ラプトルの子供達との再会

「ねえ、ここの子供達は元気ですか?」

 騎竜の子供達のお世話係のアンフィーがいなくて、こっちの子供達は大丈夫なんだろうか?

 心配になったレイは、お茶を飲み終わったシヴァ将軍に、こっそりと尋ねた。

「もちろんです。アンフィーの代わりの者達が頑張ってくれていますよ。良ければ覗いて行きますか?」

 その言葉に、目を輝かせたレイは、満面の笑みで隣に座るカウリの肩を叩いた。

「ねえカウリ、騎竜の子供って見た事ある?」

「ええ? 騎竜って、ラプトルか? いや、さすがにそれは無いな」

「じゃあ見に行こうよ! 今なら、小さい子供のラプトルがいっぱいいるんだよ。すっごく可愛いんだからね!」

 立ち上がって腕を引くレイに、カウリは笑って立ち上がった。

「引っ張るなって。分かったよ、行くから離せって。で、何処なんだ?」

「では、ご案内します」

 立ち上がったシヴァ将軍が笑っていたのも、見送るルークとタドラが笑っているのも、無邪気なレイの事を見て皆笑っているのだとカウリは思っていたのだ。



 連れて来られたこじんまりした厩舎を見て、カウリも笑顔になる。

「竜舎はデカいけど、騎竜の厩舎は城のと変わらない大きさだな。で、ここにいるのか?」

「そうだよ。ほら行こう!」

 またレイに手を引かれて、開けられた厩舎の扉を潜る。

 シヴァ将軍や、後をついて来たルークとタドラは入って来ない。

 カウリは、後ろで扉が閉まった事に気付いて驚いて何か言いかけたが、すぐに目の前の光景に目を奪われてしまった。

 真ん中に大きく取られた通路と、左右の壁に作られた部屋。そこに入れられてギッシリと並んで、興味津々でこっちを見ているとても小さなラプトル達と目が合い、カウリは笑顔になった。

「うわあ、ちっせえ」

「ね、可愛いでしょう。ほら行こう」

「ようこそ、騎竜のこども園へ。担当助手のフォニールです。どうぞフォニとお呼びください」

 やや細身の、背の高い男性が、バケツを置いて笑顔で右手を差し出した。

「カウリです。どうぞよろしく」

「レイルズです。ここに来るのは二度目だよ」

 その言葉に、フォニは笑顔になった。

「そうでしたね。レイルズ様は、前回も子供達とたくさん遊んでくださいました」

「へえ、小さいんですね。こりゃあ堪らないな。可愛い!」

 笑いながら、カウリは柵の隙間から必死になって首を伸ばす子供の頭をそっと撫でてやった。

 周りで、自分も撫でろと大騒ぎを始める子供達を見て、フォニは笑って柵を外した。

「どうぞ、よければ遊んでやってください」

 何も知らないカウリが嬉々として柵の中に入っていくのを、レイは笑いを堪えて柵の外から子供を撫でてやりながら見ていた。

「よしよし、こら、引っ張るなって!」

 次の瞬間、一斉に寄ってきた子竜達に、カウリは押し潰されそうになり、押し倒されそうになって、必死に柵に縋って悲鳴をあげた。

「ちょ、ちょっと待てってお前ら! こら押すなって、うわあ!」

 レイがしたように、中でも大きなラプトルの首に縋り付いて、必死になって踏ん張っている。

 髪を甘噛みされて、頭突きをされ、剣帯を咥えて引っ張られる。挙句に、服の隙間に頭を突っ込んだ子に、無理矢理上着を剥ぎ取られそうになってまた悲鳴をあげる。

「ちょ、お前、笑ってないで助けろよな! うわあ!」

 次の瞬間、縋り付いていたラプトルの首からずり落ちて子竜の海へ沈んでいった。くぐもった悲鳴が漏れる。

「カ、カウリ様!」

 慌てたように、フォニが中に入ってカウリを引っ張り出した。

 もう、上着は半分近く脱げて、剣帯もずれて後ろに剣が回っている。ズボンからシャツが引っ張り出されて、それは酷い有様だ。

「はあ、殺されるかと思った……」

 助け出されたカウリはそう呟いて、いきなりレイにしがみ付いた。

「お前! 分かっててやっただろうが!」

 だが、その声は完全に笑っている。

「ええ、可愛い子供達の大歓迎を体験させてあげたのに。文句を言われるなんて納得出来ない!」

「俺は本気で死ぬかと思ったぞ!」

 顔を寄せてそう叫ぶと、堪えきれずに吹き出した。

 二人揃って笑いは止まらず、子竜達はそんな彼らを見て、もっと遊べと更に大興奮していたのだった。



 ようやく笑いの収まった二人は、カウリの服を直してから改めて子供達に順に挨拶していく。

 それから、フォニが子供達の散歩の時間だからと言って子供達を表の草原へ連れ出してくれた。当然、二人も嬉々としてついて行く。

 扉を出たところで、笑いを堪えてこっちを見ているルーク達と目が合った。

「酷いですよ。あなた達も知ってて笑って見ていたんでしょうが!」

「だって、これも新人の通過儀礼の一つなんだよ!」

 笑いを堪えたルークとタドラの答えに、カウリは吹き出した。

「知るかそんなもん!」

 これも笑いを堪えながらの抗議だったので、またしても全員揃って大爆笑になり、新人の抗議は全く相手にされずに終わってしまった。




「はあ、もう駄目だ。もう走れないって」

 騎竜の子供達と一緒になって草原を走り回り、ヘトヘトになったカウリは座り込んで息を整えていた。

 もっと遊べとばかりに、子供達が寄ってきて、カウリに頭突きをしてなんとか立ち上がらせようとしている。

「もう勘弁してくれ。おっさんの体力は限界だって」

 まだまだ元気に、子竜と一緒になって笑いながら走り回っているレイを見て、カウリは大きなため息を吐いた。

「いやあ、本当に子供は元気だね。感心するよ」

 そう言ってそのまま草の上に寝転がった。



「お疲れさん。騎竜の子供の大歓迎は凄かっただろう」

 側に来たルークに言われて、カウリは寝転がったまま小さく吹き出した。

「あれって人間の子供と一緒ですよね。小さい時って異様に元気がよくて、周りが振り回されてる。まさにその状態だな」

「それと一緒に遊べるレイルズも、凄いと思うけどね」

「子供同士、気が合うんでしょうよ」

 腹筋だけで起き上がって、まだ走り回っているレイを見る。

 さすがに疲れてきたようで、とうとう子竜達に追いつかれて一気に押し倒されて悲鳴をあげるレイを見て、観客達は堪えきれずにまた吹き出したのだった。



「お疲れ様でした。冷たいお茶をどうぞ」

 シヴァ将軍自ら、トレーに乗せた冷たいカナエ草のお茶を持ってきてくれて、レイとカウリは喜んで冷えたお茶を頂いた。

「いやあ、子竜の元気さには圧倒されましたよ。毎日あれの相手は俺には無理ですね。三日で寝込む自信があるな」

 ようやく一息ついたカウリの言葉に、シヴァ将軍も笑っている。

「ラプトルの子供が一番元気で人懐っこいですね。トリケラトプスの子供は、どちらかと言うと人見知りな子が多くて飼育員以外にはあまり懐かないんですよ」

「トリケラトプスもやっぱり小さいんですか?」

「ええ、もちろん同じくらいに小さいですよ。今遊んでいただいた子達は、生まれて三年から十年程の子達で、一番好奇心も旺盛だし、怖いもの知らずで、知らない物や知らない人が来ると、興味津々で寄っていく時期なんですよ。ですから目が離せません」

「可愛いなあ。だけどそれって、人間の子供と同じで、一番危険な時でもありますよね」

「そうですね。ですから、普段は厩舎の中にいてもらい、時間を決めて外へ出してやっています。この時は、手の空いている職員は総出でこの草原を取り囲んでいるんですよ」

 シヴァ将軍が指差す先には、細長い鈴のついた棒を持った職員があちこちに立っている。

「あの棒は? まさか、逃げそうな子竜を叩くんですか?」

 驚くカウリの質問に、シヴァ将軍も驚いたように目を見開き首を振った。

「まさか。そのようなことは致しませんよ。あの棒の先に鈴が付いているのが見えるでしょう? もしも子竜が危険な場所やこれ以上行ってはいけない場所へ向かって来たら、そこにいる職員が子供に向かって鈴を鳴らすんです。あれは、一番最初に子供達に覚えさせるこれ以上近寄るなと言う警告の鈴です。厩舎でも、騎竜が入ってはいけない場所に、鈴のついた柵を置くでしょう?」

「ああ、確かにありますね。あれって、単に鈴の音に驚いて、嫌がって近寄らないんだと思っていました。へえ、ちゃんと行っちゃ駄目だって警告の意味が分かるんだ」

「十歳程度までは、特に調教はしませんからね。警告の鈴の音さえ覚えてくれれば、あとは基本は好きにさせています。十歳を過ぎた頃から、それぞれの様子を見ながら順に調教していきます。鞍を乗せたり、はみを噛ませる稽古をします。最初に人を背に乗せるまでが一番大変ですね」

「俺達が普段乗ってるラプトルやトリケラトプスって、そうやって、誰かがしっかり調教してくれた子達なんですよね。有難いことです」

 頭を下げる彼を見て、シヴァ将軍も笑って頷いた。

「どの子も、皆、個性豊かな良い子達ですよ。毎年、あちこちへ立派に育った騎竜を送りますが、まるで自分の子供を嫁に出すような気分にさせられます」

「そりゃあまた、凄い子沢山だな」

 二人は顔を見合わせて笑い合った。


 シヴァ将軍には、すでに成人している立派な跡継ぎがいて、それ以外にも次男と長女がいてどちらも成人済みだ。もちろん、全員がここで精霊竜や騎竜の世話をしている。

「俺には無理だな。子供なんて……」

 小さく呟いたカウリのその言葉は、草原を渡る風に乗って消えてしまった。




「お疲れ様でした。ではどうかお気をつけて」

「お世話になりました。ではまた」

 ルークがそう言って、手を上げてオパールの背に乗る。タドラもそれに続いて自分の竜に飛び乗り、カウリとレイもそれぞれ自分の竜に飛び乗った。

 順にゆっくりと上昇して、手を振ってくれるロディナの人達に手を振り返し、四人は帰路についた。

 レイは、お土産の大きな蜂蜜蒸しパンの入った袋を持ってご機嫌だ。

「しっかり食べろよ、育ち盛り」

 からかうようなカウリの言葉に、レイは笑って舌を出した。

「そんな事言うなら、成長期を過ぎた人にはあげないもんね!」

「ああ、それはずるいぞ。俺にもくれよ!」

「待てって。それだと、お前しか食べられないじゃないか!」

「本当だ。ずるいよレイ。僕も食べたい!」

 二人の会話にルークとタドラが乱入して来て、揃って吹き出す。

 三頭の竜が、ブルーを取り囲むように展開する。

「これはいかんな。逃げるとしよう」

 笑ったブルーが飛行速度を速め、三人も笑ってすぐ後ろを追い掛ける。

 本気で逃げたら絶対にブルーが一番早いのは皆分かっている。だが、ギリギリのところを逃げるブルーの周りを、三頭の竜は、笑いながら追いかけ続け、結局オルダムのすぐ近くまで、延々と追いかけっこを楽しんだのだった。



「おお、御使いのハシゴが綺麗に見えるぞ」

 間も無くオルダムに到着する頃に、丁度夕日が空を赤く染め、暮れ始めた空には地平線の雲に隠れた太陽から、見事な光の帯が差し込み幾重にも光り輝いていた。

「空からだと、こんなに綺麗に見えるんだ……」

 空から見る遮る物のないその見事な景色に、カウリが呆然と呟く。

「すぐにこれが日常になるよ。早く一人前になれるように頑張って色々覚えてくれよな」

 ルークの言葉に、カウリは苦笑いして大きなため息を吐いた。

「おう、一気に現実に引き戻していただいて有難うございます。まあ、こればっかりは何とか頑張りますんで、出来る範囲で許してください」

 相変わらずなその答えに、ルークだけでなく、タドラやレイも笑顔になるのだった。

 近付くオルダムの街からは、大歓声が沸き凝った。

 新しい竜騎士様の竜の飛行を一目見ようと、街では大騒ぎになっていて、道には人が溢れかえっていた。



「人気者だな、シエラ。お前はとても綺麗だから、皆お前を見て喜んでいるぞ」

 カウリのが乗るシエラことカルサイトは、不思議な色合いの竜だ。半透明のきらめく鱗は、所々にオレンジや薄いピンクが混じるごく薄い緑色だ。

 それは、マイリーの乗るアメジストの乳白色とも違う、不思議な色合いをしている。

「カウリに気に入ってもらえて嬉しいです」

 蕩けるような優しい声でそう言い、喉を鳴らしながら嬉しそうに首をもたげて自分の背に乗るカウリを見た。

 まるでそれは、本当に自分の主がそこにいる事を確認しているかのような仕草だった。

「ここにいるぞ。よろしくな。これからはずっと一緒だ」

 視線に気付いたカウリの言葉に、目を細めて更に大きな音で喉を鳴らすシエラだった。

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