朝練の続きと今日の予定

「もう無理ですって。勘弁してください!」

 目を輝かせてトンファーを渡してくるマイリーに、カウリは必死になって首を振った。

「カウリ、諦めてお相手しないといつまでたっても帰れないよ」

 代わりに受け取ったトンファーを手渡しながら、レイが呆れた様に笑う。

「新人苛め、はんたーい!」

 カウリはふざけた風にそう言ってから、大きなため息を吐いてトンファー受け取った。

「一応言っておきますが、こっちは完全な自己流ですからね。お手柔らかに願いますよ」

 振り返って、嬉しそうに構えるマイリーを見る。

「なあ、マイリー様の足って、大丈夫なのか?」

 小さな声でそう聞かれて、レイは大きく頷いた。

「手合わせすれば分かると思うけど、全く問題無いからね。変に手加減なんかしたら、確実に叩きのめされるよ」

「おう、希望の持てる答えをありがとう。死んだら骨は拾ってくれよな」

 死ぬという言葉に一瞬驚いたが、これは本で読んだ事のある比喩的表現だと分かったので、小さく吹き出して背中を叩いてやった。

「任せて。骨は拾ってあげるからね!」

 吹き出したカウリは、向き合って一礼すると一気にマイリーに打ち掛かった。

 甲高い音がして、直後に二人は飛び離れる。

「行きます!」

 そう叫んだカウリが、両手のトンファーを使って素早く何度も打ち込みに行く。しかし、その全てを余裕で受けるマイリーに、カウリは悔しそうに口元を歪めた。

「これしきの腕では、お相手になりませんかね!」

 そう叫んで、下から掬い上げる様にして打ち込み、そのままいきなりマイリーの懐に飛び込んだのだ。

 しかし、それも余裕を持って受け止めたマイリーは、飛び込んできた彼を、何と補助具のついた左足の曲げた膝で、思い切り蹴飛ばしたのだ。

「ちょっ、それは……」

 咄嗟に身体をひねって逃げようとしたが果たせず、カウリは思いっきり無防備な脇腹を蹴られて転がった。


「あ……死んだかも」

 転がったカウリを見て、レイは思わず呟いた。

 後ろでは、同じセリフをルークとロベリオも呟いている。

「あ、これは死んだな」

「ああ、決まったな」

 一瞬静まり返る訓練所に、カウリの呻き声が聞こえた。

「もう無理……死んだ……」

 全員揃ってまたしても吹き出して、それから拍手が沸き起こった。


「大丈夫か? あそこまでまともに入るとは思わなかったぞ」

 苦笑いしながら、マイリーが転がったまま起き上がれないカウリの側に行く。

「マイリー様。素人相手に大人気ないっすよ」

 目を開いた彼が文句を言っているが、起き上がる気配が無い。

「大丈夫?どこか痛めた?」

 慌ててレイが駆け寄って覗き込むと、笑っている彼と目が合った。

「なあ、叩きのめされてみっともなく転がってるのに、それが嬉しいなんて……俺、どうなってるんだろうな?」

 その言葉に、思わず吹き出したが大きく頷いてやる。

「だって、相手はヴィゴとマイリーだよ。そんなの当然だって」

 手を引いて立たせてやったが、蹴られた脇腹を押さえてまたしゃがみ込んでしまった。

「いたた。もう駄目。動けません」

 心配して慌てて覗き込むと、まるで悪戯している子供の様に目を輝かせる彼とまたしても目が合った。

「いい加減にしてください!」

 大きな声でそう言って背中を力一杯叩いてやる。

 悲鳴をあげたカウリが、地面に手をついて転がる。

「新人苛めはんたーい!」

 またしても情けなさそうに叫ぶその声に、また訓練所は笑いに包まれるのだった。




「これは見事に入りましたね。骨には異常はありませんが、腫れが引くまで湿布をしてくださいね。今日はもう無理はしない様に。明日、また診て差し上げます」

 駆けつけたハン先生に診てもらいながら、カウリは小さくなっている。

「まさか、ハン先生に診てもらえるなんてね」

 小さな呟きに、レイは不思議そうに彼を見た。ハン先生はお医者様なんだから、怪我をしたら診てもらうのは当たり前なのに。

「あとで教えてやるよ」

 肩を竦めてそう言われ、頷いて彼に手を貸して立ち上がった。



「ラスティからカウリも精霊魔法訓練所に行くって聞いたんだけど、今日はまだ行かないんですか?」

 側にいたルークに尋ねると、頷いたルークはヴィゴを見た。

「ヴィゴ、結局今日はどうするんですか?」

「ああ、今日は俺もカウリと一緒に訓練所に行くよ。ケレス学院長に彼を紹介しないとな」

 目を輝かせるレイを見て、ヴィゴは笑った。

「訓練所では、お前の方が先輩だな。授業は別になるが、自習時間はしっかり面倒を見てやれよ」

「はい、任せてください!」

 嬉しそうなその答えに、皆笑顔になった。

「よろしくな。先輩」

 笑って肩を組んでくるカウリに、レイは笑って胸を張った。

「任せてね。何でも教えてあげるからね」

「おお、頼りにしてるぜ。先輩」

 二人は顔を見合わせて笑い合った。

『一緒に行くの』

『嬉しい嬉しい』

『楽しみ楽しみ』

 彼らの頭上に現れた何人ものシルフ達が、楽しそうに笑いながらそう言って手を叩いていた。



 それから、カウリが横で休んで見学している間に、レイも久し振りにヴィゴと棒で手合わせをしてもらった。

「受けてやるから打って来い!」

「お願いします!」

 大声でそう言われて、大声で叫んで正面から打ち込む。

 言葉通り打ち返してくる事は無くしっかりと受けてくれたので、レイは必死になって何度も手を変えて打ち込み続けた。



 以前キルートから教えてもらった、強弱を付けた棒の握り方は慣れてくれば少しだが出来る様になってきた。確かに、これだと手は楽な気がする。そして気が付いたのだ。ヴィゴやマイリー、ルークもその持ち方をしている事に。



「もっと頑張るんだ!」

 そう叫んで横から放った力一杯の打ち込みも残念ながらやすやすと止められてしまい、その直後に一度だけ打ち返された。

 受け止めきれずに手が痺れて棒が弾かれる。その場を放棄して咄嗟に転がって逃げようとしたが一瞬遅く、防具に守られた左肩を強かに打たれてしまった。

「ふぎゃっ!」

 悲鳴を上げて後ろに転がる。そのままもう一度横に転がって、棒の攻撃範囲から逃れてから起き上がって両手を上げた。

「参りました」

 棒を下げてくれたのを見て、大きなため息を吐いてそのままもう一度背中から転がった。

 一気に汗が吹き出し、息が切れる。必死になって息を吸った。

「全然、敵わない、よ。力で、叶うわけも、ないし、打ち込む、隙なん、て、どこにも、無いんだもん……もう、全然勝てる気がしないよ」

 呆気にとられて自分を見ているカウリに、転がったまま手を振って笑った。

「すげえな、お前」

 手を振り返されて、起き上がって大きく深呼吸をした。

「ありがとうございました!」

 改まって向き合い、一礼してから下がった。



 その後は、乱取りに混ぜてもらって朝練は終了した。



「着替えたら、まずは食事に行こう。それから二人は俺と一緒に精霊魔法訓練所だ」

 ヴィゴの言葉に、カウリも頷いている。どうやら精霊魔法訓練所に行く事は聞いていた様子だ。

「カウリは、精霊魔法をどこかで勉強した事はあるの?」

 廊下を歩きながらふと思いついて尋ねると、彼は首を振った。

「まさか、隠してるのにそんな事出来るかよ。一応、結界を張る事と、カマイタチとカッター程度なら出来るぞ。シルフとウィンディーネに教えてもらったからな」

 その言葉に、思わず歩いていた全員が立ち止まった。

「待て、誰から何を教わったって?」

 真剣なヴィゴの言葉に、振り返ったカウリは不思議そうに首を傾げた。

「軍に入った最初の頃にシルフに尋ねたんです。他の人が精霊魔法で攻撃するのって、どうやってるんだ? って。そうしたら、彼女達がカマイタチの技を教えてくれたんです。一番よく使う、風を強く放って物を断ち切る技だって」

「それで、やってみたのか?」

「はい、最初は軽い風が起こる程度だったんですけど、慣れればこれぐらいの棒は切れる様になりましたね。で、それを見てウィンディーネ達がカッターを教えてくれたんです。そっちもこれくらいの棒は切れる様になりました。火蜥蜴は話が出来ないので、火を付けるのと、寒い時に暖めてくれる程度ですね」

 そう言って、笑って自分の腕を指差した。

 マイリーとヴィゴは、無言でお互いの顔を見合わせ、そして同時にため息を吐いた。

「今更言っても詮無い事だが、もっと早くカルサイトに会いに来て欲しかったな。お前の無為に過ごした時間が、本当に、心の底から惜しいと思うぞ」

 ヴィゴの真剣な言葉に笑って肩を竦める彼を見て、マイリーは無言で彼の背中を叩いた。


 一旦、それぞれの部屋に戻り着替えをした。

「ヴィゴとカウリも一緒に訓練所に行くんだって。これからは、彼も一緒に訓練所に行くんだよ」

「そうなんですね。じゃあ訓練所では先輩ですね」

 差し出された服は、いつもの騎士見習いの服だ。

「そう言えばカウリは普段は何を着るの? 騎士見習いの服?」

 袖を通しながら尋ねると、ラスティは笑って教えてくれた。

「カウリ様は、竜騎士見習いの服ですよ。レイルズ様も、近いうちに普段から竜騎士見習いの服を着る事になりますからね」

「えっと、僕はまだ未成年だよ?」

 一応、来年の春が来るまでは未成年扱いだと聞いていたが、違うのだろうか?

「まだ調整中ですが、カウリ様と一緒にいると、どうしても貴方が誰なのか、分かってしまいますよね。それで、マイリー様とルーク様がどうするかと相談しておられました。決まれば教えてくださいますよ」

 もう、普段からあの大注目を浴びる事になるのかと考えて、レイは遠い目になった。

 そんな彼を見て、ラスティは小さく吹き出した。

「まあ、あれはもう慣れるしかないので諦めてください。ですが、カウリ様には申し訳ありませんが、あの方が来てくださったおかげで。周りのレイルズ様への興味は、恐らくかなり低くなると思いますね。年齢的には、カウリ様の方が竜騎士になるのが早い事は、少し考えれば分かりますから、近付くならそちらが先だと考える方も多いでしょうからね」

 驚くレイに、ラスティは笑顔で頷いた。

「見習いの方が同時に二人いると、精神的な負担がかなり軽くなる事は、ロベリオ様とユージン様で証明されましたからね。良かったですね。歳は違いますが、どうか仲良くなさってください」

「はい、彼はとても良い人だよ」

 満面の笑みで答えるレイに、ラスティも笑顔になった。



 マイリーと殿下は、所用で城へ行ってしまったそうなので、残りの皆と一緒にまずは食堂へ向かった。

「よく似合ってるよ。その制服」

 隣を歩くカウリに、レイは笑顔で話しかけた。

 彼は、真新しい竜騎士見習いの赤い制服を着て腰にはミスリルの剣を装着している。やや痩せ型だが背が高い彼は、そうしているととても格好が良く見える。

「一着あたり幾ら掛かるか知ってるだけに、それを自分が着るなんて考えたら畏れ多くて緊張するね。染みでもつけたらどうしようかってさ。それからこれ、話には聞いていたがミスリルの剣って本当に軽いんだな。驚いたよ」

 腰の剣を叩いてそう言うので、レイも頷いた。

「僕は最初からミスリルの剣を持っていたから、逆に初めて鋼の剣を持った時は、重くて大変だったんだよ」

「もしかして、俺の所へ来た時か?」

 笑って頷くレイに、彼も小さく吹き出した。

「そりゃあお疲れさんだったな。まあ確かに、剣は慣れないうちは重く感じるな」

「そうだよね。皆凄いと思ったもん」

 仲良くそんな話をしながら並んで歩く二人を、周りは面白そうに見つめていた。

 そんな二人の両肩にはシルフ達が座っていて、こちらも皆笑顔で彼らの話を聞いていたのだった。

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