子供達と商人ギルド

 神殿での参拝を終えた竜騎士達は、神官と僧侶の案内で、神殿が管理している孤児院へ案内された。



 この春、基金の援助を得て建て替えられた綺麗な建物の前では、花束を持った子供達が笑顔で並んで出迎えてくれた。

 皆、目を輝かせて一瞬たりとも見逃すまいと、必死になって彼らを見詰めている。

 順に花束をもらい、小さな手と握手を交わした。

 花と交換に用意していた飴の入った包みを渡して行く。

 最初は大きな子供達。恐らく十代後半の子供達は、全員が神官見習いと見習い巫女の服を着ていた。

「しっかり頑張って勉強するんですよ」

 皇子にそう言われて、握手をした少年は、頬を真っ赤にして大きな声で返事をしていた。



 レイが飴を手渡した少女は、痩せて顔色も悪く、頬には大きな傷跡があった。俯いて顔を上げないその少女に、レイは笑って優しく手を取った。

「どうか顔を上げて。貴女のこれからに幸多からん事を」

 そう言って、痩せこけた傷だらけのその手にそっとキスを贈った。

 驚いたように顔を上げたその少女は、笑いながらぽろぽろと涙をこぼした。

 ゆっくりと飴を手渡しながら僅かでも何か話そうと、レイはそれぞれの子供の目を正面から見て話をした。

 最後の少年の顔を見て、互いに動きが止まる。

「お兄ちゃん……竜騎士様だったの?」

 それは、女神オフィーリアの神殿で、女神像の前で母の面影を探して泣いていたあの少年だったのだ。

 あの時よりも少し背が伸びて、痩せていた頬も少しふっくらしたように見える。

「見つかっちゃったね。でも内緒だよ」

 片目を閉じて口元に指を立てる。

「僕達一緒だね。僕も、以前あの女神様のお顔に、母さんを見たんだよ」

 驚いた少年は、しかし心配そうにレイの手をとった。

「お兄ちゃんは大丈夫? もう寂しくない?」

「寂しい時もあるけど、大丈夫だよ。たくさんお友達が出来たからね。きっと君にも出来るよ。だから、お友達は大切にね」

「うん、約束する!」

 笑って、自然に小指を絡ませた。

「約束、約束、また会う日まで、絆はずっと結ばれたまま」

 周りが驚く中、二人はそっと絡ませた指を解いた。

「竜騎士様! 僕も!」

「僕も!」

「私も!」

 それを見た子供達が、次々と声を上げ、神官や僧侶達は慌てている。

「良いよ。だけど約束してね。皆仲良く助け合って友達を大切にする事。誰かを苛めたりしちゃ駄目だよ。あのね、誰かと分け合うと嬉しい事は倍になって、辛い事は半分になるんだよ。どう、素敵でしょう?」

「はい!」

「約束します!」

 次々に手を挙げて答える少年少女達全員と、レイは笑って順に指切りをした。

 何度も何度も、子供達は嬉しそうに指切りの歌を歌い、次々に指を差し出すのだった。



「えっと、勝手な事してごめんなさい、時間を取ってしまいましたね」

 ようやく指切りから解放されて、笑って見ていた皇子達の元へ行くと、三人から背中や肩を叩かれた。

「構わないよ。皆喜んでいた」

「私も何人かと指切りしたぞ。ちゃんと勉強しますってさ」

「俺は、勉強以外では、毎日早起きしますって言ってた子がいたぞ」

 どうやら、皇子やマイリーの所まで行った強者もいたようだ。

 タドラも指を押さえて笑っているので、彼も相当な人数と指切りをしたのだろう。

「この約束を全部本当に守ったら、とんでもなく良い子達が誕生しそうだな」

 マイリーの感心したようなその呟きに、全員揃って小さく吹き出したのだった。

 他愛無い約束だが、彼らの心には確実に何かの種を蒔いてくれただろう。



 手を振って建物の中へ戻る子供達に手を振り返した四人は、神官の案内でそのまま神殿の外へ出て行った。

 神殿の正面にある大きな広場には、護衛の兵士達が大勢並んで彼らが出てくるのを待っている。

「この後は、商人ギルドへ行くからな」

 また耳元でマイリーの声が聞こえて、レイは小さな声で返事をした。

 彼がこうやってこっそり教えてくれるおかげで、レイも不安にならずにすんでいる。それは、彼を堂々と見せる事にも役立っていた。




 ラプトルに乗って、次の目的地である商人ギルドへ向かう。

 街はまだまだすごい人出で、彼らの姿が見えた途端に相変わらずもの凄い大歓声が沸き起こっていた。

 少し子供達と接して和んでいたのにまた大注目を浴びて緊張してしまったレイは、密かに深呼吸をして必死になって誤魔化したのだった。



 商人ギルドへ来るのは初めてで、実は少し楽しみにしていた。

 ドワーフギルドと違い、石造りの建物ではあるものの見かけはそれほど立派な建物という訳ではなく、レイは逆に驚いた。

 ここでも大勢の職員達が整列して出迎えてくれて順に挨拶をした。そして、案内されて建物の中に入りまた驚かされた。

 そこはオルダムの貴族の館に勝るとも劣らぬほどの見事な内装が施されていたのだ。

 細やかな細工が施された天井の梁。石の柱には英雄達の彫像が寄り添っている。壁一面に掛けられた大きなタペストリーは細やかな手織りで、それは見事な出来栄えだった。天井を飾るシャンデリアは、これも見事な硝子細工で作られていた。

「ようこそお越しくださいました。昼食をご用意させていただきましたので、こちらへどうぞ」

 ギルドマスターの案内で、四人は広い部屋へ案内された。

 テーブルにはカトラリーが用意されていて、順に用意された席に座る。

 レイはマイリーの隣に並んで座り、緊張のあまり小さく唾を飲んだ。タドラは、アルス皇子の横に座っている。並び順でいうと、タドラ、アルス皇子、マイリー、レイの順だ。


『大丈夫だよ』

『落ち着いてね』


 レイの緊張を感じたのか、ニコスのシルフ達が現れて笑って手を振ってくれた。

「うん、大丈夫だよ……大丈夫だけど、やっぱり緊張するよね」

 小さく笑って、向かい側に座ったギルドマスターが挨拶の為に立ち上がるのを見て口を噤んだ。

 長々と挨拶が続き、本気で眠気を覚えてうっかり欠伸が出そうになる。慌てて口を閉じて、以前ルークに教えてもらったように、上唇をこっそりと内側から舐めて誤魔化した。

「これ本当に嘘みたいに欠伸が引っ込むんだよね。どうなってるんだろうね」

 笑うシルフ達に小さく呟いて、顔を上げた。



 向かい側の席には、商人ギルドのギルドマスターと副ギルドマスターが並んで座り、それ以外の役員が数名ずつ左右に分かれて並んでいる。

 食前酒が出され、まずは乾杯した。レイのグラスには、見かけは同じだがブドウのジュースが入れられている。見習いとはいえ、未成年であるので一応の配慮はされているようだった。

 出された豪華な食事を、必死になって失礼の無いようにしながら食べる。確かにどれもとても美味しかったが、やっぱり緊張しすぎてほとんど味が分からないレイだった。

 食事の後、竜騎士達にはカナエ草のお茶が入れられ、綺麗な焼き菓子が幾つも用意されていた。

 アルス皇子やマイリーが、案外素朴な焼き菓子が好きだというのも、当然、商人達は知っているのだ。

 取り分けられたお菓子を見て、レイは嬉しくなった。

「これ、さくらんぼのシロップ漬けが入ってるんだね。綺麗な色」

 切り分けながら嬉しそうにそう呟くと、向かいに座ったギルドマスターが、嬉しそうに顔を上げた。

「よくお気付きですね。さくらんぼはお好きですか?」

 マイリーが頷いてくれたので、レイは手を止めてお皿のお菓子を見た。



「僕は毎年、夏のこの時期には森でサクランボを沢山採ってきて、綺麗に洗って砂糖漬けやシロップ煮を作りましたよ。もちろん大好きです。それに、鈴生りのサクランボの木って、とっても綺麗なんですよ」

「一般のご出身だと伺っておりましたが、森へ入った? 街のご出身では無いのですか?」

 レイの出身については、自由開拓民、とだけ公開する事になっている。

「あ、はい、僕は自由開拓民の出身ですので、季節毎の森の恵みはとても貴重だったんです。春の野いちごや柑橘類、初夏のサクランボやベリーの実、フサスグリも鈴生りになる場所があって、必死になって摘みました。秋の栗やキリルの実もね。口を真っ赤にして採るのが楽しみだったんです。持って帰って、村で作った出来の良い砂糖漬けやジャムは、行商の人が買い取ってくれたりもしましたから、どれも大切だったんですよ」

 笑顔で話すレイの言葉に納得したような彼らだったが、恐らく頭の中ではどこの自由開拓民の村の出身なのか探ろうとして、必死になって考えているだろう。

「残念ながら、今はもう彼のいた村はありませんよ」

 マイリーの言葉に商人達が驚く。だがそれもすぐに納得した。自由開拓民の村が無くなる事は決して珍しいことでは無い。

 不作が続いたり、人的な問題で単独ではやって行けなくなることも多いからだ。

 大抵が、早めに見切りをつけて村から離れる為、自然消滅に近い感じで無くなる事さえも珍しく無いのだ。

「そうでしたか。それは大変なご苦労をされたのですね」

 幼かったであろう彼の健闘を称えて、全員が乾杯をした。



 食事を終えた一同は、少し休んだ後、商人ギルドを出発して駐屯地へと戻った。

 もちろん、帰りも沿道には大勢の人々が最後に竜騎士様を一目でも見ようと並んでいて、彼らが建物から出て来た瞬間、物凄い地響きのような大歓声が沸き起こったのだった。



 ようやく、駐屯地へ到着した時には、レイはもう心底疲れ切っていた。

「このままオルダムまで帰ったら、僕、ブルーの背中で熟睡出来る自信があります」

 休憩室でカナエ草のお茶を飲みながらタドラとそんな事を言って笑っていると、扉をノックする音が聞こえて、慌ててタドラと二人揃って居住まいを正した。

 まだ誰か面会が残っていたのかと思い、何とか笑って顔を上げた時、入って来た三人を見てレイは驚きに目を見開いた。

「ええ、タキス、ニコス、ギードも。どうしたの? 何かあった?」

 それを聞いて、彼らと一緒に入って来た皇子とマイリーが、堪える間も無く揃って吹き出した。

「お前の晴れ姿を見に来てくれたに決まっているでは無いか。全く、薄情な奴だな」

 前回のルークと同じ事を言われてしまい、レイも堪えきれずに吹き出した。

 それから三人に順番に飛びついた。

「見事な騎士様っぷりだったぞ」

「ああ全くだ。なかなか上手に歌も歌えておったな」

 ニコスとギードに、笑いながらそんな事を言われてしまい、レイは真っ赤になってタキスにしがみついた。

「恥ずかしいよ。どうしよう」

「堂々と、胸を張っていなさい。あなたは立派にやり遂げましたよ」

 笑ってそう言ってやり、額にキスを一つしてしがみついていたレイを引き離す。

「ちょっとしたお届け物があったのでね。では私達はもう戻りますので、どうか気をつけて帰るんですよ」

 もう一度、順に抱きしめた三人は、タドラにも一礼してマイリーと皇子に背中を叩かれて部屋を出て行った。

 呆気にとられたレイを残して。



「さて、次に会えるのは、何時になるかのう」

 寂しそうなギードの呟きに、答える事が出来る者はいなかった。

 建物を出て、兵士達が連れて来てくれた預けていたラプトルに乗る。

 最敬礼で見送られて、彼らは早々に駐屯地を後にしたのだった。



 彼らが出て行ってしばらくしてから、ようやくレイは動く事ができた。

「ええ、本当に見てくれたんだ……」

 小さな声でそう呟き、嬉しくてたまらない、と言わんばかりにタドラにしがみついた。

「恥ずかしいけど、嬉しい……」

 まだ真っ赤な顔のレイの額に、タドラはそっとキスを贈った。

「良かったね、帰る前にもう一度会えて。じゃあ、そろそろ僕達も出発するから手を離してくれるかなあ」

 照れたように手を離して大きく伸びをした。

「えっと、この後って、もうオルダムへ帰るんですよね?」

「あれ、聞いてなかったっけ? 途中の街道沿いの街や、駐屯地にも少しだけど立ち寄るからね。オルダムに戻るのは明後日だよ」

 その言葉に、もう一度悲鳴を上げてタドラにしがみついたレイだった。



『頑張ってね』

『頑張ってね』


 ニコスのシルフとブルーのシルフが、窓辺に座ってまるで兄弟のように笑い合う二人を愛おしげに見つめていたのだった。

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