今すべき事
「へえ、天球儀を買ったの?」
「凄い、後で部屋に見に行ってもいい?」
「僕も見たい! それから、天体盤で空の星の説明も聞きたい!」
その夜、戻って来たロベリオ達と一緒に夕食を食べに食堂へ行った時に、レイが今日買った天球儀と天体盤の話を聞いて、若竜三人組は目を輝かせた。
「うん、もちろん大歓迎だよ。凄く精密に作られてるから、ずれがほとんど無いんだ。計算で出した答えと天球儀の位置がぴったりになると嬉しくなるよ」
「暦の計算は、俺達は無理だな」
ロベリオの言葉に二人だけなく、カウリも笑って頷いていた。
「しかしさすがは商売人だな。新規の取引は逃しませんってか」
パンをちぎりながら感心したようにカウリが呟くと、一緒に食べていたラスティが小さく頷いた。
「出来るだけ早く持って来て下さるようにとお願いしたんです。気が晴れるものがあるのなら、今のレイルズ様に何でもお届けしますよ」
「確かにその通りですね」
パンを口に放り込んでカウリも笑顔になり、楽しそうにロベリオ達と話すレイを見た。
「まあ、これも経験ですよ。しかし、彼は本当に周りに恵まれている。ちょっと羨ましいくらいにね」
小さく肩を竦めてラスティと笑い合って、カウリは食事を続けた。
食事の後、いつもなら休憩室へなだれ込むのだが、今日はそのまま全員揃ってレイの部屋に向かった。
ヴィゴは、朝から城へ行ったきり戻って来ていない。
「ほら、これが大きい方の天球儀だよ」
部屋に戻ったレイは、床に置かれた大きな天球儀の前で胸を張った。
「ええ、こんなに大きいの、初めて見た」
「うわあ、これは凄い。本当に見事だね」
ロベリオとタドラは、感心したように部屋に置かれた大きな天球儀を眺めていた。
「あ、お爺様の書斎にあったのも、確かこんな感じだよ」
ユージンの言葉に、レイは目を輝かせた。
「ユージンのお爺様も天文学をご存知なの?」
「どうなんだろうね。書斎にあったけど、お爺様が夜空を見ていた覚えは無いね。お爺様はもう十年以上も前に亡くなられたから、残念ながら紹介してあげられないよ」
「そうなんですか。残念です。えっと、その天球儀はどうなったの?」
「今は、父上の第二書斎に置いてあるよ。だけど、父上が動かしているところを見た事は無いね、と言うか、こんなに動くものなんだって、今初めて知ったよ」
「街の精霊王の神殿にも、確かこれよりもう少し大きい天球儀が倉庫にあるよ。当時は、僕には何をするものなのか、全く見当も付かなかったけれどね」
「これよりも、まだ大きなのがあるの?」
目を輝かせるレイに、タドラは吹き出した。
「僕が神殿にいた時だけどね。普段は使わない倉庫に布を掛けて置かれていたんだ。確か、何かの祭祀の時に使う特別なものだって聞いたけど、何の時だったかな?」
考えながら話すタドラに、レイも少し考えて答えた。
「それなら、春分か秋分の時かもしれないね」
「詳しく聞いておけばよかったね。ごめんね、曖昧な記憶で」
「後でラスティに、精霊王の神殿の祭祀について聞いてみます」
謝るタドラに笑って首を振ったレイは、嬉しそうにそう言って天体盤を取り出した。
そのまま、タドラと二人で窓に向かう。
「えっと、ここから見える方角は、やや南向きの東なんだよね。今の季節をここで合わせてこうやって見るんだよ」
円盤の縁に書かれた暦を指差し、動かして今日の日付に合わせた。
「ここに方角が書いてあるから、それに合わせて円盤を持ってその方角の空を見るんだよ」
「ああ本当だ。同じだね」
大きい方の天体盤を仲良く覗き込みながら、タドラが感心してあちこち指さすのをみて、レイも嬉しくなって星座について説明を始めた。
仲良く話す二人の肩には、ブルーのシルフや、他にも勝手に現れた何人ものシルフ達が嬉しそうに並んで一緒になって天体盤を覗いていたのだった。
彼らがおやすみのあいさつをしてそれぞれの部屋に帰った後も、レイは天体盤を取り出しては嬉しそうにそれぞれの季節に合わせて、何度も何度も見える夜空を確認していた。
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、朝練を軽くこなし朝食を食べてから、いつものように、カウリや護衛の者達と一緒に訓練所へ向かった。
「おはようございます」
正門のところで係りの人にラプトルを預け、カウリと別れてレイはそのままいつものように図書館へ向かった。
「おはよう」
丁度、本棚の前にいたマークとキムを見つけ、レイは笑顔で挨拶をした。
カバンを置いて自分の分の本を探そうとした時、鞄の上にシルフが現れて手を上げたのだ。
「あれ? どうしたの?」
不思議そうに覗き込むと、そのシルフは口を開いた。
『おはようございますクラウディアです』
「あ、ちょっと待ってね。今図書館なんだ」
それを聞いたレイはそう言うと、マーク達と一緒に慌ててシルフを腕に乗せて鞄を掴んで借りていた自習室へ走った。
「えっと、ごめんね。もう大丈夫だよ。自習室にいるから」
レイが話しかけると、頷いたシルフは少し残念そうに口を開いた。
『ニーカは無事昨日退院しました』
『今日と明日は代理で出ないといけない神殿のお勤めがあって』
『残念だけど訓練所へ行けなくなったの』
「そっか、お勤めご苦労様、無理しないようにね。ニーカにもよろしく」
『ええもうすぐ昇格試験だから』
『私もニーカも頑張ってお勉強しないといけないものね』
「うん、無事に昇格出来るようにお祈りしてるからね」
レイの言葉にシルフは小さく笑って深々と頭を下げてから、手を振っていなくなった。
「残念だな。彼女達はお休みか」
マークの言葉に、レイも小さく笑って頷いた。
「仕方がないよ。神殿のお勤めも大事だからね」
顔を見合わせて笑うと、鞄を置いて改めて自習用の本を探しに行った。
それぞれに本を抱えて戻って来て、しばらくは黙々と自習していたが、レイはふと顔を上げた。
ディーディーやニーカは降誕祭での事件を直接知らない。彼女達がいない今なら、テシオスとバルドの事をマーク達に話せる事に気が付いたのだ。
手を止めて彼らを見ると、視線に気づいたキムが顔を上げた。
「どうした? 何か分からないところでもあったか?」
その声に、マークも手を止めて顔を上げる。
「あ、あのね、ちょっとだけ時間をもらっても良いかな」
小さな声で話す彼を二人は驚きの目で見て、黙って本を閉じてくれた。
「ありがとう。あのね、実は神殿から連絡が来てね……」
言いにくそうに口を開いたレイを見て、キムが慌てたように手を上げてレイの口元に持って行った。
「言わなくて良い。俺達もダスティン少佐から呼び出されて聞いたよ。到着したんだろ。エケドラに」
驚いて彼らを見ると、二人揃って黙って大きく頷いてくれた。
「二人の怪我の事も聞いたよ。辺境ではぐれの灰色狼に襲われて、命があっただけでも凄いよ。その同行していた冒険者達は、相当の凄腕だぞ」
実は、マークがいた故郷も灰色狼が出る地域だったのだ。
群れで襲ってくる灰色狼ももちろん怖いが、それは言ってみれば不用意に夜間に外へ出たり、迂闊に犬を連れずに森へ入った時など、軽率な行動が原因である事が殆どだ。
昼間でも不意に出くわす事がある、はぐれの狼の方が余程怖い。
その事を骨身に染みて知っている彼にしてみれば、街から遠く離れた辺境の荒野で、昼間にはぐれの灰色狼に不意打ちされていながら、誰も死なせなかったと言うのは驚きだった。
「でも、大怪我だったって……」
「それはもう、今の俺達には、精霊王に彼らの怪我の一日も早い回復をお祈りするぐらいしか出来ないよ」
「そうだよ。それ以上は彼らの苦労を軽んじる行為になる。良いんだ、彼らは自力で、己に与えられた贖罪の旅を終え、生きて目的地へ辿り着いたんだ。彼らを今でも友達だって思っているなら誇ってやれ、それで良いんだよ」
キムは、ラスティと同じ事を言う。
「それで良いのかな……」
「お前は優し過ぎるよ。これは、彼らに与えられた罰であり、これを完了した事で彼らは犯した罪を確かに償ったんだ」
「そうさ、後はエケドラで働く彼らの心が穏やかである事を祈るだけだよ」
慰めるような二人の声に、レイは俯いて顔を覆った。
「痛かっただろうね……」
「そうだな……」
泣きそうなレイの言葉に、キムとマークは小さなため息を吐いたのだった。
それから後は気を取り直して勉強して、合間に、レイがやった悪戯の話しでひとしきり笑った。
「椅子に置かれた三角文鎮の上に座ったって? うわあ、それ絶対、尻に
「やめろ!見たくねえよ、そんなの」
マークの叫びに、キムも顔を覆って叫んだ。
「駄目だ、次にカウリに会ったら絶対思い出すぞ」
「笑うなよ。笑ったら……」
「絶対無理! 笑う自信があるぞ!」
自習室は、必死で笑いをこらえる二人が机に突っ伏し、それを見たレイも笑いが止まらなくなり、もうすっかり勉強どころでは無くなったのだった。
『痛いよ痛いよ』
『でも大丈夫だよ』
『怒ってないよ』
『笑ってたよ』
『笑ってたよ』
『いたずらいたずら』
『楽しい楽しい』
笑いの収まらない彼らの前では、勝手に現れたシルフ達が楽しそうにそう言いながら手を叩き合っていたのだった。
そして、顔を上げてそれを見て、また吹き出す三人だった。
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