騒動の後片付けと蒼の森の金花竜

「伍長、おめでとうございます」

「おめでとうございます! まさかこんな事になるなんて思ってもいませんでしたが、心から、心からお祝い申し上げます!」

 第六班の面々だけでなく、直属の上司であるダイルゼント少佐を始め、関係者全員に整列して出迎えられたカウリ伍長は、無言で顔を覆った。

「ただいま戻りました。はい、なんか……こんな事になっちまいました。こんなおっさんが、今更竜騎士様だなんて、精霊王もひどい悪戯をなさるもんです」

 第六班の皆は、それを聞いて小さく吹き出した。

「年齢は関係無い。過去には六十近くになってから竜騎士になられた方だっておられる。君は有能だ、きっと立派な竜騎士となるだろう」

 ダイルゼント少佐の言葉に、顔を上げて一瞬泣きそうな顔になった彼は小さく息を吐いた。

「人の運命なんて、何処でどうなるか分からんもんですね、今度の事で思い知りましたよ」

 顔を見合わせて、揃って少しだけ笑った。



「お前ら、ちょっと来てくれ」

 カウリ伍長がそう言って倉庫横の事務所へ向かう。

 第六班の皆が後ろをついて行った。

「ここに一通りの在庫内容や仕事が書いてある。特に滅多に使わない在庫は赤字で書いてあるから必ず一度は場所を確認してくれ。だけど今後は、お前らがやりやすいようにどんどん変えてもらって良い。いや、そうするべきだ。万一どうしても分からなければ連絡してくれ。良いな」

 そう言って、ルフリー上等兵に分厚いノートを差し出した。

「伍長。まさか、こうなる事が分かっておられたんですか?」

 ノートを受け取り驚く彼に、カウリ伍長は首を振った。

「まさか、俺はてっきり第四部隊に移動させられると思っていたんだよ、それなら最低限の事は、すぐにでも引き継ぎ出来るようにしておかないとと思ってさ……」

「あ、ありがとうございます! 後の事は、どうか我々にお任せください! 必ず、必ず皆が滞りなく仕事が出来るように、我ら一丸となって頑張ります!」

「おお、頼りにしてるぜ」

 伍長はそう言って泣きそうな顔で笑った。

「ありがとうな。俺は本当に部下には恵まれたよ」

「我々だって、我々だって……」

 肩を叩かれて、ルフリー上等兵は俯いて言葉を詰まらせた。

「まあ、無理するなよ。日常の業務なんて6割ぐらいの力でやっとけ。そうじゃないといざって時に動けないぞ。良いな、常に全力は厳禁だ。お前は大体いつも張り切りすぎなんだよ。常に全力疾走してたら、転んだ時に大怪我するのは自分だぞ。分かったら普段は肩の力抜いて、適当にやっとけ」

「伍長……相変わらずですね」

 泣きそうな顔でそう言って笑うルフリー上等兵に笑いかけ、カウリ伍長は肩を竦めた。

「人の性格なんてそう簡単には変わらんよ。ほら、適当な竜騎士なんてのが一人くらいいても良いんじゃないか?」

 その言葉に、ルフリー上等兵だけじゃなく周りにいた第六班の全員が同時に吹き出した。

「もう。せっかく、最後ぐらいは真面目に送り出そうと思っていたのに!」

「まあ、相手が伍長ですからね」

 チェルシー上等兵が笑いながらそう言い、クリス二等兵が大真面目な顔でそんな事を言う。

「まあ、こういうのの方が、俺達らしくて良いんじゃね?」

 笑ってそう言い、伍長は荷物整理をする為に自室へ向かった。



 しかし、部屋に入ったところで自分の場所を見てしばらく考える。

「考えたら、俺の私物ってこれぐらいしかねえよ」

 そう呟いて手にしたのは、煙草入れと携帯式の灰皿だ。

 精霊の石がついたペンダントは常に身に付けているし、それ以外の服や身の回りの物は全て軍からの支給品だ。

「なあ、ここにある物って返却が必要か?」

 横を見て、一緒に来てくれた竜騎士隊付きの第二部隊の兵士に尋ねる。

「制服とシーツなどの寝具は共通品ですから、返却の必要があります。ですが、それ以外は支給されたものですから、特に返却の必要は無いかと思われます。剣などの装備品はそのままお持ちください」

 その言葉に頷くと、扉の前で覗き込んでいた第六班の仲間を振り返った。

「悪いけど寝具と制服は返却しといてくれよ。後のは大した物は無いけど置いていくからお前らで好きに分けて使ってくれるか。少なくとも、今お前らが使ってるのよりは良いと思うぞ」

 目を輝かせる二等兵三人に伍長は笑いかけて、そのまま部屋を後にした。



「じゃあな。まあ別に遠くへ行くわけじゃ無い。大層な見送りはいらないよ。だけど、もしも何かあったらいつでも頼れよ。良いな」

 最後だけは真面目な声で言い、そのまま手を上げて伍長は去って行ってしまった。

 仰々しいお別れの挨拶も無く、まるでいつもと変わりないかのようにふらりと出て行ってしまった彼を呆然と見送り、第六班の全員の口から同時に、大きなため息が漏れた。

「相変わらずだな」

「でも、確かにこれが伍長らしいですね」

「そうですよ。確かに二度と会えなくなるわけじゃ無いんですから。少なくとも、伍長の今後の様子は、我々にだって分かりますよ」

「なんだよお前、泣いてるのか?」

「な……泣いてなんかいません。これは、これは鼻水です!」

 泣きながら、皆で笑った。



 一方、部屋を出て廊下を通り、建物の外に出るまで伍長は無言のまま平然と歩き、付き添いの兵士も無言のままその後ろをついて行った。

 しかし、建物の外に出た途端に、立ち止まってその場にしゃがみ込んだ。

「すまん。ちょっとだけ……ちょっとだけ待ってくれ……」

 顔を覆って呻くようにそう言う伍長の背中を、付き添いの兵士がそっと叩いた。

「我らの事はお気になさらず。どうぞ気の済むようになさってください」

 思いがけない優しい言葉に、伍長は顔を覆ったまま長い間動く事が出来なかった。

 様々な思いが交差して、もうどうしたら良いのか分からなくなってしまった。



「希望って、こんなに怖いものだったのかなあ……」

 小さく呟いて、それから吹き出した。

「この歳になって、全く新しい場所に希望を持って行く事になるとはね。人生、本当に何が起こるか分からんもんだな」

 ゆっくりと立ち上がって大きく伸びをする。

「待たせて悪かったな。じゃあ行こうか」

 照れたように振り返ると、ゆっくりと歩き出した。

 己の運命が待つ建物へと。




 一方、竜騎士隊本部では、後方支援の者達が慌ただしくそれぞれ新しい竜騎士を迎える準備に追われていた。

 ヘルガーをはじめとする従卒達は、彼の為の新しい部屋を用意し、当然、ここには新しく彼の担当の従卒を配置しなければならない。

 ガルクール達は、新しい竜騎士見習いの制服の仕立ての準備を始め、モルトナとロッカも、それぞれ新しい装備の準備を始めていた。



 本部の事務所では、マイリーとヴィゴの二人が顔を寄せて相談をしていた。

「彼は事務方出身だから、将来的にはお前の補助に付けようと思うがどうだ?」

「それはありがたいが、そっちは構わんのか?」

「ルークが思った以上にやってくれてるんでね。こっちは心配いらん。必要なら声をかけるよ。そうなると、彼の指導はお前に頼むのが良かろう。新しい見習いがいれば、ロベリオかユージンにやらせようと思っていたが、彼の年齢を考えると、お前にやってもらうのが適任だと思うがどうだ?」

「そうだな、確かにそれが良かろう。分かった、では彼は俺が引き受けよう」

「しかし、まさか新人が俺達と同い年とはね。正直驚きだよ」

 手にした書類を見ながら、マイリーは苦笑いしている。

「しかし彼は若く見えるな。三十代後半ぐらいかと思っていたぞ」

「俺もそう思った。しかしこうなると、精霊魔法の適正についてはしっかり確認しないとな。レイルズが一度確認しているが、元々それなりの腕の精霊使いだったようだからな」

「カルサイトは風の属性だから、彼にどの程度まで精霊魔法の適性があるのか、確かに、一度詳しく確認する必要があるな」



 その時、事務所にルークとレイルズが入って来た。

「マイリー、ヴィゴ。レイルズがちょっと気になる事を言ってるんで聞いてやってもらえますか」

 ルークの言葉に、二人は揃って顔を上げた。

「構わんぞ。どうした?」

 周りを見回してレイはすぐ近くまで来た。

「あの……人のいないところでお話し出来ますか?」

 顔を見合わせた二人は深刻そうな話だと判断して、揃って会議室に移動した。

 念の為、ルークとマイリーが部屋に結界を張る。

「これで話が外に漏れる心配はないぞ、聞こう。どうした。何かあったか?」

 マイリーの言葉に、座っていたレイは困ったように彼を見た。

「あの、カウリ伍長の事なんですけれど、聞いた以上、お話ししておくべきだと思って……」

 戸惑うように言葉を濁す彼を見て、マイリーは手元の書類を見た。

「彼の出生についてなら知っているぞ。ブレンウッドの貴族の庶子だったって話だろう?」

 念の為そう言ってみたが、レイは困ったように首を振った。

「その話はご存知なんですね。だけど、あの……」

「構わんから言いなさい。問題があるかどうかは我々が判断する」

 促すヴィゴの言葉に、レイは意を決したように口を開いた。

「以前、一緒に仕事をしていた時、夜に二人だけで話す機会があったんです。その時に、精霊魔法について話していて伍長はこう言ったんです。小さかった頃から、どんな辛い時も一緒にいてくれたこいつらが大好きなんだって。いつも笑っていて欲しいって、だから、戦わせたくないんだって。自分のくだらない感傷だって分かってるけど俺は嫌なんだって」

「それはまた、複雑な感情だな」

 困ったようなヴィゴの声に、マイリーも小さく頷いた。

「これは一度、彼とゆっくり話す必要がありそうだな。分かったよ、留意する。話してくれてありがとう」

「それから、伍長はシルフに頼んで何もない廊下でいとも簡単に結界を張って見せました。火蜥蜴ともとても仲が良くて、指に現れた火蜥蜴で煙草に火をつけるのを見ました。水の精霊魔法については見ていないのでわかりませんが、少なくとも風の属性に関しては間違いなく上位の精霊魔法使いです」

「成る程ね。しかし、よくも今まで隠しおおせたもんだ。そっちに感心するよ」

 マイリーの呟きに、ヴィゴも苦笑いしながら頷いている。

「案外、下級兵士に精霊魔法の適性がある者が隠れているのかもしれないな。一度、全員に適性検査をしてみる必要があるかも知れないぞ」

「マーク伍長もそうだったしな。この事は殿下にも話しておくよ。今後はまあ、彼の様子次第ってところだな」

 マイリーが指を鳴らすと、何かが割れる音がして静かになった。

「じゃあ戻ろう。そろそろカウリが戻ってくるだろうからな」

 立ち上がったマイリーに続き、皆立ち上がった。






 一方その頃蒼の森では、到着したシヴァ将軍と騎竜の子供専門の飼育担当者のアンフィーが、石の家に泊まり込んでラプトルの世話に当たっていた。

 とは言っても、初対面の彼らにはベラもポリーも非常な警戒心を見せた為、二人は極力目につかない場所で様子を見守り、実際の世話は、彼らと相談しながらいつも通りにタキス達が交代で行なっていた。

「この、氷を使って温度を下げる部屋というのは素晴らしいですね。気温が一定だし、空気が淀むことも無い。精霊魔法にこんな使い方があったなんて、本当に驚きです」

「上位の精霊魔法使いが三人いるから出来る事でしょうが、参考になるようでしたら幸いです」

 タキスの言葉に、シヴァ将軍は大きく頷いた。

「今後、夏仔を育てる際の参考にさせて頂きます」


 そして、タキス達が子供の世話をしている間に、なんとシヴァ将軍とアンフィーは家畜達の世話をしてくれているのだ。最初は驚いたが、ロディナの竜の保養所には家畜も何頭もいて、交代で面倒を見ているのだと言われてしまい、結局お願いする形になってしまった。

「黒角山羊の仔山羊は初めて見ました。可愛いですね」

 戯れて、彼の指を乳を求めて舐める仔山羊に、アンフィーは満面の笑みを浮かべている。

「この牛は非常に良い牛ですね。これはいつから飼っておられるんですか?」

 牛にブラシをかけているシヴァ将軍に聞かれて、一緒に上の草原へ上がっていたニコスが笑って答えた。

「牛はドワーフギルドの紹介で、地元の酪農家と契約して、乳の出る牛を借りているんですよ。この子は今年の春からここへ来た子です。なかなかに良い乳を出してくれます」

「成る程、二年単位で替えてもらうわけですね」

「黒角山羊は、番いで購入したので、その酪農家の方に仔山羊が生まれたら引き取ってもらっていました、ですが今回は、しばらくここで面倒をみるつもりです」

 ニコスの言葉に、シヴァ将軍はちらりとニコスを見た。

「彼がいなくなって、さぞお寂しいのでは?」

 振り返ったニコスは小さく頷いた。

「わずか、一年と少しの間でしたが、人の子の成長の速さを思い知らされましたね。ですが、今でもここはあの子の家です。我らはここを守るだけですよ」

 そう言って笑い、最後のブラシを終えてニコスは道具を片付けていた。



「あの金花竜ですが、本当によろしいのですか? 競りに出せば、それこそとんでもない値が付きますよ」

 シヴァ将軍の言葉に、振り返ったニコスは笑って首を振った。

「これでも、金花竜の値打ちは理解しております。来年には、アルス皇子様とオルベラートのティア姫様とのご成婚もございます。さすがにすぐにお届けする事は無理でしょうが、将来、御子がお生まれになれば、金花竜は贈り物としては最高でございましょう」


 実は、ニコスはタキスとギードに頼んで、金花竜が無事に育てば、数年後にはオルダムのアルス皇子とティア姫様の元に贈りたいと頼んだのだ。二人も喜んで同意してくれた。

 しかし、それを聞いたシヴァ将軍から、個人が贈るには、逆に金花竜は値打ちがありすぎると言われ止められたのだ。確かにタキスだって、今の実際の身分はただの平民だ。

 それならば、この夏を越して無事に育てる事が出来れば、数年後には正式にロディナで金花竜を買い取りたいと言われたのだ。

 その上で、蒼の森の彼らが育てた竜だと言って、アルス皇子夫妻の元へ届けるという事で相談がまとまったのだ。



「まあ、まずは夏を越してもらわねば話になりませんから。今は目の前の世話を頑張ります」

 笑うニコスに、シヴァ将軍も大きく頷くのだった。



 それぞれが、自分に出来る精一杯の事を考えた初夏の日だった。

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