クラウディアの面接

 ニーカに続いて面接に行った見習い巫女も大喜びで控え室に戻ってきて、ニーカと手を叩き合って喜んだ。

 次々と見習い巫女や神官見習い達が呼ばれ、無事に全員が三位の巫女と神官への昇格を果たした。

 次に呼ばれたのは、三位の巫女と神官達だ。

 最初の巫女が呼ばれて面接室に入って行くのを見ながら、クラウディアは、小さな深呼吸を何度もして、必死になって平常心を保とうとしていた。



 十五日に渡る試験期間中、特に大きな失敗は無かったと思う。

 途中、突然に試験官役の神官や僧侶から、今行なっている行動の意味について質問を受けたりもした。



 例えば、祭壇の精霊王の像の前に灯す巨大な蝋燭の数が、どうして常に十二本であるのか?

 その答えは、精霊王の戦いに最後まで行動を共にした十二英雄、今では精霊王の神殿で共に祭壇に祀られている十二神を表している。

 蝋燭は、その彼らの代わりとして捧げるのである。

 そして、精霊魔法使いである彼女には、もう一つ、別の答えがある。

 聖なる結界を閉じる際、普通の部屋などに張る結界と違い、閉じられた空間では無く広い空間の一部を切り取って閉じなければならない。その為、光の柱を呼び出し、十二の柱を用いて任意の空間を囲って結界を張るのだ。

 光の精霊魔法の中でも高位の技で、彼女にはまだ出来ない魔法でもある。

 その聖なる光の柱に見立てられた蝋燭を十二本、昼夜を問わず祭壇に捧げるのである。



 質問された内容と自分の答えを、必死になって頭の中で思い出していると、彼女と同じく三位の巫女であるカミラが真っ赤な顔をして戻ってきた。

「無事に二位の巫女の資格を頂けたわ! 良かった……だけどね、二つ、質問の答えが間違っていたって言われて、大僧正様がおられる目の前で叱責されたの。最後には、もっと精進しなさいって言ってくださったけど、ああ、どうしよう。きっと馬鹿な子だと思われたわ」

「ええ? 大僧正様がおられるの?」

「そうなのよ。私も部屋に入って驚いたわ。だって銀糸に紫の肩掛けをしておられるのは大僧正様だけでしょう?」

 彼女の言葉に、面接を待つ者達は一様に驚いた。

 通常なら、もっと上位の僧侶や司祭の任命の際にしか大僧正様は来られない。こんな下位の者達の、単なる面接に来られるような身分の方では無いはずだ。



 次に呼ばれたのは三位の精霊王の神殿の神官で、彼もしばらくして戻ってきたが真っ青な顔をしていた。

 漏れ聞こえる話を聞いていると、彼もやはり昇格はしたものの、僅かな間違いをかなりきつい口調で叱責されたらしい。

「どういう事なのかしら。イサドナ様からは昇格したかどうかを教えてもらう程度で、その場では特に何も言われないって聞いていたのに……」

 クラウディアの隣では、同じく面接を待つラリッサが顔を覆っていた。

「きっと、何かお考えがあるのでしょう。何であれ、間違いを正してくださるのなら、素直に聞くのが私達の役目だわ」

「貴女はすごいわ。私はそんな風に考えられない。叱られたらやっぱり悔しいし悲しいわ」

 カミラの言葉に、クラウディアは首を振った。

「だって、私にはここしかいる所が無いもの、どんな辛い仕事を与えられても私は喜んで務めるわ。叱られたら次は叱られないように、何故叱られたのか考えて過ちを正すように努力するわ」

 彼女の言葉に、周りにいた神官や巫女達はそれぞれ何度も頷き、祈りを捧げたのだった。



 順番に呼ばれて行く巫女や神官を見ながら、クラウディアは小さくため息を吐いた。

 どうやら三位の巫女では、自分が呼ばれるのは最後のようだ。

 最後の神官が戻ってきたのを見て、彼女は立ち上がった。

 ニーカが笑って背中を叩いてくれた。

「いってらっしゃい」

「いってくるわ」

 短いやり取りだったが、お互いに、そこには様々な感情が込められていた。




 面接室の扉の前で、一度立ち止まって深呼吸をする。

 ノックをして、返事を聞いてからクラウディアは扉を開けて部屋に入った。

「そこに座りなさい」

 扉の横に立っていた神官に言われて、小さく頷いた。

 ずらりと並んだ高位の神官や僧侶の真ん中に、確かに銀糸に紫の肩掛けをした大柄な人物が座っていた。

「失礼します」

 一礼して、用意されていた椅子に腰掛ける。

「クラウディア・サナティオ。噂は聞いていたが、其方と直接会うのは初めてだな」

 最初に大僧正が口を開き、少し笑って彼女にそう言ったのだ。

「お、恐れいります。まだまだ未熟者ゆえ、日々失敗ばかりでございます」

 何と言って良いか分からず、とにかくそう言って深々と頭を下げた。

「ふむ、素晴らしい成績だな。不可が一つも無い」

 俯いたまま、クラウディアは心底ホッとしていた。どうやら、大きな失敗や答え違いは起こさなかったようだ。

「顔を上げなさい。おめでとう。其方には二位の巫女の資格を与える。これからも精霊王と女神オフィーリアの名に恥じぬよう、なお一層、精進しなさい」

 大僧正の言葉に、クラウディアは改めて深々と頭を下げた。

「おめでとう、クラウディア。女神の巫女として、更なる高みを目指し、尚一層の成長を期待します」

「はい、これからも日々努力致します。ありがとうございました」

 頭を下げて両手を握り額に当てる。感謝の意を示す彼女を皆黙って見つめていた。



「顔を上げなさい。よい機会だから其方に一つ尋ねたい事がある。決して嘘は言わぬとこの場で誓いなさい」

 緑の肩掛けをした上位の神官にそう言われて、クラウディアは驚いて顔を上げた。

「決して、決して嘘など申しません。どうぞ何なりとお尋ねください。誠意をもって出来る限りの答えを致します」

 彼女の返事に満足したようで、その神官はにっこり笑って頷いた。

 再び大僧正が口を開く。

「花祭りの時に、竜騎士の花束を貰ったそうだな。竜騎士見習いである、古竜の主から」

 はっきりと言われたその言葉に、クラウディアは耳まで真っ赤になって俯いた。

「ふむ、神殿で、余りにもあからさまな目に余る行為でもせぬ限り、巫女の個人的な付き合いにまで一々口出しはせぬ」

「お……恐れいります……」

 真っ赤になった彼女が何とかそう言ったが、誰一人笑わなかった。



「そこで其方に尋ねたい。あの若者との将来を考えておるか?」



 思いもよらない質問に驚いた彼女は、思わず顔を上げた。

 大僧正が真正面から、まるで睨むように彼女を見詰めていた。

「光の精霊魔法の使える其方の事は、神殿としても非常に期待をしている。まさかとは思うが、還俗するなどとは考えておらぬだろうな」

 突然のその言葉に、彼女は綺麗に整えた髪が乱れるのも構わずに、必死になって首を振った。

「とんでもございません! 今は、今は見習いゆえ自由にしておられますが、私などとは到底釣り合うお方ではございません。それは……それは……私が一番よく分かっております」

「万一、向こうから還俗しろと言ってきたら何とする?」

「いいえ、いいえそんな事はあり得ません。今だけです……せめて、ひと時の夢を見ているのだと……思って、います」

 自分の気持ちを素直に向けてくれた彼に対し、自分はどうしても一歩引いてしまっていたのだ。改めて言葉にして分かった。彼に自分はふさわしく無いのだという事が。



 彼女の答えに、その場にいた者達は満足したようだった。



 しかし、真っ赤だった彼女は、今は蒼白な顔色になっていた。まさか、自分とレイの関係が、大僧正様にまで知られていたなんて思いもしなかった。

 そして改めて思い知らされた気がした。大僧正様が気になさる程に、竜騎士という身分は大きく重いのだ。



 改めて言葉にすると、近い将来突きつけられる現実が見えた気がした。

 彼が正式な竜騎士になれば、相応しい貴族の身分の令嬢を紹介されて妻として迎える事になるのだろう。

 その時が来れば、自分は当然邪魔者として排除されるだろう。

 心の何処かでは、最初からそれが分かっていながら、見て見ぬ振りをしていた自分がいる事にも気付いていた。



 目の前が、不意にあふれた涙で見えなくなる。



 身分の違い。

 それは、この世界では絶対の壁として立ちはだかるものだ。



 自由開拓民として生まれ、森で育ち、竜の主となった彼には、知識としての身分については知っていても、恐らく実感した事は無いだろう。

 花祭りの初日に、皇王様や王妃様と同じ場所に座れる彼と、身よりも無いただの巫女にすぎない自分とでは、身分も置かれた立場も違う。外の世界では決して同じ場所には立てない。

 今、ああやって楽しく気楽に毎日顔を合わせて話をしていられるのは、精霊魔法訓練所という閉鎖された特殊な環境にいるからに過ぎないのだ。



 声も無く涙を流す彼女を、大僧正は痛ましい者を見るような目で見ていた。

 しかし、一度坐り直すと大きく咳払いをした。

「其方の覚悟の程はよく分かった。よろしい。個人的な付き合いについては、言ったように神殿としては一々口出しはせぬ。だが、己と彼の置かれた立場の違いをよくよく考えて行動なさい。良いな」

「か、畏まりました……」

 何とか必死でそれだけを答えた。



「以上で面接は終了です」

 促されて立ち上がったが、とにかく跪いて一礼して、その場を逃げるようにして出て行った。

 その後ろ姿を、神官達は満足そうに見ていたのだった。



「あれだけ釘を刺しておけば、城の分所へ務めるようになっても、間違いは起こすまい」

「そうだな、引き続き監視は続けるが、あれだけ脅しておけば、万一にも軽はずみな行動は取るまいて」

 満足そうな彼らを見て、女神オフィーリアの神殿の僧侶達は何か言いたげにしていたが、結局、大僧正自らが出てこられてしまって何も言えずにいたのだ。



 彼らは知らない。

 その面接とその後のやりとりの一部始終を、窓辺に座ったブルーのシルフが、静かな怒りを秘めた眼差しで見つめていた事を。




「ディア! ねえ、出てくるのが遅かったけれど、どうだったの?」

 控え室に入って来たクラウディアに、立ち上がったニーカが駆け寄る。

 しかし、彼女は真っ赤な目をしているクラウディアを見て、一瞬目を見開いた。

「ねえ、もしかして……泣いてるの? まさか……」

「違うわ! 二位の巫女の資格は頂けたの。だけど、その……」

 こんなに大勢の人がいる中で何と説明すればいいのか分からずに困っていると、カミラが助け舟を出してくれた。

「ねえ、もしかして貴女も何か叱られたの?」

 その言葉に、彼女は飛び付いた。

「ええ、そう。そうなの。ちょっと……ちょっと驚いてしまったの。駄目ね、泣き虫は」

 ニーカは何か言いたげだったが、態とらしく大きなため息を吐いた。

「もう、赤い目をして出てくるから、失格だったのかって思って本気で心配したじゃない」

「ごめんなさい」

 誤魔化すように笑うと、周りの皆も小さく吹き出した。

「ご苦労様でした。では、皆、持ち場に戻りなさい」

 控え室の扉が開かれ、神官の言葉に部屋にいた者達はそれぞれ自分の持ち場に戻って行った。

「ちょっと顔を洗ってくるわ」

 慌てたようにそれだけを言って、クラウディアは手洗いの横にある水場に向かった。

「行ってあげて。何だか様子がおかしいわ」

 何人もの巫女達に背中を叩かれて、頷いたニーカは急いで彼女の後を追った。




 水場でクラウディアは何度も何度も顔を洗った。跳ねた飛沫で胸元がびしょ濡れになっても構わなかった。

 その時、左手の中指に嵌められた指輪が目に付いた。

 このガンディから渡された精霊の指輪は、水に濡れて綺麗な輝きを放っている。

『どうであろう? レイルズと二人で選んだ。精霊の住処となる良き石じゃ』

 渡された時の、ガンディの言葉が蘇る。

 その時は、嬉しくて嬉しくて堪らなかったが、改めて指輪を見てその値段を考えて怖くもなった。

 しかし、彼が自分の為にこれを選んでくれたのだと思ったら、どうしても返す事が出来なかったのだ。

 毎日毎日、朝起きる度に指輪に挨拶をしている。精霊達の向こうに、彼女はいつもレイの笑顔を思い浮かべている。



『自分の立場を守る事しか考えぬ俗物の言葉など、気にする事は無いぞ』

 突然話しかけられて、クラウディアは文字通り飛び上がった。

 慌てて周りを見まわすと、桶の縁に、ブルーのシルフが座っていたのだ。

「ラピス様ですか?」

『そうだ。何を言われるのか気になったのでな、すまぬが面接の様子を見せてもらった。あれらの言葉は気にするな。所詮は損得しか考えぬ俗物共だ」

 ブルーの言葉に、クラウディアは泣きそうな顔で笑った。

「ありがとうございます。何よりの言葉です。ですがラピス様。あの方々が仰られた事は……現実です」

 彼女の答えに、ブルーのシルフは鼻で笑った。

『まあ今は良い事にしておこう。人の心は自由であるという事を、奴らにいずれ思い知らせてやろうぞ』

「あの……?」

『何でも無い。昇格おめでとう。城の分所に来るのを楽しみにしておるぞ』

「はい、正式な辞令は恐らく来月以降になると思いますが、私も楽しみです」

 ようやく笑った彼女に、ブルーのシルフは満足したように頷いた。

『其方は、笑っておる方がずっと良い。我からの願いは一つだけだ。彼を信じてやってくれ』

「はい、もちろんです……彼の気持ちが、どれだけ嬉しかったか……」

『ならば、それだけを考えてくれ。安心しろ。其方は既に我の守護の下にある』

 驚きに目を見張る彼女に、ブルーのシルフは優しく笑いかけた。

『それではな。クロサイトの主が心配しておるぞ』

 手を振っていなくなったブルーのシルフを見送り、クラウディアは慌てて後ろを振り返った。



「今のって、もしかしてラピスのシルフ?」

 不思議そうにしているニーカに、彼女は慌てて何度も頷いた。

「ええ、私達の結果を聞きに来てくれたのよ。あ! レイにもう知らせちゃったかしら。私、直接言いたかったのに!」

 思わず叫ぶと、ニーカも笑って叫んだ。

「ラピス! お願い! まだレイルズに結果を知らせちゃあ駄目よ! 私もちゃんと自分で言うんだからね!」

『了解だ。では内緒にしておこう』

『わかったよ。聞かれても知らん顔しておくね』

 ブルーのシルフだけでなく、スマイリーのシルフまでもが現れて大真面目にそう言うものだから、二人は堪え切れずに一緒に吹き出したのだった。

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