出発とブレンウッドの駐屯地
「それじゃあ行くとするか」
マイリーの言葉に一旦揃って居間へ行き、タキス達に遠征用の竜騎士見習いの制服も見せた。
立派な竜騎士見習いになったレイの姿を見て、また涙ぐむ三人だった。
順番に抱きついてキスを贈り、別れを惜しんだ。
「泣かないでよ。また帰って来るからね」
泣き出したタキスの頬に、キスを贈って困ったようにレイが笑う。
「ええ、待っていますよ。私達の大切な愛しい息子。貴方のこれからに……幸多からん事を」
キスを返されて、レイはこぼれそうになった涙を必死で飲み込んで誤魔化したのだった。
それから、もう一度最後に子供達に挨拶をした。
駆け寄って来た二匹の子竜達を撫で回してやり、小さな額に何度もキスを贈った。
「元気で、早く大きくなってね」
ベラとポリーにもキスをしてから、上の草原へ向かった。
シヴァ将軍も手伝い、手分けして大切な荷物の入った箱をベリルの背中に乗せて固定する。それが終わると、手伝ってもらってブルーの背中に鞍を乗せて順にベルトを締めていった。
全員の着替えや装備の荷物の入った箱は、ブルーの胸元に固定する。
タキス達は、手早く作業するレイの姿を、少し離れたところから感心して眺めていた。
「大したもんだな。ちょっと見ぬ間にあれ程立派になるとは」
しみじみと呟いたギードの言葉に、タキスとニコスも言葉も無く頷くのだった。
「ほら、これで終わり。凄いでしょう。ブルーは身体が大きいから、鞍のベルトも考えるのが大変だったんだって」
予備のベルトを巻きながらこっちに向かって、レイはそう言って笑う。予備のベルトも、ちゃんと固定しておく場所が決まっているのだ。
「確かに、蒼竜様は身体が大きいですからね」
答えたタキスの言葉に、ブルーは面白そうに目を細めて喉を鳴らしていた。
ドワーフ達も見送りに上がって来て、皆が見送る中を順にそれぞれの竜の背に乗った三人は、ゆっくりと上昇していった。
最後にブルーがゆっくりと上昇する。
「どうか元気で。怪我には気をつけるんですよ」
手を振りながら叫ぶタキスの声に、レイは笑って手を振った。
なんと言ったら良いのか分からなくて、必死になって手を振った。三人は、分かっているんだと言わんばかりに大きく頷いてくれた。
ゆっくりと上空を旋回した一行は、皇子を先頭に綺麗な隊列を組んでブレンウッドへ向かって飛び去っていった。
一行の姿が見えなくなるまで見送った三人は、同時に大きなため息を吐いた。
「行ってしまいましたね」
「また、寂しくなるな」
タキスとギードが、しょんぼりと寂しそうにそう呟く。
「でも、元気ならそれで良いさ」
ニコスがそう言って、二人の背中を力一杯叩いた。
「そうだな。元気でいてくれるならそれで良いな」
「そうですね、本当にその通りですよ」
三人は顔を見合わせて笑い合った。
「さて、お前達ももう行くのか」
振り返ったギードの言葉に、バルテンも笑顔で頷いた。
「ああ、それでは我々も帰る事にするよ。世話になったな。それから、美味い飯をご馳走さま」
順に笑顔で握手を交わして、秋の買い出しの時の再会を約束した。
一緒に坂を降りて、出発するドワーフ達も見送った。
竜で飛んで行けば、ブレンウッドまではあっという間だった。
街道の上を通る時には、人々が皆嬉しそうに上を見て笑顔で手を振っているのが見えた。
そして、ブレンウッドの街でも大歓迎を受けた。
ブレンウッドにブルーと一緒に来るのは二度目だ。
大歓声に迎えられて、一旦街の隣にある広い軍の駐屯地へ降りる。そこでも整列した一同に迎えられた。
「ようこそブレンウッドへ。ブレンウッド駐屯地の司令官、キルガスです」
直立して敬礼した、大柄な見覚えのあるキルガス司令官が出迎えてくれた。
「お久しぶりですね、よろしくお願いします」
アルス皇子の言葉に、司令官も笑顔になる。
順にマイリーとタドラにも挨拶してから、司令官はレイの顔を見た。
「お久しぶりです、レイルズ様。また背が伸びたのではありませんか?」
「はい、ここへ来た時からでも、もう5セルテ以上は確実に伸びてますよ」
「それは凄いですね、どこまで大きくなるのか楽しみですな」
笑って肩を叩かれた。
「今回は、彼も見習いとして一緒に行動させます。神殿への参拝は明日ですよね」
マイリーの言葉に、司令官は頷いた。
「はい、その予定で準備しております。本日はお食事の後、殿下に謁見希望の方々がお見えになっておりますので、別に部屋を準備しております」
「それなら、私は殿下と一緒にそちらのお相手をしますので、タドラとレイルズには訓練所を使わせてやってください」
「良いんですか?」
振り返るタドラとレイに、マイリーは笑って片目を閉じた。
「明日は、神殿への正式な参拝と、神殿の子供達との面会、それが終わると、商人ギルドへ行ってそこで食事を頂く。午後にはもう出発だ」
驚くレイに、マイリーは顔を寄せた。
「ただしその後も、街道沿いのいくつかの町や駐屯地に順に、顔を出すから覚悟しておけよ。大変だぞ」
驚くレイの背中を叩いて、マイリーは振り返ってブルーを見た。
「ラピスはどうする? 明日戻って来てくれるなら、泉に戻ってくれても構わないぞ」
「ここの第二部隊には竜人がいないのだったな。了解した。では我は一旦泉へ戻る。明日の朝来れば良いのだな」
「ああ、それで頼むよ」
タドラとレイが手分けして、ブルーの背に乗せた荷物と鞍を取り外す。
身軽になったブルーは、レイに何度も頬ずりしてキスをもらってから泉へ戻って行った。
飛び去る大きな姿を見送ってから、レイは待っていてくれた皆と一緒に建物の中へ入って行った。
前回と違い、今回はレイも竜騎士見習いの服を着ている。
兵士達からも注目を集め、密かに明日が心配になったレイだった。
「大丈夫かなあ」
不安気な小さな呟きに、隣にいたタドラがそっと背中を叩いてくれた。
別室に用意された豪華な昼食を、皆と一緒に頂いた。
時々ニコスのシルフに助けてもらいながら、なんとか失礼も無く食事を終える事が出来た。
「もう、行儀作法は完璧なようだね」
皇子の言葉に、レイは慌てて首を振った。
「とんでもありません。失礼をしないように必死なんです」
それを聞いた皆は笑顔になった。
「何が失礼か分かっていないと、気をつけようがないからね。そういう意味でも、グラントリーの教育はきちんと出来ているようだ」
そんな事を言われてしまい、大いに焦るレイだった。
食事の後、今日泊まる部屋に一旦案内された。
「ああ、ウォーレン!」
待っていてくれたのは、前回来た時にもお世話をしてくれたウォーレンだったのだ。
「お久し振りですレイルズ様」
笑顔の彼に、レイは嬉しくなって駆け寄って手を取る。
「はい。一晩だけだけど、よろしくお願いします」
レイの無邪気なその笑顔に、握手を交わしたウォーレンも笑顔になるのだった。
部屋も、前回泊まったのと同じ部屋だ。
一つ置いて隣にタドラの部屋があり、広い廊下を挟んだ向かいにマイリーが泊まっていると聞いた。
殿下の泊まる部屋は、マイリーの部屋の並びの奥にあり、そこは皇子の為の専用の部屋なのだと聞いた。
「凄いね。専用の部屋があるんだって」
白服に着替えて、タドラと一緒に訓練所に向かいながら、肩に座ったブルーのシルフにそっと話しかけた。
『王族の場合は、やはり警備の問題などもあってどこにでも泊まれるわけではないからな。各地の軍の駐屯地には、王族の為の専用の部屋が用意されているぞ。蒼の森は、完全に他から隔離された環境だからな、ある意味安全だ。そういった意味もあって皇子が泊まる事が許可されたのだろう。普通はそう簡単に王族は外で泊まったりはせん』
「ふうん、そうなんだ。大変なんだね」
無邪気に感心するレイに、ブルーのシルフは笑ってキスを贈った。
訓練所には、見覚えのある大柄な人が待っていてくれた。
「ああ、サディアス。お久し振りです!」
「レイルズ様、はい、お久し振りです。また背が伸びましたね」
笑顔で背中を叩かれて、レイも笑顔で返事をした。
サディアスはタドラとも挨拶を交わして、まずは一緒に準備運動を行った。
何人かの覚えのある兵士達がこっちを見て手を振ってくれている。嬉しくなって、笑顔で手を振り返した。
「よろしくお願いします!」
サディアスが相手をしてくれると聞き、レイは嬉しくなって自分の棒を選んだ。
「よし、打ってこい!」
向き合って大声でそう言われて、レイは声を上げて正面からまずは打ちに行った。当然止められるが、そのまま連打を打ち込み一気に攻勢に出た。
当たり前のように受けられるが、気にせず何度でも打ち込んだ。
「脇が甘い!」
いきなりそう言われて横から払われる。
咄嗟に棒を立ててまともに打たれるのは止めたが、隙だらけになってしまい、次の一手で棒を弾かれてしまった。
後ろに飛んで手をついて転がる。立ち上がって探したが、棒は遥か先まで飛んで行ってしまっていた。
「参りました」
両手を上げて負けを認める。悔しいが完全に相手の方が上なのが分かった。
拍手と歓声が上がって、レイは棒を拾って深々と一礼した。
「ありがとうございました」
「腕を上げましたね。正面からの一撃の重さは桁違いに重くなりましたよ」
笑顔でそう言って褒めてくれた。
それからタドラとも手合わせをしてもらい、一般兵達との乱取りにも参加させてもらった。
嬉々として打ち合うレイを見て、周りの兵士達も最初のうちこそ遠慮していたが、次第に夢中になり、最後にはものすごい乱打戦が繰り広げられた。
「あはは、もう駄目。もう動けません」
「僕も、もう駄目。久し振りにちょっと調子に乗ったよ」
隣で転がるタドラも、そう言いながらとても良い笑顔だ。
その周りでは、兵士達も座り込んだり倒れ込んだりしている。まさに全員力尽きました! と言った状況だ。
「お疲れさま。冷たいお茶を用意してあるから、少し休んだら飲んでください」
サディアスの言葉に、レイは手を上げた。
「はあい、飲みます……」
しかし起き上がってこない。
「生きてるか?」
笑った彼に上から覗き込まれて、レイは堪えきれずに吹き出した。
「ちょっと聖グレアムが見えた気がしましたけど、一応生きてます」
手を引いてもらって起き上がり、タドラと並んで冷たくしたカナエ草のお茶を飲んだ。
「それにしても腕を上げたね。もう、あっという間に追い越されそうだよ」
苦笑いするタドラに、レイは首を振った。
力では、体格で勝る分レイの方が有利だろうが、タドラも相当な腕前だ。レイはまだ、竜騎士隊の人と打ち合って一度も勝った事が無い。まだまだ、当分勝てるとは思えないレイだった。
一方、アルス皇子とマイリーは、ブレンウッドに住む貴族や有力者達と謁見に望んでいた。
「これは王族の務めだと解っているけれど、正直、今はタドラとレイルズが羨ましいよ」
途中、合間に小さな声でそう呟いた皇子の言葉に、マイリーも頷いた。
「まあ、これは殿下にしか出来ぬお役目ですから、諦めてください」
延々と続く愛想笑い、中身の無い会話と一方的な陳情。だが、時に重要な話や有力な情報も有るので、これも疎かにする事は出来ないのだ。
皆、レイルズの事を聞きたがり、もう一人の新しい竜騎士の事も聞きたがった。
彼らについては、ある程度話せる事は決まっているので、当たり障りのない範囲でいくつか教える程度だ。
ようやく全員との謁見が終わった時には、立ち会ったマイリーでさえも疲れ果てていた。
「お疲れ様でした。タドラ様とレイルズ様も、先程お部屋へ戻られました。どうぞ夕食まで少しお休みになってください」
世話係の者達に案内されて、それぞれの部屋に一旦戻って湯を使った。
マイリーには、四名の医療兵が付き添い世話をしてくれた。
部屋に戻って湯を使って部屋着に着替えたレイは、少し考えて部屋の本棚を見た。読んだ事のない本が何冊も置かれている。
ブレンウッドの歴史、と書かれた一冊を取り出してみた。
「ブレンウッドも古い街だって聞いたからね。どんな事が書いてあるんだろう?」
気軽に読み始めたが、書かれていたのは歴史書とは思えない程に面白かった。
ブレンウッドの街の成り立ち、城壁が築かれていったそれぞれの時代。すぐ側に国境が有った為に、度々戦火に晒された事。
歴史がある程度分かった今なら、書かれている事の意味や背景までが分かった。
夕食の時間だとウォーレンに呼ばれるまで、レイは、時間も忘れて夢中になって読み耽っていたのだった。
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