで届けて貰えば良い?」

 慌てた様なレイの言葉に、シルフは吹き出したのだ。

『レイよ心配はいらぬぞ』

『それはワシの鉱山で採掘してワシが磨いたダイヤモンド』

『ワシが其方に贈った品に間違いないぞ』

「そうなの? だけど、こんな宝石を僕がもらっても、どうしたら良いか分かんないよ」

 驚くレイの言葉に、シルフは笑って頷いた。

『もちろん其方自身にこれを細工せよとは言わぬよ』

『来年竜騎士見習いとして正式に紹介されたら』

『公式の場や夜会へ出る事も多かろう』

『その石はそちらにいる細工物などを担当する方に相談して』

『其方に必要な装飾品などを作ってもらいなさい』

『もちろん大事な人への贈り物にしても良いぞ』

 その言葉に、レイは目を輝かせた。

「分かった、じゃあこれはディーディーに……」

「レイルズ、落ち着け。それ程の品を一般出身の巫女に贈ると、逆に迷惑になるからやめなさい」

 冷静なヴィゴの言葉に、シルフが笑った。

『では贈り物にはもう一つの箱に入ってる石を使うと良いぞ』

『それじゃあまたあとで』

 笑ったギードはそう言って、シルフ達は手を振っていなくなってしまった。



 それを見送ったレイは、先ほどのダイヤモンドが入った箱の横にあった最後の箱を手に取り、恐る恐る開けてみた。

 そこには色とりどりの何色もの大小の宝石が、綺麗に並んで入っていた。箱の中には真綿が詰められていて、その上にごく薄いしなやかな布が敷かれていて、それぞれの石をしっかりと固定していた。

「ほう、これはまたどれも見事だな。これだけあれば、其方の礼装の際の衣装を飾る装飾品をいくつも作ってもらえるだろう。落ち着いたら、城の細工師達を紹介してやるから、彼らに相談しなさい」

 ヴィゴにそう言われても、レイはもう驚きすぎて無言で頷くのが精一杯だった。




 未成年最後の降誕祭の贈り物は、レイが思っていた以上の沢山の素敵な品々で埋め尽くされる事になった。

 絶対に全員にお礼のカードを書くんだ。買ったカードでは数が足りないから、もう一度クッキーに頼んでもっと持ってきてもらおう。そう密かに考えるレイだった。

『良かったな。沢山の贈り物が届いて』

 肩に座ったブルーのシルフにそう言われて、レイは満面の笑みで頷いたのだった。

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