マークの配属先とお金の事

「ご馳走さん。美味かったよ」



 それぞれに食べた分のお金を払い、四人は機嫌良く店を出て帰路に着いた。

「カウリは本当に酔わないんだね。あんなに飲んでたのに、全然平気そうに見える」

 レイも、今日は殆ど酔った様子はないが、美味しくてちょっと食べ過ぎてお腹が苦しかった。



 迷子にならないように、時々ニコスのシルフに確認しながら、すっかり真っ暗になった道を、一の郭へと続く城門がある、赤壁と呼ばれる城壁を目指した。

「やっぱり分からないや。どうしてまっすぐ壁沿いに進んでるのに、お城の塔が右に行ったり左に行ったりするんだよ」

 思わずそう呟くと、レイの前後から三人同時に吹き出す音が聞こえた。

「まあ、気持ちはとってもよく分かるよ。それなら今度空へ上がった時に、赤壁と大壁の辺りをよく見てみる事だな。そうすれば何故そんな事になってるのか分かると思うぞ」

 カウリに笑いながらそう言われて、レイは今度時間のある時に見てみようと本気で思っていた。




 赤壁の城門を通って一の郭側に出ると、一気に人がいなくなった。

 レイとカウリは、すぐに追い付いて来てくれたキルートと一緒に、また着替えの為にここへ来る時に使った部屋に入った。

 詰所の中へ入って行く二人を見送ってから、マークとキムは顔を見合わせて笑い合った。

「予定外だったけど、今日の街歩きも楽しんでくれたみたいで良かったな」

「ああ、レイルズは居酒屋初体験みたいだったから、あれも良い経験になったんじゃないか?」

「俺達がしてやれるのって、この程度だもんな」

 もう一度顔を見合わせて、苦笑いする二人だった。



「そう言えば、俺もこの後幾つか単位を取ったら、本科は単位が全部揃うんだよな。その後ってどうするのか知ってるか? もう卒業なのか?」

 顔を上げたマークの言葉に。城壁を見上げていたキムは振り返った。

「まあ、希望すれば、お前なら研究生で残れると思うぞ。光の精霊魔法について学びたいって言えば、反対する人はいないと思うから、是非そうしてくれ」

「本科の単位を全部取ったら、配属先が決まるって確か最初に聞いた覚えがあるんだけどな」

「ああ、そっちか。まあそうなるだろうな。どこへ配属されるかは俺にも分からないよ。良い所に配属されるように祈っててやるからな」

 その言葉に、マークは驚いたが納得もした。

「そうだよな。配属先がオルダムとは限らないよな。もしも、辺境の街へ配属されたりしたら……レイルズともこんな風に一緒にいられなくなるよな」

 少し悲しくなって俯くと、その呟きを聞いたキムにいきなり頭を叩かれた。

「痛っ! いきなり何するんだよ。暴力反対!」

 頭を押さえて抗議すると、呆れた顔のキムは、彼を見てこれ以上ない程の大きなため息を吐いた。

「いつも言ってるけど、お前は、いい加減に自分の価値ってものを正確に把握しろよな」

「俺の価値? そんなの、それ程大した事は無いと思うけどな」

「あのなあ、四大精霊の全てに高い適性があり、更に、竜人の上位の術者と変わらない程にまで光の精霊を扱える人間のお前に、大した価値は無い? 寝言は寝てから言えよな」

 呆気に取られているマークをもう一度見て、キムはからかうように笑った。

「全く、訓練所で自分が何を習ってるか、よく考えろ! ってな」

 しかし、笑われてもマークは怒らなかった。それどころか、満面の笑みで嬉しそうにキムに飛びついたのだ。

「なあ、今のって全然そんな風には聞こえなかったけど、それって褒めてくれたと思って良いんだよな?」

 唐突に、キムは真っ赤になった。

「な、何をいきなり……」

「ありがとう。凄く嬉しいよ。ここへ来て最初の頃からずっと世話になりっぱなしだからさ、ちょっとは成長したと思ってもらえてるんだな」

「当たり前だろうが! ってか、これだけ訓練所に通わせて貰ってて、上達してなかったら、それこそ今頃左遷だぞ辺境警備に逆戻りだぞ!」

「やめてー! その言葉は聞きたく無いですー!」

 いきなり、子供のような会話になる二人だった。



「お待たせ! って……二人して何やってるの?」

 キムとマークの二人は、最初は冗談半分で追いかけ合いをしていたのだが、だんだん面白くなってきて、最後はもう二人揃って本気でそこら中を走り回って、力尽きて息を切らせて座り込んでしまったのだった。

「あはは、ちょっと追いかけっこをしてただけだって」

「僕が居ない間にそんな楽しい事して、狡い!」

 その叫びに、後ろにいたカウリまでが二人と一緒に吹き出した。

「お前、無茶言うなよな。それじゃあ戻ろうか」

 カウリのその言葉に、頷いた四人は、それぞれのラプトルを引き取って一の郭を通って、第四部隊の精霊塔の前で別れた。



「それじゃあ、またな」

「気を付けて帰れよ。それじゃあまた訓練所でな」

 振り返って手を振るレイに二人も手を振り返してから、独身寮へ戻って行った。




「楽しかったね。また行こうね」

 嬉しそうに目を輝かせるレイを見て、カウリは小さく笑った。

「居酒屋初体験だったってか。全く、竜騎士隊の人達は、こいつをどれだけ甘やかせてるんだよ、ってな。あ、まだ未成年扱いって事かよ。だけど、このデカさで未成年だって言われてもな」

 そんな事を呟きながら、二人は追いついてきた護衛の者達と一緒に、竜騎士隊の本部まで戻った。

 いつものように、ゼクスの世話をしてから部屋に戻ったレイは、軽く手を洗ってから皆がいる休憩所へ向かった。



 休憩室の机の上には、カウリが先に持って行ってくれたお土産の雪玉がぎっしり入った箱が置かれている。

「おかえり。街歩きは楽しかったみたいだな」

 陣取り盤を挟んで座っていたルークとロベリオとユージンが、揃って顔を上げる。

「ただいま戻りました。うん、すっごく楽しかったよ。えっと、今日は初めて居酒屋って所へ連れて行ってもらいました」

「居酒屋?」

 ルークがそう言って、タドラと一緒にお茶の用意をしているカウリを見る。

「お前、レイルズはまだ未成年なんだぞ。居酒屋なんて無茶するなよ」

「お言葉ですが、黒竜亭ですよ。子供も走り回ってますって。第一、あいつに飲ませたのはリンゴ酒とジュースだけですって。リンゴ酒なんて子供でも飲んでますよ」

「ああ、そう言う事か、一応配慮はしてくれたんだね」

 苦笑いするルークに、カウリは肩を竦めた。

「個人的には、この年齢の男子には、もっと好き勝手にやんちゃをさせてやるべきだと思いますけどね。レイルズは良い子過ぎますって」

 人数分のお茶を淹れながらそんな事を言うカウリを、ルークも何度も頷いていた。

「それについては完全に同意しか無いけど、言っておくけど、これでもかなり……休むようになったんだぞ」

「意味が分かりませんが、休むのは当たり前でしょうが?」

 それぞれにお茶を渡しながら、ルークを見る。

「いや、本当なんだよ。初めてここに来た頃は、何もする事が無いなんて初めてだとか言ってたんだからな」

「まあ、辺境の農家出身なら、それも有り得ますけどね」

 入隊前の自分の育った家を思い出して、カウリは納得した。

「だけど今では、ソファーに横になってうたた寝出来るくらいにはなったらしいぞ」

「おお、成長してますね。結構結構」

 からかうように笑う彼と一緒になって、ルークも笑っている。

「ああ、そうだカウリ。ちょっと」

 指で彼を呼び、ルークはカウリの耳元に顔を寄せた。

「明日は、俺達も全員ゆっくりで良いんだよ。だから今夜、例の件を実行しようと思うんだけど、お前も来るだろう? ってか、カウリも人数に入ってるんだけどな」

 無言でルークの顔を見たカウリは、満面の笑みで頷いた。

「もちろん喜んで参加させていただきますよ。彼の役に立てるように頑張りますとも」

 大真面目なその答えを聞いて、ルークは堪える間も無く吹き出したのだった。カウリも同時に吹き出している。

「何してるの? ねえ、お土産の雪玉、前回とまた違ったのが色々入ってるよ。ルークとカウリはどれにする?」

 お皿を持ったレイにそう聞かれて、笑って返事をした二人は、立ち上がって自分の分を選びに行った。



 カウリは塩味の効いた甘く無い雪玉を取り、ルークは胡桃がたっぷりと入ったのを取った。

「レイルズ、下の箱の左の三列は、あんまり甘く無いやつだから、出来れば大人組に置いておいてやれよな」

 どれにしようか選んでいるレイの背中に、カウリがそう声を掛ける。

「この箱だね。分かった、じゃあ他から選びます」

 雪玉には定番の甘いものだけでなく、お酒と一緒に食べられるような、塩味やスパイスの効いたものや、チーズの味がするものも何種類もあるのだ。

「甘く無いのだったら、黒胡椒のが美味いよな」

 ルークの声に、カウリも嬉しそうに笑って頷いた。

「同感ですね。あれを食べると飲みたくなるのが難点なんですけど」

「飲んで来たんじゃ無いのかよ。全く」

 顔を見合わせて笑っていると、丁度ヴィゴとマイリーも戻って来た。今夜は皇子は城の奥殿に泊まるそうだ。

「お、雪玉じゃ無いか。二人のお土産か?」

 ヴィゴとマイリーは、カウリが言った通り、甘く無いのが入った箱からそれぞれ自分の分を取り出していた。



「あ、そうだ。ねえカウリ、ちょっと質問です!」

 自分の分の雪玉を半分程食べた所で、店で思った事を質問した。

「お土産代を半分出すって言ったけど、僕、まだ何も払ってないんだけど。どうしたら良いの?」

「ああ、代金の事だな」

 笑ったカウリは、ルークを見た。

「もう、彼の口座は作ってあるんでしょう? これ、まだ教えてないんですかね?」

「口座はあるんだけど、まだ一人で出歩かせていないから、番号入りの木札は持たせて無いんだよ。ああ、丁度良いや。こっちのやり方をレイルズに説明するから一緒に聞いててくれよな」

「あれ、何か違いましたか? 俺、これの代金。いつものやり方で買いましたけど?」

 心配そうなカウリに、ルークは笑っている。

「いや、自分でやるならそれで良いよ。だけど、誰かに指示してやってもらう時は、書類だけ後から来るからね」

 不思議そうに話を取り敢えず聞いているレイの前に、カウリは小さな木札を置いた。

「これが掛売り用の番号の入った木札だ。これがあれば、オルダムの街の中ならどこででも金が無くても買い物が出来るんだ」

「お金を持ってなければ、物は買えないでしょう?」

 驚くレイに、ルークも自分の小物入れから同じような木札を取り出して見せた。

「だけど、あまり小さな金額だと手間ばかりかかってお店の人に申し訳ないからね。だいたい、お店でこれを使うのは、こんな風に沢山の差し入れやお土産を買う時だね」

「これで、どうやってお買い物をするの?」

「ほら、ここに番号があるだろう。同じ木札に見えるけど、全部番号が違うんだよ」

 確かによく見ると、カウリとルークの番号は全く違っていた。

「僕達は持っていないね。買い物は、家の名前を言えば手続きしてくれるから」

 ロベリオとユージンはそう言い、タドラは自分の木札を見せてくれた。

「まあこれは言ってみれば一部の大貴族以外の下級貴族や士官、兵士達が、街で安全に買い物をする為のものなんだよ。店でこの木札を見せて番号を伝票に記入したら確認の控えをもらってサインをする。店はその伝票を街にある軍の口座を管理する窓口のある建物へ持っていくんだ。すると、そこでその伝票に書かれた金額が、そのサインをした兵士の口座から支払われる仕組みだよ」

「へえ凄いね。だけど、間違われたり金額を誤魔化されたりしないの?」

 当然の疑問だが、ルークは笑って首を振った。

「だって、どこの店でいつ使ったか少なくとも本人には分かっているだろう? だからその控えを、自分の口座を管理する窓口へ持って行って、これの支払いを頼みます、って言って渡しておくんだよ。その両方が合わないと、お金は支払われない」

「まあ、これは信用取引とも言われてて、この木札を持っているのはファンラーゼンの軍人だけだぞ」

 横からカウリが追加で教えてくれる。

「逆に言えば、この国の軍人は、それくらい商人達に信用されているって事でもあるな。品物は先に渡しているんだから、もしも支払わずに逃げられたら、店側は丸損だろう?」

 納得したレイは、ロベリオ達を見た。

「じゃあ、ロベリオ達はどうやってお買い物をするの?」

 不思議そうなレイの質問に、ロベリオとユージンは笑っている。

「貴族は、わざわざ自分から出かけて行って買い物したりしないんだ。家へ商人が出入りしているから、何か必要な物があれば一言言えば何でも届けてくれるんだよ。今、カウリやルークが教えていた手続きは、指示された執事がやってくれる訳。な、楽で良いだろう?」

「マイリーやヴィゴもそうなの?」

 笑って頷く二人を見て、レイは驚きを隠せなかった。

 お買い物一つにしても、貴族と平民ではここまで違うのだ。自分が知らない事は、まだまだ沢山有りそうだった。



「僕も、その木札欲しいです」

 もしも訓練所の帰りに、また出掛けることがあれば、自分で皆にお土産を買いたい。

 しかし、ルークは笑って首を振った。

「残念だけど、これが持てるのは成人した人だけ! だから、レイルズはまだ持てません」

「ええ、そんなの狡い!」

 悔しがるレイを見て、皆堪えきれずに吹き出した。

「なので、そんな時はこう言えば良い。お城の竜騎士隊の事務所のラスティ宛に届けてくれってね」

「ええ? どうしてラスティ?」

「彼はお前の従卒だろう? だから、帰ってから彼に、どこそこのお店でラスティを指名してこんな買い物をしたから、レイルズの口座から引き落としておいてくれって頼めば良いんだよ」

「あ、ちなみに今回は、俺の番号で二つに割ってくれるように頼んだから、半分の伝票はラスティに渡しておくから、その半分をお前の口座から俺の口座に入れてもらってお店に支払われる訳だ。分かったか?」

 それを聞いて、以前、蒼の森のタキス達に湯たんぽを届けた時の事を思い出した。

 確かにあの時も、お金は一切払っていないのに、大丈夫だと言われていつの間にか荷物は届いていた。

 納得したレイは、何度も頷いた。

「分かりました。でも面白いね。お買い物するのにお金を持って行かなくても良いなんて、考えた事も無かったや」

 目の前に現れたニコスのシルフにそう言って、レイも笑顔になった。

「まあ、一人で出歩くようになったら、必要になるだろうけど、まだ何処へ行くのも付き添いがいるもんな。まだお前には必要無いって」

「ええ、一人で出歩くのが前提なの? そんなの絶対無理だよ! 絶対迷子になります!」

 情けなさそうに叫んだレイの言葉に、またしても休憩室は笑いに包まれたのだった。

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