レイのまじない紐
ニコスが用意してくれた豪華な夕食は、王子の希望通り、用意した別の部屋で皆で一緒に頂いた。
アンフィーは、礼儀作法など何も知らないからと最後まで固辞して、ニコスを手伝って裏方の給仕に徹していた。
レイも大好きな、薫製肉を厚切りにしてキリルのジャムをかけた一品は、三人から大絶賛を受けた。
「ごちそうさまでした。本当に、噂以上に美味しかったです」
食べ終わったアルス皇子が満面の笑みでそう言い、マイリーとタドラも大きく頷いた。
レイは、嬉しくて終始笑顔で過ごしたのだった。
食事の後は、カナエ草のお茶を入れて、栗の甘露煮を使ったタルトが出され、レイは目を輝かせていた。
豪華な食事の後はお酒が用意されて、レイはオルダムでの出来事を思いつくままに何度もタキス達に話して聞かせた。
花祭りの事、白の塔のガンディの竜の事、それから身分を隠しての城での共同生活の事
目を輝かせて話すレイを、タキス達は時折涙を拭きながら何度も頷いて聞き入っていた。
そんな彼らを、竜騎士達とシヴァ将軍が優しい眼差しで見守っていたのだった。
話がひと段落したところで、お土産の箱を皆で開ける事にした。
「これはまた、こんなにたくさん……」
一番大きな箱の中には、様々な食材がぎっしりと詰まっていた。どれも、この辺りでは手に入りにくい物ばかりだ。
「明日、ドワーフ達が墓石の設置のために蒼の森へ来てくれます。帰りにここへ来てもらって、皆で夕食は外で食べましょう。肉を焼いて、この魚も、それならアンフィーも同席出来るでしょうからね」
ニコスの言葉に、皆も笑顔になる。
今回は、二泊する予定だ。
二つ目の箱には、何冊もの分厚い医学書や、ここでは手に入らない様々な薬が入っていた。
「これはガンディから預かって来た箱だな。タキス殿にこのまま渡してくれと言われました」
マイリーの言葉に、タキスは声も無く箱の中を覗き込んだ。
「これは竜の鱗! まさか、こんな貴重なものを……」
彼らにとっては、見慣れたものだが、確かにタキスにとっては貴重な薬の材料だろう。
「それは、我々の竜の古い鱗が剥がれたものです。いくらでも取れるものですから、どうぞ遠慮なくお使いください」
呆然とするタキスに笑いかけて、また別の箱を開ける。
束になった綺麗な布がぎっしりと入っていた。その隣の少し小さな箱には、縫い糸や鋏などの裁縫道具と一緒に、箱いっぱいに、何枚もの分厚い布に留め付けられたボタンが入っていた。貝殻から削り出されたものや、金属を加工したものなど、大きさも様々で数も揃っている。実は、シャツなどを縫った際、ボタンが足りなくて最近ではボタンは付けずに送っていたのだ。
これらは、殿下の依頼を受けてガルクールが用意したものだ。しかも、新しい補正した型紙も一緒に入っていた。
「これがシャツになるのか? どこがどうなっているのか、全くわからないな」
型紙を広げるニコスの後ろから覗き込み、皇子が感心したように呟く。
「これは袖の型紙でございます。ここが脇、こっちが肩の上部分になります」
ニコスが指差しながら、簡単な説明をするのを、皇子だけでなく、マイリーやタドラ、シヴァ将軍やレイまでが目を輝かせて見ていた。
「すごいや、僕には絶対無理だね。説明を聞けば形は納得はするけど、じゃあ縫えるかって聞かれたら、絶対無理! って言うよ」
「俺も無理だな。だが、この型紙というのは面白いな。立体の物を平面に展開するには、こんな風にするんだ」
マイリーは、型紙の作りそのものに興味があるらしく、立体裁断の詳しい仕組みをニコスから聞きたがった。
不思議な形の型紙を前に説明するニコスと目を輝かせて聞いているマイリーを、皆呆れた目で見て同時に吹き出した。
「放っておいて、次に行きましょう」
皇子の言葉に、話をしていたマイリーとニコスが吹き出した。
次の箱には、お酒の瓶がぎっしりと並んでいた。
目を輝かせるギードを見て、顔を上げてこっちを見たマイリーがまた吹き出す。
「今回も、私とヴィゴで選ばせていただきました。どうぞ楽しんでください」
「ありがとうございます。大切に飲ませていただきます」
嬉しそうなギードの背中を叩いて皆で笑った。
「ああ、その箱は我々の着替えが入っている箱ですね。一緒に持って来てしまったようだ。申し訳ないです」
タドラの言葉に、箱を開きかけていたギードは慌てて箱を返した。
「これは失礼いたしました。ではこれが最後ですね」
これも少し小さな箱で、中にはいくつもの小さな袋がぎっしりと入っていた。
「これは何?」
不思議そうなレイが、袋を取り出して中を見る。
「あ! 種が入ってるよ。すごい!」
その言葉に、タキスが驚いて袋を手に取った。
箱の中には、二つの箱が入っていて、それぞれにぎっしりと小さな袋が並んでいる。
「こっちは野菜の種だな。おお、珍しい種が色々と入っておる。わざわざ説明書まで付けてくださっておるではないか」
ギードが、袋の中に入っていた大きな紙の束を見て歓声をあげる。そこには、詳しい育て方の説明が書かれていた。
「タキスよ。こっちの箱は全て薬草の種のようだぞ」
ギードが取り出したもう一つの大きな箱には、何種類もの薬草の種が入っていた。
「これは素晴らしいですね」
薬草の説明書を見て、タキスは無言になった。
「こんな高価な種を頂いてよろしいのですか?」
タキスの言葉に、アルス皇子は笑って頷いた。
「種は貴重だと聞きました。多いようなら売っていただいても構いませんのでご自由に。どうぞ役立ててください」
三人は、揃って深々と頭を下げて感謝の意を示した。
それぞれ、取り出した品は地下の食材倉庫やニコスの作業部屋に運ばれ、種はタキスの薬草庫にまとめて保管する事になった。
空になった箱は、レイも手伝って全部まとめて玄関に積んでおいた。これは、運搬用の箱なので、持って帰ってもらう分だ。
「あのねタキス。後で居間へ行くから」
レイの言葉に、タキスは笑って頷いた。
竜騎士達とシヴァ将軍が、それぞれの部屋に戻るのを見届けてから、レイとタキス達三人は居間へ戻った。
「ようやく、いつもの顔ぶれになりましたね」
いつもの席に座ったレイを見て、三人はあふれそうになった涙をこっそりとぬぐった。
「あのね、これを渡したかったの。僕が作ったんだよ」
そう言ってベルトの小物入れから小さな包みを取り出す。中から出てきたのは、まじない紐が三本だった。
「レイ、これを貴方が?」
タキスが驚いたように言い、一本を手に取った。
「作り方はガンディに教えてもらったの。最初の一本はガンディに結んだんだ。それから次の二本目と三本目は……大切な友達が旅立つ時に左腕に結んだの。無事に旅を終えられますようにって願ってね」
少し泣きそうになったが、なんとか堪えることが出来た。
「ほら、左腕に結ぶから腕を出して。ちゃんと結び方も教わったんだよ」
呆然とするタキスの左腕を取り、レイはタキスの色の黄色い縁取りのまじない紐を手に取った。
そっと腕に回して、ふさの部分を順に決められた方法で丁寧に結んでいく。
「はい出来上がり。どう、我ながら上手く出来たと思ってるんだけど」
得意気に胸を張るレイを、タキスはまだ呆然と見つめたままだ。
「どうしたの? タキス。えっと、僕、もしかして何かおかしな事をした? ガンディから、これは竜人の人達の間で贈り合うお守りだって聞いたんだけど……」
次の瞬間、タキスはいきなりレイを抱きしめた。
「ありがとう。ありがとうございます……大切に、大切にします……」
縋り付くように力一杯抱きついてきたタキスを、レイは小揺るぎもせずに受け止めた。
そのまま声を上げて泣き出したタキスを驚いて見つめていたが、小さく笑って深呼吸するともう一度抱きしめながら笑って、額にキスをして歌を歌い始めた。
「泣き虫タキス。泣き虫タキス。泣き止まないんだどうしよう。そんなに泣いたら大変だ。瞳が溶けるぞどうしよう。甘いお菓子でもてなそか? それとも箪笥に閉じ込むか?」
それは泣き止まない子供をあやす時の、古くから歌い継がれている子守唄だ。
抱きついていたタキスが、小さく震えて吹き出した。
「ちょっと、幾ら何でも酷いですよ。せっかく人が感動しているのに……」
「おやおやどうしたもう笑ろた。泣いたカケスがもう笑ろた」
タキスの顔を両手で捕まえて、笑いながら最後まで歌う。
四人は、顔を見合わせて揃って堪えきれずに吹き出した。
「全く、湿っぽくなる暇がないな」
そう言って笑うニコスの腕を、次に取った。
「ニコスのはこれだよ」
優しい中間色のまじない紐を取り、同じく左手に結びつけていく。
結び終わるまで、ニコスも黙ったままじっとしていた。
「はい、これで良いよ。どう?」
ニコスは顔を上げてレイを見つめた。
「ありがとうレイ、とても嬉しいよ。俺は言ったように貴族の館に仕えていたからね。精霊の指輪以外の装飾品の類は一切禁止だったから、実はこれを家族から付けてもらうのは初めてなんだよ。本当に嬉しいよ。ありがとう、大切にするよ」
驚くレイに、ニコスも泣きそうな顔で抱きついてきた。
今では一番小さくなってしまったニコスを、レイもしっかりと抱きしめ返した。
「もし切れたらまた作るから、安心してね」
額にキスを贈り、顔を見合わせて笑いあった。
「ギードのはこれだよ」
最後に残った濃い焦げ茶の縁取りのまじない紐を取った。
「ほら、ギードは僕よりも腕が太かったもんね。これぐらいかと思って作ったら、ぴったりだったよ」
得意気にそう言い、ギードの左腕にもまじない紐を結んだ。
「綺麗なもんじゃな。ワシも結んでもらうのは初めてじゃな」
照れたように笑うギードに、今度はレイの方から抱きついてキスを贈った。
「しかし立派になったもんだな。腕など、もうワシよりも太くなったんじゃないか?」
からかうように腕を叩かれて、レイは顔を上げた。
「こうしたら分かるよ。まだギードには全然敵わない」
抱きついたギードの身体はしっかりとした筋肉に覆われていて、特に腕の太さは桁が違う。
「ドワーフと人間では、そもそも骨の太さが違う。そのドワーフと同じ程に筋肉がついておる時点で、そなたも十分に立派だよ」
苦笑いするギードの言葉に、レイも笑顔になった。
「お城で共同作業をしていた半月の間に、仕立ててもらった騎士見習いの服が入らなくなったんだよ。毎日荷物運びをしていたから、腕が太くなったんだって」
「さすがは育ち盛りだな。どこまで大きくなるのか末恐ろしいぞ」
もう一度腕を叩いてそう言われて、レイも笑った。
「目標はヴィゴだもんね」
その言葉に、またしても揃って笑い合った。
「じゃあ、おやすみなさい」
笑顔で部屋に戻るレイを見送り、三人は揃って自分の左腕を見つめた。
しばらくの間、誰も口を開く事が出来なかった。
「まさか、あの子にまじない紐を結んでもらえる日が来るなんて……」
感極まったように、また涙を浮かべるタキスを見て、ニコスも小さく頷いた。
「全くだな。これで文字通り、彼はここから巣立って行ったわけだな」
少し寂しそうに話す二人の言葉に、ギードは顔を上げた。
「おい待て、それはどういう意味だ?」
驚くギードに、タキスとニコスは顔を見合わせて頷いた。
「このまじない紐は、竜人の間に伝わる、言ってみれば守護の術の一つなんです。つまり、親が子に結べば当然守護の術が掛かります。ですが子供から親に結んでも、もちろん結ぶことは出来ますが守護の術は発動しません。当然ですよね。子供は親に庇護されて守られているわけですから」
「だけど、あの子がこれを結んでくれた時、確かに感じたよ、あの子の気配に包まれるのを。それはつまり、もうレイは俺達の庇護の下から旅立って、立派に自分の足で立ち、誰かを守護するだけの力を持っているって事だ」
その言葉の意味を理解して、ギードは改めて己の左腕を見た。
「あの子をオルダムにやった事は……間違いでは無かったんだな。例え俺達がどれだけ寂しい思いをしようとも、あれは正しい事だったんだな」
そう呟いて、その場に膝をついた。
「良かった。良かった……」
その場でうずくまって泣き出したギードの背中を撫でながら、ニコスとタキスもまた泣き出してしまったのだった。
「お邪魔なようですね。今夜はもう戻りましょう」
「そうだね。邪魔をしてはいけないね」
廊下では、マイリーとアルス皇子が、レイが部屋に戻ったのを見て居間に行こうとしたのだが、中の三人の会話を聞いて、その夜はそのまま黙って部屋に戻った。
廊下には、ブルーのシルフがそんな彼らを黙って見送っていたのだった。
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