剣の舞とそれぞれの街

 廊下で待っていてくれたタドラと合流して、まずは食事をする為に移動する。

 てっきり食堂へ行くのだと思い楽しみにしていたが、連れて行かれたのは、昨夜お茶を頂いた広い部屋だった。

 机の上にはカトラリーが並べられている。

 案内されて大人しく席に着く。待っていると、マイリーと殿下も部屋に入って来た。

「おはようございます」

「おはよう。今日も元気だな」

 挨拶すると、手を挙げたマイリーが応えてくれた。

「おはよう。待たせたね。それじゃあ朝食を頂くとしよう」

 座った殿下の言葉に、一礼した執事が下がり、何人もがワゴンに乗せた食事を運んで来た。

 綺麗にお皿に並べられたそれは、ふかふかのパンケーキで、薫製肉や目玉焼き、レタスなどが綺麗に盛り付けられていた。

 嬉しそうに目を輝かせるレイを見て、タドラが小さく吹き出す。

 竜騎士だけの食事だったので、レイもそれほど気を使わずに食べることが出来た。



 ふわふわのパンケーキは、塩気のある薫製肉との相性が抜群で、とても美味しかった。

 食後に出されたのは、これも綺麗に盛り付けられた夏の果物で、冷たくしたカナエ草のお茶と一緒に残さず全部美味しく頂いたレイだった。

「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」

 部屋を出る時に、給仕してくれた執事にそう言うと、にっこりと笑って深々と一礼してくれた。

「お口にあったようで何よりです。お気に召したようだと料理長に伝えておきます」

 笑顔で執事達に軽く一礼して部屋を後にした。




 案内役の士官と一緒に外へ出ると、広場には兵士達が綺麗に整列していた。

 竜達の姿が無く驚いて空を見ると、鞍を装備した四頭の竜達が、ゆっくりと上空を旋回しているのが見えた。

「ここで見るんだ。間も無く始まるから、しっかり前を見ていなさい」

 耳元で聞こえたマイリーの言葉に、レイは小さく頷いてタドラの横に並び少し離れた位置で直立した。



 アルス皇子が現れて正面に立ったのを見て、指揮棒を持った一人の士官が、直立して大声で叫んだ。

「全員敬礼!」

 その声に、全員が直立して敬礼する。

 皇子を始め、竜騎士全員も直立して敬礼を返した。

 皇子が敬礼を解いたのを見てマイリーとタドラも敬礼を解く、それを見て、レイも敬礼していた手を降ろした。



 敬礼の号令をした仕官が前に進み出て大きく指揮棒を振った。それを見た兵士達が一斉に敬礼を解いて改めて直立する。

「展開!」

 指揮棒を持った仕官の大声が広場に響き、それを合図に整列していた兵士達が一気に広場全体に広がったのだ。端の兵士は相当の距離を走ったと思うのだが、殆どずれる事無く、見事にほぼ同時に展開を終える。

「抜刀!」

 次の合図で、兵士達が一斉に剣を抜いた。

 朝日に照らされた剣の煌めきがあちこちで反射していて、とても綺麗だ。



 竜騎士達が並んでいる背後には、音楽隊が整列していたのだが、指揮者の合図

 に合わせて軽やかな音楽を奏で始めた。

 すると、その音楽に合わせて、抜刀した兵士達がゆっくりと踊り始めたのだ。

 オルダムの観兵式でも見たように、大きく足を踏み鳴らしながら剣を右に左に構えて舞い踊る。そのキレのある動きは、しかし完璧に同調していて不思議な一体感があった。

 時に、真ん中を境にして不意に反対の動きをする事があり、それもまた変化があって見事だった。

 目の前で展開される、生まれて初めて見るその見事な舞いにレイは驚きに声も無く見惚れていた。

 やがて曲が終わったのを合図に兵士達の舞いも終わる。

「納刀!」

 その合図で、全員が一斉に剣を収めた。

「集合!」

 その合図で、広場いっぱいに広がっていた兵士達が、一斉に真ん中へ戻って来る。これもまたあっという間の事で、次の瞬間には最初に見た時のようにきっちりと並んで整然と整列していたのだった。

 静かになった広場に、アルス皇子が手を叩く音が響く。

「剣の舞、見事であった」

 マイリー達も手を叩くのを見て、レイも力一杯手を叩いた。

 次の瞬間、兵士達が一斉に喜びの声を上げて騒ぎ出した。

 互いの肩や背中を叩き合い、飛び跳ねている者もいる。緊張の解けた広場は、拍手と大歓声に包まれたのだった。




「いや、噂に名高いクムスンの兵士達による剣の舞。本当に見事でしたね」

 広場を退出した竜騎士達は一旦建物の中へ戻り、昨夜、最初に案内された応接室へ通された。

「凄かったね。僕、夢中になって見ていました」

 興奮して目を輝かせるレイの言葉に、タドラも嬉しそうに大きく頷いている。

「僕も、剣の舞が見たかったから嬉しいです、しかし、本当に噂に違わず見事でしたね」

「全くだな。あの広場に、瞬時に展開して戻るだけでも、相当な訓練が必要だろう」

 マイリーの言葉に、アルス皇子も頷いている。

「私は剣の舞を見るのは二度目だが、何度見ても本当に見事だと思うね」

 皇子の言葉に、案内係の兵士は嬉しそうにしていた。



 少し休憩した後広場へ改めて出ると、兵士達は広場の端に寄って全員が整列していた。広くなった広場の中央には、代わりにすっかり支度を整えた竜達が待っていたのだ。

「では次へ行くとしよう。レイルズ、覚悟しておけよ。今日の予定は強行軍だからな」

 マイリーがそう言ってレイの背中を叩く。

「はい、楽しみです」

 次は何が見られるのかと、声を弾ませて答えたが、タドラと皇子はそんなレイを見て笑っている。

「残念だけど、他は簡単な挨拶だけだからね。こんな楽しいのはここだけだよ」

「ええ、それは残念です」

 皇子の言葉にがっかりするレイを見て、三人は堪える間も無く小さく吹き出したのだった。



 司令官を始め、全員が敬礼して見送る中を竜に乗り込んだ四人は、敬礼を返してゆっくりと上昇した。

 大歓声に見送られて、次の街へ向かう。



 クムスンからカムデンまでは、竜に乗って空を飛んで行けばすぐに着くような距離に感じる。

「近いんだね、クムスンとカムデンの間って」

 近くなってきたカムデンの街を眺めながらレイが呟くと、それを聞いたマイリーが教えてくれた。

「レイルズ、それは竜の背に乗っているからこその感想だな。地上を騎竜で移動したら、クムスンからカムデン間が、だいたい二日がかりで移動出来る距離だと言われているな。騎竜で移動するなら、途中の軍の管理する場所が野宿の定番だ。もちろん、歩きならもっと掛かるから途中で何度も野宿するか、街道沿いに幾つかある小さな町で泊まる事になるな。歩きの人達用に、丁度良い距離で街道沿いに野宿の出来る場所や、宿のある町が幾つもあるんだよ」

 それを聞いたレイは、ディーディーがブレンウッドからオルダムまで、二十五日掛けて歩いて来たと言っていたのを思い出した。すごく時間が掛かっているのに驚いたら、逆にマーク達は、女性でその日程で歩けるのは凄い、と彼女の健脚を称えつつも驚いていたのだ。

「そうなんだ。ありがとうねブルー。僕は楽させてもらってるんだね」

 笑って大きな首を叩くと、顔を上げたブルーは大きく喉を鳴らしてくれた。



 クムスンとカムデンの間には、軍の管理する広い敷地が有るのだが、ここはクムスンの管理する場所なので、そのまま通り過ぎる。カムデンへ到着したのは、昼の少し前だった。

 カムデンの街からも大歓声を受けながら、軍の駐屯地へ降り立った一行は、ここでも整列し兵士達の歓迎を受けた。

 しかし、ここでは竜達はそのまま上空へ上がり、その場で兵士達の敬礼と抜刀して剣を捧げて納刀するという、一番基本の挨拶を受けただけだった。

 それが終わってから建物の中へ案内されて、用意された食事を頂いた。同席しているのは、カムデンの駐屯地の司令官の、ホルス司令官と数名の士官のみだ。

 ここでも話題は、レイの事と新しく竜騎士となったカウリの事だった。



 レイは、だんだん兵士や士官達から注目される事に慣れてきていた。

 もちろん緊張はするし失礼がないように気を使ってはいるが、あまりにもどこへ言っても大注目を集めていると、もう段々どうでも良くなってきたのだ。

「かなり注目を集める事にも慣れてきたね。その調子でどんどん行こう。今ならまだ、多少の失敗は見逃してもらえるから、はっきり言って今のうちに失敗する方が良いんだよ」

 アルス皇子にそんな事を言われてしまい、笑うしかないレイだった。



 今回、レイを先にオルダムへ直行させずに皇子の巡回に同行させた理由の一つに、あからさまな好奇の視線に慣れさせるというのも有る。

 どうやら、今のところその目的も順調に達成出来ているようだった。



 ニコスのシルフに少し助けてもらって、無事に食事を終えたレイは、カナエ草のお茶を飲みながら、不意に現れたシルフに驚いた。

 彼女は、マイリーの側へ行って彼の前に座った。その後ろに数名のシルフが並んで座る。

「おや、どうした?」

 お茶を飲んでいたマイリーが、顔を上げて並んだシルフ達を見る。皇子とタドラも、驚いたように顔を上げてシルフ達を見つめた。

『ヴィゴです』

『マイリー今大丈夫か?』

「ああ、今カムデンで昼食を頂いた所だよ。どうした?」

 カップを置いて、シルフ達に向き直る。



『カウリが倒れた』

 簡潔なヴィゴの言葉に、その場にいた全員が驚いて口を開きかけて思い留まった。まずは報告を聞くべきだろう。

「貧血か? 早いな」

 一人冷静なマイリーの声が、静まり返った部屋に響く。

『ああその通りだ』

『ガンディにも診てもらったら貧血はかなり酷いらしい』

『どうやら元々貧血気味だったようだな』

『それから薬が効きにくい体質でもあったようだな』

『どちらも本人には自覚無し』

『今日はもうこのまま休ませる事にした』

 その報告に、マイリーは頷いた。

「了解だ。やる事は山積みだが無理は禁物だ。まずは体調を整えさせてくれ」

 頷いたシルフは小さく吹き出した。

『ハン先生とガンディが二人掛かりで』

『カウリの体質改善計画を立てていたぞ』

『当分二人掛かりで面倒を見てくれるそうだ』

 その言葉に、皇子とタドラのニ人が同時に吹き出した。

「おお、カウリに同情するよ。では詳しい話は帰ってから聞こう」

 苦笑いしたマイリーが、そう言って肩を竦めた。

『了解だ』

『では後ほど』

 敬礼したシルフが順に消えるのを見送り、マイリーと皇子は顔を見合わせた。



「こんなにもすぐに貧血の症状が現れるとは、カウリの奴、かなり不健康な生活を送っていたようだな。まあ、ここはハン先生とガンディにお任せしよう」

 ため息を吐いたマイリーの言葉に、皇子とタドラも大きく頷いている。意味が分からず首を傾げるレイに気付いたタドラが、笑って教えてくれた。

「竜騎士は貧血になりやすいって話しは聞いた?」

「あ、はい。それはガンディから聞いたことがあります」

 頷くレイに、タドラも頷いた。

「竜射線には、僕達の身体の中に流れる血が一番強く反応するんだ。その血の中にある、ある成分を竜射線が破壊するんだって。それで、血が止まりにくくなったり、貧血になりやすくなったりするんだ。だけど、竜騎士になって直ぐに貧血の症状がいきなり出るって事は、カウリは、普段から血が足りていなかったって事なんだよ。しかも、普通は若い方が貧血になりやすいって言われてるんだけどなあ」

 それを聞いて、レイは自分が初めて倒れた時のことを思い出していた。

「僕が最初に倒れた時って、確か、ブルーと出会って二ヶ月ぐらいだったと思うよ」

「それはまた、ゆっくりだな。普通は半月からひと月程度なんだがな」

 話を聞いていたマイリーが、驚いたようにそう呟く。

「だって、ブルーは普段は泉にいたから、毎日会っていた訳じゃないんです」

 その言葉に、納得したマイリーは頷いた。

「それなら納得だな」

 皇子とタドラも、納得したように頷いていた。



「えっと、体質改善って何をするんですか?」

 初めて聞く言葉に、レイは少し興味があった。

「体質改善とは、文字通り、体の持つ性質を変えてやる事だ。まず一番にやるのは食事の管理だな。それから、気の毒だが確実に煙草は当分禁止だろうさ。後は、彼の具合を見ながら、適度な運動や休息を定期的に取らせて、まずは体調を整える事だな。レイルズも、一度ハン先生に普段食べている食事の内容を報告して、評価を聞いてみると良い。足りないものがあれば教えてくれるぞ」

 食堂では、いつも好きに食べていたので、驚いて頷いた。

「分かりました。帰ったら一度聞いてみます」

 真剣なレイの答えに、マイリーは満足したように大きく頷いた。

「体調管理も、大切な仕事のうちだ、まあ怪我は防ぎようがないからある程度は仕方がないが、体調不良は、本人が気を付けていれば防げる事だからな。適度な休みも必要だからな」

「うわあ、マイリーが言うと、凄く白々しい言葉に聞こえるのは私だけじゃ無いよね」

 呆れたようなアルス皇子の言葉に、竜騎士だけでなく、その場にいた司令官や士官達までが、堪えきれずに吹き出したのだった。

 怒るはずのマイリーまでが、皇子の言葉に堪えきれずに小さく吹き出して笑いだす。

 司令官達は、笑うマイリーを初めて見て、今度はそれに驚いていたのだった。



「さて、美味しい食事をご馳走さまでした。では次へ行こうか」

 皇子の言葉に、全員が立ち上がる。

 広場に整列した兵士達に見送られて、次の街を目指した。



 この後、ウルタートの街とフェアステッドの街へも立ち寄り、それぞれの駐屯地でカムデンと同じように簡単な挨拶を受けた。

 一行がオルダムへ到着したのは、すっかり日が暮れて星が瞬き始める頃になったのだった。

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