ここでの生活と子竜達の名前

「えっと、じゃあまずは家畜と騎竜、子供達のお世話かな?」

 お茶を飲み終え、お薬を飲んだレイがそう言うと、タキス達はシヴァ将軍と顔を見合わせて何やら相談を始めた。

「では、貴方達はいつも通りに皆を上に連れて行ったら子供部屋の掃除をしてから畑へ行ってください。厩舎と竜舎は我々が片付けて、後のお世話もしておきます」

「申し訳ありません。では、殿下には一通りお見せしてから畑へご案内します」

 タキスが深々と頭を下げてそう言い、レイを振り返った。

「家畜と騎竜のお世話はお二人がしてくださいますので、私達は子供部屋の掃除とお世話をしてから畑へ上がります。殿下と皆様には、一通りの説明をさせて頂いてから、畑へご案内いたします」

「成る程。子竜の世話で手が掛かるので、普段の世話を二人が見ているわけか」

 アルス皇子の言葉に、シヴァ将軍は笑顔で頷いた。

「子竜と、子育て中の母親は繊細ですからね。見知らぬ他人である我々が子供部屋に入れば、確実に母親である二匹が警戒して不安定になります。母親の不安定な様子は、子竜にも伝染しますからね。我々は、万一の事態を警戒して色々な状況に応じた対応策を、ここの皆にお教えしております」

 納得する皆を見て、シヴァ将軍はアンフィーを見た。

「彼は当分の間、ここ住まわせていただく事に致しました。彼は、騎竜の子供については相当詳しい者の一人です。金花竜は本当に貴重ですからね。例え直接のお世話は出来なくとも、別のタキス殿や皆がやらねばならない仕事を手伝う事で、結果としてお役に立てば十分かと考えました。彼は軍属では無く、現地で雇っている一般職員ですから、私の裁量で勤務地の変更は出来ますので」

 驚く皇子達に、アンフィーは苦笑いして頭を下げた。

「ご迷惑かと思ったんですが、私の方から申し出ました。子竜が巣立つまでは最低でも二年はかかります。私は元々農家の出身ですから、家畜や騎竜のお世話も畑仕事の手伝いも出来ます。まあ、レイルズ様の代わりは到底務まりませんが、少しはお役に立てるのではないかと思いまして……」

「そうだったんだね。ありがとうアンフィー。どうか皆をよろしくね」

 嬉しそうに笑うレイに、アンフィーは照れたように笑って差し出された右手を握り返した。



 皇子を先頭に、見学者達を引き連れて皆を竜舎と厩舎に案内し、まずは家畜達と騎竜を上の草原へ連れて上がった。

 仔山羊は、見知らぬ彼らの事が気になって仕方がないらしく、近寄っては走って逃げるのを繰り返していた。その度に皆でその無邪気な様子を見ては笑っていた。




「おはよう、フレア。草原の寝心地はどうだい?」

 からかうような皇子の言葉に、フレアは嬉しそうに目を細めた。

「うむ。悪くないぞ。それにここの水はとても美味しい。ラピスによると、彼の棲む森の泉と同じ水脈から湧き出る水らしいからな。なら美味いのは当然だろう」

 草原の端を流れる小川は、川べりの砂利が転がるあちこちからも水が湧き出しているのだ。

「この下には家があるけど、家の壁に水が浸み出してくることは無いんですか?」

 タドラの質問に、ギードが自慢気に胸を張った。

「それもドワーフの技でございます。砂地ではさすがに無理ですが、ここのように岩盤の場合には、ある程度の水の道を予め作ってやる事で、周りへ浸み出すことを防ぐ事が出来るのです」

「へえ、本当に凄いですね。ドワーフの技って」

 感心したようなタドラの言葉にマイリーと王子も頷き、それを見たギードは嬉しそうに笑った。

 マイリーとタドラも、それぞれ自分の竜の側へ行き挨拶している。

「おはようブルー。今日は一緒に居られるね」

 差し出された大きな顔に抱きついて、額にキスを贈る。もう一度抱きついて、ブルーの喉を鳴らす大きな音を目を閉じて聞いていた。



 シヴァ将軍も手伝って、念の為、三人は手分けして三頭の竜の体の状態を確認して拭いてやる。レイも慌ててそれを手伝った。

 三頭とも、とても嬉しそうに世話をされているのを見て、レイは以前ブルーに言っていた事を思い出した。

「あ、ねえブルー、以前言ってた顔にブラシをかけてあげるよ。これでも良いでしょう?」

 レイが手にしているのはトケラの背中を擦ってやるための、長い柄の付いた毛の硬いブラシだ。

 目を瞬くブルーに、レイは駆け寄って来た。

「ほら、顔をこっちへ!」

 嬉しそうに差し出される顔に、レイは両手で持ったブラシを掛けてやった。

「おお、これは中々に気持ちが良いぞ。今度はこっちを頼む」

 嬉しそうにそう言って顔を上げて顎の下側を見せる。

「レイルズ様、この辺りは強く擦らぬようにしてください。ええ、それで良いかと」

 見ていたシヴァ将軍が、慌てたように、近くにいたベリルの喉の下辺りを指差した。

 頷いて、そこを避けながら大きな顎の下を力一杯擦ってやった。それから、手渡された布で、額から目の周りを拭いてあげた。

「うむ、ありがとう。初めてやってもらったが中々に気持ち良いものだな」

 目を細めて嬉しそうにそんな事を言われたら、もう張り切るしか無い。

「じゃあ今度は背中にブラシをかけてあげるね。一度に全部は出来なくても、順番にやれば良いでしょう?」

 鼻先にキスをしてそう言って笑うと、ブルーはまた嬉しそうに喉を鳴らした。



 それから、シヴァ将軍とアンフィーを残して、一同は坂を降りて畑へ向かった。

「こちらには、春の始めに麦を撒いております、もうかなり育ってきておりますので秋には収穫時期を迎えます。こちらの側の畑は全て、時期によって蒔くものを変えます」

 説明の意味が分からず首をかしげる皇子達に、タキスは笑って畑に入った。この畑は、今は秋に収穫するじゃがいも畑が広がっている。

「連作障害と言って、いつも同じものを同じ畑で作ると、その土に必要な栄養が足りなくなって、不作、つまり満足な収穫が得られなかったり、最悪の場合は病気が発生したりします。その為、春と秋で違う作物を作り、土を変えてやるんですよ」

「そのような事をするのですね」

 感心するマイリーに、タキスはしゃがんで畑の土を手に取った。

「ここの土地はノーム達が守ってくれておりますので、それほどには気を使わなくても良いのですが、あくまで彼らがしてくれるのは補助であって、作物を勝手に決めて全て育ててくれる訳ではありませんからね。我々が作る作物を管理する事は必要です」

 タキスは、手にした土を手袋を外した皇子の手に乗せてみせた。

「柔らかいのですね。私が知る土とは全く違う」

 マイリーとタドラも、隣から手を出して皇子の手の中にある土を触った。

「本当だ。とても柔らかい。ヴィゴが言っていた通りだ」

 マイリーの言葉に頷いた側にいたギードが、畑の土作りについて詳しい説明をするのを、三人は真剣な顔で聞いていた。

 それから、皇子の希望で、早生わせの新芋の収穫を少しだけ体験してもらった。

 教えられた蔓を力一杯引くと、土の中から大きな芋がいくつも出て来て皇子は驚きに目を見張った。

「へえ、こんな風になるんですね。これは凄い。たくさん採れましたね」

 土の付いた手を嫌がりもせずに、皇子は自分で掘り出した芋を見て嬉しそうに笑っている。

「その芋は、せっかくですから夕食の際に使わせて頂きましょう」

 ニコスに言われて、皇子は更に嬉しそうになった。

「どうだ? 私が採った芋だぞ」

「はい、感謝して頂きます」

 からかうように笑うマイリーに、皇子は手にした芋を見る。

「まあ、私は、彼らがしっかり世話してくれた芋を引いただけだから、威張れる要素は一つも無いけれどね」

 肩を竦めて笑う皇子のその言葉に、マイリーとタドラも吹き出したのだった。



 しっかり手を洗ってから家へ戻り、庭にある薬草園も案内してから金花竜のいる子供部屋へ向かった。

 ここでは世話をするのはタキス達とレイだけだ。皇子達は、扉の向こうから様子を隠れて見ていた。

 レイが入ってくると、子竜達は嬉しそうに目を輝かせて駆け寄って来た。

「レイ、子供達の面倒を見ていてください、その間にベラとポリーを拭いてやりますから」

「分かった。じゃあこっちへおいで。駆けっこして遊ぼうよ」

 レイが手を叩きながらベラとポリーからゆっくりと離れる。嬉しそうに二頭の子竜は仲良く並んで彼に付いていった。

 ベラとポリーが普段いる場所は、臨時の衝立を作って区切られた閉鎖空間で、それ以外の場所は広く運動出来るようにしてあるのだ。

 土を敷いて走りやすくしたそこを、レイは子竜達と一緒に何度も端から端まで走り回った。

 嬉しそうにレイの後を追いかけて跳ね回る子供達は、生まれた時に比べればはるかに大きく逞しくなっている。それでも、ベラやポリーに比べたら、はるかに小さく華奢な身体だった。

「ああそうだ。なあ、レイよ。その子達に名前を付けてやってくれんか」

 寝床から取り除いた汚れた藁の塊を手押し車に積みながら、振り返ったギードがそう言って子竜達を見た。

「え? まだ付けていなかったの?」

 驚いて立ち止まったレイに、二頭の子竜が追いついて大喜びで戯れてくる。交代で頭を撫でてやりながら困ったように笑った。

「えっと……この子達の性別は?」

「ポリーの子は女の子じゃ。金花竜は男の子じゃよ」

 跳ね回る二頭を見て頷いて、レイは目を輝かせてギードを見た。

「この子はシャーリー、それで金花竜はヘミング。どう?」

「おお、精霊王の物語に出てくる、辺境の村の子供達の名前だな」

 ギードの言葉に、扉の隙間から覗き込んで聞いていた皇子達も笑顔で頷いた。


 それは、精霊王の物語の最初の頃、サディアスとはぐれてしまい怪我をした精霊王の生まれ変わりの幼い少年を森で見つけて、自分たちの住む村に匿ってくれた少年と少女の名前だった。物語の終盤にも大きくなった彼らが再び登場して、精霊王から密かに預かった、封印の鍵となる宝石を持って闇の配下から逃げる場面は、舞台などで上演される際には、必ず入るほどの人気のある場面なのだ。


「良い名を頂いたな、シャーリーとヘミングよ」

 嬉しそうなギードの言葉に、タキスとニコスも笑顔で何度も頷いていた。



 寝床の掃除も終わり、手を洗って、昼食の為に皆で一旦居間へ戻った。

「上の二人もお呼びしますね」

 タキスがそう言って、シルフに伝言を頼んだ。シヴァ将軍とアンフィーは、二人とも精霊魔法は使えないが伝言のシルフの声は聞こえる。

『降りてくるって』

 戻って来たシルフにお礼を言って、レイもいつものように昼食の準備を手伝った。


 出されたのは、レイも大好きな、芋と小麦粉で作った団子をクリームソースで絡めた、オルベラートの料理だった。

 他には、野菜のたっぷり入ったスープやサラダが用意されていた。

「これもまた美味しい。本当に、私もここにずっといたいですよ。噂通りだ。ニコスの料理は王都の料理人にも負けませんね」

 皇子に、満面の笑みでそんな事を言われて、恐縮するニコスだった。



 食事が終わると、一旦部屋に戻ってそれぞれ服を着替えた。

 改めて竜騎士見習いの服を着た彼を目の前にして、タキス達は大感激して目に涙を浮かべていた。

「では行っておいで。俺とギードは子竜の側にいるよ」

「ああ、そうだな。行ってきておくれ」

 ニコスとギードにそんな事を言われて、一緒に行くのだと思っていたレイは、思わず皇子とマイリーを振り返った。

 彼の視線に頷いた皇子は、そっと二人の肩を叩いた。

「どうぞ、お二人もご一緒にお越しください。貴方達はレイルズの家族ですから、遠慮は無用です」

 皇子にそう言われてしまっては、断る事も出来ず、二人も慌てて着替えの為にそれぞれの部屋に戻った。

 入れ違いにタキスが戻って来て、二人も一緒に行くと聞き、嬉しそうに笑った。

「良かった。一緒に来てくださいと私が言っても聞いてくれなくて。殿下、彼らの同行を許してくださりありがとうございます」



 留守番のアンフィーに草原に出ている皆の世話をお願いして、子竜達の事はブラウニーにお願いしておく。

 マイリーの後ろにシヴァ将軍を乗せ、ブルーの背にはいつものようにレイの後ろにタキス達を乗せた。



「では行くとしよう。数日前から、ドワーフ達がテントを張って色々と頑張ってくれておったぞ」

 それを聞き、レイも笑顔になった。

「えっと、バルテン男爵も来てるの?」

『もちろん来ておる。率先して喜んで働いておったぞ』

 ブルーの言葉に、レイも笑顔になった。

「エイベルのお墓って、どんな風に作ってくれたんだろうね。タキス達は知ってるの?」

 振り返ったレイの言葉に、三人は首を振った。

「バルテン男爵から、墓石の設置の為に、しばらく森に泊まるという話はシルフを通じて聞きました。ですが、まだ行っていませんから、私達もどんな風なのか全く知らないんですよ」

 それを聞いて、レイは笑って前を向いた。

「じゃあ、皆一緒だね。楽しみだな」

 目を輝かせるレイの周りには、何人ものシルフと光の精霊達が現れて風になびく彼のふわふわな赤毛を愛おしそうに撫でていたのだった。

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