朝練と彼の生き方
翌朝、いつもの時間にシルフ達に起こされたレイは、ベッドに起き上がって大きな欠伸をした。
『おはよう、今日も良い天気のようだぞ』
肩に現れたブルーのシルフに、レイは笑顔でキスを贈った。
「おはよう。今日は訓練所に行けるのかな?」
『どうであろうな? カルサイトの主も、夕べからここにいるからな。見習い同士仲良くな』
笑いを含んだブルーの言葉に、レイも笑顔で頷いた。
昨日は本当に長い一日だった。
任命の儀式なんて、そんな儀式がある事さえ知らなかった。
「誰も教えてくれなかったもんね。でも嬉しかった。本当に竜騎士になれるんだね」
そう呟いて、枕に抱きついてまたベッドに転がった。
そのまま目を閉じてじっとしていると、ノックの音がしてラスティが起こしに来てくれた。
「おはようございます。朝練に行かれるのなら、そろそろ起きてください」
「はあい、もう起きてます」
腕立ての要領で起き上がり、まずは顔を洗いに洗面所へ向かった。
「今日からの予定って、どうなってるの?」
白服を着ながら尋ねると、寝間着をたたんでいたラスティは顔を上げた。
「今日から訓練所へ行っていただいて構わないとの事です。行かれますよね?」
「もちろん行きます!」
目を輝かせるレイに、ラスティは笑顔になった。
「カウリ様もしばらく訓練所に通う事になるそうですから、今日はどうか分かりませんが、一緒に行けると良いですね」
それを聞いて、嬉しくなった。
「そっか、カウリは自分だけでこっそり精霊魔法を使っていたから、系統立てた勉強や詳しい技なんかを知らないんだね」
「今まで隠しおおせた事に驚きますが、倉庫番という仕事は確かに外部の人との接触は最低限ですし、顔見知りの班の皆が知っていて隠すのに協力していたのなら、まあ隠すことは可能でしょうね」
「うん、第六班の皆は、知っていたよ」
肩を竦めるレイにラスティも頷いた。
『おはようルークです』
『レイルズ準備が出来たら朝練に行くぞ』
「はい、今行きます」
シルフに向かって返事をして、急いで部屋を出た。
「おはようさん。今日からよろしくな」
ルークや若竜三人組と一緒に、廊下には白服を着たカウリの姿があった。
「おはようございます。はい、よろしくお願いします」
元気に挨拶を返して、一緒に朝練の訓練所に向かった。
「後で大人組も来るって言ってたから、順に相手をしてもらおう」
カウリの背中を叩くルークの言葉に、レイも大きく頷いた。
「今度は本気でやってよね」
小さな声でそう言ってやると、笑って舌を出された。
「何だ、どうしたんだ?」
不思議そうなロベリオの言葉に、レイも笑ってカウリに向かって思い切り舌を出してやった。
念入りに柔軟体操を行い、ゆっくり走ってると、マイリーとヴィゴそれからアルス皇子の三人が入って来た。もちろん全員白服だ。
「おはようございます!」
一斉に起こる挨拶に、三人は笑って手を挙げた。
「やっぱり格好良いよなぁ」
カウリの呟きに、レイも隣で一緒になって頷いた。三人のいる場所だけが、光が差し込んでいるように見える。
「おはよう。では約束通り手合わせしてもらうぞ」
満面の笑みのヴィゴに、カウリはレイの後ろに隠れた。
「大丈夫ですよ。カウリの腕も相当ですから!」
「やめてくれ。絶対無理だよ、確実に叩きのめされるって」
背中で情けなさそうにそんな事を言う彼を、レイは振り返って捕まえた。
「諦めて己の運命を受け入れてください」
「無理だって」
どうやら一晩寝ただけで、彼の決意は早くも瓦解したらしい。
「じゃあまずは、僕と手合わせしてくださいよ。本気でね」
最後の言葉は、真剣な声で顔を見て言う。
「……分かったよ」
諦めた様なため息を吐いて、小さな声でそう言い、壁に置かれた棒を選びに行った。
そんな二人を、皆は面白そうに見ていた。
それぞれ棒を手にした二人が真ん中に進み出ると、訓練所のざわめきがピタリと静まった。
部屋にいた全員が、無言で二人を見守る。
「お願いします!」
態と大きな声でレイがそう言うと、ちょっと嫌そうな顔をしたカウリも、一つ息をして大きな声を出した。
「お願いします!」
上段からのレイの打ち込みを、カウリは軽々と受けて横に流した。
そのまま後ろに下がる。
「下がるな!」
レイが叫んで、今度は中段からまっすぐに突きにいく。
しかしこれも、軽々と身をひねって躱し、横から打ち込む。レイは立てた棒でその打ち込みを躱した。
両者が一旦離れる。
「打ってこいよ!」
レイの叫びに小さく舌を出したカウリは、下から掬い上げるようにレイの棒を絡めにきた。
自分の持つ棒をレイの棒に斜めに沿わせて、一気に手首を返して捻ったのだ。
あっと思った時には、棒を奪われて弾かれていた。
咄嗟に後ろに下がる。
ルークやヴィゴならここで一撃が来てさらに逃げるところだが、彼は笑って一旦棒を引いた。
「拾えよ」
からかうような言い方に、カッとなって転がって棒を拾う。
再び向き合ったが、レイはそこからは一気に打ち込みに行き、必死になって連打を叩き込んだ。だが、その全てを易々と受けとめられてしまった。
彼の太刀筋は、今までレイが打ち合って来たどの人とも違う、まるで水が流れるようなしなやかな動きだった。
しかも彼は一度も自分から打ちに来ない。
それなのに打ち込まれた棒を全て易々と受けて流すのだ。
「ほう、これが自己流だと?……大したもんだ」
ヴィゴの呟きに、マイリーも頷き興味津々で見つめている。その隣では、アルス皇子も無言で二人の打ち合いを見つめていた。
打ち合っている最中に、先程と同じようにして棒を絡め取られ、結局、また棒を弾かれてしまった。
「参りました」
悔しいが、カウリの方が確実に腕は上だ。
頷いた彼が棒を引いた瞬間、訓練所は大歓声に包まれた。しかし、その大歓声に応える事なく大きなため息を吐いたカウリは、棒にすがってその場にしゃがみ込んだ。
「ああ、怖かった! お前、本気で打ちに来るなよ。死ぬかと思ったぞ」
カウリが叫んだその言葉に、訓練所は大爆笑に包まれたのだった。
「ええ、僕はいつも通りにやってるだけだよ。それで文句を言われる覚えはありません!」
膨れてそういうレイを見て、また堪える間も無く、あちこちで吹き出す音が聞こえた。
座り込んで息を整えているカウリは、汗をびっしょりかいている。
「凄かったぞ。これで自己流だと?」
ヴィゴの言葉に、彼は顔を上げた。
「基本は、入隊する前に叩き込まれましたが、俺は移動してもずっと倉庫番でしたからね。朝練は参加していましたが、まあ、実戦目的じゃないので、以前いたバーグホルトで同僚と色々と遊んだんですよ。ここで太刀筋をわざと変えたらどうなるか?とか、相手の持つ棒を、叩き落とさずに取り上げる方法は無いか?とかね」
態と、なんでも無いようにふざけた風に言っているが、ヴィゴは今の技の有効性を見抜いていた。予備知識無しにあの技をいきなり仕掛けられたら、自分でも棒を取られない自信はなかった。
「さっきの、彼から棒を跳ね飛ばしたあの技、もう一度見せてもらえるか?」
真剣なヴィゴの言葉に、カウリは驚いたように目を見開いた。
「あんなの、所詮は小手先の誤魔化しですよ?」
「あれの元は、トンファーの絡め取りだろう? お前、トンファーも使うのか?」
真顔のヴィゴに見つめられ、カウリは目を逸らした。
「辺境の農民が身を守るには、トンファーは案外有効な武器なんですよ。俺が使っていたのは、軍で使ってるよりももっと小さな携帯用のものでした。軍に入って倉庫でトンファーを見た時、大きくて驚いた覚えがあります」
「ヴィゴ、彼と打ち合いたい」
目を輝かせるマイリーを見て、ヴィゴは笑った。
「まずは俺が先だ」
いつも使っている、太くて大きなヴィゴ専用の棒を改めて正眼で構える。
「受けてやる。打って来い!」
大声で一喝されて、慌てて立ち上がったカウリが棒を構える。だが、構えたまま戸惑う様にジリジリと後ろに下がっていく。
「どうした、受けてやるから堂々と打ってこい!」
しかし、それでも構えたまま動かない彼を見て、レイにはその気持ちが分かった。
構えているヴィゴには、全く隙がないのだ。あれは怖い。
しかも今の彼は、態と闘志をむき出しにして彼に向かって真っ直ぐに構えている。
そのヴィゴの眼光を真正面から受ければ、まず殆どの人が怯えるだろう。彼の本気の眼光はそれ程に鋭いのだ。
「くそ……」
小さく悪態を呟き、横にゆっくりと移動しながらしかしヴィゴから視線は逸らさない。視線を逸らした瞬間、叩きのめされる事が分かっているからだ。
ゆっくりと上段に構え直し、覚悟を決めて一気に打ち込みに行った。
甲高い音がして、正面からヴィゴが受け止める。次の瞬間、驚くほどの柔らかさで手首を返したカウリの棒が、ヴィゴの棒に絡まる。先ほどのレイは、このまま弾かれてしまったのだがさすがにヴィゴは違った。
「させるか!」
そう叫んだヴィゴが、絡んだ彼の棒ごと自分の腕に彼の腕を肘を使って引っ掛けて、大きく振りかぶってそのまま振り下ろしたのだ。
「ちょっ! ヴィゴ様! それは無茶だって!」
圧倒的な体格差で、一緒に振り回されたカウリはあっけなく吹き飛ばされた。
一応、受け身をとって転がったが、しかしもう起き上がる事は出来なかった。
「さすが、桁が違うわ。でも、ちょっと素人相手に大人気ないっすよ。勘弁してくださいって」
転がったまま苦笑いして文句を言う彼を見て、しかしヴィゴは笑わなかった。
「確かに腕は立つな。しかし太刀筋に迷いが見える。いい加減覚悟を決めろ。己の置かれた立場を考えてな」
厳しくも優しい言葉に、カウリは無言で顔を覆った。
「勘弁してくださいよ。何十年も、これでやってきたんです。今更、俺にどうしろって言うんですか……」
泣いている様なその声に、ヴィゴは初めて笑った。
「簡単な事だ。逃げるな。それだけだ」
呻く様な声を出して、カウリが横向きに転がる。顔は覆ったままだ。
「ほら起きろ。マイリーがトンファーを持って待ち構えているぞ」
「もう無理です! 新人苛め反対!」
転がったまま、情けない声で叫ぶ彼の言葉に、またしても訓練所は笑いに包まれたのだった。
そんな彼らを、壁に立て掛けられた棒に座ったシルフ達が、面白そうに見守っているのだった。
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