離宮での夕食会

『レイルズそろそろ行くぞ』

 床に転がっていたレイの目の前に現れたシルフが、ルークの言葉を伝えてくれた。

「はあい、今行きます」

 返事をして起き上がった時、ちょうどノックの音がしてラスティが入ってきた。

 慌てて立ち上がり、放りっぱなしだった剣帯を身に付ける。剣を装着してからラスティに見てもらって一緒に部屋を出た。

「それじゃあ行こうか」

 廊下には、ルークとジル、カウリと彼の従卒であるモーガンが待っていてくれたので一緒に厩舎へ行った。レイは戻って来た時にお願いしていた通りにゼクスに自分で鞍を取り付けた。

「たまには自分でやらないとね」

 しっかりと締まっている事を担当の兵士に見てもらってから、レイは軽々とゼクスの背に乗った。

 並んで出て行く一同を、厩舎の兵士達は一斉に敬礼して見送ったのだった。



 すっかり日が暮れた中を、レイとルークが飛ばした光の精霊に照らされて、六人は湖の離宮を目指した。

「あ、ブルー!」

 到着した離宮ではブルーが光の精霊達を呼んでくれていて、離宮の前の庭は昼のような明るさに照らされていた。

 そして、庭にはブルーが当たり前のように座っていた。

 歓声をあげたレイは、ゼクスから飛び降りて、嬉しそうに差し出された大きな頭に飛びついた。

「会いたかったよ、ブルー」

 分かっていると言わんばかりの大きな音で鳴らしてくれる喉の音を聞きながら、レイは力一杯その大きな頭を抱きしめたのだった。



「ここは涼しいんだね。訓練所のある辺りと全然違うや」

 顔を上げたレイが、周りを見ながらそう言うと、ブルーが面白そうに顔を上げた。

「ここは、我の住処の湖からの風が常に吹くからな。水の上を通って冷やされた風だぞ。それにここは石畳が少なく芝生が多い。だから地面も街中ほどには暑くならんのだよ」

「そうなんだ。じゃあ夏の間は、暑くて我慢出来なくなったらここに逃げてくれば良いんだね」

 笑ってそう言うと、ブルーの額にキスをして振り返った。

「相変わらずだな。お前らは」

 笑いながら見ていたルークとカウリに舌を出して、レイも笑った。

「だって、ブルーが良いんだもん!」

 すると、満面の笑みになったルークが顔を寄せてきた。仰け反るレイの耳元で、小さな声で聞かれた。

「じゃあ聞くけど、彼女とラピスの両方が待っていたらどっちへ行くんだ?」

「そ、そんなの……ブルーだよ」

「即答しない辺り、ちゃんと成長してるな」

 頷くルークの言葉にカウリが吹き出している。

「うむ、そうだな。だが彼女の前でそう言えるかどうかはまた別だぞ」

「だよな。自分を選ばなかったって泣かれるぞ」

 訳知り顔で頷き合うブルーとルークを見て、レイは大きなため息を吐いた。

「ディーディーはそんな事言わないよ」

「それはどうかな? 女性の心は複雑だぞ」

 からかうようなブルーの言葉に、レイはもう一度、ブルーの顔に飛びついた。

「だって、それは比べられるようなものじゃ無いでしょう? 以前、マイリーの話で聞いた、私と竜のどっちが大切なの? って聞かれたって言う話。今なら僕にも分かるよ」

「じゃあ聞くけど、もしも彼女にそう聞かれたら、お前はなんて答えるんだ?」

 ルークの質問に、顔を上げたレイはきっぱりと答えた。

「僕はマイリーと同じだよ。ブルーが一番だって答えると思う。嘘を言った方が良いんだって事も分かる気がするけど、それって、どちらに対しても誠実じゃ無いと思うからね。だから、もしもディーディーがそれを聞いて怒るようなら、機嫌を直してもらえるように頑張るのが僕の役目でしょう?」

「おお、一人前の事を言うようになったな。よしよし、こうなると、こっちも教えがいがあるな」

 大きく頷いたルークは隣でこれも頷いているカウリと満面の笑みで手を叩き合っていた。嬉しそうに笑う二人を見て、何だか嫌な予感がするレイだった。




 庭には、執事達が出てきて夕食の準備を始めていた。

「あ、以前もやったお肉を焼く台だね」

 振り返ったレイが、ブルーの横から覗きながら嬉しそうにそう言って笑っている。

「皆で食べるなら、今の季節は外で食べるのが良いからね。もうそろそろ、あいつらも来るはずだぞ」

 こちらを見ている執事に手を上げて応えて、ルークは後ろを振り返った。

 そこには、並んで駆けて来るラプトルの集団が見えた。

「お待たせ。おお、ラピス、久し振りだね」

 前回、ロディナの竜の保養所へ一緒に行かなかったロベリオとユージンは、到着した離宮の庭に座っているブルーを見て嬉しそうに笑って声をかけた。

「相変わらず、ラピスは近くで見ると大きいな」

「本当だね。僕のベリルと比べると、大きさの違いがよく分かるよね」

 竜騎士隊の中では、タドラが乗るベリルが一番若く六十歳程だ。

「でも、クロサイトと比べると、大きく感じるからな」

「あの子は例外だよ。我が国なら、まだ子竜として扱われているだろうにね」

 ユージンとロベリオの言葉に、皆複雑な思いで頷くのだった。



「間も無く夕食の準備が整いますので、それまで一旦中へどうぞ。冷たいお茶をご用意しております」

 執事の言葉に、ルークが返事をして、皆で言われた通りに建物の中に入った。

 ブルーは、庭で丸くなって大人しくしている。



 出されたお茶を飲みながら、ルークがロベリオに何やら耳打ちしている。隣ではカウリもこっそりと笑っている。

「おお、言うようになったな」

「だろう? もうこれなら次の段階へ進んでも良いんじゃ無いかと思ってさ」

「だね、そうだよね。もう目の前だよな。きっと」

「まあどうなるかは、それこそ精霊王のみぞ知る。なんだろうからさ」

「なになに? 何の話だよ」

 ユージンとタドラが立ち上がって彼らの両横に座り、それぞれ耳打ちされるのをレイは驚いて黙って見ていた。彼らが何を言っているのかさっぱり分からなかったのだ。

 その後、全員が満面の笑みで自分を見たのだ。

「な、何?何なんですか。皆揃って」

 仰け反ったレイルズの質問に、それを見たロベリオが嬉しそうに口を開こうとした時、丁度執事が側に来て声を掛けた。

「お待たせ致しました。準備が整いましたので、どうぞこちらへ」



 その声に話は一旦中断となり、立ち上がった全員がもう一度外へ出て行った。



 先程と同じく、光の精霊達に照らされた明るい庭には、大きな塊の肉が焼かれていた。

 椅子と机は置かれているが、改まったものでは無く、綺麗な布が掛けられて、真ん中に花が飾ってあるだけのささやかなものだ。

 好きに座った全員の前に、手早く取り分けた肉が入った皿が置かれる。

 全員が精霊王へのお祈りをしてから食べ始めた。

「おお、美味いなこれ。柔らかくていくらでも食べられそうだな」

 肉を食べながら、カウリが嬉しそうにそう言っている。

「居酒屋の串焼きも美味しかったけど、ここのお肉はすごく柔らかいんだね」

 蒼の森で、初めて焼いて食べたときの肉も、居酒屋のような硬い肉だったのだ。なので、ここへ来て本部の食堂やお城で食事をする度に、焼いただけのお肉が柔らかくて驚いた覚えがある。

「そりゃあ、城の貴族が食ってる肉は、居酒屋で出てるような肉とは物が違うって」

「お肉に違いがあるの?」

 驚くレイに、カウリは笑って今新しく焼いている肉を見た。

「そもそも、育て方だって違うし、特に柔らかいのは熟成肉と言って、絞めてから時間が経った肉なんだよ」

 カウリの説明に、レイだけで無く若竜三人組までが興味津々で聞いている。

「あれ、知らなかった? まあ、食ってる貴族はそんな事知らないか」

 三人までが驚いているのを見て、カウリは苦笑いしていた。

「ルークは知ってたの?」

 笑って食べながらそんな彼らを眺めていたルークを見て、小さな声でレイが質問する。

「ここに来てすぐの頃に、食べた肉があんまりにも俺が知ってる肉と違うから、ジルに聞いたら同じような事を教えてくれたな。特に、俺たちが食べている肉の殆どは、南ロディアの農家が専用の牧場で飼育している牛や豚だって聞いたぞ」

「レイルズ様が食べておられたのは、森に住む野生の鹿や猪だったとお聞きしました。それらのような狩猟によって得られた肉は、我々の間では野生肉ジビエと呼び、牧場で飼育された肉とは別の管理をしておりますよ」

「違うんですか?」

 牛と豚の肉が違うことぐらいはレイでも分かるが、豚と猪ならば、そんなに違いは無いように思えた。

「全く違いますね。それに料理の方法も違います。ジビエは香りが強かったり中には臭みがあるものなどもありますからね。調理の仕方次第では、せっかくのお肉を台無しにしてしまいます」

 新しい肉を取り分けながら、そんな事を執事が教えてくれた。

「僕のところでは、殆ど燻製にしていました。いくつかは生のままで置いてあったけど、そんなに掛からずに食べてしまいました」

「ジビエを燻製にするのは少々勿体無いですが、保存を考えると一番良い方法ですね。肉によっては、そのまま別の料理に使ったりも出来ますから」

「ニコスが作ってくれるお料理は、どれもすごく美味しかったものね」

 タドラの言葉に、全員が笑って頷いていた。



 皆、和やかに話をしながら存分に食べ、レイは居酒屋でも飲んだりんご酒を出してもらって飲んでいた。

「これなら僕でも飲めるもんね」

「あのな、それって黒竜亭では子供でも飲んでるやつだぞ。扱いはジュースと同じ。りんご酒って名前がついてるけど、誰もそれを酒だと思ってないからな」

 得意気にコップを手に胸を張るレイを見て、真顔でそう呟くルークだった。そして、そんなルークの言葉を聞いて突っ伏すレイを見て全員揃って大爆笑になった。



「ごちそうさまでした。お片付け、手伝わないでごめんね。いつもありがとうございます」

 食事を終えて部屋に戻る際、レイはこっそりと執事にそう言った。

「お気になさらず、それが我らの仕事ですから」

 笑顔でそう言ってくれたが、レイはそれを見て首を振った。

「うん、分かってます。僕がお礼を言いたいだけなの。だから貴方も気にしないでね」

 驚く執事に、レイは小さく肩をすくめて笑うと、一礼して皆の後を追って部屋に戻って行った。

「あのお方は、本当に最高ですね」

 俯いてそう呟いた執事は、何事もなかったかのように平然と後片付けを続けたのだった。




 広い部屋に案内され、それぞれが好きにソファーや椅子に座り、お酒を片手に若竜三人組とルークは陣取り盤を前に遊び始めた。

「ひと勝負するか?」

 もう一台置かれた陣取り盤を手に、カウリが笑っている。

「ええ、カウリはもう出来るの?」

 てっきり、彼もここへ来て初めて見たと思っていたが、彼は駒を並べながら頷いた。

「これに関してはダイルゼント少佐に感謝だな。俺がオルダムへ来てすぐの頃、相手がいないから覚えろって無茶を言われてさ、そりゃあもう必死で覚えたんだよ。一年かからずにそれなりにお相手出来るようになったぞ。それで、時々少佐の紹介で物好きな貴族の爺さんに呼ばれてさ、わざわざ一の郭の屋敷まで出かけて行ってこれのお相手を務めたりしたんだ。まあ、絶対勝つな! なんて言われた事もあるし、容赦無く叩きのめして来い! なんて言われた事もあるな。こっちは良い小遣い稼ぎが出来て喜んでたけどな」

「へえ、そうだったの。凄いね」

 そんな話をしながら、開始早々駒を進めて驚いた。

 彼は強い。

 あっという間に劣勢になり、女王を取られてしまったら勝負はあっという間だった。



「うわあ、凄いやカウリ。参りました! 全然勝負にならなかったよ」

 頭を下げるレイを見て、カウリも笑っていた。

「お前さんこそ凄いぞ。陣取り盤はここへ来て始めたんだろう? 一年でここまでやれたんなら、強くなるのなんてあっという間だぞ。また、相手してくれよな」

 駒を片付けながら、顔を見合わせて笑い合った。



「それじゃあ、そろそろ休もうか」

 ルークの言葉に、それぞれが一旦部屋に戻って行った。

 レイも用意された部屋で湯を使って、出してくれてあった新しい寝巻きに着替えた。

 シルフ達に髪を乾かしてもらってから部屋に戻ると、ラスティと執事達がいくつものワゴンを持ってきて用意をしているところだった。

 それを見て、レイは無言で顔を覆ってしゃがみ込んだ。

「如何なさいましたか?」

 驚いたラスティが駆け寄ってきてくれたので、レイは慌てて立ち上がった。

「ごめんなさい、僕のことは気にしないでください、ちょっと……今夜の事を考えたら気が遠くなっただけです」

 レイが何を言わんとしたのかすぐに察した彼は、小さく笑ってレイの背中を叩いた。

「まあ、これも必要な事ですからね。慌てず順番に覚えていきましょうね」

 はやくも真っ赤になったレイだったが、ラスティは素知らぬ顔でもう一度背中を叩いて、ワゴンに積まれた飲み物の確認を始めた。



 邪魔にならないように、自分のベッドに腰掛けたレイは、今夜、一体彼らが揃って何を教えてくれるのか全く想像がつかなくて、どうしたら良いのか分からなくなってもう一度顔を覆ってベッドに転がった。

『レイ、今夜は寝ては駄目だぞ』

「ブルーの意地悪!」

 突っ伏したまま叫ぶレイに、背中に座ったブルーのシルフは笑い出し、ニコスのシルフや大勢のシルフ達も一緒になって、そんな彼を眺めて笑っていたのだった。

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