試験の結果と彼女の想い
「お疲れさん。あれ、レイルズは?」
教室から出て来たマークは、キムとクラウディア達が廊下の端に並んでいるのを見て急いで駆け寄った。
「それが、さっき試験をしている教室の前まで行ったんだけど、まだ扉が閉まったままだったんだ。もしかして、追試の説明を受けてるのかもしれないぞ」
「うわ、やっちまったかな?」
キムの説明に、マークは天を仰いだ。それを聞いて、二人の少女達も心配そうにしている。
「あれ、レイルズは? もう終わったんじゃないのか?」
背後から掛けられた声に揃って振り返ると、小さな鞄を持ったカウリが、不思議そうに扉が閉まったままの教室を見ていた。
「ああ、それがまだ教室から出て来ないんですよ」
キムの説明に、カウリは小さく吹き出した。
「あれ?もしかして……やらかした? 確か今日は座学の試験があるって聞いたんだけどなあ。出てこないって事は、追試か?」
「いや、まだ決まったわけでは……」
マークがなんとか庇おうとしたその時、教室の扉が開いた。
「お疲れ様でした。ではお渡しした書類はヴィゴ様に渡してくださいね」
「わかりました。ありがとうございました!」
元気なレイの声が廊下に響き、笑顔の教授が出て来た。
「あの、試験はどうなったんですか?」
振り返ったカウリの質問に、満面の笑みの教授は持っていた数枚の紙を上げて見せた。
「全て終わりましたよ。数学はギリギリでしたが、これで全ての単位が取れましたね。レイルズは本科は卒業です」
その言葉に、四人は一斉に歓声を上げて拍手をした。カウリも笑って拍手している。
「おめでとう!」
「おめでとうレイ!」
「おお、やったじゃないか!おめでとうな」
「おめでとう。俺たちのお祈りが届いたみたいだな」
「ありがとう。もう数学は絶対追試だと思ったんだけどね」
皆の祝福に照れながらそう言うレイを見て、教授も笑顔になった。
「レイルズは、一つも落とさずに、無事に本科の単位を全て取りましたね。年に数人もいません、素晴らしい事ですよ」
それを聞いた全員から、感心したような声が漏れる。
しかし、後ろで拍手しながらクラウディアはある事実に気が付いてしまい、不意に涙があふれそうになって何とか必死で誤魔化そうとしていた。
レイが、ここを卒業してしまったら、もう、自分と彼との接点は一切無くなってしまう。
ニーカは、二人とも竜の主だと言う接点があるから、彼女が自分の竜の所へ会いに行く時に、レイと会う事があるかもしれない。だが、彼女が城へ行く時は自分は同行出来ない。行く理由が無いからだ。
彼から好きだと言ってもらい、花束をもらっただけで十分に幸せだと思っていた。それ以上を望むのは、二人の身分を考えると、どう考えても無理がある。
そんな事は分かっているつもりだったのに、その予想していた現実が目の前に迫って来た時、自分には、何の覚悟も出来ていないことが分かった。
咄嗟に溢れた涙を見せないように後ろを向く。
「どうしたの? ディーディー?」
彼女の様子がおかしい事に気が付いたレイが、慌てたようにこっちに来る。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、目に、ゴミが……入ったみたい……」
俯いて布で誤魔化すように目を押さえる。
「ええ、大丈夫? 見てあげるから顔を上げてよ」
本気の心配そうなその声に、彼女はもう一度謝って、慌てたようにその場から走って逃げた。
「待ってよ。ディーディー!」
背後から追いかけてくる足音が聞こえて、彼女はどうしたら良いのか分からなくなった。
とりあえず、逃げ込んだ水場でわざと何度も顔を洗った。
「大丈夫? ほら、これ使って」
ニーカの声が聞こえて、布が差し出される。
「ごめんなさい……ありがとう」
小さな声でそう言って、布を受け取りそっと濡れた顔を拭く。
「急にどうしたの?」
心配そうなその声に、何と答えようか考えていたら、いきなり真正面から聞かれた。
「もしかしてさあ、ちょっと確認したいんだけど。レイルズと、もうこれっきりだなんて考えてるんじゃ無いでしょうね?」
その声に、顔を上げられなくなった。
「だって……だって、ここ以外に、私がレイと一緒に居られる場所は無いわ。ねえ、私、どうしたら良いの……嫌よ、そんなの……だけど、だけど……」
泣きそうな彼女の言葉を聞いて、ニーカは、これ以上ないくらいの大きなため息を吐いた。
沈黙が続く。
今度は小さく息を吐いたニーカは、いきなり笑い始めたのだ。
「ちょ、どうして笑うのよ。他人事だと思って……薄情者!」
真っ赤になったクラウディアが叫んだ途端に、ニーカはもっと笑い出す。
そして、突然彼女に抱きついて来たのだ。
しかもその顔は、笑いすぎて目が三日月みたいになっている。
「早とちりなディアには、優しいニーカが詳しく教えてあげましょう」
その言葉の意味が分からなくて、クラウディアは真っ赤な目のままニーカを見つめた。
「ええ? それって……どう言う意味?」
「あのね、本科は卒業、なの。レイルズは、このままここで大学の一般学科扱いの高等科の授業も受けるんだって。その為の説明と、保護者であるヴィゴ様へのサインを頂く書類を貰っていたから遅くなったんだって。どう? 分かった?」
大きな声で、言い聞かせるように言われたその言葉が頭に入ってこない。
しばらく呆然とニーカの顔を見つめて、ようやくその言葉の意味を理解した時、クラウディアは耳まで真っ赤になった。
「やだ……私ったら……」
恥ずかしさのあまり、その場で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。
抱きついたまま、一緒にしゃがんだニーカがもう一度声を上げて笑い、クラウディアの背中を何度も叩いてもう一度笑ってこう叫んだ。
「もう、ディアったら最高! 貴女、どれだけレイルズの事が大好きなのよ!」
急に様子がおかしくなり、いきなり走っていなくなったクラウディアを一瞬呆然と見送ったレイは、大慌てで受け取った書類や教材が入った鞄をその場に放り出して、彼女の後を追った。
レイのすぐ隣をニーカが走り、少し後ろからカウリやマーク達も少し離れて追って来るのが分かった。
「ちょっとここにいてくれる。私が様子を見てくるから」
ニーカにそう言って腕を叩かれて、立ち止まったレイは頷いた。
「うん、お願い。ディーディーを見て来てあげて」
彼女は、水場で必死になって顔を洗っている。よほど目が痛かったのだろう。普段の彼女とは違うその必死な様子に、レイは本気で心配になって来た。あの綺麗な瞳に傷でも入ってたら大変だ。
「えっと、ガンディに診てもらったほうがいいのかな? それともハン先生? それとも、目は専門の先生がいるのかな?」
頭の中で誰に頼むのが良いか必死で考えていると、何か小さな声で話していた彼女達だったが、ニーカの笑い声が突然聞こえてきてレイは驚いて二人を見た。
笑っているという事は、目は大丈夫だったのだろうか?
しかし、その後に聞こえた二人の会話に、レイは一瞬で耳まで真っ赤になった。背後では、カウリが鳴らす口笛の音が聞こえ、マークとキムの揃って吹き出す音も聞こえた。
「いやあ、若いって良いなあ。おじさん、眩しくてもうよく見えないよ」
笑みを含んだカウリの言葉に、もう一度キムとマークが吹き出す音が聞こえた。
「暑いなあ。なあ、喉が渇いたから食堂へ行こう。お茶を入れて、ウィンディーネに頼んで冷たくしてもらおうぜ」
「だな、これはもう何か冷たいものでも飲まないと暑くてやってられないよな」
「良いなそれ。俺も混ぜてもらって良いか?」
カウリの言葉にキムとマークが笑って頷き、三人はレイを放って、本当にその場からいなくなってしまったのだ。
「ええ、ちょっと待ってよ。置いていかないで!」
慌てて後を追おうとしたら、振り返ったカウリに、いきなり額を指で弾かれた。
「痛い!」
以前ヴィゴにされたのと同じくらいの痛みに、額を押さえてその場に沈んだ。
「お前は行くのはあっち。ニーカ、良かったら一緒にお茶でも飲もうぜ、遅くなるようならラプトルの二人乗りで良ければ送ってやるぞ」
「良いの? 嬉しい。ありがとうございます!」
笑って振り返ったニーカは、そう言うと、そのままこっちへ走ってきたのだ。クラウディアをその場に残したまま。
しゃがんで額を押さえているレイの横を通り過ぎる時に、後ろから思いっきり一発背中を叩いてやる。
いきなり叩かれたレイは、転びそうになって慌てて床に片手をついた。
「しっかりしなさい! ほら行って! あなたの口からちゃんと説明して、彼女を安心させてやってちょうだい」
どちらが年上か分からないその言葉に、レイは笑って立ち上がった。
そしてゆっくりと振り返る。
両手で手拭いを握りしめた真っ赤な顔の彼女が、黙って、困ったようにこっちを見ている。
レイは彼女の目の前まで走って行き、そのまましっかりと彼女を抱きしめたのだ。
あちこちから、冷やかすような口笛の音が聞こえる。
それでも構わなかった。今は、不安になっている彼女を安心させるのが一番大事だった。
「ごめんね、不安にさせて。ニーカが言ったみたいに、この後も引き続いてここに通うよ。だからこれからもよろしくね」
「わ、私の方こそ……」
小さな声でそう言ったきり、また黙ってしまう。
それにしたって、いずれは彼はここを卒業するだろう。自分だって、いつまでもここに通わせてもらえるわけでは無い。
言葉を続ける事をためらう彼女を見て小さく笑ったレイは、とっておきの情報を彼女の耳のそばで小さな声で話してあげる事にした。
「あのね、秋には巫女の進級試験があるんでしょう? それに合格すれば、ディーディーはお城にある女神オフィーリアの神殿の分所に勤める事になるって聞いたよ。ニーカも、正式に巫女になれたら一緒にお城に勤めるんだって。だから、ディーディーも頑張ってお勉強してね。そして二位の巫女の資格を取ってね。そうしたら、同じお城の中にいるんだもの。いつでも会えるようになるよ。特に、僕たち竜騎士は、最低でも毎週一度は女神オフィーリアの分所でお祈りをして、エイベル様の像に蝋燭を捧げてるんだよ」
得意げなレイの言葉に、クラウディアは思わず顔を上げて正面から彼の顔を見た。
確かに、イサドナ様からも巫女の昇格試験の説明の際に、そんな話しを聞いた覚えがある。
「じゃあ……」
「僕は頑張って勉強してるんだから、ディーディーも頑張ってね。そして、これからもずっと一緒だよ」
抱きしめていた手を離したレイにそう言われて、彼女はもう一度、今度は耳だけでなく首まで真っ赤になった。
「分かりました。必死で頑張ります。そして何があっても絶対に二位の巫女の資格を取ってみせるわ。見ていてね、レイ」
「うん、待ってるよ」
笑って額にキスされた。
その瞬間、周りから拍手喝采とあちこちから口笛の音が聞こえて、完全に二人だけの世界に入っていたレイとクラウディアは、唐突に我に返って二人揃ってもうこれ以上無いくらいに真っ赤になった。レイも、耳も首も真っ赤だ。
「し、失礼します」
ギクシャクとした動きで、レイがクラウディアの手を取り、一礼すると彼女の手を引いてその場から走り去った。
そのまま廊下を走りかけて、鞄の存在を思い出して、まだ開いたままだった教室に駆け込む。椅子に置いてあった鞄を左手で引っ掴むと、彼女と手を繋いだまま食堂まで一緒に走った。
背後からまた聞こえてくる拍手と笑い声は、二人揃って必死になって聞こえない振りをした。
そんな二人の周りでは、何人ものシルフ達が現れて、大喜びで手を叩き合って笑っていたのだった。
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