子竜達との初対面

 夕食の準備の為に、ニコスは台所に戻り、マイリーとタドラもそれぞれ案内された王子の両隣の部屋に入った。

「へえ、広い部屋なんだな。おお、窓も丸いぞ」

 マイリーは、案内された部屋を嬉しそうに見て回り、丸い窓から外を見た。

「綺麗な板硝子が嵌っている。確かに、聞いていたように中々に良い生活をしているようだな」

 そう呟くと剣帯を剣ごと取り外して横に置き、ベッドに座って腰の補助具のベルトを緩めた。上着を脱いで持ってきた部屋着に着替える。ズボンはそのままだ。

 改めて補助具のベルトを締めなおしてから立ち上がり、補助具の歪みが無いか確認してから、置いてあった剣帯を壁にある剣の置き場に置いた。

 脱いだ服を、ハンガーにかけていると、丁度扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ。入ってくれて構わないぞ」

 その場でそう答えると、そっと扉が開いて着替えを済ませたタドラが顔を出した。

「マイリー、着替えは手伝わなくて大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとう。大丈夫だ、今は上だけ着替えたよ」

「それなら良かったです。レイルズが食事の前に例のラプトルの子供を見に行くそうですよ」

「噂の金花竜か。是非見せていただこう。しかし、完全に初対面の俺達が行っても大丈夫か?」

「どうでしょうね。それよりタキス殿から聞きましたが、ロディナからシヴァ将軍とアンフィーが来ているそうですよ。ルークが驚かせたいから内緒にしてくれって頼んだらしいですから、驚く顔を見に行きましょう」

 それを聞いたマイリーは、堪えきれずに吹き出した。

「ロディナから、シヴァ将軍が蒼の森へ行ったって報告は聞いていたが、まだいたのか?」

「らしいですよ。近々帰るらしいですけど」

「それなら是非とも殿下も誘って一緒に行こう。あの真面目なシヴァ将軍の驚く顔を見てやろうじゃないか」

 二人は顔を見合わせて吹き出し、そのまま殿下の部屋へ向かった。



「どうだ?これで良いかい?」

 着替えを手伝うつもりだった二人が部屋へ行くと、すでに皇子は自分で着替えを済ませていた。

「ええ、完璧ですよ。では金花竜とシヴァ将軍の驚く顔を見に行きましょう」

 目を輝かせて頷く皇子に、二人は、また吹き出すのだった。

 廊下には、着替えの終わったレイとタキスが待っていて、彼の案内で廊下を通った先にある騎竜の子供部屋へ向かった。

 洗面所の壁の戸棚は、今は開いたままになっている。

 レイが通る際に説明をして実際に動かして見せ、三人は驚きに言葉も無かった。

「ドワーフの技術というのは、本当に素晴らしいな。しかし、我々人間と何が違うんだ?」

 廊下の天井を見上げて歩きながら、マイリーがそんな事を呟いている。

「ドワーフと竜人は、基本的に皆程度の差はあれ精霊魔法を使いますからね。しかし、人間の中で精霊魔法を使える者の割合は決して高くはありません。物作りの際に精霊の助けを借りる事が出来るかどうかは、作る物が何であれ大きな差になるでしょうね」

 タキスの言葉に、納得したように頷く。

「確かに仰る通りですね。こう言った技術では、確かに敵わぬ部分は多そうだ」

 苦笑いして、タキスが立ち止まるのに合わせて立ち止まった。

「こちらが子竜の為の部屋です。恐れ入りますが、中ではお静かにお願いします。大きな声や、急な動作は子供が怖がるから気を付けてください」

 タキスの言葉に頷く三人を見て、レイはそっと扉を開いた。


「ベラ、ポリー。久し振りだね」

 最初に部屋に入ったレイは、小さな声で中にいるベラとポリーにそっと声を掛けた。

 顔を上げた二匹は、驚いたように入って来たレイを見て、嬉しそうに大きな音で喉を鳴らした。

「うわあ、本当に金色だ……」

 目を輝かせるレイに、ベラの後ろから覗き込んだ子竜は怯えるように小さく鳴いて、威嚇するように小さくその場で跳ねた。ポリーの子供も、ポリーの後ろに隠れてしまった。

「ごめんね、嫌なら近付かないからね」

 優しい声でそう言い、驚かさないようにゆっくりとしゃがんだ。目線が一気に近くなる。

「キュルルー」

 子竜たちは小さな声でもう一度鳴き、母親であるベラとポリーをそれぞれ見上げて首を傾げたのだ。それはまるで、これは誰なの? と聞いているかのようだった。

「か、可愛い……」

 思わずレイは呟いて手を握りしめた。我慢していないと、大声を上げて子竜に飛びついてしまいそうだ。

「クルル、クキュルルクー」

 ベラが聞いたことのないような優しい声で鳴き、子竜の鼻先に自分の鼻を押し付けた。

「クルル、ウキュルククー」

 同じく、ポリーも不思議な鳴き方をして、こちらも子竜の鼻先に自分の鼻を押し付けた。

「ウキュウ」

 子竜が鳴き返す。

 まるで会話をしているかのような仲睦まじい二組の親子の様子を、一同は呆気にとられて見ていた。

 すると、小さな金花竜は母親から離れて、何とレイの側に近寄って来たのだ。

「はじめまして。レイだよ」

 そっと右手を差し出して、そのまま動かずにじっとしている。ポリーの子竜も恐る恐る側に近寄って来た。

 二匹の子竜は、レイの指先に顔を寄せて必死になって匂いを嗅いでいる。

 気がすむまで何度も嗅いだ後、いきなり飛び跳ねてそれぞれの母親の元へ戻ってしまった。

「ああ、怖がらせちゃったかな?」

 小さな声でレイが呟いた時、母親の元に戻った二匹の子竜は、またしても聞いた事のない声で鳴きはじめた。

「ピッピー、クキュルルキュー」

「ピチュピー、ウキュルクルー」

 まるで、母親に大冒険を報告する子供のようだ。

 再び鳴き合った後、ベラとポリーは、何と子竜をレイの方に押しやるような仕草を見せたのだ。

 すると、甲高い声で鳴いた後、子竜達はレイのすぐ側まで来て、頭を彼の指先に擦り付けたのだ。

 驚くレイに構わず、顔を上げていきなり胸元に飛び込んで来た。

「ええ、ちょっと待ってよ。子竜って警戒心が強いんじゃ無かったの?」

 大喜びで飛び付いては跳ね回る二匹を見て、レイは満面の笑みになった。

 戯れてくる二頭を交代で撫でてやり、鼻先にキスを贈った。



 皇子やマイリー、タドラは、少し離れた場所でタキスの背後から目を輝かせてその様子を見ていた。

「これは凄い。初対面の子竜にあれほど懐かれたのは初めて見たな」

 感心するマイリーの言葉に、アルス皇子とタドラも無言で頷いている。

 彼らは、直接騎竜の世話をした事は無くとも、子育て中の騎竜の母親がいかに警戒心が強いか、そして生まれたばかりの子供も、いかに怖がりであるかを知っている為、最初から離れたところで見学するつもりだったのだ。

「さすがはレイルズだな」

 皇子の言葉に二人が頷いて笑い合っていると、扉の向こうに足音がして何やら話をしている声が聞こえた。

「おや、ようやくのお越しだな。子竜を驚かせると申し訳ないから、我々は一旦外へ出るとしよう」

 笑った皇子の言葉に、タキスを残して三人はそっと扉を開いて廊下に出た。




 厩舎の掃除を終えたシヴァ将軍とアンフィーは、新しい干し草を取り出して床に撒いた。

「さて、これで掃除は終了ですね。では上の草原へ行って皆を連れて来ましょう」

 アンフィーの言葉に、シヴァ将軍も大きく伸びをした。



 竜の保養所のある広大な敷地を管理しているシヴァ将軍のロディーナ家では、代々将軍の身分を頂いている。だが、実際の仕事はロディナでの竜の世話と保養所の管理で、いわば事務方の将軍という地位にある。

 彼自身も子供の頃から大勢の騎竜や精霊竜達と共に過ごし、生き物の世話をする事が当たり前だった。

 父親から家督を継いでからも、常に現場に立ち、竜達を自分の目で見て世話をする事を第一に考えている。

 今回の金花竜の誕生は、シヴァ将軍にとっても正に一大事だった。

 金花竜は、まず市場に出ることは無い。仮に出したとしたら、大騒ぎになりとんでもない金額が付くことは確実だろう。

 皇子の誕生の際に贈られる、最高の贈り物の一つが金花竜なのだ。

 また金花竜は、それ自身が生きる宝石とも呼ばれる程で、各国の王族が先を争って手に入れようとする。まさか、このような辺境の地で生まれ、しかもその飼い主が自分を頼ってくれるなんて、騎竜を世話する者としては、これ以上無い誉れでもあった。


 廊下に出たところで、丁度ギードが立っていた。

 彼らはここ数日、何やら忙しそうにしているので、あまりゆっくり話す時間も無かった。子竜もすっかり落ち着いたようなので、そろそろ一度ロディナに戻ろうかと考えている。

 夕食の後にでも、相談しようと考えて、ギードと一緒にまずは上の草原へ向かった。



「しょ、将軍……俺の目がおかしいんですよね……」

 前を歩いていたアンフィーが、いきなり立ち止まって妙な事を言う。考え事をしていた将軍は足元を見ていた為、草原の異変に気付くのが遅れたのだ。

「な、何故ルビーがここにいるのだ! ええ、待て待て! 隣にいるのはアメジストとエメラルドではないか!」

「やっぱりそうですよね。間違い無くそうですよね」

 叫ぶアンフィーの言葉を遠くで聞きながら、将軍は呆然と見上げたままルビーの元へ歩み寄った。

「何故、何故貴方がこんな所に? 殿下のお側にいなくても良いのですか?」

 そっと話しかけると、ルビーと呼ばれたフレアはゆっくりと喉を鳴らした。

「ラピスの主と一緒に来たのだ。ああ、アルスももちろん来ているぞ。それから、アメジストとエメラルドの主もな」

 面白そうな声で言う、その話の内容が頭に入ってこない。

「え? 殿下がここにお越しになっていると? まさか」

「まあ詳しい話は本人の口から聞くと良い。今皆で金花竜の部屋に行ったぞ」

 それを聞いた二人は同時にギードを振り返った。

「ギード。申し訳ありませんがちょっと席を外します!」

「申し訳ありません!」

 二人は揃って頭を下げると、一気に駆け出して坂道を転びそうな勢いで駆け下りていった。

「転ぶでないぞ」

 見送るルビーの声に、ギードは小さく吹き出した。

「いや、傑作だったな。将軍閣下のあの驚いた顔。必死になって隠した甲斐があると言うもんじゃ」

 見上げてルビーに一礼する。ルビーも嬉しそうに喉を鳴らして目を細めた。

「我らは今夜はここで過ごさせてもらう。アルスの事、どうかよろしくな。ここへ来るのを、とても楽しみにしていたぞ」

「恐れ入ります。至らぬことばかりでしょうが、せめてお楽しみいただけるように願います」

 改めて一礼して、ギードはシルフとノームに頼んで草原に散らばっている家畜達とトケラを集めて降りて行った。




 坂道を先を争うようにして駆け下り、ギードの家から中に入った二人はそのままの勢いで騎竜の子供部屋の前まで走って行った。

 しかし、勢いよく扉を開けようとして直前で何とか思い留まり手を止めた。そんな事をしたら、中にいる子竜達がパニックを起こしてしまう。

 二人揃って大きく深呼吸をして、息を整えてから扉を開けようとしてまたしても手が止まる。

「しかしまさか、本当に殿下がここにお越しになるとは、お迎えもせずに何と失礼な事をしたのか。何故皆様方は教えて下さらなかったのだ!」

 文句の一つも言いたくなるというものだ。

「そうですよね。普通教えてくれますよね。ってか、俺みたいな身分のものが、殿下に御目通りして良いんですか?」

 アンフィーは地元の農家の三男で、しかも軍人では無く、ロディナの竜の保養所で雇われている一般職員だ。

「とにかく、お前は後ろで頭を下げていろ」

 返事をしようとしたその時、中から扉が開いたのだ。

 いきなり目の前にアルス皇子とマイリーがあらわれて、シヴァ将軍の口から奇妙な声が漏れる。アルス皇子とマイリーが、堪えきれずに吹き出す音が聞こえた。

「お出迎えも致さず、大変失礼をいたしました」

 咳払いをして慌てて片膝をつく将軍を見て、アンフィーも慌てて真似をして膝をついた。

「ああ、構わないから立ってください。貴方に内緒にしてと頼んだのは私だから怒らないでね。ルークがタキス殿に連絡を取る時に頼んでもらったんだ。驚かせてやりたいから、我々が行く事は秘密にしてくれってね。どう、驚いた?」

 悪戯が成功した子供のように、そう言って目を輝かせるアルス皇子を見て、シヴァ将軍は堪えきれずに小さく吹き出した。

「これはやられましたな。ええ、驚いたなんてものではありませんな。全く気付きませなんだ」

 背後では、気が抜けたアンフィーが座り込んでいる。皇子が自分を見ているのに気付き、彼は慌てて立ち上がって深々と一礼した。

「大変失礼を致しました。初めてお目にかかります。ロディナにて、騎竜の子供の世話を専門にしておりますアンフィー・ジョルテと申します」

「ご苦労様。しっかり働いてくれたまえ。おかげで子供達も元気なようだね」

 皇子達は、後ろにいたタキスの案内で部屋に戻って行ったので、アンフィーはそれを見送ってからもう一度その場に座り込んだ。

「はあ、心臓が止まるかと思った。まさか殿下にこんなに近くで声を掛けて頂けるなんて。俺、ここに来て良かった」

 にやける顔を隠すようにして、嬉しそうにそう呟いた。



「あれ、アンフィーだよね。そっか、こっちに来てくれているんだね」

 その時、もう一度音もなく扉が開き、出て来たのはあの古竜の主だった。

「レイルズ様。はい先日からこちらでお世話になっております。まさか、お帰りになるなんて思ってもいませんでした。殿下から直々にお言葉を賜りました。一生の思い出にします」

 満面の笑みの彼に、レイも笑顔になった。

「あのね、子竜達が僕の事も家族だって認めてくれたよ。一緒に遊んだの、もう、堪らないくらいに可愛いよね」

 それを聞いて、二人は驚きはしたが納得もした。

「ベラとポリーは離れていても、貴方の事を忘れていなかったんですね。だから、母親が家族だと認識している貴方を、子竜達も家族だと認識したんですよ。珍しい事ですが、無い話ではありませんよ」

 専門家からそんな事を言われて、嬉しくてまた笑顔になるレイだった。

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