煙草の話と金花竜の事
「ただいま戻りました」
本部の休憩室へ戻って来たカウリ伍長を、皆で改めて出迎えた。
「改めて、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる彼に、皆笑顔になった。
「君の教育係はヴィゴが担当することになったから、彼に色々と教えてもらうと良い」
驚く伍長に、ヴィゴは笑顔で手を差し出した。
「改めてよろしくな。まあ、急がず順に慣れていくと良い」
「よ、よろしくお願いします。でも半年しか無いんですよね? 必死で勉強しないと、絶対間に合わないぞ」
最後は小さく呟くように言い、握り返した手を離した。
「事務方だから、柔らかい手をしていると思ったら、以外にしっかりした硬い手をしているんだな。武術の方はどうだ?」
ヴィゴが驚いたようにそう言い、レイは目を輝かせた
「伍長は棒術の腕は相当ですよ」
「おお、それは楽しみだ。明日の朝練は俺も出るから手合わせ願いますぞ」
「お手柔らかに願います。俺がやってるのは、あくまで訓練であって、この歳ですが実戦経験は皆無ですからね」
皆、何か言いかけたが誰も口を開こうとしない。
「あの、どうかお気を悪くなさらないでください。実は俺……マルチェロ様に何があったか知っています」
思わぬ告白に、皆が驚いて彼を見つめる。
「マルチェロ様が療養なさるって発表があってから、俺はシルフに何気無く尋ねたんです。マルチェロ様はどうなさったんだろうなって。そうしたら、彼女たちが言ったんです。彼は戦いをとても怖がってるって……」
「君は、実は相当高位の精霊魔法使いなのだな。普通は、尋ねられてもシルフはそんな事を他人に安易には漏らさないぞ」
『いけなかった?』
『彼は仲間だもん』
『どうして?』
『どうして?』
不思議そうに尋ねるシルフに、マイリーは苦笑いして首を振った。
「いや、君達を責めているんじゃ無いよ。気にしないで」
笑って手を振っていなくなる彼女たちを見送ってから、マイリーは小さく笑ってレイを振り返った。
「レイルズ。精霊魔法使いを軍部が血眼になって一箇所に集める意味が分かっただろう? 軍内部で高位の精霊使いを野放しにすれば、最悪の場合、今みたいに隠そうとしている情報が彼女達によって悪意なく漏らされたりするんだよ」
マイリーの言葉に、レイは大きく頷いた。
「申し訳ありませんでした。他には一切この話はしていません。自分が何をしたのか気付いて、それ以来、シルフに何か聞くときは慎重になりました」
俯いたまま申し訳なさそうに小さくなる伍長に、マイリーとヴィゴは呆れ顔だ。
「これはいよいよ、下級兵士まで全員に適正検査を義務付けるように陛下に陳情するべきだな。こんな事で重要な情報が何処かへ漏れていたら、たまったもんじゃないぞ」
マイリーがそう呟き、天井を見て大きなため息を吐いた。
隣では、ルークも真剣な顔で何か考え込んでいた。
「カウリ、今日の所はもう部屋に戻ってくれて構わない。明日は、七点鐘で起床、まずは朝練だ。早速忙しくなるぞ。まあ、今夜はゆっくり休みなさい」
「了解です。あの、一つ質問ですが……ここって禁煙ですか?」
その質問にヴィゴとマイリーは揃って目を輝かせた。
「レイルズから聞いたが、君は煙草を吸うそうだな」
「はあ、悪い癖だとは思うんですが、やめられなくて……」
恐縮する彼に、二人は満面の笑みになった。
「煙草も紳士の嗜みだぞ。最近は吸わない奴も増えたがね。君は何を吸うんだ?」
思わぬ食いつきに、カウリ伍長は仰け反った。
「ええ、お二人も嗜まれるんですか?」
笑って頷く二人を見て、彼も満面の笑みになった。
「良かった。もう吸うなって言われたらどうしようかと思ってました。あの、俺は悪食でハシシを少々」
「ハシシはあまり身体に良く無いぞ、それなら、俺達のお勧めを幾つか教えてやるから一度吸ってみるといい。好みを教えてくれたら他のも紹介するぞ」
嬉々として話す大人組の会話に、若竜三人組とレイは呆気にとられて見ていた。
「ヴィゴやマイリーも、吸うんだ」
「まあ、ある程度以上の年齢の方は、確かに皆吸ってるな」
「確かにそうだね。父上はよく葉巻を吸ってる」
そんな彼らをルークは呆れたように笑って見ていた。
「そうだな、お前らは煙草は吸わないよな。ねえカウリ、ハシシってまだ持ってますか? 久し振りに俺も吸いたい」
ルークのその言葉に、若竜三人組とレイはまたしても驚いた。
「なら喫煙室へ行こう、そこならゆっくり話せるぞ」
笑って立ち上がると、大人組とルークは手を振って部屋を出て行ってしまった。
「ハシシは身体に悪いって聞いたよ。止めなくて良いの?」
呆気にとられて彼らを見送ったレイは、ようやく我に返ってロベリオたちを振り返った。
「マイリーが言っていたろう? 煙草や葉巻って、紳士の嗜みとも言われているからね。俺達も吸った事はあるよ。まあ、あまり好みじゃなかったから普段は吸わないけど」
ユージンも隣で頷いている。
「僕は吸った事ない」
タドラの言葉に、レイも手を挙げた。
「僕も吸った事ないです」
「お前はまだ未成年だから吸っては駄目だよ。まあ、成人してある程度以上の年齢になると周りから勧められる事もあるけど、吸う吸わないは本人の自由だからね。別に断っても失礼にはならないから覚えておくと良いよ」
「分かりました。僕は多分吸わないと思う」
レイの言葉に、タドラも頷いていた。
「そう言えばマイリーから聞いたけど、カウリって、ヴィゴやマイリーと同い年なんだってね。若く見えるよね」
彼は三十代だと思っていたレイも、驚いて目を見開いた。
「って事は四十五歳か。確かに若く見えるな」
顔を見合わせて、全員がほぼ同時に吹き出した。
「まあ、過去には六十を過ぎて竜の主になった方だっているからね。別に遅くは無いんじゃない?」
「そうだけど、やっぱり勿体無いよな。少なくとも、彼は五年前にはオルダムに来ていたんでしょう? カルサイトにしてみれば、すぐ近くにいたのに会えなかったわけだからね」
ユージンの言葉に、皆頷いた。
「これもマイリーから聞いたんだけど、カウリの父上ってのが、ブレンウッドの貴族でね。先月初めに亡くなったらしい。それで、彼に対して謝罪の言葉と財産の一部を渡すようにと遺言の中で残していたらしい。だけど、家族で色々と揉めていたらしくてね。結局、彼の元へ連絡が来ることは無かった」
「そんな。せっかくお父上が謝罪してくれたのに……」
レイが悲しそうにそう言うと、ロベリオは頷いて彼の背中を叩いた。
「要は、その貴族の奥方ってのが、彼の母上を毛嫌いしていたらしくてね。遺言そのものを無いことにしようとしたんだ。だけどご子息が密かにその遺言状を手に入れてね。オルダムにいる知り合いにシルフを通じて、どうしたら良いかと相談したらしい。母上が密かに罪を犯そうとしているって言ってね。で、それが誰だったと思う?」
「誰だったの?」
不思議そうなレイに言われて、ロベリオはレイを見る。
「お前は誰だと思う?」
突然聞かれて、レイは必死になって考えた。
「少なくとも、相談された側も当然貴族で、それなりの権力を持ってるって事だぞ」
「あ、もしかしてルークのお父上?」
レイが、思いついて目を輝かせてそう言ったが、ロベリオは笑って首を振った。
「えっと、あ! もしかして伍長の上司か知り合いだったとか?」
「レイルズ君、正解」
態とらしくロベリオが言った言葉に、レイは呆気にとられた
「なんとそのご子息が相談したのが、彼の直属の上司のダイルゼント少佐だったって訳だ。少佐もさぞ驚かれただろうな。しかし考えたらこれも運命を感じるよな。おかげでカウリは、長年剥奪されていた竜との面会の権利を得てようやく竜に会いに来た。そして己の運命と出会った訳だ」
全員が笑顔で頷く。
「庶子とは言っても、ルークと同じで貴族社会の事や礼儀作法なんて全く知らないだろうからね。心配な部分もあるけど、人生経験豊富な大人だから、俺達の方が逆に教わる事もありそうだ」
「そうだね。何であれ人が増えるのは良い事だよね」
タドラも嬉しそうに笑いながらそう言い、レイも目を輝かせて大きく頷いた。
「まあ、そんな訳だから、今は、皆それぞれ自分に出来る事をしよう。この後は夏場は特に大きな催事も無いし、落ち着いたらレイルズを蒼の森へ帰らせようってルークが言っていたから、レイルズもそのつもりでね」
もう少ししたら蒼の森へ帰れると聞き、レイは嬉しそうに目を輝かせた。
「あ、そうだ。聞いて。すごいんだよ。タキスから教えてもらったんだけどね、ベラの産んだ卵から金色の子供が産まれたんだって!」
その言葉に、三人揃って目を見開いて揃ってレイを見た。
「お前、今なんて言った? 金色の竜?」
ロベリオが恐る恐る尋ねた言葉に、レイは大きく頷いた。
「そうだよ、ベラが遅くに産んだ卵でね。夏に産まれる子は育ちにくいってシヴァ将軍から聞いて、心配してたの。だけど、皆が頑張ってお世話して少し前に無事に産まれたんだって。それで、その子が何と金色の金花竜って呼ばれるすごく珍しい子だったんだって。金色のラプトルは一万匹に一匹産まれるかどうかって言われてるって聞いたよ。すごいよね。もう僕、見に行くのが楽しみで仕方ないよ。それから黒角山羊にも子供が産まれてるんだって。仔山羊も可愛いよね」
頬を紅潮させて報告するレイだったが、若竜三人組は呆気にとられて呆然とその話を聞いていた。
「お前ら、金色のラプトルって見た事あるか?」
「無い無い! 確か先々代の皇王様が、小さい頃に乗っておられたのが金花竜だったって聞いたことがある」
「そうだよな。今は王宮にも金花竜はいないよな」
顔を見合わせた三人は、ほぼ同時に吹き出した。
「お前は本当に相変わらずだな。じゃあ、蒼の森へ里帰りしたら、好きなだけ子供達と遊んでくると良いよ。しかし、こうなると誰が一緒に行くか揉めそうだな」
「確かに、その時は皆でゆっくり話し合おう」
ロベリオの言葉に、また全員揃って吹き出したのだった。
一方、本部の端にある喫煙室へ移動した四人は、それぞれ置かれていたソファーに座ってのんびりと酒を前にして話をしていた。
マイリーとヴィゴにしてみれば、カウリの人となりを知る良い機会でもある。それに、貴重な喫煙者仲間が出来て素直に喜ぶ気持ちもあった。
ルークは、カウリからハシシの煙草をもらって吸い始める。
「懐かしい味。久し振りだね、これを吸うのは」
そんな彼らを見て、ヴィゴとマイリーは戸棚に置いてあったそれぞれの葉巻を持ってきた。
「葉巻は吸った事が無いんですよ。どんな風なんですか?」
興味津々で、カウリはマイリーの手元を覗き込む。
「こうやって先を切って吸うんだよ。これは軽いから葉巻初心者にはお勧めだ。吸ってみると良い」
手渡された葉巻を持ち、指先に現れた火蜥蜴に擦り付けて火を点ける彼を、三人は驚いて見つめていた。
「カウリ。大胆な事するんですね。迂闊にそんな事をしたら、葉巻や煙草なんて一瞬で黒焦げですよ」
呆れたようなルークの言葉に、彼はまだ自分の指に留まっている火蜥蜴を見つめた。
「そうなんですか? こいつは寒い時は暖めてくれるし、今みたいに火が必要な時にはいつでも出て来てくれるんでいつもお願いしてたんですけど、問題有りますか?」
平然とそんな事を訪ねる彼を見て、三人は同時に吹き出した。
「これはまずレイルズと一緒に精霊魔法訓練所へ行かせるべきだな。二ヶ月あれば最低限の基本の知識は得る事が出来るだろうから、その段取りでいこう。すぐに手続きを取っておくよ」
マイリーの言葉に、ヴィゴも笑って頷いている。
「カウリ、覚悟しろよ。覚える事が山のようにあるからな」
「うわあ、せめて後十年若い時にここに来たかったなあ」
情けなさそうに上を向き、煙を吐き出してそう言う彼を見て、三人とも笑顔になるのだった。
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