神殿への参拝と家族の想い

 軍の駐屯地を出た一行は、大歓声の中をゆっくりと神殿へ向かって行進していた。

 街の住民全部が出てきているんじゃないかと思うほどに、ものすごい人だ。そして彼らの姿が見えただけで大歓声があちこちから上がる。



 今回の四人のうち、アルス皇子以外の三人はブレンウッドへ来るのは初めてだ。

 うら若い皇太子であるアルス皇子。竜騎士隊の知の要であり、大怪我から奇跡の復活を果たしたマイリー。神官見習いから竜騎士となった、若いタドラの人気も高い。そして、先日、ブレンウッドへ来た際には一切の紹介の無かった新しい竜騎士見習いのレイルズ。

 人々は、声を限りに名前を呼んで竜騎士達に向かって花を投げた。



 兵士達が行進のための道を開けて人々を誘導し、皆大人しくそれに従って動く。

「うう、なんだか怖いよ……」

 ものすごい人出と大歓声に気後れしたレイがそう呟いた時、激励するようなマイリーの声が耳元で聞こえた。

「大丈夫だ。兵士達が守ってくれている。胸を張って堂々と前を向いていなさい」

「はい、頑張ります」

 その声に励まされて、ゆっくりと深呼吸して改めて前を向いた。



 その時、周りの建物で今いる場所がドワーフギルドの近くの通りを通っている事に気が付いた。

「レイルズ様!」

「ご立派ですぞ!」

「レイルズ様!」

 聞き覚えのある大きな声にちらりと横目で見ると、見覚えのあるドワーフ達が並んで、笑顔で手を振っているのが見えた。

 思わずそちらを向いて手を振り返した瞬間、その辺りからものすごい大歓声が響き渡った。

「手を振ってくださったわ!」

「素敵!」

 あちこちから女性のそんな声が聞こえて、レイは小さく吹き出した。

「ドワーフ達に手を振っただけなんだけどな」

 その呟きが聞こえたタドラと周りの護衛の兵士達も堪えきれずに小さく吹き出した。何人かが咳をして誤魔化している。それを見てレイも笑った。

 落ち着いてよく見ていると、皆も時々左右に向かって軽く手を上げている。レイもそれからは、時々周りを見て、子供の顔が見えると笑顔で手を振った。



 永遠に行進が終わらないのではないかと思い始めた頃、ようやく見覚えのある大きな精霊王の神殿が見えて来た。




 精霊王の神殿の前にようやく到着した一行は、整列した神官達に出迎えられた。

 前列の護衛の兵士達が順に降りて周りに立つ。

「降りなさい」

 レイの耳元でマイリーの声が聞こえ、小さく返事をしてレイもラプトルから降りた。

「ようこそお越しくださいました。神官長のファシアスでございます」

 前回と同じ、見覚えのある神官長が進み出て深々と礼をする。

 アルス皇子が代表して握手を交わし、そのまま案内されてゆっくりと神殿の中へ入って行った。護衛の者達に囲まれて、レイもタドラの後ろについて神殿へ向かった。






「大変お待たせをいたしました。どうぞこちらへ」

 エイベルの祭壇のある部屋でしばらく待たされたタキス達は、神官の案内で精霊王の像のある礼拝堂に案内された。

 そこは文字通り大勢の人々であふれていた。

「こちらの席へどうぞ」

 彼らが案内された席はいわゆる貴族席で、彼らの席は一番前の参拝する竜騎士が一番良く見える位置だ。

「こんな良い席を……」

 思わず呟くタキスだったが、ニコスは周りの貴族達の好奇の視線を感じて、案内してくれた神官にこっそりと耳打ちした。

「あちらの黄色い髪の竜人の方が、今回の主賓です。ですが、どうか緑のリボンをお願いします」

 これは、執事達の間で使われる符牒で、お忍びなので声かけは不要、という意味なのだが、貴族の案内をする神官になら通じるだろうとの読みからだ。

「畏まりました。では、ほかの皆様への紹介も?」

「必要有りません」

「畏まりました、ではそのように計らいます」

 小さな声で交わされたその会話は、すぐに周りの貴族の執事達にも伝えられる。これで、参拝が終わった後もブレンウッドの貴族達との不必要な接触が避けられるのだ。

 ほっと小さなため息を吐いたニコスを、隣でギードが面白そうに見ていた。

「成る程な。そのようにするのか。ひとつ勉強になったわい」

 からかうようなその言葉に、タキスが振り返る。

「え? どうしたんですか? 何かありましたか?」

 不思議そうなタキスに、二人はニンマリとわらった。

「いや、なんでも無いぞ。そなたはそこでしっかり前を見ていろ」

「もちろんです。なんですか? 二人揃って」

 そう言って笑うと、タキスは待ちきれないとばかりに、座り直して祭壇に向かって深々と頭を下げた。

 それを見て、顔を見合わせて笑った二人も、同じように祭壇に祈りを捧げた。

「お、到着したようだぞ」

 騒めきがさざ波のように神殿中に広がる。

 閉じられていた大扉がゆっくりと開き、光があふれる中を、神官長に先導されたアルス皇子達竜騎士一行が、ゆっくりと祭壇の前に進み出て来たのだった。






 神殿の礼拝堂の大扉の前まで来て、レイは小さく唾を飲み込んだ。平静を装っているが、頭の中では必死になって教えられた段取りを復習している。

「落ち着いて、大丈夫だ俺達が付いているぞ」

 また耳元でマイリーの声が聞こえて、レイは小さく返事をした。

「では参ります」

 神官長の言葉に、衛兵が一礼して扉をゆっくりと開いた。

 騒めきが起こる神殿の中へ、一同はゆっくりと進んで行った。



 アルス皇子が祭壇の正面に立ち、その後ろにマイリー、タドラ、レイの順で横に並ぶ。

「謹んで精霊王にご挨拶申し上げ候」

 顔を上げて精霊王の像を見た皇子が神殿中に響く声でそう言うと、ざわめいていた神殿中がぴたりと静まり返った。

 アルス皇子は、以前ルークがしたように静かにミスリルの剣を抜いて足元に横向きに置いて跪いた。

 そして、両手を握り額に当てるようにして深々と頭を下げる。

 しばしの沈黙の後、ゆっくりと顔を上げるとミスリルの剣を持ち、立ち上がって音を立てて剣を鞘に戻した。独特の金属音が響き、聖なる火花が散らされる。

 少し横に移動した皇子に続き、マイリーが進み出て同じようにミスリルの剣を捧げて跪き、祈りを捧げた。

 補助具を付けた彼がごく自然に跪いた時、神殿のあちこちから堪えきれないような感激の声が漏れたのだった。

 続いてタドラも同じように、ミスリルの剣を捧げて祈りを捧げる。祈り終わって立ち上がった彼は、振り返ってレイの目を見て小さく頷いた。

 一つ深呼吸をしてから、レイは教えられた通りに前に進み出て、剣を抜いて前に横向きに置き、跪いて祈りを捧げた。

 そして、ゆっくりと立ち上がって音を立てて剣を鞘に戻した。

 レイがタドラの横に並ぶと、それを待っていた神官達が彼らの後ろに一列に並んだ。それぞれの手には、ミスリルの鈴のついた短い杖がある。

 頷いた皇子が祭壇に向き直り、精霊王へ捧げる祈りの聖歌を歌い始めた。

 それに合わせて、マイリーとタドラに続き、レイも一緒に歌い始める。



 正しき道を進む者、迷う事なく進み行け

 光あれ、精霊王の御護りをここに

 苦難の道を進む者、折れる事無く進み行け

 讃えあれ、精霊王の御護りをここに



 何度も繰り返し歌われるその言葉が、勇気をもらえるようでレイは大好きだった。

 歌いながら、レイは感動に身を震わせていた。



 竜騎士達の歌声と、神官達の声とミスリルの鈴の音が調和した美しい合唱は、静まり返った神殿を優しく包み込んだ。



 二番の独唱部分は、タドラが担当した。

 レイも一生懸命に歌った。こんなにも心を込めて歌ったのは、きっと生まれて初めての事だったろう。



 歌が終わった時、参拝者達から大歓声と拍手が沸き起こり、いつまでも鳴り止まなかった。

 後ろに並ぶ一般の参拝者と、それから横にある貴族席に一礼した一同は、神官長の先導で、ゆっくりと神殿を出て行った。

 全員が神殿から出るまで、参拝者達は誰も立とうとせずに大人しく座っていた。



 一旦外に出た一同は、次に同じ敷地内にある女神オフィーリアの神殿に向かう。

 そこでは前回と同じく、女性の僧侶達が大勢並んで出迎えてくれた。

 年配の僧侶の案内で、女神像の前まで進み出る。

 ここでは、ミスリルの剣を捧げてそれぞれに渡された大きな蝋燭を祭壇に捧げた。

 それから、隣に作られたエイベルの全身像の前でも、同じように剣を捧げて蝋燭を捧げた。

 改めて女神像の前へ行き、後ろに並んだ僧侶や巫女達とともに、女神オフィーリアとエイベルに捧げる聖歌を歌った。彼女達の手にも、ミスリルの鈴のついた短い杖があった。

 細く高い女性達の歌声に、ここでの独唱を担当したマイリーの、低く優しい歌声が重なって寄り添う。その美しい合唱に自分も参加できる喜びに、レイはまたしても感動に震えていた。

 レイの肩に座ったブルーのシルフやニコスのシルフ達も、嬉しそうに目を閉じてその美しい歌声に聞き入っていたのだった。



 まさか、自分の晴れ姿を貴族席でタキス達が見ていてくれたなんて、考えもしないレイだった。






 目の前で、竜騎士見習いの服を着たレイが、堂々と精霊王の像に参拝するのをタキス達は息をするのも忘れて見入っていた。

 彼が立ち上がりミスリルの剣を音を立てて戻した時、彼らの目には、周りで大喜びするシルフ達が見えていたのだった。

「何と、堂々とした騎士様っぷりじゃ」

「見違えたな。もう、こうして見ると蒼の森にいた頃とは別人のようだな」

 感心しきりの二人と違い、タキスはもう彼が見えた時からずっと泣いていたのだった。

「ほら、涙を拭いて。しっかり見ておかないと」

 ニコスが笑って手拭き布を差し出してやっても、彼は頷くだけで、呆然とこぼれ落ちる涙を拭いもせずに、目の前の光景を見詰めていたのだった。



 彼らが神殿から立ち去っても誰も動こうとせず、しばらくの間、神殿は奇妙な沈黙に包まれた。

 しかし、次第に騒めきは戻り、皆が一斉に喋り始めた。



 初めて見たアルス皇子の凛々しさ、マイリーが身につけていた補助具と彼の自然な動きについて、あちこちで感激して話す声が聞こえた。また、若いタドラがいかに格好良かったかを、女性達は目を輝かせて話しをしていた。

 そして、新しい竜騎士となる見習いの若者、レイルズの事も。見習いにしては中々に落ち着いていて立派だと、皆が口々に褒め称えていた。

 そんな人々の事もタキス達は嬉しそうに、ずっと泣きながら見つめていたのだった。

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