カウリの試験と贈り物の準備

 遅れて自習室に入って来たマークとキムも、いつも通りに接してくれたので、レイも平気な振りをして過ごした。

 いつものように馬鹿な話で笑い合い、食堂でもなんとなくぎこちないながらも和やかに食事をして過ごした。

 皆分かっている。内心では言いたいことは山のようにあったが、だけど誰もその言葉を口にせず、表向きはいつも通りに平穏に過ぎていった。




「それじゃあ魔法陣の試験、頑張ってね」

 食堂を出る時に、見かけたカウリの後ろ姿にレイは大きな声で呼び掛けた。

「おう、んじゃあちょいと頑張って行ってくるよ。やらかさないように、成功を祈っててくれよな」

 相変わらずの言葉を残して、カウリは試験のある教室へ向かって行った。

「ええ、カウリって、もう魔法陣の展開の試験なのか?」

「早っ! なあ知ってるか? カウリって教授達の間では、遅れて来た天才って言われてるらしいぞ」

「ああ、俺もその噂は聞いたよ。まあ、得意科目と不得意科目の差はあるらしいんだけど、とにかく進むのが凄え早いんだって」

「だよな。もう魔法陣の展開の試験って事は、下位の座学も実技も全部単位を取ったって事だろう。ここまで半年掛かってないって、うわあ、凄え」

 感心するマーク達の声を聞いて、思わずレイも笑顔になった。

 どうやら、あのシルフ達の補助は上手くいっているみたいで安心した。

「だけどそれだって、別に楽してるんじゃなくてカウリ自身が本気で取り組んでしっかり勉強しているからこそだもんね。やっぱり凄いや」

 小さく呟いて、二人と別れてレイも自分の教室へ入って行った。



 授業が終わって廊下に出ると、マークとキムがもう出て来て待っていてくれた。

「お疲れ様。カウリは?」

「さっき見たけど、まだ扉が閉まったままだったからさ、先にお前を迎えに来たんだよ」

 頷いて鞄を持ち直し、三人でカウリが試験を受けた教室へ向かった。

「ありがとうございました」

「はい、お疲れ様でした」

 丁度その時扉が開いて教授が出てくるところだった。

「お疲れ様でした。えっとカウリの試験はどうなりましたか?」

 レイが恐る恐る尋ねると、全員が習った魔法陣の授業を担当してくれていたセラティス教授は満面の笑みで振り返った。

「まあ、満点ではありませんでしたが、一度で合格ですよ。無事に単位を修得です」

 揃って拍手する三人の前に、鞄を手にしたカウリが出て来た。

「おう、無事に終わったぞ」

 親指を立ててそう言う彼に、三人は順番に拳をぶつけ合って彼の健闘を讃えた。



 そのまま建物を出て、迎えに来てくれた護衛の兵士達と一緒に本部へ戻って行った。

 マーク達と別れて本部に戻ると、一旦部屋に戻って鞄を置いて荷物の整理をする。それから休憩室へ向かった。

 しばらくしてカウリも来てくれたので、いれてもらったカナエ草のお茶で休憩をした。

 レイの前にだけ、クリームのたっぷり乗った栗のケーキが置かれている。カウリの前には炒った胡桃とドライフルーツの入った皿が置かれた。

 まずは、ゆっくりとそれぞれのお茶とお菓子を楽しんだ。



 しばらくしてカウリが口を開いた。

「あれ、お前のシルフが教えてくれたんだろう?」

「何の事?」

 栗のケーキにクリームを付けながら顔を上げると、カウリは自分の目の前にあの時のシルフを呼んで座らせた。

「お前があの日部屋に訪ねて来て、シルフが話をしたいと言ってると言って俺のシルフとお前のシルフで話をさせていたよな。あの後、俺は彼女達に、本当に驚くほど助けられた」

 ゆっくりとカナエ草のお茶を飲んだカウリは、顔を上げて自分を見つめるシルフに笑いかけた。

「話を聞いて、一緒に勉強するんだって言われても、最初は何の冗談だって思った。だけど、彼女達が俺が勉強していた事をそのまま覚えていくのを見て、聞いて、もう最初は正直言って腰を抜かすかと思ったほど驚いたよ。だけど、結果として俺は彼女達に凄く助けられた。こんな楽して良いのかって思うくらいにな」

 苦笑いして肩を竦めるカウリに、レイは思わず首を振った。

「それは違うよ。カウリは楽してるわけじゃ無い。シルフが言ってた。記憶を得るには本気で勉強する主人が必要なんだって。彼女達は主人と一緒に成長するんだよ」

「そう……なのか?」

 不安げに目の前のシルフにそう尋ねる。


『そうだよ』

『何よりも貴方が本気じゃないと』

『我々には見えないし聞こえない』

『貴方が心底願う事だけが』

『私達が知り覚える事が出来る』


 それを聞いて、カウリは泣きそうな顔で笑った。

「そっか、真面目に勉強すれば、ちょっとは良い事もあるんだな」

「そうだよ、だからもっと自信持って!」

 頷いて笑って、レイは彼の逞しくなった背中を思い切り叩いてやった。

「痛い! 背骨が折れたらどうしてくれるんだよ。この馬鹿力!」

 態とらしい悲鳴を上げたカウリは、そう叫んだ直後にレイの脇腹を思い切りくすぐった。

 ここは、はっきり言ってレイの弱点だ。脇腹と耳の後ろはくすぐられたら我慢出来ないのだ。

 同じく悲鳴を上げたレイは、逃げようとして体をひねり、直後にバランスを崩して二人揃って椅子から転がり落ちた。



 そのまま床でお互いを捕まえようとして、突如格闘訓練が始まる。

 ツリーの前で転がっては逃げ、また組み合って逃げる。途中から二人揃って笑いながら互いを抑え込もうとして果たせず、とうとうカウリにレイが押さえ込まれて負けを認め、そこで唐突に始まった格闘訓練は終了になった。

「何をしているんですか。貴方達は」

 突然始まった大きな物音に驚いて駆け込んできたラスティとモーガンの二人は、床に転がって大笑いしている二人を見て、呆れたようにそう言ったのだった。



 その夜も、誰も本部には戻って来ず、レイは早めにおやすみの挨拶をしてベッドに入ったのだった。



 しかし、実はマイリーとヴィゴ、ルークの三人は本部に戻って来ていて、レイがベッドに入ったとラスティからの知らせを聞いてから、それぞれがツリーの下にレイルズへの贈り物を置いたのだった。それから、若竜三人組から預かった贈り物も、ヘルガー達が一緒にツリーの下に置いていった。

 まだ起きていたカウリは、先に贈り物を置いてある。

「今年は無事に終わりそうだな」

「そうだな。去年はもう……本当に大騒ぎだったからな、あんなのはもうごめんだよ」

 マイリーの言葉に、ヴィゴがそう言って頷く。それはこの場にいる全員の気持ちだった。

「その前の年も、レイルズは蒼の森で、あの目と対峙したわけだからな」

「二年続けて激動の降誕祭だったわけだからな。そうだよね。彼が悪いわけじゃないのにな」

 そう言ってルークも何度も頷いている。

「あの話ですね。正直言って初めて聞いた時は、何の物語の一場面かって思いましたからね」

 レイが体験した悪夢のような一件。一昨年の降誕祭の直前に蒼の森での闇の目との事をヴィゴから聞いたカウリも、そう言って何度も頷いている。

「ようやく、今年は平和な降誕祭だな。プレゼント、喜んでくれると良いのにな」

「だと良いな」

 カウリの言葉に、短くルークが応える。



 休憩室のツリーの下には、今年も皆からの贈り物が山のように届いていた。

 ツリーの横には、蒼の森の皆から贈られた贈り物が置かれ、反対側には、他にもいくつも届いている贈り物の数々が、まとめて積み上げられていた。



 明日の朝、レイがここへ来た時の喜ぶ顔を思い浮かべて、皆も笑顔になるのだった。

「さてと、それじゃあ我々は一旦城へ戻るよ。明日の朝練の後に、ヴィゴと若竜三人組が一緒に戻って来るから、贈り物の開封に立ち会ってやってくれ。その後の事はよろしく頼むよ」

「了解です。明日は訓練所も休みですからね。まあ、のんびりする事にしますよ」

 マイリーの言葉に、カウリは片手を上げて頷いた。



 皆が出て行き明かりの消された部屋の中では、山積みになった贈り物の上に現れたシルフ達が、嬉しそうに月明かりにキラキラ光るリボンを引っ張ったり撫でたりして遊んでいたのだった。

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