お忍びの街歩きと雪玉のお店
「もうやだ。穴があったら入りたい……」
駆け込んだ食堂でカウリ達と合流したレイは、彼らが入れてくれた冷たいカナエ草のお茶を息も継がずに一気に飲み干した。
隣では、同じく座ってニーカから渡されたお茶を飲みながら、クラウディアはまだ真っ赤になってさっきから何度もそう呟いて俯いている。
「おかわりください!」
レイが気をそらすように飲み干したコップを差し出して叫ぶと、笑ったカウリがたっぷりと注いでくれた。
当然、最初に飲んだのと同じ蜂蜜入りだと思って飲んだそのお茶は、何と蜂蜜無しだった。
「ゲフッ!」
あまりの苦さに思わず吐き出しそうになり、必死で口を押さえてとにかく飲み込んだ。冷たいと、さらに苦味が感じられてはっきり言って飲めた代物では無い。余りの苦味に目の前に涙が滲む。
「お水、くらはい……」
痺れた口でそう言うと、笑ったマークが水の入ったコップを差し出してくれた。
「なんだよ。相変わらずお子ちゃまだな」
からかうように笑ったカウリは、平然と冷たいカナエ草のお茶を飲んでいる。
「よく、そんな苦いのを飲めるね」
そんな彼を見てしみじみとそう呟くと、カウリは小さく笑って手にしたカップを見た。
「少なくとも五十年間、歴代の竜騎士達は皆、これを飲んでいたんだぞ。俺は彼らに敬意を評してこれを飲むよ。まあ、単に甘いのが得意じゃないってのもあるんだけどな」
「ええ? カウリは甘いもの苦手なの?」
確かに、彼が甘いものを食べているのは殆ど見た事がない。
「苦手とまでは言わないが、あまり自分からは食べないな。まあ、出されたら食べるよ。その程度」
「勿体無い。オルダムには甘くて美味しいものが一杯あるのに!」
大真面目にそう叫んだレイに、その場にいた全員が堪えきれずに吹き出した。
俯いていたクラウディアも、顔を上げてニーカと肩を叩き合って笑っている。
そんな二人を見て、レイも嬉しくなった。
「ああ、そんな話ししてたら雪玉が食いたくなったな。彼女達を送るついでに、店に行こうか?」
キムがそんなことを言い出し、マークも目を輝かせて頷いた。
「良いな、それ。俺も久し振りに食べたい。どうせ俺達は、今日は午後からは非番だから街へ出ようかって言ってたんだよな」
「僕も行きたい!」
雪玉と聞いて、レイも目を輝かせて叫んだ。
「雪玉か。良いな。あれの塩味のが案外美味いんだよな」
カウリまで一緒になってそんな事を言っている。
雪玉を知らないらしい彼女達に、レイは目を輝かせて以前食べた雪玉がどれだけ美味しかったか、一生懸命説明をしていた。
お茶を飲み終えた一同は、二人を神殿へ送る途中に、キムの案内で雪玉を売っている店へ寄る事で話がまとまった。
「一応、寄り道するから遅くなるって伝えておくよ」
カウリがシルフを呼び出して伝言を頼むのを見て、レイも一応、シルフに頼んでルークに寄り道する事を報告しておいた。ついでに、単位を全部もらえた事も報告しておく。
『了解した』
『あまり遅くならないようにな』
『ニーカ達によろしく』
ルークの声でそう言って手を振るシルフを見送り、レイは鞄を手に立ち上がった。
二人が連絡している間に、お茶の食器は手早く片付けられていた。
「お待たせ。それじゃあ行こうか」
カウリが笑ってそう言い、一同は食堂を後にした。
「だから、お前は彼女を乗せろよ。当たり前だろうが」
係りの者から受け取ったラプトルを前に、平然とそれぞれ自分のラプトルに乗り込むマークとキム。カウリは、これも当然のようにラプトルを受け取り、自分が先に乗って手を差し出すニーカを易々とラプトルの上に引き上げて、そのまま自分の前に横向きに座らせる。
こうなると、残るはレイの騎竜のゼクスとクラウディアだ。
戸惑うレイに、カウリが当然のようにそう言って早くしろとばかりに自分の足を叩いた。
「ええと、ラプトルに乗れる?」
「む、無理です。あんな高いところに上がるなんて……」
戸惑って首を振る彼女を見て、踏み台も無いこの場所で、どうしたら良いかわからなくなって困っていると、それを見て一声鳴いたゼクスが、何と、まるで卵を温めていたベラやポリーのようにゆっくりと足を曲げて地面に座ったのだ。
「クルルー」
まるで、さあどうぞ、これなら乗れるでしょう? と言わんばかりの優しい呼びかけに、クラウディアは笑顔になった。
「まあ、ありがとうございます」
嬉しそうにそう言って、差し出した手でゼクスの鼻先を恐る恐る撫でてやった。嬉しそうに目を細めたゼクスは、大人しく撫でられたまま静かに喉を鳴らしている。
急いで折りたたみ式のカゴに二人分の荷物を入れると、先に座るゼクスにレイが跨ってから、彼女を以前と同じように自分の前に横向きに座らせた。
「立ち上がる時にちょっと揺れるから、しっかり掴まっていてね」
背中に手を回して抱えるようにして支えてやり、そっとゼクスに合図を送る。
合図を受けてゆっくりと立ち上がるゼクスの上は、前に後ろにかなり大きく揺れる。
「きゃっ」
思っていた以上の揺れに驚いてレイに抱きつき、次の瞬間慌てて仰け反って離れそうになってレイの方が逆に慌てた。
「じっとしていて、落ちるよ」
自分の側に抱き寄せてやり、立ち上がったゼクスの首を軽く叩いてやった。
「ありがとうね。彼女を乗せてくれて」
また喉を鳴らすのを見て、レイも笑顔になった。
「お待たせ。じゃあ行こうよ」
笑って自分を見ている四人にそう言うと、全員が笑顔で頷いてくれた。
キムを先頭に、四頭のラプトルは、街を目指してゆっくりと通りを駆けて行った。その少し後ろを、二人の護衛と合流した護衛の者達も、ピタリとついて来ていた。
レイの鞄には、今ではヴィゴが保証人の身分証がいつも入っている。
しかし、街へ続く城門の少し前でその身分証を出そうとしたら、急にカウリがラプトルを止めたのだ。
「あれ、ちょっと待てよ、これってまずくないか?」
小さな声でカウリがそう呟く。
当然、何事かと全員が止まり、邪魔にならないように一旦城壁横の広い場所に移動した。
「どうしたの、カウリ。早く行こうよ」
カウリの横に行き、レイはそう声を掛けた。早く雪玉を食べたい。
「お前、冷静に自分の服を見てみろよ」
しかし、真顔でそう言われてカウリがまずいと言った意味が分かった。
今は、レイとカウリの二人とも、竜騎士見習いの服を着ている。確かに、この服のままで、しかも巫女を乗せた二人乗りで街へ出て行くのは色々とまずいだろう。
「ええ、どうしよう」
ここまで来て、街へ行けないのも悲しい。
顔を見合わせて困っていると、後ろから護衛のキルートの乗るラプトルが近寄って来た。
「レイルズ様、カウリ様。まさかとは思いますが、そのまま街へ出られるおつもりですか?」
その声は笑みを含んでいる。
「やっぱり駄目だよね。どうしたら良い?」
振り返ってキルートを見るレイは、今にも泣きそうだ。
小さく笑った彼は、誤魔化すように咳払いをして、城門横にある兵士の詰所を指差した。
「申し訳ありませんが、ちょっとお二人共ラプトルから下りて一緒に来ていただけますか」
それを聞いて、座っている彼女を見た。
「えっと、一人で乗っていられる?」
「無理です。落ちてしまいます」
不安そうなディーディーを見て、レイは笑ってシルフ達に頼んで支えていてもらう事にした。
シルフが何人も現れて、彼女を支えてくれた。
出来るだけ静かにゼクスから下りて、彼女の周りにいるシルフ達に手を振った。
「戻ってくるまでお願いね。彼女を落としちゃ駄目だよ」
『了解だよ』
『了解だよ!』
『支えてるから大丈夫だよ』
嬉しそうに胸を張る彼女達にもう一度笑いかけ、不安げなディーディーにももう一度手を振って、待ってくれていた二人と一緒に詰所の中へ入った。
彼らが入った途端に、詰所の中にいた数名の兵士が一斉に直立する。
「ご苦労様です。別室を少しお借りします」
平然と敬礼を返したキルートがそう言うと、上官らしき人物が慌てたように出て来て別室に案内してくれた。
「8番と9番の箱をお願いします」
部屋に入ったところでこれも当然のようにキルートが言い、後ろをついて来ていた兵士達がそれを聞いて敬礼して部屋から出て行き、しばらくするとひと抱えほどある二つの箱を持って戻って来た。
その部屋は、綺麗なソファーと机が置いてあるだけの部屋だが、石の柱や壁には細やかな幾何学模様の彫刻が施されているし、床には絨毯が敷いてある。詰所の中の部屋にしては中々に豪華な作りになっていた。
「ここは、竜騎士隊の方の為のお部屋です。第二部隊の兵士の服が用意してありますので、それに着替えてください。ご用が済めば、お帰りの際にもう一度ここへ来て、元の服に着替えて頂きます」
当たり前のようにそんな事を言われて、レイとカウリはあっけにとられて差し出された第二部隊の兵士の制服を受け取った。
「へえ、懐かしい」
嬉しそうなカウリが、急いで着替えるのを見て、レイも急いで自分で着替えた。
手伝うつもりだったキルートは、当然のように自分で着替える二人を見て小さく笑って、脱いだ服を拾ってハンガーに順番に吊るしていった。
壁側に作られた金具に、二人の脱いだ竜騎士見習いの制服を掛けておく。
振り返った時には、第二部隊の伍長が二人、立っていた。まあ、剣帯と剣が少し豪華なのは仕方あるまい。
「よくお似合いですよ。ではお気を付けて。我らは少し離れてついて行きますので、気になさらずお過ごしください」
一礼したキルートにそう言われて、二人は彼にお礼を言って部屋を出て行った。
「お待たせ。ほら、これで大丈夫だよね」
表で待っていてくれた四人のところへ行くと、全員揃って驚きの目で見た後に、それぞれ納得したように笑い出した。
「凄いや。城壁の詰所に、ちゃんとお忍び用の着替えが置いてあるんだな」
感心したようなキムとマークの呟きに、レイは笑って小さく舌を出した。
「僕も初めて知ったよ。でもよかった。これで一緒に街へ行けるね」
ゼクスの背中に軽々と乗り、ディーディーを支えてくれていたシルフ達にお礼を言う。
「折角だから、このまま支えててあげてくれる。その方が彼女も安心でしょう?」
一応、背中に手を回して支えてあげながら、レイはシルフ達にそう言ってから、ゆっくりと歩き出した。
身分証を出して、何事も無く城門を通る。神妙な顔で、それぞれの身分証を一旦小物入れに戻して、一同は一列になって、キムを先頭にゆっくりと街へ向かってラプトルを進めた。
「夕方の街って綺麗だよね」
夕日に照らされて赤くなる街並みを見ながら、レイは嬉しそうにそう呟く。彼女も、楽しそうに目を輝かせてあちこち見ている。
「この高さからだと、いつもの景色が違って見えますね」
間近で見る、目を輝かせて笑うディーディーは、やっぱり堪らなく可愛かった。
思わず目の前の頬にキスを贈ると、彼女は奇妙な声を上げてまた真っ赤になってしまった。
「暑いなあ、もうやってられないなあ」
「そうよね。もう暑くて死にそうだわ」
背後から聞こえるカウリとニーカの笑うような声に、もう一度、二人揃って真っ赤になるのだった。
キムの案内で到着した、以前とはまた別の雪玉のお店の前で全員がラプトルから降りる。
「折角だから、神殿へも差し入れしておくか」
店に入ったカウリがそう言って、ぎっしりと並んだいろんな色の雪玉を見る。
「ねえ、それなら半分出すよ」
レイは小物入れから小さな巾着を取り出した。追加でまた入れてくれているからかなりの金額が入っている。
「そうか、じゃあ頼むよ」
笑って振り返ってそう言うと、待ち構えていた店員に全種類を二個ずつと、全種類を五個ずつ入れてもらうように頼んでいる。
そんなに買ったら、全部で幾らになるんだろう。今、持っているお金で足りるかな? ちょっと心配になって見ていると、カウリは小さな木札のような物を店員に差し出して、何か話しをしている。
笑顔で木札を受け取った店員は、その木札に書かれた番号を見て、伝票に当たり前のように何かを書き込んでいる。
隣では、マークとキムも、幾つも自分達の分の雪玉を買っていたが、こちらは普通にお金を払っている。
「お待たせ、じゃあ行こうか」
大きな包みを渡されて、レイは慌ててそれを受け取った。
「そっちは神殿の皆様方への差し入れだから、彼女に持って行ってもらえよな」
驚くクラウディアは、カウリに何か言い掛けて、レイが手にしている包みを受け取った。
中から甘い香りが立ち上ってくる。
「初めて見ました、確かに名前の通りに雪玉みたいになっていましたね。ありがとうございます、こんなに沢山頂いて……」
深々と頭を下げる二人の巫女を見てカウリは笑顔になった。
「半分はレイルズが出してくれたからな」
「ありがとうございます、レイ。帰ったら皆で頂きますね」
嬉しそうにお礼を言う彼女を見て、レイは密かに慌てていた。確かに半分出すと言ったが、自分は鉛貨の一枚もまだ出していないのだ。
「あとで教えてやるよ」
そんなレイの混乱も分かっているかのような彼の小さな声にレイはひとまず頷いてその場では何も聞かなかった。
人が多くなってきたので、神殿まではラプトルを引いて歩く事にした。
お土産の箱も、ラプトルのカゴに入れられたので、皆でゆっくりと時々お店を覗いたりしながら、神殿までの道のりをのんびりと楽しむ一同だった。
そんな彼らを、ラプトルの背の上に座ったブルーのシルフが楽しそうに見つめていたのだった。
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