任命の儀式

 ヴィゴとルークと共に、カウリ伍長は一旦竜騎士隊の本部へ行くことになり、レイもそのまま一緒に行くように言われた

「えっと、まだこっちでの片付けがあるんですが?」

 戸惑うレイに、ロンハルト少佐は笑って首を振った。

「ヴィゴ様から伺いました。貴方もまだ正式な最初の儀式をお受けになっていないと。良い機会ですから、ここは我々に任せてどうぞカウリ伍長とご一緒にお戻りください。あとは我々が片付けておきますので」

 振り返ってヴィゴを見ると笑って頷いてくれたので、レイはその場にいる全員に向かって頭を下げた。

「では、本部に戻ります。十日間、お世話になりました」

 その場にいた全員が、直立して敬礼してくれた。



 戸惑うカウリ伍長と共に、まずは竜騎士隊の本部へ戻った。

「おかえり。レイルズは十日間ご苦労だったね」

 本部の事務所には、驚いた事に、第一礼装の竜騎士全員が揃っていた。

 アルス皇子に言われて、レイは直立して敬礼した。にっこり笑って敬礼を返される。

「そして、カウリ伍長。ようこそ竜騎士隊へ。我々は、新たな竜騎士を歓迎するよ」

 アルス皇子の差し出された手を握り返しながら、やはり戸惑っているカウリ伍長だった。


「さて、場所を変えよう。最初の儀式をすませてしまわないとね。ああそれからレイルズ、待ってるから、君は竜騎士見習いの服に着替えておいで」

 レイは、今は第二部隊の制服を着ている。ルークに背中を叩かれて返事をして、扉の前で待っていてくれたラスティの案内で、用意されていた別の部屋で竜騎士見習いの制服に着替えた。

 その間にヴィゴとルークも着替えを済ませ、休憩室に移動した皆は、カウリ伍長に改めて自己紹介をしていた。


「お待たせしました!」

 竜騎士見習いの制服に着替えたレイが休憩室に駆け込んできた時、大人組はカウリ伍長を加えて陣取り盤を挟んで話をしていた。その後ろに若竜三人組とルークが覗き込むようにして話を聞いている。

「おお、早かったな。じゃあ行こうか」


 振り返ったルークが笑い、全員が立ち上がった。

 何処へ行くのかと思ってついて行くと、驚いた事に到着したのは、城にある精霊王の神殿の別館だった。

 豪華な祭壇の前には、豪華な衣装をまとった司祭が立っていて、その隣には驚いた事に皇王様がこれも豪華な衣装と肩掛けをまとい立っていた。

 壁に沿って並ぶ、精霊王に従う十二神の彫像の前では、主だった貴族達がこれも第一級礼装で並んでいた。



 呆然とするレイとカウリ伍長をその場に置いて、竜騎士達は彼らの後ろで、少し離れて二手に分かれて左右に整列した。

「只今より、任命の儀式を執り行います」

 司祭が厳かにそう宣言し、一歩前に進み出た。

「新たに精霊竜カルサイトと出会い、竜の主となったカウリ・シュタインベルグ、同じく精霊竜ラピスラズリと出会い、竜の主となったレイルズ・グレアム両名に、正式な竜騎士見習いとしての権利と義務をここに与えます」

 その言葉に慌てたようにその場に跪くカウリ伍長を見て、レイもそれに倣った。



 一体何をするのだろう。

 全く何の説明も無くここへ来たレイは戸惑いを隠せなかった。

 しかし、彼の隣で跪く伍長も同じぐらいに戸惑っているように見える。いや、よく見ると伍長は小さく震えていた。

 突然、竜の主となって間もないままここに連れて来られた彼は、恐らく自分以上に戸惑いその頭の中は真っ白だろう。

 自分よりも戸惑っている彼を見ると、不思議と戸惑いが消えていった。

 例え何があっても、ここには皆もいる。もしも間違いそうになったら、きっと誰かが教えてくれるだろう。

 そう信じて次の言葉を待った。

「古の誓約に則り、ここに新たなる竜の主が誕生した事を精霊王に報告するものなり。精霊竜と共にあれ。そして精霊竜と共に、この国を守る力となれ。新たなる竜の主に祝福を」

 大きな宝石のついた豪華なミスリルの杖を手にした司祭は、そっとその杖で伍長とレイの肩を叩いた。

 その瞬間、シルフ達が大勢現れて大喜びで手を叩いた。


『綺麗な杖』

『大事な杖』

『愛しい主に祝福を!』


  口々にそう言って、二人の頬や額に次々とキスを贈った。



 続いて皇王が二人の前に進み出た。

「ここに新たな竜騎士見習いが誕生した事を認める。共に精進するが良い」

 慌てて再び跪いたまま深々と頭を下げる。

 皇王は、ゆっくりと腰の剣を抜いた。

 柄の部分に巨大なルビーが嵌められたその宝剣は、特別な儀式の時にしか使われないものだ。

 カウリ伍長の右肩に、その抜き身の剣を横にして面を当てる。

「カウリ・シュタインベルグ。常に己に正直に、誠実であれ。そして伴侶となった精霊竜と、共に生きる事を誓うか」

「誓います。何も持たぬ私ですが、シエラと共に、この国のお役に立てるよう精一杯努めます」

「其方のこれからに期待する」

 そっと剣が引かれ、一旦鞘に収められた。


 

 シルフ達は皆、うるさいぐらいに周りで大喜びではしゃぎまわっている。



 もう一度剣を抜いた皇王は、そっとレイの肩に同じく抜き身の剣を置いた。

「レイルズ・グレアム。常に己に正直に、誠実であれ。そして伴侶となった精霊竜と、共に生きる事を誓うか」

 口を開くと、不思議に自然と言葉が出て来た。

「誓います。何も知らなかった私を救ってくださったこの国に、生涯かけてご恩を返します」

「其方のこれからに期待する」

 そっと剣が引かれ、鞘に収める音が響いた。

 次の瞬間、神殿中に拍手が沸き起こった。



 役目を終えた皇王と司祭が、ゆっくりと下がり祭壇の前に並んだ。

 そして、左右に整列していた竜騎士達が、全員揃ってミスリルの剣を抜いたのだ。

 彼らの後ろに、整列していた貴族の中の剣を帯びた者達が、駆け寄って整列してそれに続く。

 同じく一斉に抜刀したその剣は、全員がミスリルの剣だったのだ。

 腕を伸ばして高く掲げた剣を左右に向き合い互いに真ん中で交差させる。扉の前まで続くミスリルの剣のアーチが完成した。

「両名、立ちなさい。そして仲間の作る聖なる剣をくぐれ。決して惑う事なく前に進む為に」

 皇王の言葉に、二人は立ち上がり振り返った。そして目の前に作られた剣の列に息を飲んだ。

「さあ進みなさい」

 一番近くにいたアルス皇子の言葉に、レイは背中を叩かれて先に進み出た。



 すると、ふわりとブルーのシルフが現れてレイの右肩に座った。カルサイトの使いのシルフも同じように現れて、カウリの肩に座った。

 そのままブルーのシルフと共に、ゆっくりと人々が捧げる剣の下をくぐって歩く。



 皆、笑顔で自分達を見ている。



 後ろに、少し離れてカウリ伍長もついてくる。二人が並んだまま出口まで進み出ると、アルス皇子から順にそれぞれに剣を収めた。

 再び拍手が湧き起こり、レイと伍長は二人揃って直立して敬礼した。

「おめでとう!」

「おめでとう!」

 新たなる竜騎士への祝福の声は、尽きる事なく二人に贈られたのだった。






 その後、城にある竜騎士隊の休憩所に戻った一同は、カナエ草のお茶で休憩した。

「もう、いきなりだったから凄く緊張しました。どうして教えてくれなかったの?」

 思わず咎めるような口調で隣に座ったルークにそう言った。

「ごめんごめん、これは全く知らない状態で行われるのが普通だからさ。お前もその方が良いかと思ってね」

「えっとつまり……伍長みたいに、本来なら竜と出会って直ぐにする儀式って事?」

「そう、これは言ってみれば、今の自分の置かれた状況を理解させる為の儀式でもある訳で、終わると大抵がこうなる」

 ルークが笑って示した席には、瞬きもせずに硬直したカウリ伍長が座っている。服はまだ第二部隊の制服のままだ。

 前に置かれたカナエ草のお茶は、少しも減っていない。

「えっと、伍長。大丈夫ですか?」

「……ああ、大丈夫、だ」

 全く大丈夫では無さそうだが、レイもどうしたら良いのか分からない。

 困ったようにルークを見ると、笑ったルークは手を伸ばして伍長の肩を叩いた。

「カウリ、改めてよろしく。言っておくけどこれからは敬語は無しだぞ」

「ど、努力します……」

「とまあ、大体こんな感じで、しばらくはまともな会話も出来なかったりするんだ」

「一緒だね伍長。あ! これからはカウリ、だね。ええとカウリの方が年上なんだから先輩だよね?」

「何言ってるんだよ。そんなの普通は入った順なんだから、お前が先輩だろうが!」

「ええ、僕は軍での経験もほとんど無いし、まだ未成年だもん。カウリが先輩だと思うけどな」

「無理だって。勘弁してくれよ。もういっぱいいっぱいなんだから……」

 情けなさそうにそう言って机に突っ伏す彼を見て、レイは困って皆を振り返った。

「ねえ、この場合ってどっちが先輩になるの?」

 その質問には、マイリーが笑って答えてくれた。

「お前はまだ未成年だから、竜騎士見習いとしての任命は受けたけど、まだ公式の場には出ないよ。だけどカウリはもう成人年齢を過ぎているからね、これから厄半年の訓練期間を経て、正式な竜騎士見習いとして公式の場にも出る事になる。これも期間は約半年。それが過ぎれば、正式に竜騎士としての叙任を受ける事になる。順番から行けば、カウリの方が竜騎士になるのは早いな」

 それを聞いたレイは、満面の笑みになった。

「そうなんだって。やっぱり先輩だよ、よろしくね。カウリ」

 無言で突っ伏したまま首を振る彼を見て、皆揃って堪えきれずに吹き出すのだった。

「まあ、あまり難しく考えるな」

 隣に座ったヴィゴに肩を叩かれて、せっかく顔を上げたのに、また硬直してしまったカウリ伍長だった。




 その日の夕食は、休憩室に運ばれてきた食事を皆で一緒に食べた。

「行儀作法は、最低限で良いから覚えてもらわないとな。今日は気にせず食べて良いぞ」

 マイリーにそんなことを言われてしまい。またしても固まる伍長だった。

「これは、本気で覚悟しないと……半年なんてあっという間だぞ」

 食べやすく切られた肉を呆然と食べながら小さく呟く彼を見て、レイは笑顔になった。

「一緒に勉強しようね。もう覚える事だらけで大変なんだよ」

「とってもやる気の出る励ましをありがとうよ……ちょっと本気で泣きたくなってきた」

 苦笑いする彼を見て、レイは笑ってその背中を力一杯叩いた。




 その後、竜騎士隊付きの第二部隊の兵士が付き添って、伍長は元の勤め先へ一旦戻った。しかし今夜にはもう竜騎士隊の本部へ移動して来るのだと聞き、レイは驚いた。

「仕事の引き継ぎってどうなるんですか?」

「基本的には今日のうちにやってもらう事になるな。まあ、はっきり言って何も出来ない。だけど、これは周りの兵士達も皆分かってる。まあ、残った者達に後は任せるって事だね」

「大丈夫かなあ」

 伍長の有能さを垣間見たレイは、残った皆が心配だった。


『大丈夫よ皆優秀だからね』


「そうだよね、皆頑張ってたもんね」

 笑ったニコスのシルフがそう言ってくれたので、レイも安心して笑って頷くのだった。

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