出発と太古の遺跡
タキス達を見送ったレイは、マイリーから一旦部屋に戻って、遠征用の竜騎士の服に着替えるように言われた。
「少し休んだらもう出るからな。忘れ物は無いように」
「わかりました」
タドラと二人、急いで一旦部屋へ戻った。
部屋では、ウォーレンが準備をして待っていてくれた。
お礼を言って急いで着替える。持って来ている荷物はほとんど無いので、遠征用の装備の入った袋を一旦置いて小物入れに追加のカナエ草のお薬とお茶を入れてもらい、のど飴も一杯まで入れてもらった。
「では、お気を付けて。今日はこのままクムスンで一泊されるそうです。明日は、カムデンの駐屯地とフェアステッドの駐屯地を視察してからオルダムへ戻られるそうですから、忙しいですよ」
頭の中で、主街道の街の名前を思い出しながら話を聞いていた。
ウォーレンと一緒に廊下へ出ると、丁度タドラも出て来たところだったので、一緒に外へ出る。
そこには既に、背中に鞍を乗せた竜達が待っていてくれた。
ここは広いので、ブルーも一緒に降りて来ている。
「ブルー!」
駆け寄って差し出された大きな頭に抱きついて、そっと額にキスを贈った。
「待たせたね、では出発しよう」
アルス皇子とマイリーが出て来て、整列していた兵士達が、一斉に揃って敬礼をしてくれた。
キルガス司令官と握手を交わした皇子は、頷いて自分の竜であるルビーの背に乗った。
それを見て、三人もそれぞれの竜の背中に飛び乗った。
持っていた荷物を、金具に取り付けてから改めて鞍に座る。
ルビーが大きく翼を広げてゆっくりと上昇するのを見て、三頭の竜も後に続いた。
街からも大歓声が上がる。
一度だけ街の上を旋回してから、夕焼けに染まる空に背を向けて、四頭の竜は東へ向かってゆっくりと飛び去って行ったのだった。
しかし、ルビーはしばらくすると、北へ進路を変えへ飛び始めた。当然残りの三頭もそれに続く。
「あれ? クムスンの街へ行くんですよね?」
そう聞いていたレイは、不思議そうに首を傾げた。
「ラピスから聞いたんだが、太古の巨人が作ったと言われている遺跡があるそうだね。フレアに場所を教えておきたくてね。だから少し寄り道するよ」
耳元で皇子の声が聞こえて、納得したレイは元気よく返事をした。
途中からブルーが先頭を飛び、空が暗くなる頃、見覚えのある場所の上空に到着した。
それは、蒼の森の皆のところで世話になってすぐの頃、お休みをあげるからブルーと一緒に出掛けておいでと言われて、お弁当を持って花畑へ出掛けた時に見かけた、まん丸に配置された大きな石が並ぶ不思議な場所だった。
「太古の円形天文台だ。本当にあったなんて……」
皇子の呟きに、マイリーも呻くような声を上げている。
「そんなに珍しい物なんですか?」
上空から見ると、確かに綺麗なまん丸だが、作ろうと思えば出来るだろう。
しかし、皇子とマイリーは違うらしく、二人は頷き合うとゆっくりとそのまん丸の中へ竜を降下させたのだ。
驚いた事に、あの大きなルビーが円の中では小さく見えた、それ程にその丸い円は大きかったのだ。
「あれならブルーが降りても大丈夫だね」
「そうだな、我も降りるのは初めてだ。念の為シルフ達に確認させたが、特に危険も無いようだからな」
翼を広げて、フレアの横にゆっくりと降り立った。
そろそろ空には星が輝き始めている。
レイは、光の精霊達を呼び出して辺りを照らしてもらった。
皇子の指輪からも光の精霊達が飛び出して来て、それぞれに少し離れて辺り一面を照らしてくれた。
「ここを見て! 太古の文字が刻まれているよ」
興奮した皇子の声に、マイリーが駆け寄る。
一文字一文字が人の大きさ程もある、不思議な文字が巨大な石の一面に刻まれていた。
マイリーが手帳を取り出して必死になって文字を書き写し始める。皇子がマイリーに何か話した後、別の列を書き写し始めた。
呆気に取られるレイとタドラは、二人揃ってどうしたら良いのか分からず、困って顔を見合わせる。
「凄い、これは凄い!」
「まさかこれ程完璧な状態で残っていたなんて」
二人は何度もそう呟きながら、必死になって文字を書き写し続けている。
「レイ、手伝ってくれる。とにかくお湯を沸かしてお茶でも淹れよう」
石の段差に座ろうとしたら、いきなり皇子が顔を上げた。
「待ってタドラ、レイ。ここでは火は使わないで。食事はここでは食べないから、少しだけ待っていてくれ」
巨大な文字を書き写しながら、まるで少年のように目を輝かせる二人を見て、肩を竦めた二人は並んでその場に座って待つ事にした。
「二人共、まるで宝物を手にした子供みたい。でもまあ、気持ちは分かるよ。確かにこれは大発見だもんね」
周りを見渡してそう呟くタドラの言葉に、レイは思わずブルーを見た。
タドラに一言断ってブルーのそばへ行く。
「ねえ、ここでそんなに凄いんだったら、あの巨人の丘へ連れて行ったら、大変な事になるんじゃない?」
「ああ、確かにその通りだな。では今度はあそこを案内するとしよう」
二人の声が聞こえたマイリーが、驚いたように書き終えた手帳を閉じてこっちを向いた。
「何の話だ。まだ他にも有ると?」
その声に、ようやく写し終えた皇子も驚いたように顔を上げた。
「ああ、竜の背山脈の途中にあるぞ。太古の巨人が作ったと言われる場所がな。我らはそこを巨人の丘と呼んでいる。巨大な石柱が立ち、古い建物の跡がある場所だ」
「では、ではまた時間を作りますので、次回はそこを案内してください。まずは地図に位置を正確に記します」
興奮した皇子の言葉に、ブルーは目を細めて喉を鳴らした。
「ねえ、ここは何をしていた場所なの?」
先程から現れて周りを飛び回っていたニコスのシルフに、レイはふと思いついて尋ねてみた。ニコスのシルフの隣に、指輪からあの大きな古代種の光の精霊も出て来てくれた。
『ここは遥か昔の天文台だよ』
光の精霊がそう教えてくれた。
「天文台だったの? ええ、こんな所でどうやって星を見るの?」
すると、シルフ達は頭上を指差した。
『昔はここに大きな大きな丸い硝子が屋根に嵌め込まれていた』
『何枚ものその硝子を通すと星が近くに見えたの』
『不思議不思議』
笑う彼女達の言葉は、驚きだった。
「レイ、誰と話をしているんだ?」
アルス皇子の言葉に、レイは驚いて振り返った。
気がつくと、皇子だけでなく、マイリーとタドラも驚きの顔でこっちを見ている。
「ええと、この子に……」
ニコスのシルフ達は見えていないようだったので、古代種の光の精霊を紹介した。
すると突然、皇子の指環からエイベルの墓で出会った古代種の水の精霊が飛び出して来た。
『懐かしき場所』
彼女は笑ってそう言うと、そっと地面の石を叩いた。
突然、周りの石柱の根元から、水が噴き出し始めた。
みるみる水の量は増え、完全に足首のあたりまで水に浸かる。
驚く皇子達を見て、光の精霊と水の精霊はお互いの手を重ねて叩き合った。
水が突然円柱の先から噴き出し始める。周り中に霧のように水しぶきが跳ねた。しかし、水が落ちてこない。
シルフ達が大勢現れて、大喜びで手を叩いてはしゃぎ始める。
霧が頭上に集まり、不思議な円形を形作り始めた、下から見たら完璧な円形であるそれは、横から見ると真ん中が膨れた豆の鞘のような形になり、水がどんどん増えて最後には一枚の不思議な透明な板状になって止まった。
「おお、星が……」
その不思議な水の板を通して見ると、星々がすぐ近くに大きくなって見えたのだ。登り始めた大きな月の表面の模様さえもが、はっきりと確認出来た。竜達までもが、その光景に驚きに声も無く呆然と見上げている。
『これは水だからあまり大きくはならない』
『硝子でこんな風にして星を大きく写して観察していた』
そう言ってウィンディーネが手を叩くと、一瞬にして巨大な水の塊は消えてしまった。
「巨大レンズか。今ではもう失われた技術だな」
ブルーの言葉に、レイは文字を大きく見ることが出来る不思議な硝子を思い出していた。図書館にいくつか置かれているそれは、5セルテ程の大きさの、真ん中が膨らんだ不思議なガラスの板で作られていて、小さな文字を大きく見る事が出来るのだ。ドワーフのとても難しい技術の一つだと聞いた覚えがある。
「凄いや。ありがとうウィスプ。あなたはいろんな事を知ってるんだね」
レイの言葉に嬉しそうにくるりと回った光の精霊は、そのままレイの鼻先にキスを贈って指輪に戻ってしまった。
水の精霊も、それを見て皇子の指輪に戻ってしまった。
「素晴らしいものを見せてもらったよ。ありがとうウィンディーネ。また教えておくれ」
優しく指輪に話しかけた皇子は、大きく深呼吸を一つして自分の足元を見た。
先程、くるぶしの辺りまで水に浸かったはずだが、全く濡れていない。地面も全く濡れていなかった。
「夢でも見たような気分だな」
苦笑いしたマイリーがそう呟いて手帳を小物入れに戻した。
『他にもこの円柱は東西南北を完全に向いているよ』
『四季の一日づつ東西のそこから日が昇り沈む』
シルフ達が現れて口々にそう話す。
「今度、調査団を結成してここへ来よう。これは絶対に本格的な調査をしなけばならないよ」
マイリーも頷いていたが、小さくため息を吐いて皇子の肩を叩いた。
「お気持ちは分かりますが、落ち着いて考えてください。どうやって調査団をここまで連れて来るのですか?」
無言で見つめ合っていた二人はほぼ同時に吹き出した。
「そうか、冷静に考えればその通りだな。地上からここへ来るのは不可能だろう」
「もしもここへ誰かを連れて来るのだとすれば、竜に乗って来る他はありませんよ」
苦笑いした皇子は黙って首を振った、
「我らが来るより他は無いのか。では、時間のある時に来て、せめてこの文字だけでも全て写してしまおう。これを解読するだけでも、どれほどの財産となるか」
皇子の呟きを聞いていたレイは、ニコスのシルフに頬を叩かれた。
『もう我らが全部覚えたよ』
『知りたいなら文字を教えてあげるよ』
『あげるよ』
胸を張る三人のシルフを見て頷いた。
「じゃあ、帰ったら教えてくれる、全部書き出して殿下にプレゼントしようよ」
嬉しそうに頷く彼女達を見てレイも嬉しくなって笑った。
これらが、どれほどの知識を秘めているのかも知らずに。
興奮冷めやらぬ皇子とマイリーだったが、一旦その場を離れて、近くにあった平原へ降り立った。
一緒について来た光の精霊達が辺りを照らしてくれているので、明るくて良く見える。
タドラが手早く石を積んで簡単な竃を作り火を起こす。
荷物からポットを取り出して湯を沸かすの見て、レイは自分の荷物からコップとカナエ草のお茶を取り出した。
布を敷いて地面に座ると、マイリーは大きな袋を竜の背中から下ろして持って来たのだ。
「では食事にしよう」
そう言って、見覚えのある包みを取り出して配り始めた。
「それってもしかして……」
「そうだよ。ニコスが届けてくれた特製のお弁当だ。だって、皆食べているのに俺達だけ食べられないなんて悔しいだろう?」
片目を閉じてそう言われて、レイは笑顔になった。
真っ暗な平原の真ん中で、光の精霊達に照らされて、四人は座ってニコスの心ばかりのお弁当を食べた。
「美味しい。ニコス……ありがとう……」
食べながら涙が出て来てしまい、何度も誤魔化すように袖で目を擦った。
「美味しいな、皆が絶賛する筈だ」
「そうですね。確かにこれは美味い」
皇子とマイリーも感心したように何度も頷きながら食べている。
タドラも、満面の笑みで何度も頷いて食べている。
「ニコスのお弁当は二度目だけど、やっぱり美味しいです」
その言葉に、皇子とマイリーが驚いたように顔を上げた。
「待て待て。今、聞き捨てならない事を聞いたぞ。タドラはいつ食べたんだ?」
マイリーの言葉に、タドラは小さく舌を出した。
ロベリオとユージン、タドラの三人は、国境の砦へレイが紅金剛石を持って駆けつけた時に、レイが持って来ていたお弁当を深夜の出撃から帰って来た直後にもらって食べているのだ。
「ずるいぞお前ら。人が大怪我して死にかけていた時に!」
マイリーの叫ぶ声を聞いて、レイは堪えきれずに大きく吹き出した。
『気をつけろよ。食い物の恨みは恐ろしいぞ』
ブルーのシルフが現れて、そんな事を重々しい声で言うものだから、もう聞いていた三人も堪えきれずに吹き出して大爆笑になった。
それからタドラは、皇子とマイリーの二人掛かりで仕返しに擽られて、悲鳴を上げて地面に転がったのだった。
『美味しいお弁当』
『内緒は駄目駄目』
『でも美味しいもんね』
『美味しいもんね』
彼らの楽しそうな様子を見ていたシルフ達も、皆大喜びで笑いながら手を叩き合っていたのだった。
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