秘密のまじないとお土産の蒸しパン

「ほら、見えて来たぞ。あの大きな建物が第一竜舎だよ」

 のんびりと話をしながら飛行を続けた一行は、ようやくロディナの上空に到着した。

「へえ、広いんですね。あの奥が、竜の保養所って呼ばれている、一般人は一切立ち入り禁止の森ですか?」

 ロディナを初めて見るカウリは、嬉しそうに辺りを見回している。

「よく知ってるね。そうだよ。あそこでは精霊竜の卵が精霊達によって守られ、産まれた子竜も、基本的には森で育てられるんだ」

「去年、一個だけ卵が生まれたって言ってたよね」

 目を輝かせるレイに、ルークも笑って頷いている。

「まだ産まれたって話は聞かないから、もうしばらくかかるんじゃないか? 生まれるまでの期間もまちまちで、卵が割れるまで二年ぐらいかかる子もいるって聞くからね」

「生まれた子竜も、一度は保護するけど、またすぐに森へ放すんだって言ってたね」

 自慢気にレイが説明するのを、ルークとタドラは面白そうに見ていた。

「へえ、だけどそんな事して、その後どうやって育った子竜を捕まえるんだよ?」

 当然の疑問に、レイも笑って頷いた。

「僕も同じ事を思ってシヴァ将軍に聞いたの。何でもシヴァ将軍のお家に伝わる秘術なんだって言ってたよ。それを子竜に使っておくと、ある程度の年齢になって、精霊達と共棲出来るようになったら、不思議な事に自分で戻って来るんだって」

「へえ、そりゃあ凄いな。じゃあ、シヴァ将軍の家系は、皆精霊使いなのか?」

 カウリに聞かれて、レイは首を傾げた。

 少なくとも、シヴァ将軍は全く精霊の事は見えていなかったように思う。考えてみたらそれなのに術が使えるって変だ。

「あれ? 言われてみればそうだね。どうしてだろう?」

 カウリと二人、竜の背の上で顔を見合わせて揃って首を傾げた。



「それは恐らく帰還のまじないだな」

 振り向いたブルーの言葉に、レイは驚いて顔を上げた。

「初めて聞くね、それはどんな術なの?」

「風の精霊魔法の中でも、呪文を刻むだけなら誰でも出来る簡単なまじないで、精霊魔法を使えない者でも出来る程度のな。その帰還のまじないは、言ってみれば精霊への命令書のようなものだ。この場合、何年かしたらまじないを刻んだ場所に戻れと書かれてあって、それを見た精霊が、その期間が過ぎると子竜に言うんだ、ここへ行きなさいとな。それで、言われた子竜は素直に彼らの元へ戻って来る訳だ。まあ、戻れば大切にしてもらえる事は分かるから、無理に逃げようとは思わない。上手く出来ているではないか。だが、過去にこれを考え彼らに教えたのは、間違いなく相当な高位の精霊使いだな」

「つまり、その呪文自体は、実は相当高度な術って事ですね」

 一緒に聞いていたカウリの言葉に、ブルーは笑って頷いた。

「先ほど簡単と言ったが、術を刻む事自体は簡単だが相手が問題だ。そもそも、精霊魔法を使えない者が、精霊竜にまじないを刻める事自体が驚きだ。恐らく、一族の誰もが使える術では無いはずだ。当主と嫡子か当主の指定した人物程度しか扱えぬ筈だ。それならば有り得る」

「へえ、これも実はすごい術って事だね」

 感心したようなレイの言葉に、ブルーは笑って喉を鳴らした。

「竜を大切にする彼らだからこそ、精霊達も術を精霊竜に刻む事を許しているのだろう。そうでなければ、普通は彼女達がそのような事を許しはせぬ」



 ブルーのその言葉に、不意に目の前に何人ものシルフ達が現れて、嬉しそうに頷いている。


『彼らは竜の友』

『彼らは大切な友』

『古の誓約に従い』

『竜の成長を助ける役目を担っている』

『このまじないはその一つ』

『大切な子供を守るための約束だよ』

『だから守るの』

『約束だもの』


 口々に彼女達が囁くその言葉を聞いて、レイだけでなく、それを聞いていたその場にいた全員が絶句した。



「ええと、なんか今……俺、聞いちゃあいけない事を聞きましたか?」

「だよね。なんだかもの凄く聞いちゃ駄目な気がする……」

 カウリの呟きにレイも呆然としながらなんとか返事をした。

「うわあ、俺、今の話、何も聞かなかった事にして良い?」

 顔を覆ったルークの言葉に、タドラも必死になって大きく何度も頷いている。



「今の話、どこに、話してはいかん事があった?」

 不思議そうなブルーの言葉に、ルークが大きなため息を吐いた。

「ラピス。今の話は、シヴァ将軍の家に代々伝わる、古の誓約にすら関わるような秘術なんですよ。そう易々と、代々伝わる大切な秘密を暴かないでやってください。俺達は、今の話は聞かなかった事にします。だから貴方も、今の話は忘れてください!」

 叫ぶようなルークの声に、ブルーは堪えきれないように笑って喉を鳴らした。

「了解した。では、今の話は忘れる事にしよう。レイも良いな。忘れた事にしておけ」

「ええ、そんな簡単に忘れられるかな?」

「駄目だよ。忘れろって!」

 カウリの叫ぶような声に、全員揃って吹き出すのだった。



 到着した竜舎の横の広い草原で、大勢の兵士達や職員達に整列して出迎えられて、カウリは困ったようにルークを見た。

 それを見たルークは、笑って地面を指差し、まずは降りろと指示を出す。

 ルークの隣に降り立ったシエラの首を叩いて労ってから、カウリは大きく深呼吸をしてゆっくりとその背から降りた。

 少し離れて降り立ったレイも、ルークの横に行って笑ってその様子を見ていた。

「ようこそお越しくださいました。新しき竜の主よ。私は、この地を代々預かっております。シヴァ・ルーフレッド・ロディーナと申します」

「初めまして、カウリ・シュタインベルグと申します。まだ何も分からぬ未熟者です。どうかよろしくご指導下さい」

 差し出された右手を握って、カウリは照れたようにそう挨拶した。

「何なりとお聞きください。我らで分かる事でしたら、喜んでお教え致します」

 顔を上げたシヴァ将軍は、竜騎士見習いの服を着たレイを見て笑顔になった。

「おお、レイルズ様。先日は大変お世話になりました」

「こちらこそ、有難うございました。アンフィーはまだ森にいてくれてるんですね」

「はい、彼はまだしばらくはあちらでお世話になります。今のところ子竜達の成長も順調なようで、安心しております」

 満面の笑みのシヴァ将軍の言葉に、レイも笑顔になった。

「可愛かったよね、金花竜の子供。もう帰りたくなかったよ。ずっと子供と一緒にいられるアンフィーが羨ましい!」

「昨夜の報告で、ポリーの子供のシャーリーと、かなり仲良くなってきたと喜んでおりました。もう近くへ行っても逃げないのだとか。金花竜のヘミングは、さすがにまだベラの陰に隠れて出て来てくれぬそうですがね」

「生まれたのはヘミングの方が遅かったから、まだかなり小さいもんね」

 ちいさな金花竜の可愛さを思い出して、二人揃ってまた笑顔になった。



 挨拶の済んだ一行は、シヴァ将軍の案内で一旦建物の中へ入り、少し休憩してから用意されていた昼食を頂いた。

「ここでも、やっぱり貧血対策のメニューが出てるな」

 小さく呟いたカウリの言葉に、レイも笑って頷いた。

 彼から聞いて、最近ではレイも、意識して貧血対策の料理を食べるように心掛けているからだ。

「そう言えば、もう貧血は大丈夫なの?」

 小さな声で尋ねると、カウリは笑って肩を竦めた。

「お陰さんで、未だ嘗てないくらいに体調は良いよ。唯一の悩みは、煙草禁止令がまだずっと続いてる事くらいだな」

「もう、この際だから煙草止めれば?」

「俺の唯一の趣味を奪わないでくれよな!」

 情けなさそうに叫ぶカウリを見て、レイは堪えきれずに吹き出した。

「じゃあ聞くけど、お前にはないのかよ? これを取り上げられたら泣くぞ! って言うものが」

 食事を再開したカウリに改めて聞かれて、レイは考えてしまった。



 そもそも、自分に趣味と呼べるものがあるだろうか?



「ええ、待って、僕の趣味ってなんだろう?」

 困ったようなその呟きに、カウリとルークが揃って吹き出す。

「何だよお前、自分の事ぐらい分かるだろうが?」

「だけど、考えても無いよ……あ、読書と陣取り盤!」

 それを聞いて、ルークとカウリは顔を見合わせた。その隣では、タドラとシヴァ将軍も興味津々でこっちを見ている。

「お前、それは無趣味な奴が言う代表的なセリフだぞ」

 からかうようにカウリに言われてしまい、レイは必死で考えたが、残念ながら本と陣取り盤以外でこれと言って思いつくものも無かった。

「じゃあ、趣味を見つける事にする!」

 レイの宣言に、ルークとカウリだけでなく、聞いていたタドラとシヴァ将軍までが吹き出したのだった。



 食事の後は、竜舎へ案内されて、主人を持たない竜達をカウリに紹介していった。

「ユナカイトとブラックスターは、面会の時に会ったな」

 嬉しそうに差し出された鼻先を撫でてやりながら、カウリも笑顔で竜達を見ている。

 隣の竜舎には、療養中のターコイズがいて、彼らを出迎えてくれた。

「久しぶりだね。ターコイズ。翼の具合はどう?」

 ゆっくりと鳴らす喉の音を聞きながら、レイはそっとターコイズの鼻先を撫でてやった。

「マッサージの甲斐もあって、曲がった翼は完全には戻りませんが、かなり伸ばせるようになって来ました。秋の脱皮の時期にも、もう一度翼の補正をしてやります」

「翼の補正? それは何ですか?」

 初めて聞く言葉に、レイが質問しようとしたら、同じことを思ったカウリが先に聞いてくれた。

「精霊竜は、春と秋に鱗が脱皮するんですが、その時期になると、翼の骨も普段より少し弱くなるんです。なので、その時期に合わせて曲がった翼を固定して、痛みが出ない程度に真っ直ぐになるように引っ張って添え木をしてやるんです。そうすれば、少しずつでも曲がった部分が真っ直ぐに近付いて行くんですよ」

 驚く彼らに、シヴァ将軍は優しくターコイズを撫でてやった。

「無理はさせられませんが、出来る限りの事はしますよ。曲がってしまった翼の骨は完全には戻らなくても、ある程度まで伸ばす事が出来るようになれば、いずれまた、自分の翼で空を飛べるようになるでしょう」

「頑張ってね。でも無理は駄目だからね」

 レイの言葉に、嬉しそうに目を細めたターコイズは静かに喉を鳴らした。




「飛べない竜の事は以前噂で聞いた事があったけど、今はロディナにいたんだな。あれ? だけど確か城の竜舎にいるって聞いていたと思うけど、どうやってここまで運んだんだ?」

 不思議そうなカウリの呟きに、レイは以前ブルーが一緒に飛んで補助をしてやり、ターコイズは自分の翼でここまで飛んできたのだと話して聞かせた。

「へえ、そりゃあ凄いや。古竜はそんなことも出来るんだな」

『まあ、我でも一緒に飛んでやる必要があるがな』

 レイの肩に現れたブルーのシルフの言葉に、カウリは感心したように何度も頷いていた。



 少し休憩して、部屋でお茶とお菓子を頂いた。

 以前も食べた、蜂蜜たっぷりの蒸しケーキを出されて、レイは満面の笑みになった。

「これ、すこく美味しいんだよ。僕、これ大好きです」

 目を輝かせるレイの言葉に、シヴァ将軍は笑いを堪えられなかった。

「以前もお喜び頂けたのを覚えていて、料理長がお土産の分も張り切って作っていましたから、どうぞご遠慮なくお持ち帰りください」

「ありがとうございます! 喜んでいただきます!」

 目を輝かせて即答するレイに、その場にいた全員が堪えきれずに吹き出して、部屋はしばらく笑いに包まれたのだった。


『甘い蒸しパン』

『美味しい美味しい』

『大好きだもんね』

『主様の好物』

『美味しい』

『美味しい』


 蒸しパンの周りに現れたシルフ達が、そう言いながら手を取り合って笑っていた。

「だって美味しいんだもん!」

 開き直って笑ってそう言うレイの言葉に、シルフ達は、もう一度嬉しそうに笑って手を叩き合っていたのだった。

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