これも大事な勉強です
ラスティと執事達が、運び込んだソファーにクッションを置いていた時、ノックの音がしてルークとカウリが入って来た。後ろには枕を抱えた若竜三人組の笑顔も見える。
「それではごゆっくり。何かございましたら、いつでもお呼びください」
無言で慌てるレイが止める間も無く、一礼したラスティと執事達は素知らぬ顔で部屋を出て行ってしまった。
ルークとカウリが部屋の隅に立って結界を張ろうとしているのを見て、レイは立ち上がってすぐ側に行った。
「ねえ、僕にやらせて!」
一応レイも、この部屋のような囲われた閉鎖空間なら、もう自分一人だけで結界を張る事が出来る。ただ、以前のカウリがやったような何も無い空間に任意の大きさで結界を張るのは、風の精霊魔法の中でもかなりの上位の技の一つらしく、ブルーは易々と何処ででも使っているが、レイはまだなんとなく感覚が掴めなくて上手くいかないのだ。
しかし、これはもう感覚的なものだから上達するには慣れるしか無い。教授にもブルーにもそう言われてしまい、最近では寝る前などに思い出して練習したりしているのだ。
おかげで、この部屋のように丁度の大きさに結界を張るのは、もう簡単に出来るようになった。
皆が見守る中で手早く結界を張るレイを見て、全員が褒めてくれた。嬉しくなってシルフ達が上手く張れたと胸を張るのを見て、レイも自慢気に胸を張ったら皆に笑われた。
「さて、それではまずは第一回戦を開始いたします!」
枕を抱えたまま見ていたロベリオがそう言った瞬間、全員が枕やクッションで隣の人を叩いた。出遅れたレイは、悲鳴をあげて枕の攻撃をかわしながら自分のベッドに走り、大きな枕を抱えて振り回した。
ルークとカウリの二人掛かりで広げたシーツが、レイに襲いかかる。
転がって逃げようとしたところを、ロベリオの枕に殴られてしまい、あっと思った時にはシーツにぐるぐる巻きにされていた。
ミノムシのようにぐるぐる巻きにされて、身動き出来ずに床に転がるレイを見て、全員が笑い崩れた。
「確保しましたので、では、今から次の段階に移らせていただきます」
ルークが笑いを堪えながらそう宣言すると、カウリと二人掛かりでレイをミノムシ状態のままベッドに放り投げた。
「ふぎゃん!」
背中からベッドに放り込まれて一回転したレイは、そのままベッドから転がり落ちそうになって、後ろにいたタドラとユージンに助けられた。
「ありがとう、ついでにシーツを解いてくれたらもっと嬉しいんだけどなあ」
こっそりお願いしてみたが、二人とも満面の笑みで首を振るのだった。
ミノムシ状態のままベッドの真ん中に戻されたレイの両横に、若竜三人組が座る。ルークとカウリは立ち上がってワゴンから何故か分厚い本を取り出してきた。
「さて、ここからは真面目な話だぞ。心して聞くように」
真顔のルークの言葉に、一人ぐるぐる巻きのままベッドに転がっているレイは、頷きながらルークを見た。
「真面目な話ならちゃんと聞くから助けてください。これ、自分じゃ解けません!」
しかし、二人も笑って首を振った。
「そのシーツは、いろんな意味でお前さんの為なんだよ。まあ、取り敢えずそのまま大人しく聞いてろ」
カウリに赤毛を突っつきながらそう言われてしまい、レイは納得出来ないものの小さく頷いた。
「で、初キスの感想は?」
カウリの言葉に唐突に真っ赤になったレイは、逃げようとして転がったが、若竜三人組に止められてしまい完全に身動き取れなくなった。
「キスした時、もっと近くに行きたいと、もっと触れてみたいと思っただろう?」
追い討ちをかけるようにそう言われて更に真っ赤になったまま絶句していると、真顔のルークも覗き込んできた。
「恥ずかしがる事じゃ無い。好きな子が近くにいたら、側にいたい、触れたいって思うのは自然な事だよ」
「そ、そうなの……?」
思わず聞き返してしまった。
確かに自分はあの時、もっとキスしたい、もっと彼女を抱きしめたいと思っていた。
だけど、一瞬だけでも彼女が声を上げて嫌がるように体を引いたので、自分のした事が正しかったのかどうか分からなくなってしまい、それ以上前に出られなくなってしまったのだ。
「そうさ。だけどこれをするには、絶対に守らなければならない事がある」
真剣に聞くレイに、カウリは顔を寄せて耳元で囁いた。
「彼女に逃げ場を与えておく事」
「逃げ場?」
これも、思わず聞き返す。
「そう。例えば今のお前みたいに自分では身動き出来ない状態では逃げようが無いだろう? これはつまり、逃げ場が無い状態だ」
「僕にも逃げ場を残してください!」
大きな声で叫んだが、その抗議は全員から笑って却下されてしまった。
「もちろん、彼女が怖がってたり、嫌がってたりする場合は論外だぞ。それくらいは分かるよな?」
「それくらい分かります! あの時だって、彼女は目を閉じてくれたもん……あ」
自分が何を言ったか理解して絶句した瞬間、レイ以外の全員が堪えきれずに吹き出した。
「よしよし、上手くいってるようで何よりだな。な、分かるだろう。つまり、それが同意してくれたって事だ」
頷きたかったが、レイはあの後の彼女の反応を思い出して情けない顔になった。
「だけど、だけどキスした後、彼女は嫌がるみたいに身体を引いたんだよ。それで、それでどうしたらいいのか分からなくなっちゃったんだ」
思い出したら情けなくて泣きそうだ。せめて顔を覆いたいが、両腕はまとめて全部シーツの中だ。仕方がないのでちょっと転がって顔をシーツに押し付けて隠した。
その言葉に、二人は驚いた。
確かあの夜、シルフ達が大喜びで、素敵な恋だ、素敵なキスだとはしゃいでいたはずだ。
それなのに嫌がられた?
どこかで思い違いがありそうで、ルークとカウリは顔を見合わせた。
「ええ、そうなのか? その時彼女は何か言ったか? 嫌、とか、やめて、とか?」
パニックになりそうな頭で、レイはあの時の事を必死で詳しく思い出していた。
「えっと、確か僕が、嫌だったよねごめんねって、謝ったんです」
「彼女はなんて?」
ルークの質問に、レイは必死になって思い出していた。
「確か……そう。違います。待って、って、待って、って言いました」
その言葉に二人だけでなく若竜三人組も納得した。
「キスされて一瞬舞い上がった後、我に返ったんだろうな。彼女らしい。恐らくだけど、神殿での立場や、もしかしたら、巫女が恋する事への罪悪感みたいなものを感じたのかも知れないな」
「だけどその後、別に避けられたりしたわけじゃ無いだろう?」
「えっと、その後ガンディとニーカが戻って来て、なんとなくそのままになったんだよ」
「だけど、その後も避けられたり嫌がられたりは……」
「してません!」
即座に断言する彼に、全員が三日月みたいな目になった。
「それなら大丈夫だな」
「みたいだな。って事は、いよいよ新しい段階に進むべき時がきたようだな」
「そうだね。大丈夫みたいだね」
若竜三人組の言葉に、ルークとカウリも頷いている。
「まあ、ここからは、今は知識として知る程度でいいよ。だけど、言っておくけど大事な事なんだからね」
もう一度真顔のルークに念を押されて、逃げられないレイは何度も頷いた。
一体、今から何があるんだろう?
全く思いつかなくて、黙って見ていると、ルークとカウリは先程ラスティが置いていった分厚い本を取り出した。そして二人でこちらに背を向けて本をめくりながら何やら真剣に相談をしている。
こっそりと横目で見ると、若竜三人組も真剣な顔をしている。
これは余程の事なのだろうと覚悟をしていたが、振り返った二人が見せてくれたその本に書かれている絵を見て、レイはもうこれ以上ないくらいに真っ赤になって悲鳴をあげたのだった。
そこに描かれていたのは、紛う事無き裸の男女が、様々に抱き合っている精密な版画だった。
「質問だけど、これが何をしてるか分かるか?」
真っ赤になって目を逸らすレイに構わず、ルークが顔を寄せて聞いてくる。
ぐるぐる巻きにされた意味がようやく分かった。これは自分の逃亡防止だけでは無く、腕を拘束する意味もあるのだろう。
「い、意味? 裸で男の人と女の人が抱き合ってます……」
無言でルークとカウリは顔を見合わせた。
「一応、ちゃんとそこは成長してるって聞いたんだけどなあ。まさかとは思うけど。自分で触った事、無いのか?」
「な、何を?」
「こ、こ」
笑ったカウリに股間を突かれて、レイはまた悲鳴をあげる。
何故だか今、一瞬突っつかれただけで痺れるぐらいにもの凄く体に響いたのだ。
「おお、ちゃんと一人前に反応してるじゃ無いか。これなら大丈夫だな」
そう言ってルークともう一度顔を見合わせて頷きあうと、また別の頁を見せられた。
そこに描かれていたのは、自分にも付いているもので、そこから先の彼らから順に聞かされた話しは、もうレイにとっては驚きの連続だった。
以前、子供はどこからくるの? と、母さんに聞いた時、男女が夫婦になれば、精霊王の元から精霊達がやって来て、こっそりとお母さんのお腹の中に連れて来た子供を入れてくれるのだと教えてもらった。
それなのに、まさかその前に、男の人と女の人の二人で、子供を作る為にする事があったなんて。
男女の体の違いについても、絵を見せて詳しく教えてもらった。
もしも面白半分に話されたら、確かに誤魔化してしまいそうな話だが、誰一人笑わない。皆、真剣に教えてくれるので、レイもいつしか真剣に話を聞き、時々は転がったままの姿も気にせず、質問するようさえなっていた。
「大好きな人と、本当の意味で身も心も一緒になれたら、そりゃあもう最高に幸せだよ。お前と彼女がいつそんな事になるかは、それこそ精霊王のみぞ知る。だろうけどな。だけどこう言った事は、はっきり言って男性が責任を持ってリードしてその後の事まで面倒を見ないと、何かあって傷つくのは女性なんだからな。それだけは絶対に忘れるなよ」
「受け入れる側には、それだけ負担があるんだから、絶対に優しくする事! もうこれ以上ないくらいに優しくする事! いいね」
もの凄く色んな事が分かったレイは、彼らの言葉に真剣に頷いた。
確かに、もし彼女とそうなれたら嬉しいだろうと思う。そうなりたいとも思う。
だけど、そうするには、彼女も自分と同じようにそう思っていてくれないと意味が無いのだ。
以前、あの浮浪者がニーカにしようとした事は、まさしく今の話の真逆の事だ。彼女の同意無しに、一方的な暴力で彼女を思うままにしようとしたのだから。
「ニーカ。怖かっただろうな……」
思い出したら、また腹が立って来たが、ルークになだめるように背中を叩かれて、レイは口を噤んだ。
これに関しては、全員の気持ちは一致している。
しかし、ニーカが元気に立ち直っている今、嫌な事を意味無く蒸し返すのは愚かな事でもあった。
本を閉じながら、ルークがレイを覗き込む。
「まあ、そんなところかな? 他に質問は?」
「ものすごく、よく解りました。もしも何かあったら……ちゃんと聞くからまた教えてください」
最後は小さな声になったがちゃんと言えた。それを聞いた全員が、笑って大きく頷いてくれた。
「もちろん。なんでも、いつでも相談に乗るぞ。どんな小さな事でも思い込みだけで暴走するんじゃ無いぞ」
「それから、言っておくがお前はまだ未成年なんだからな。実体験はもう少し先だからな」
「分かりました!」
転がったまま、大きな声で答えると、笑った全員から背中や肩を叩かれた。
もうそろそろ、このシーツを取って欲しいな。と思い口を開きかけた時、満面の笑みのルークの宣言に、レイはまたしても悲鳴を上げた。
「それじゃあ、第二弾枕戦争開始だ!」
全員から一斉に枕やクッションで殴られてベッドから転がり落ちたレイは、勢い余ってそのまま転がり続け、結果としてシーツぐるぐる巻きから無事に脱出出来たのだった。
「あ、標的が逃げたぞ。追いかけろ!」
呆気にとられて見ていたロベリオの言葉にルークとタドラが飛びかかって来て、更に転がって逃げたレイは、自分に巻き付いていたぐしゃぐしゃのシーツを持ってカウリに襲いかかった。
「そっち持って!」
シーツの端をタドラに投げると、笑った彼が反対側を持ってくれたのでカウリを力任せに引き倒して、今度は彼をぐるぐる巻きにしてやった。
それを見て笑いながら全員が、シーツから出ている首や膝から下を擽ったものだから、カウリは聞いた事がないような情けない悲鳴を上げて、全員揃って堪えきれずに大爆笑になった。
笑い転げて、まだカウリの首筋を突っついて悲鳴を上げさせている悪ガキどもの事を、ベッドサイドと窓に座ったブルーのシルフとニコスのシルフ達三人、そして何人ものいつものシルフ達が、笑いつつも呆れたように眺めていたのだった。
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