自由で賑やかな夕食会
「さあ、そろそろ戻ろうか」
ようやく落ち着いたレイを見たマイリーがそう言って笑い、レイの真っ赤な柔らかな髪をくしゃくしゃにした。
「はい、暗くなるまでに戻らないとね」
頭を押さえて笑いながら西の空に傾き始めた日を見て頷き、それぞれの竜の背に順番に乗った。
「では、戻るとしよう」
ブルーがそう言い、ゆっくりと上昇した。
逃げ込んで出て来なかった赤リス達が、竜達が飛び去ってようやく安心したのか、次々と葉の隙間から顔を出したのだった。
母さんの墓のある丘から石の家まで、空を行けばあっという間だ。上の草原に降り立った一同は、出迎えたアンフィーが持ってきてくれた台車に箱を積み込んで一旦家へ戻った。
「お疲れ様でした。お部屋へお茶をお持ちしますので、夕食まで少しでもお休みください」
ニコスがそう言ったが、皇子は目を輝かせてレイ達と一緒に居間へ付いてきた。当然マイリーとタドラも付いて来る。
それを見て苦笑いしたニコスは、居間の机に全員分のお茶を手早く用意した。タキス達三人以外は、全員カナエ草のお茶だ。
ニコスは台所の床にある保存庫から手早く野菜を取り出し、夕食の準備を始めた。
「ニコス、何か手伝うよ」
お茶を飲み終わったレイが立ち上がって、ニコスの後ろから覗き込んだ。
「ああ、それならすまないが、ギードと一緒に納屋から焼き台と机や椅子を表に出すのを手伝ってくれるか。そろそろバルテン男爵達も来る頃だろうからな。彼らの分の机と椅子は、持っているのを出してもらってくれ」
皇子が今朝収穫した芋を、ニコスが洗いながら笑ってそう言う。
「了解。焼き台って、以前、庭でお肉を焼いたあれだね?」
嬉しそうにそう言って笑うレイにニコスも笑顔で頷いた。
「あの、それなら俺も手伝います!」
アンフィーが慌てたようにそう言ってレイの後に続いて出て行った。
農家の出身である彼は、皇子一行が来て以来、どうにも落ち着かない時間を過ごしていた。
ギードと一緒に出て行くレイとアンフィーを見送り、皇子は台所に立つニコスを見た。小柄な彼は手早くナイフで芋の皮を剥いている。
「へえ、あんな風にするんだ」
当然だが芋の皮むきなど初めて見る。興味津々で身を乗り出してそう呟いた皇子に、マイリーとタドラは小さく吹き出した。
「本当になんでも自分達でするんですね。あの野菜もここで作っているんですか?」
マイリーの質問に、ニコスとタキスは顔を見合わせて頷き合った。
「もちろん殆どここで作っております。殿下、これも経験でございます。良ければ地下の食料庫をご覧になりますか?」
タキスの言葉に皇子だけでなくマイリーとタドラも笑顔になった。
「ええ、是非見せてください。なんでも精霊達を使って食料を保存しているのだとか」
目を輝かせるマイリーの言葉に、タキスも笑って頷いた。
「はいその通りです。まあこれは、全員が精霊使いだからこそ出来る方法なんですけれどね」
立ち上がった一同を見送り、ニコスは小さく笑った。
「では、私もレイルズ様をお手伝いしてきます」
残っていたシヴァ将軍が笑いながらそう言い、立ち上がって一礼して部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送ったニコスは、パンを焼くために釜へ向かった。
今日のパンは、発酵無しの薄く伸ばしたパンだ。温めた窯に、平たく伸ばしたパンを入れていく。これは薄いので、さほど時間がかからずに焼きあがる。
その間に、机の上の食器を手早く片付けた。
外に出たレイは、真っ暗になった空を見て光の精霊達を呼び出して明かりを灯してもらった。
五人の光の精霊が現れて、一気に庭は昼間のような明るさに包まれる。
初めて見る光の精霊の放つ光の美しさに、驚きのあまりアンフィーは言葉も無く立ち尽くしていた。
そして、目の前で嬉々として荷物を運んでいる彼があの古竜の主なのだという事だという事実を改めて思い知らされていた。
「先に机と椅子を出してしまおう。レイとアンフィーは向こう側を持ってくれるか」
納屋の奥に立て掛けてあった折りたたみ式の大きな机を、三人掛かりで運び出して庭の畑の奥で組み立てる。ここは広い草地になっているので、大人数でも大丈夫だろう。
椅子も運び出し、足りない分は予備の丸椅子を持って来た。
それからもう一度納屋に戻って焼き台を出そうとしたところで、家からシヴァ将軍が来てくれた。
四人がかりで大きな焼き台を庭まで運んだところで丁度ドワーフ達が到着した。トリケラトプスが引く荷馬車に荷物を積み込んで、残りの五人は全員がラプトルに乗っている。
ギードの家の前にラプトルを繋ぎ、荷馬車はそのまま覆いをかけて置いておく。ドワーフ達はラプトルを世話する者と、夕食の準備を手伝う者に手際良く別れた。
「すまんが、お前さん達の分の机と椅子が無いんじゃ、何か持っとらんか?」
ギードの声に、頷いた二人が、荷馬車の覆いを外して折りたたみ式の椅子と机を取り出し始めた。
「了解だ、じゃあ俺達の机はここに出すよ」
焼き台の反対側の空いた場所にそれを運んで、手早く組み立てていく。
それを見たレイは、笑って焼き台に薪を入れて火をおこし始めた。
「火蜥蜴さん、よろしくね。今はまだ火種だけで良いよ」
薪の上に座った火蜥蜴にレイが笑って話しかけているのを見て、アンフィーは小さなため息を吐いた。
「将軍。考えたら俺達だけですよ。この場で精霊魔法が使えないのって……」
アンフィーの声に、シヴァ将軍はちょっと考えて苦笑いした。
「言われてみれば確かにそうだな。まあ、そもそも人間は我々と竜騎士様方だけだからな。当然といえば当然だろう」
「そうですね。これも貴重な体験です」
肩を竦めたアンフィーは、食材を運ぶために早足で家へ戻って行った。
レイとギードも手伝って、準備が出来た食材をワゴンに乗せて手分けして運んだ。
「バルテン男爵ですね。初めまして。ロディナの竜の保養所にて精霊竜のお世話をしております。シヴァ・ルーフレッド・ロディーナと申します」
驚いたバルテンが慌てたように差し出された手を握り返した。
「おお、お噂はかねがね伺っております。精霊竜や騎竜に関して右に出るものは無いお方だと」
にこやかに挨拶を交わし、ここでラプトルの子供が生まれた為に世話を手伝いにきているのだと聞き、本気で驚いた。
「彼はアンフィー。ロディナで騎竜の子供の世話を専門にしている者です。しばらくここでお世話になることになりました」
見慣れない者がいるが、殿下の随行の者だと思っていたので、それを聞いてまた驚いた。しかし、ここが竜騎士となるレイルズの実家であることを考えてバルテンはそれ以上聞かなかった。
立ち入って良い事と、部外者が立ち入るべきでは無い事があるのを、彼はよく理解していたからだ。
「こちらが、食料庫になります。今はシヴァ将軍が持って来てくださった食材に加えて、皆様がお持ちくださった物もありますので、食材は豊富にございます」
「これは見事ですね。噂通りだ。こんな風にウィンディーネに頼めば、食材は新鮮なままで長い間保存出来るわけだ」
感心したようなマイリーの言葉に、皇子も声も無く頷いている。
「これは何ですか?」
皇子が見ているのは、芋の一種でまるで石のような真っ黒な土が付いたままでゴツゴツとした塊だった。
「それは芋の一種で、独特の粘りがございます。洗って皮を剥き、すりおろしたり刻んだりして火を通して使います」
「これも食べ物なんだ。何故こんな所に石が置いてあるのだと思ったよ」
照れたように笑う皇子に、皆も笑顔になった。こんな状態の食材など、皇子だけで無くマイリーやタドラも見るのはほとんどが初めてだった。
それからさらに、地下にある肉の保管庫を案内してから最後にタキスの薬草庫へ案内した。
「噂には聞いていましたが、これもまた凄いですね」
マイリーが感心したように、棚一面に置かれたミスリルの缶や薬棚を眺めている。
「ここにあった在庫のお陰で助かったんですからね。あの時は本当に貴重な薬をありがとうございました」
深々と頭を下げるマイリーに、タキスは笑って首を振った。
「薬は、使わなくては意味がありません。お役に立てたのなら本望です。それに礼には及びません。相場よりもかなり高値で買っていただきましたから」
薬の代金は、そのままレイの口座へ振り込まれている事は、当然彼らもガンディから報告を聞いて知っている。しかし、それには触れずに皆黙っていた。
『そろそろ準備が出来るよ出て来てね』
その時、タキスの前に現れたシルフが、レイの声でそう言った。
「ああ、了解です。すぐに上がります」
タキスの返事を聞いてシルフは手を振っていなくなった。
「では夕食の準備が出来たようですから、参りましょう」
タキスの言葉に、三人も頷いて後に続いた。
彼らが部屋を出ると、壁に取り付けられていたランタンの灯りが静かに消えて部屋は真っ暗になった。
「おお、これは凄いな」
庭に出た皇子の言葉に、マイリー達も笑顔になる。
真ん中に置かれた焼き台の上では、大きな肉の塊がいくつも、鉄の串に突き刺した状態で焼かれていた。
横の鉄板の上には野菜や芋がこれもたくさん並べて焼いている真っ最中だった。
三人が出て来たのを見て、全員が揃って直立する。
「ああ、構わないよ、今夜は無礼講だ。気にせず座ってください」
笑って皇子がそう言い、タキスに案内されて席に着いた。
目の前にグラスが置かれ、赤いワインが注がれる。
全員にグラスが行き渡ったのを見て、皇子は立ち上がった。全員が、それに続いてが立ち上がる。
「レイルズのこれからと、皆のますますの活躍を願って、精霊王に感謝と祝福を」
「精霊王に感謝と祝福を」
全員が唱和して、立ったまま一気に飲み干す。新たな酒が注がれて、皆笑顔でそれぞれの席に着いた。
ドワーフが二人がかりで焼き台の世話をしてくれていて、最初に焼けた肉や野菜は、まず皇子や竜騎士達の皿に乗せられた。焼きたての薄く伸ばしたパンも添えられる。
「どうぞ、こちらが今朝殿下が収穫なさった芋でございます」
ニコスが差し出すそれを見て、皇子は目を輝かせた。
「焼けばこんな風になるんですね。ありがたく頂きます」
笑ってそれを口に入れ、満面の笑みになった。
「美味しいです。本当に素晴らしい」
ドワーフ達も、その話を聞き、自分達の皿に乗った芋を見た。
「おお、畏れ多い……有り難く頂戴致します」
皆、真剣な顔で深々と芋に向かって一礼してから食べ始めた。
次々に焼けた肉が取り分けられ、皆笑顔で好きな野菜も取って行った。
最初は大人しく出されたものを食べていた皇子だったが、我慢出来ずに途中からは自分で立って好きなものを取りに行っていた。
竜騎士隊の本部では、食堂で皆と一緒に食事をする事もある。
本部内では皇子と言えども特別扱いはしない、というのが実は竜騎士隊の伝統で、食事は自分で取り食器も下げる。基本的にマイリーやヴィゴと同じようにしているのだ。
それに慣れている竜騎士隊の面々は、皇子が取りに行っても平然としていたが、それ以外の人達は、皆無言で慌てていた。
特に、ニコスは慌てて皇子の後を追い、自分がするからと声を掛けたのだが皇子は笑って首を振った。
「好きにさせてください。本部以外で自由にできる機会なんて滅多に無いんですから」
満面の笑みでそう言われて追い返されてしまった。
「ニコス。殿下の仰る通りに。貴方も気にせず座って食べてください」
マイリーにまでそう言われてしまい、自分の知るオルベラートの貴族達との違いに言葉を無くすニコスだった。
そんな光景を笑顔で見て、分厚く切ってもらった肉をパンでくるんで食べながら、レイは目の前に座ったブルーのシルフに話しかけた。
「ねえ、王族の方って、普通はあんな風じゃ無いの?」
『まあ、普通は黙って座って当然のように何人もに世話をされているだろうさ。彼も城へ戻ればそんな扱いだが、ここでは自由を満喫しておるな。誰に迷惑をかける訳で無し、好きにさせてやれ』
面白そうなブルーの答えにレイも笑って頷いた。
「僕もこっちがいいな」
グラントリーから習っているやたら決まり事だらけの行儀作法を思い出してしまい、遠い目になるレイだった。
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